このブログにC.G.ハリソンとその著書『超越的宇宙The Transcendental Universe』の名が何度かでてきていたが、最近掲載した「アングロサクソンとロシアの対立 ③」にもでてきたので改めて調べてみたところ新たに分かったことがあるので、今回は、これに関して述べてみたい。
実は『超越的宇宙』を以前購入していたものの中はよく見ていなかったので、少し読んでみることにしたのだ。そこでその本をめくってみると思わぬ発見があったのである。私が購入したこの本は、テンプル・ロッジという人智学系の出版社のもので、なぜシュタイナーが批判的に取り上げている人物の本がこの出版社から出版されているのかとは思っていたのだが、よく見ると、2人の人智学者の解説文が本文の前後についていたのである。
その一人は既に何度かこのブログで取り上げたことのあるT.H.メイヤー氏で、そしてもう一人は、アメリカの人智学系出版社の編集長を務めておられたクリストファー・バンフォードChristopher Bamford氏(故人)である。今回とりあえずこの二人の文章をつまみ読みしてわかったのだが、ハリソン氏は人智学派でも一定の評価を受けているらしいのである。
ネットを検索してもC.G.ハリソンについてはよく分からない。「アントロ・ウィキ」には次のようにしか書かれていない。
「C.G.ハリソン、英国の神智学者およびオカルト学者、生没年の日付は不明。ルドルフ・シュタイナーは時折、ハリソン氏の超越的宇宙からの意見、すなわち新しいミカエル時代、第8圏、そして人生の七つの秘密に関する意見に言及した。」
だがこれはどうも正確ではないようなのである。『超越的宇宙』のバンフォード氏らの文にもっと詳しい彼の情報が載っており、それは次のようなものであった。
「National Union Catalog」では、ハリソンは1855年生まれだという。本の内容となる彼の講演は1893年に行なわれた。出版は翌年で、出版社は、秘教家、秘教研究家のA.E.ウェイトの所有する会社である(1897年にドイツ語版が出版され、それがシュタイナーの手に渡ったようである)。ウェイトは、本のレヴューを書いており、それには「(この本は)俗悪ではなく、秘教的であり、秘教サークルにセンセーションを巻き起こすような・・・神秘と示唆に溢れている」とある。そしてそこには神智学に関する多くの啓示があるが、「ハリソンの啓示は、全く無類で、つまらない詐欺の類いのスケッチではなく、非常に高位のクラスのものである」という。
「アントロ・ウィキ」の文に「神智学者」とあったが、これはいわゆるH.P.ブラヴァツキーらが創始した神智学協会のメンバーという意味ではなく、神に結びついた神聖な知識を求める者、オカルティストというような意味である。ブラヴァツキーの神智学協会は、東洋、特にインドの影響を強く受けるようになるが、これに対してハリソンは「キリスト教的神智学」と言える。
ハリソンはブラヴァツキーの思想を認めながらも、キリスト者としての立場から、それを一部批判的に取り上げているようである。
またバンフォード氏によれば、ハリソンは秘儀参入者であるという。そうでなければ知り得ないような内容(これまで隠されてきた秘教的キリスト教の教え)が本に書かれていると言うことらしい。ただ、いずれかの秘教団体に属して、その秘儀参入を受けたのではなく、個人的努力によりその境地に達したという。そして、そのように高次な内容を講演し、また本にして公にしたのは、その秘教的知識が秘匿され、一部のオカルト団体に独占されたままにされ、その利益のために使われないためであったという(このような状況は、シュタイナーに似ている)。
一方で、人智学派の立場で、バンフォード氏は、ハリソンの限界についても触れている。
彼のキリスト教というのは、イギリスの高教会派である。
ここで高教会派について解説すると、それはイギリス(イングランド)国教会の一派で、イギリス国教会は、もともとカトリック教会の一部であったが、「16世紀のイングランド国王ヘンリー8世から女王エリザベス1世の時代にかけてローマ教皇庁から離別し、1534年に独立した教会となった。プロテスタントに分類されることもあるが、他プロテスタント諸派とは異なり、教義上の問題でなく、政治的問題(ヘンリー8世の離婚問題)が原因となって、カトリック教会の教義自体は否定せずに分裂したため、典礼的にはカトリック教会との共通点が多い。立憲君主制であるイングランド(イギリス)の統治者である国王(イギリスの君主)が教会の首長であるということが最大の特徴である。」(ウィキペディア)。
政治的問題によりヴァチカンに対抗してできたという国教会の成立の経過や、そのトップが国王であるということなどからすると、国教会は、自国の利益を擁護する目的を持っていることが想定されるのではなかろうか。
