k-lazaro’s note

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「二人の子どもイエス」とは ⑦

 

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   モセニゴ総督を伴う聖母子

 引き続き『二人の子ども』から紹介する。

 上の絵は、ロンドンのナショナルギャラリーにある作者及年代不詳の絵である。デヴィッド・オーヴァソンによれば、これはヴェネツィア派の絵で、聖母子の前でひざまずいているのは、中央の祭壇の下部に、その一族の紋章があるので、15世紀後半にヴェネツィアの総督を務めたモセニゴ総督であることがわかる。彼は、オーヴァソンによれば、異端的思想に関心を持っていたようである。
 さてこの絵の聖母子の後ろには、子どもを担いだ男が描かれている。これは、聖クリストフォロスで、イエスが川を渡る時にイエスを担いで渡ったという伝説的聖人である。その名前の意味は、「キリストを背負う者」という意味である。つまりここにもイエスがいるのである。
 15世紀のイタリア芸術において、クリストフォロストと聖母子が一緒に描かれているのは非常に珍しいという。また、聖母の膝の上の子どもとクリストフォロスの肩の上の子どもは、様子が異なっており、別の子どものようである。オーヴァソンによれば、聖母の子どもは、マタイ福音書の伝える子どもであり、クリストフォロスのそれは、ルカ福音書の伝える子どもだという(この意味ついては、別に項を改めて解説する)。
 絵の中央に架けられているランプは、下にある祭壇のような物の真上に掛けられていないめ、邪魔なものに見えるが、むしろ、この不器用で絵のシンメトリーを壊すものはある意図を持っていると考えられる。
 ランプの上には二つのフルーツが懸けられている。この部分が、世の光であるキリストが地上に受肉するための器となる二人の子供を象徴するものであるとみることができるのである。総督の紋章にある二つの図案も-その一つは祭壇の基底部に静かに置かれ、もうひとつは総督が手に持っている、二股に分かれたはためいている旗に描かれている-、この二つというシンボルを反映しているようである。
 二人の子どもというモチーフは。モセニゴの場合、ここだけにとどまらない。彼の亡骸を納める、サンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ聖堂にある大理石の石棺の下の縁には、キリストを洗礼しているヨハネが描いているが、ヨルダン川の土手に、洗礼を見ながら一緒に立っている子どものグループがある。子供の一人は、翼が見えるので天使と思われる。しかし天使と並んでいる二人の子供は翼をもっていないのである(二人の子ども!)。

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モセニゴの石棺(左下が洗礼の場面)