k-lazaro’s note

人と世界の真の姿を探求するブログです。 基盤は人智学です。

ミケランジェロ「最後の審判」と聖骸布の秘密の関係【前編】

聖骸布(上半分は体の裏側、下半分は表側を示している)

 「聖遺物」は昔から信仰の対象となり、どの宗教でも大切に守られてきた。仏教では、シャカの骨を納めた仏舎利塔というものがある(これが五重塔などに発展する)。キリスト教では、キリストは復活して墓には遺体が残っていなかったとされるので、遺体にまつわるものはないが、磔刑の時の十字架や槍(の一部)とされるものがあちこちの教会に保存され、多くの信者によって礼拝されている。

 それらのキリスト教の聖遺物は、キリストは罪人として処刑されたのであるから、当時の十字架などが直ぐに信者によって大事に保存され、それが引き継がれてきたということではなかったようで、後のキリスト教徒が「発見」したものである。伝説によれば、3世紀の初めにコンスタンティヌス帝の母ヘレナがエルサレムゴルゴタの丘を発掘させて、十字架や釘、イバラの冠などを発見し、ヘレナが亡きあとは、それらが細かく分割されて各地の教会に与えられたということになっているようである。

 その真贋の科学的な検証が行なわれたかは、自分は知らないが、それらは信仰の対象であり、外野がとやかく言う必要は無いだろう。

 だが、実際にこれまで科学的な検証が行なわれ、論争が続いている聖遺物が存在する。それが、今回のテーマのトリノの「聖骸布」である。それは、キリストの死体をくるんだ布で、そこにはキリストの姿が写し取られているというものである。

 

 今回紹介するのは、ヨス・フェルハルストJos Verhulst氏という方の、ミケランジェロの「最後の審判」とこの聖骸布の間にある隠された秘密に関するものである。

 フェルハルスト氏は、1949年生まれのベルギー人で、ルーヴァン・カトリック大学で量子化学の博士号を取得した科学者であるが、大学では哲学も学んだ。シュタイナー学校で教鞭をとった後は、人智学系研究所の研究員、政治家、執筆家など様々な活動を展開してきた方である。

 フェルハルスト氏のこの論考はネットでたまたま見かけたのだが、フェルハルスト氏自体は、以前から「二人の子どもイエス論」関係で見かけたことのある方なのだ。ただ少し変わった切り口の論考で私には理解が十分に出来なかったため、まだ紹介したことはない。

 今回の論考には、題名に「shroud」(死体を包む白布、聖骸布)とあったので、聖骸布については以前から関心があったことから、少し読んでみたのだが、その内容は、デイヴォルトという人物の、システィーナ礼拝堂ミケランジェロの『最後の審判』は、この聖骸布のキリストの顔をテンプレート(モデル)として描いたというものであった。

 正直に言うと、初めは、いくら何でもそれは突飛すぎると思ったのだが、読んで分かったのは、その様な説は、これまでも幾度か提出されてきたようなのである。

 そして実際に、このことをふまえて『最後の審判』の絵を見直してみると、確かに、人の顔に見えるのだ!

 

 この論考は、長いので、2回に分けて掲載するが、先ず、ご存じない方のために、聖骸布について若干補足説明をしておきたい。

 

 「聖骸布(せいがいふ、トリノの聖骸布、Holy Shroud)は、キリスト教の聖遺物の一つで、イエス・キリストが磔にされて死んだ後、その遺体を包んだとされる布。トリノの聖ヨハネ大聖堂に保管されている。

【特徴】

 本体は、縦4.41m、横1.13mの杉綾織の亜麻布(リンネル)である。生成りに近い象牙色の布の上に、痩せた男性の全身像(身長180cm)がネガ状に転写されているように見える。布上に残された全身像の痕跡から、頭を中心に縦に二つ折りにして遺骸を包んだと見られ、頭部、手首、足、脇腹部分には血痕が残っている。1532年にフランス・シャンベリの教会にて保管されていた際に火災に遭い、その一部を損傷した。1978年の科学調査では、血は人間のものであり血液型もAB型と証明された[5]。聖骸布の裏側には人物の姿は見られず、血のしみ込みのみが見られた。」(ウィキペディア

 元々は、1353年に、伝来の経緯は不明であったが、フランスで発見されたもので、その後、保管場所が変遷し、結局今のトリノに落ち着いたようである。

 「1898年にイタリアの弁護士・アマチュア写真家セコンド・ピアが、初めて聖骸布の写真を撮影し、1983年にサヴォイ家からローマ教皇に所有権が引き渡され、以降はトリノ大司教によって管理されている。」(同上)