バンフォード氏は、ハリソンは、確かに特定のオカルト団体には“属していない”が、「他のもっと重要な仕方で “所属している”」。「彼は、アングロ・カトリックであり、彼は自分の仕事をその庇護のもとに置くと主張しているという事実を隠していない。しかし、これが何を意味するかを説明していない。アングロ・カトリックであるということは、ある解釈では、単純にイギリスの教会のコミュニティで宗教的生活を送るということ以上のこと、・・・国家教会に属し、自分の霊的理解を国家主義者の文脈の枠にはめていることを意味する。彼の文章を読むとき、潜在的に含まれている彼の霊的な政治的立場を認識し、考慮しなければならない」とする。
高次の霊的能力をもっている者であっても、自分の属する「時と場所」の条件に制約を受けるのであり、それが霊的真実の把握と行使に一種の歪みを生じさせるのだ。
こうした問題を取り上げているのが、同じ本のT.H.メイヤー氏の論考である。これは、これまで何度か触れてきた現在のウクライナ問題についての霊的背景の解説とまた重複する部分があるが、コンパクトにまとまっているので、そこも含めて、抄訳を下に載せることとする。
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第8圏、輪廻転生と社会主義の体験:ハリソンの講義への警句的コメント
T.H.メイヤー
ルドルフ・シュタイナーは、自身の見解とハリソンの見解の大きな違いについて少なくとも2つ指摘している。1つは、ハリソンによると「宇宙における悪問題のカギ」である第8圏の問題である。そしてもう一つは輪廻転生の問題である。
シュタイナーは、いかに西洋のキリスト教から輪廻転生の教えが消え去り、その事実が西洋のキリスト教オカルティストに影響したかを指摘している。彼によれば、高教会派(イギリス国教会の教派)の人々にはこれを知る者達がおり、彼らは、神智学協会の人達よりもオカルト的知識を持っていた。しかし、彼らの目的は、生まれ変わりの教えを根絶することであった、という。
その方法は、シュタイナーによれば、人が、地球の進化のコースにおいて太陽系の他の惑星との関係に入っていくという事実を否定することによってであった。
シュタイナーは、このことでハリソンを名指ししていないが、ハリソンは、明らかに高教会派のオカルティストに属している(少なくともその影響下にある)。またハリソンは、シンネットの物質的月が第8圏である等する説を否定し、「人がそこで進化する目に見える惑星は地球のみである。火星、水星あるいはその他の見える惑星に住んだことはなく、月が衛星になる以前、月以外とは何の関係も持っていなかった。」と述べている。これは、高教会派のオカルティストが輪廻転生の真実を排除した、間接的なやり方である。ハリソンは、こうして意識的かるいは無意識に、彼らの代弁者の役割を果たしたのである。ハリソンは、その最後の出版物で、自分の事を「アングロ・カトリック」つまり高教会の信奉者であることを表明している。
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100年を経過して見えてくるハリソンの講演の驚くべき意味は、彼が、民族や国民の成長、成熟、衰退について語ったことである。彼がスラブ民族の未来、例えば、『次の大きな欧州戦争』の後になされる「社会主義の実験」について語ったことは、あるアングロサクソンのサークルあるいはディズレーリが呼んだ政治的に影響力のある「クラブ」の長期的狙いという文脈の中で見られなければならない。このクラブでは、1つのアイデアが、西側における長期的計画の中心的アイデアとなった。すなわち、アングロサクソン民族の代表者は、彼らが、人類の文化的進化に今後も「主導的」影響を保持するということを念頭に置かなければならないと言うことである。スラブ民族が第6ポスト・アトランティス文化期の主導的要素を「自然に」構成するようになるという秘教的洞察と共に、この目的は、スラブ民族は幼年期のままにとどまる一方で、自分たちがこの民族の主人になるという決意に至った。これが、「社会主義実験の」真の背景と起源である。1890年の風刺週刊誌『真実』クリスマス号に、驚くべきヨーロッパ地図が掲載された。それは、当時、すべてが君主制国家であったが、そこは共和制となっており、それがドイツでは複数になっていたのである。ロシアの場所には、「砂漠」の文字が見える。『真実』誌の編集者はメーソンであった。そしてハリソンは、べつのやり方で、ロシア「砂漠」の「社会主義実験」の実行という長期的狙いを示唆したのだ。
ハリソンのスケッチの驚くべき点は、その絵から、中央ヨーロッパのドイツ人がすっかりぬけていることである。中央ヨーロッパの人々は、西と東を仲介する役割をもっている。社会生活の領域で、彼らは、社会構造の形態-それは、個人主義の増大する要求と経済生活の国際化、かつてのオーストリア・ハンガリー帝国を支配したような複数民族の国家と文化の課題と共存できる-を発展させる手段、方法を発見しなければならなかった(それは今も同じだが)。ソ連や以前のユーゴスラビアとボスニアの荒廃を見るなら、これまでの「社会主義実験」がその様な手段を提供することに失敗したのは明らかである。
