k-lazaro’s note

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第6文化時代を巡る戦い-ロシアとウクライナの運命- ①

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 これまで、欧米のブラザーフッドの中には、現在の第5文化時代(欧米、アングロサクソンが主導する文化期)の次に予定されている第6文化時代(ロシアが主導する)にもその力を保持しようとしている者達がいるというシュタイナーの認識を紹介してきた。第1次世界大戦の背景には、その様な思惑があった。それは、中欧(ドイツ等)と東欧(ロシア)の結びつきを阻止するという狙いである。次の時代には、両者の連携協力が必要だからである。

 そしてまた現在、「ウクライナ危機」によりドイツとロシアの分断が造られている。

 シュタイナーは、一般的に歴史的な出来事は,「徴候」であるとする。歴史を理解するには、表の出来事の背後に隠れている、真に歴史を動かしている衝動を認識することが必要なのである。

 現在の状況においても、それを真に理解するには、どのような衝動が働いているかを見いだすことが必要だろう。実際、ロシアの安全保障を脅かしてきたのは欧米・NATOであり、対ロシア戦略があるからである。しかし、そのように語っても、現在のような武力行使を容認することは決してできないのは言うまでもない(ただし、それはウクライナのみではない。現実には、多くの国で、日々無辜の命が奪われている。ただそれがマスコミにより取り上げられていないだけである)。

 

 なぜプーチンは、ウクライナ東部の独立を承認し、その平和維持にとどめず、ウクライナの首都にまで侵攻しようとしているのだろうか。現政権は、確かに欧米の傀儡と化し、軍部はネオナチに掌握されているという指摘もある。これを排除しない限り、真の安全保障はないという考えもありうるだろう。しかしそれにしてもここまでする必要があるのかとは思わざるを得ない。

 ここでは、歴史は徴候であるという立場から、その背後に何があるのかを、考えてみたい。

 次に示す地図は、アメリカの国際政治学(CFRのメンバーであもる)サミュエル・P・ハンチントンの「フォーリン・アフェアーズ」(1996年夏版)に掲載された記事からとられたものである。これは、後に著わした『文明の衝突』の元となった論文である。彼は、冷戦以後の世界を、文明にアイデンティティを求める諸国家の対立として描いたのである(実際、冷戦後の世界に現れたのは、「欧米とイスラム世界の対立」であった)。

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 さて、この地図について、G.Aボンダレフ氏は、『ウクライナでの出来事と、今後の可能性のあるシナリ』の中で触れている。ボンダレフ氏は、1936年、モスクワ生まれの人智学者。ソ連時代には、人智学運動が禁止されるなかでも研究を続けた。この本は、2014年のウクライナ危機をきっかけに出版されたようである。

 その文章は、先ず、以前「影のブラザーフッドーロシア問題の背景ー①」で紹介した「カイザー(皇帝)の夢」の地図について述べた後に続く。

 

 (この地図は)全体は『皇帝の夢』というタイトルだ。勿論、皇帝がその夢を見たのではない。それは、イギリス(そして明らかにラテン語―政治化されたカトリックという意味でー)のオカルト政治的エスタブリッシュメントに「見られて」いたのだ。しかし、それはアーリマンに感化されたのだ。その「夢」には、1917年から1991年までの「社会主義実験」の計画もすでに含まれていた。 1991年、「実験」は完了し、必要な知識はすべて引き出されて、グローバル化プロジェクトに必要な知識の「宝箱」に預けられたのである。また、別の実験も開始された。そして、その舞台として最適なのは、東欧の「荒野(※ウクライナのこと)」ではないだろうか。1993年9月号の『フォーリン・アフェアーズ』誌に掲載された地図にも、この試みが記されている。 ロシアと西ヨーロッパを分断する太い線が見えている。この「分割線」とは、「1500年代に西洋のキリスト教が広がっていた境界線」のことだとテキストは説明する。したがって、この線はウクライナベラルーシの一部を分割し、西側に割り当てているのであるしかし、全体としては「ロシアのユーロ・アジア文明」とそれ以外のヨーロッパを隔てる境界線である。

 1990年にアメリカの雑誌『エコノミスト』に掲載された別の地図には、この「ヨーロッパ・アジア文明」の全体が描かれている。太い線で縁取られたこの文明は、一種の島として世界に存在し、他にも「コンフィア(儒教圏)」「イスラミスタン(イスラム圏)」など、いくつもの「島」が存在する。

 

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エコノミスト』の地図

 この種の地図では、すべてのものに意味があるのだから、線の太さは、これらの「文明」が互いに隔離されることを意味しないのだろうか、と自問せざるを得ない。しかし、孤立は対立を意味する。基本的に、私たちはオーウェルの『1984年』の拡張版に直面しているのだ