 このピアの写真撮影が、聖骸布研究の一つの転機となったとされる。聖骸布に写し取られている姿は写真で言う「ネガ」であり、ピアの写真によってこれが反転し、通常の写真のように、自然な姿で詳細にはっきりと見えるようになったからである。

 これまで幾度か、科学的調査が行なわれており、1988年の調査では、放射性炭素年代測定(炭素14法年代測定)が行われ、その結果、この布自体の織布期は1260年から1390年の間の中世である、と推定された。

 しかしこの年代測定には疑義も提出されており、「ヴァチカンは1年後に、炭素14法年代測定結果を無視すると発表した。」(同上)

 一方、布に付着した植物痕、花粉などは、まさにパレスティナ地方との関連を示しており、その布の織り方も、死海のほとりにあるマサダ(要塞)の遺跡で発見された生地と同様の、独特の縫い方であると判明しているという。

 最も不思議なのは、そして聖骸布が真正のものであることを予感させるのは、その姿がどのようにして布に写し取られたかが分からないことである。

 「本物説の補強材料として、布に写し出されたネガ状の全身像特有の色の濃淡、筆あとの無さ、画像の表層性などが生じた過程は科学的に説明や再現ができないと主張されることもある」(同上)のである。

 つまり、この人物の姿は、単純に布に筆等で描いたのではないかと考えられそうだが、そのような痕跡は見えないのだ。むしろ、手法として似ているのは写真であり、人の全身が、何らかの方法でまさに布に焼き付けられたと考えられ、その方法は謎となっているのである。(再現実験を行ない成功したという主張もあるようだが、まだ結論は出ていない。)

 ちなみに、作成年代は古代ではなく中世としても、上のことから、この聖骸布のようなものを造り出すことは常人にはもちろん無理なことであろう。このようなことから、レオナルド・ダビンチをその制作者とする説も生まれてくるのである。

 しかし、もしそれが人工のものであるなら、類似するものが他にあってもおかしくないだろう。だが、聖骸布は唯一無二のものである。このようなものは、他には存在しないのだ。これはある意味奇跡の品であり、真の聖遺物と考える人がいるのも無理のないことなのである。

  以下のフェルハルスト氏の論考は、聖骸布の真贋については触れていないが、この説の元々の提唱者であるフィリップ・デイヴォルト氏は、それがまさにイエスの遺体を包んだ聖なる布であると信じているようである。

――――――――

ミケランジェロの『最後の審判』におけるトリノ骸布の顔の埋め込み

デイヴォルト仮説の実証(前編)

ヨス・フェルハルスト

はじめに

 

最後の審判」は、システィーナ礼拝堂バチカン市国)にあるミケランジェロ・ブオナローティ(1475-1564)による大きなフレスコ画(13,70 m x 12,00 m; 180,21 m2)である。この絵画は1533年から1541年にかけて制作され、391人の人物が描かれている。

 

 2012年10月、フィリップ・デイヴォルト1が、トリノの聖骸布に描かれた顔がミケランジェロの「最後の審判」のテンプレートとして使われたという考えを紹介した。フレスコ画の眼は顔の眼に、絵の中心的なグループ(キリストとその母、聖ローレンスと聖バルトロマイ)は鼻に、ラッパを吹く天使の一群は口の下辺りに、それぞれ対応すると提唱された(図1)。

 

 本稿では、デイヴォルト仮説が成り立つことを示す。

図1:デイヴォルト仮説の概要。フレスコ画は長方形の上に2つのルネット【半円形部分】が乗っている形をしている。この仮説によれば、眉毛の形をしたルネットは「聖骸布の男」の目に相当する。キリストとその母を含み、聖ローレンスと聖バルトロメオがその足元にいる洋ナシ型の中央の群像は、鼻に対応している。デイヴォルトは、聖骸布の顔のいくつかの特徴(ひげの部分が左にずれていること、左の鼻孔に角度のついた印があること、右の鼻孔に円形の印があることなど)を指摘している。

 

1 http://www.datument.com/encoded-article.html

 

方法論的所見

 ミケランジェロは、同時代の伝記作家から、作品に秘密の内容を埋め込んでいると言われている2。 しかし、「最後の審判」のような絵画に隠された形態を特定するのは、微妙な作業である。パレイドリア現象【訳注】は、時折、希望的観測やデータの事後的解釈と相まって、調査者を容易に惑わす。

 

【訳注】パレイドリア(英: Pareidolia)とは、心理現象の一種。視覚刺激や聴覚刺激を受けとり、普段からよく知ったパターンを本来そこに存在しないにもかかわらず心に思い浮かべる現象を指す。(ウィキペディア

 