その様なすべての実験に対する唯一現実的な代替手段は、シュタイナーの提唱した社会三層化国家の理念のみである。この理念が初めて表明されたのは1917年である。それは皮肉にも、西側で構想された社会主義の実験を行なうために、ドイツ政府の援助で、レーニンが、財政支援をもってロシアに送り込まれた年であった。
ハプスブルク皇帝の内閣の長官アルトゥール・ポルツァー=ホディッツは、(彼の兄弟ルードヴィッヒをとおして)シュタイナーの理念に皇帝の注意を向けるという世界史的なチャンスを持っていた。帝国の多民族国家という性格、また何より圧迫されているスラブ系住民にとって、その様な方法で社会生活を再構築することは不可避となっていた。しかし、ポルツァー=ホディッツは乗り気でなかったために、ことを失してしまった。かくして、オーストリア・ハンガリー帝国は(そしてドイツ帝国も)、内部から瓦解してしまうのである。世界の運命は、スラブ問題の解決を、中央ヨーロッパ、特にオーストリアから期待した。西のサークルの長期的関心の実現のための門を開いたのは、オーストリアの失敗であった。それにより、ドイツとオーストリアの帝国は、西の政策の圧倒的な影響の下で、ついに外側から破壊された。西の政策は、中央ヨーロッパの実質的な影響がないまま、西のみの指導により、ロシアに社会主義を打ち立てたのである。
アルトゥール・ポルツァー=ホディッツは、カール皇帝に関する著作で、1929年に、『真実』誌の地図とロシアにおける社会主義実験について触れている。彼はまた、シュタイナーの社会三層化国家についてのメモを本に載せている。しかし、翌年に出版されたその英語版ではそれらが全て削除されているのである。これは、中央ヨーロッパの失敗後、スラブ民族の唯一の「教師」となることに成功した西側のサークルの人々は、彼らが東側の出来事に関与していたことを早く明らかにすることを望んでいなかったという事実を示すだろう。彼らが望んだのは、短期的には、西側製品の巨大な市場であり、長期的には、第6後アトランティス時代の未来における当然の「支配者」としての権能を獲得することであった。
西側によって、東側における社会主義の構築だけでなく、その破壊、あるいは「失敗」が構想されたと言うことには多くの証拠がある。1982年に、ロナルド・レーガンとローマ教皇は、非公式のローマにおける会議で、東の社会主義を崩壊させることを決定した。これは、1992年に『タイム』誌で伝えられている。西の長期計画の知識を持っていたズビグニュー・ブレジンスキーは、『偉大なる失敗』という彼の著作の中で、「共産主義の最終的危機」と「マルキストの実験の失敗」について記している。驚くべきなのは、この本は、その序言で述べられているのだが、1988年8月には完成していたことである。これは、オーストリア-ハンガリー間の鉄のカーテンが撤去される1年前なのである。
ハリソンから今日学ぶことができるのは、進化について、霊的な言葉だけでなく、生命一般そして個々の民族、国家、文化の生命の「長期的発展」という観点で考えることである。そして今世紀(20世紀)における社会的政治的発展から学べることは、社会三層化国家のインパルスが、「少数の者の目的に奉仕する」だけの社会主義実験に代わる唯一正しくまた普遍的な代案として残っていると言うことである。
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最後に出てきた「社会三層化国家」とは、シュタイナーが提唱した未来の社会のあり方である。人間が有機体として3つ(感覚神経系・循環系・新陳代謝系)にわかれているように、人間社会も、1つの有機体として文化・経済・政治は連携しつつも独立すべきであるとする。シュタイナーは、実際に、第1次世界後はその実現に取り組むが、結局実を結ばなかった。ここでもシュタイナーに敵対する勢力が働いていたのである。しかしその運動は現在まで引き継がれている。
現代社会は、これらの3つの分野が融合してしまっており、主に経済が優位と言えるだろう。経済(資本)が全てを支配してしまっているのである。現代社会が抱える多くの問題は、これに由来するとも言える。
これは、社会的正義や福祉だけの問題ではない。このあり方をかえることなくして、人類の霊的進化もありえないというのが、シュタイナーの問題意識であったと思われる。現代人類の霊的発展は、社会から隔離された隠遁生活においては成し遂げられない。社会の中で生き、またより良き社会を目指してそれを変革しようと努力することによってこそ実現するのだ。
アングロサクソン的世界は、経済優位の世界である。そしてそれにより自己の支配権を永続化しようというのがアングロサクソン系の影のブラザーフッドの狙いであろう。ハリソンは、自己のおかれた時と場所の限界から抜け出して、この誤りを認識することができなかったのである。シュタイナーが言うように、真の秘儀参入者は「故郷喪失者」なのである。