 このように、ウクライナ西部の東部からの分離独立(ベラルーシの分離独立も!)は、1993年にはすでに公然と議論されていたのである。これは偶然の一致であり、アメリカのある政治学者ハンチィントンが地図を描くときに、恣意的な国境線を引いたのであり、それは彼の主観的な想像力の産物に過ぎないと言われるかもしれない。

 それは無意味だ。これらの地図を考慮に入れて、様々な色合いの政治家たちが、"そうだ、西ウクライナを分離独立させよう!""バンデラ[ウクライナの過激な民族主義者で国家社会主義者と協力した-著者注]の信者たちと何をしたいのか!このファシストたちを!""それは決してロシアのものではなかった""キエフも彼らに奪わせよう "という祈りを常にしていると指摘すべきなのだろう。ド-ネズ盆地も彼らにくれてやるんだ、どうせ経済的負担にしかならないんだから!」(これは新ボルシェビキの言葉)等々。ロシアではもちろん、西側でも時々耳にするが、この言葉を口にする者は「計画」に通じているのである

 

 ボンダレフ氏は、ウクライナ西部の東部からの分離独立は、1993年には既に計画されていたことを示唆している。それは、アーリマンの影響を受けた欧米のブラザーフッドの計画であることも。

 プーチンの東部の独立承認によりウクライナの東西分離は既に実現し、ロシアのウクライナ侵攻により両者間及び、ロシアとウクライナ両国の溝は深くなるだろう。欧米のブラザーフッドからすれば、その目的が実現してきているようにも見える。プーチンは,その思惑に乗せられたのか、あるいは今後、その和解に向けて動き出すのかは今のところわからない。プーチンもWEF(世界経済フォーラム)のメンバーであると言う者も,そうではないと言う者もおり(最近、WEFのホームページからプーチンの名が消えたという情報がある)、彼の「正体」、そしてその行動の意図は計り知れない。ただ、人は変わりうる(良くも悪くも)ということもふまえておく必要があるだろう。

 さて、ではウクライナの東西分離の狙いは何だろうか。外的現象として現れているもの(徴候)は、ロシアの安全保障上決定的に重要な意味を持つNTOの東進を巡り、ロシアをも勢力圏に置こうとする欧米の権力とそれに抗するロシアの戦いの結果もたらされたものである(ロシアの、かつての勢力圏の復活という狙いも指摘されているが、本筋ではないだろう)。またその裏には、天然ガスを巡り生まれるドイツとロシアの結びつきを阻止し、更に経済的な利益もえたいとする欧米の狙いもあるようだ。

 しかし、そのまた更に奥にあるのは、冒頭に述べた第6文化時代を巡る戦いであろう。中欧と東欧が協力し、健全な欧米文化を引き継ぎ,次の文化を生み出すという人類の霊的進化の道を阻止しようとする思惑である。

 ボンダレフ氏によれば、「ルドルフ・シュタイナーは、20世紀初頭のロシアとウクライナの関係発展に大きな関心を寄せていた」という。これは、シュタイナーが、ウクライナが今後の焦点の一つになることを予感していたと言うことだろう。

 ウクライナの霊的位置づけについては、彼の著書に詳しく述べられているようだが、まだその著書を読み切っていないので、ここでは多くを語れないのだが、次のようには言えるかもしれない。

 第6文化時代は「ロシアの文化」というが、実は、正確にはスラブ民族が主体となり形成される文化である。ウクライナは、その西側にはカトリックの教徒もおり、多数の民族で構成されているが、主体はロシアと同じ東スラブ民族である。キエフは、もともとルーシ(ロシアの古名)の発祥の地であるとされる。未来を担うスラブ民族はロシア国にのみ存在しているのではないのだ。いくつかの国にまたがっているそれらのスラブ民族が共に力を合わせてこそ、その使命を達成できるのである。ウクライナにも、当然その中で果たすべき役割があるのである。

 次の文化期にも覇権を維持しようとする者達は、同じスラブ民族内に分裂と対立をもたらし、その一部を欧米文化の支配権に置くことにより、その使命を妨害すること、これを目指されているようなのである。

 今回のウクライナ危機は、このような意志のもとに起きたものであろう。だが、現時点では、それがその思惑通りの結果をもたらすのかどうかはわからない(可能性は高いが)。

 コロナ危機が、(日本以外の)世界で終焉を迎えるかのような状況が見られている中での、今回のウクライナ危機である。そのような関連も気になるところである。

 いずれにせよ、流血の悲劇は一日も早く止められなければならない。それには、冷静な情勢判断が求められる(霊的背景は別としても)が、ロシアのみを一方的に批判しつつ、ウクライナに武器を供与し、戦闘を激化、長期化させかねない動きを進めることは、決して益にならないことはいうまでもない。その裏で笑っているのは誰なのだろうか?