 システィーナ礼拝堂については、隠されたメッセージや埋め込まれた形態の同定が数多く提案されている。その一例として、ミケランジェロシスティーナ礼拝堂の天井に描いた絵の解剖学的解釈を考えることができる。メシュベルガー3は、「アダムの創造」に描かれた神は、人間の脳の解剖学的イメージの中に置かれていると提唱した。エクノヤン4は、隣接するフレスコ画「水から大地を切り離す神」において、創造主は人間の腎臓の解剖学的描写の中に置かれていると提唱した。SukとTamargo5によれば、ミケランジェロは「光と闇の分離」を脳幹の前面図に隠している。ミケランジェロが多くの解剖学的研究を行い、非常に多くの解剖を行ったことはよく知られているので、これらの同定はあり得ないことではない。

 

 第二の例として、ダンテの横顔を挙げることができる。ホアキン・ディアス・ゴンサレス6によれば、この横顔はミケランジェロの『最後の審判』に取り入れられているという。ここでも、(ダンテの大賞賛者であった)ミケランジェロについて知られていることと一致しており、この発見も受け入れられそうであると言える。

 とはいえ、これらの提案された解釈はすべて証明されないままである。というのも、いずれの場合も論証は事後的なものだったからである。まず第一に、研究者は絵の中に埋め込まれているようなある形状や形姿に衝撃を受ける。その後、その形姿を呼び起こした同じ絵の細部が、その形姿が画家によって意図的に作られたことを示す証拠として再利用される。形姿を認識するきっかけとなった絵画的要素は、まさに同じ形姿の錯覚でないことの証拠として再び使われる。しかし、形姿の認識を誘発した細部は、形姿が作品の中に意図的に埋め込まれたことの証明にはならない。なぜなら、予期せぬ形姿を呼び起こす細部の最初の集まりは、単なる偶然によって生み出された可能性があるからだ。

 

2 ヴァレリー・シュリンプリン(ミケランジェロの「最後の審判」における太陽の象徴と宇宙論) Kirksville: Truman State UP 2000, p.xiii)は、ミケランジェロと同時代のピエトロ・アレティーノの見解を引用している: 「ミケランジェロは、人間と神の哲学の謎を、俗人には理解できないようにベールの下に隠した偉大な哲学者たちを模倣した。」

3 Meshberger, F. (1990) 神経解剖学に基づくミケランジェロの「アダムの創造」の解釈。

JAMA, 264, p.1837-1841.

4 Eknoyan, Garabed (2000) Michelangelo: 「芸術、解剖学、腎臓 腎臓」インターナショナル37, p.1190-1201

5 Suk, Ian & Tamargo, Rafael (2009) 「ミケランジェロシスティーナ礼拝堂における『光と闇の分離』における隠された神経解剖学的特徴」神経外科 66, p.851-861

6 Joaquín Díaz González (1951, 1956) ミケランジェロの「普遍の詩」における芸術の重大な秘密の発見。

「Miguel Ángel Barcelona (Spain): Seix y Barral. イタリア語版もある(1951年、1954年): Scoperta d'un grande segreto dell'art nel giudizio universale di Michelangelo ローマ(イタリア): Belardetti (初版は異なるタイトルで出版された)。

 

 従って、この形姿の知覚を誘発する絵画の要素は、「作業仮説」の確立のためにのみ使用されるべきである。第二段階では、この作業仮説(すなわち、「知覚された形や形姿は、作者が意図的に作品に組み込んだものである」)から、検証すべき予測を導き出すことができる。重要なことは、これらの予測は、作業仮説の定式化を誘発した要素から完全に独立した絵画的要素に言及しなければならないということである。

 

デイヴォルトの仮説を確認する定量化可能な要素

 デイヴォルト7以前にも、ミケランジェロが「最後の審判」を顔の輪郭を下敷きにして構築したという指摘はあった8。しかし、この顔がトリノの聖骸布に描かれた男の顔であると最初に特定したのはデイヴォルトだった。デイヴォルトは2003年1月に「最後の審判」に描かれた顔を認識した。顔識別のための法医学的手法を用いて、彼はミケランジェロの絵の顔が聖骸布の男の顔であることを特定するいくつかの特徴を示していると結論づけたのである9

 

7 Dayvault, Philip (2012) Encoded. The man of the Shroud of Turin is encoded within the Sistine Chapel frescoes(トリノの聖骸布の男の顔はシスティーナ礼拝堂フレスコ画の中に暗号化されている) Paper published online, retrieved dec.2013 http://www.datument.com/uploads/1/2/7/9/12790801/encoded-article-de_website-download-r-1-21-13.pdf

8 スー・ビンクリーによる驚くべき描写がある。

「礼拝堂の丸天井は目と眉を形作っている。目、鼻、口の部分は瑠璃色で、まるで頭蓋骨の中に入って青い空を眺めているかのようだ。もしシスティーナ礼拝堂を頭蓋骨の彫刻として想像するならば、そして彫刻家ミケランジェロがそうしたと考えるならば、彼が描いたのは『松果体』(第三の目と呼ばれることもある)の眺めである。- 裸の人々は、口となる穴の中で吹きならすカケス」(Biological Clocks: Your Owner's Manual Newark NJ: Harwood Academic Publ. 1997, p.121)。」

9 デイヴォルトによれば、ミケランジェロは意識することなく、フレスコ画の中で顔を符号化したという。デイヴォルトは、ミケランジェロの著作や初期の伝記にトリノの聖骸布についての記述がないことを指摘している。しかし、証拠がないことは、不存在の証拠にはならない。キリスト教の芸術と文学において、神聖な知識を「ベールの下に」隠すという伝統は、最初から存在していた(マタイ.7:6; マルコ.4:11-12; 2ヨハネ.1:12; 3ヨハネ.1:13)。このキリスト教の秘密の伝統を擁護し、説明している教父については、次を参照。Strousma, Guy. (1996) Hidden Wisdom. Esoteric traditions & the roots of christian mysticism Leiden: Brill.

 

 「ミケランジェロ最後の審判は、トリノの聖骸布に描かれた顔をテンプレートにして描かれた可能性がある」という我々の作業仮説を検証するために、我々は、デイヴォルトの観察を利用する。この仮説を検証するには、デイヴォルトが考慮しなかった顔の特徴を探さなければならない。その求められる特徴は、顕著で、聖骸布の顔のイメージの特徴を表わすものでなければならない。しかも、その特徴は何らかの方法で数値化できるものであることがのぞましい。

 このような特質を持つ特徴は確かに特定できる(図2と3)。聖骸布の顔には非常に目立つ傷があり、ピエール・バルベの古典的著作では次のように説明されている10。「...最も目立つ病変は、右側の眼窩下にある三角形の擦り傷である。この三角形の底辺は約2cmで、頂部は上方、中央を向いており、鼻の上3分の1と中央3分の1を隔てる位置にある別の擦過傷に達している。その位置では、軟骨が鼻骨(無傷のまま残っている)とつながっている部分のごく近くで、軟骨が折れているため鼻が変形している。明らかに、これらの傷害の総体は(中略)イエスの右手に立っていた加害者によって操作された直径4~5センチの棒の衝撃によって引き起こされた。」

 

10 「...la lésion la plus évidente est faite d’une large excoriation de forme triangulaire dans la région sousorbitaire droite. Sa base a deux centimètres: sa pointe se dirige en haut et en dedans, pour rejoindre une autre zone excoriée sur le nez, entre son tiers moyen et son tiers supérieur. A ce niveau, le nez est déformé par une fracture du cartilage dorsal, tout près de son insertion sur l’os nasal, qui, lui, est intact. L’ensemble de ces lésions semble bien avoir été produit (...) par un bâton ayant un diamètre de 4 à 5 centimètres, et manié」p.105参照: Pierre Barbet (1950) La Passion de N.-S. Issoudun (France): Dillen & Co.

 

 バルベに倣えば、図2に示す衝撃線の位置(鼻背の軟骨が始まる点を通る)と方向(水平に対して18°+/-1°)が、聖骸布の顔面に認められる最も顕著な外傷と関連していることは疑いない。したがって、この衝撃線は、その正確な位置と方向とともに、聖骸布の顔を特徴づける顕著で非常に特異な特徴である。

 これは聖骸布の顔の特徴であり、デイヴォルトでは議論されなかった。ある顔の画像にこの線が描かれていれば、その画像が聖骸布の顔に由来することを証明することになる。ミケランジェロの『最後の審判』には、これから見るように、この衝撃のラインが表現されているのである。したがって、そのフレスコ画に描かれた顔は聖骸布の顔に由来するものであり、デイヴォルト仮説は裏付けられることになるのである。

 

 図2(下)は、聖骸布の顔の衝撃線に対応するフレスコ画の線を示している。この線は、聖ペテロが持っていた2つの鍵に沿って走っていることが明らかであり、あたかもこれらの鍵が衝撃線の位置と方向の両方を示しているかのように、これらの鍵と平行に走っている。また、この一対の「鍵の線」は、フレスコ画全体に伸ばすと、絵に描かれた二つの主要な十字架を結んでいることがわかる。より具体的には、これらの線は、両十字架の基部が保持されている点を結んでいる(右端の十字架はキュレネのシモンが持っている)。フレスコ画全体を観察してみると、一対の鍵によって指定された線ほど、正確かつ顕著な形で示された線は他にないことがわかる。図2のオレンジ色の線は、それぞれ鍵とバットの衝撃によって固定されたもので、基本となる顔に対する位置と方向が同じである。この一致は偶然の結果とは考えにくい。控えめに±2°の範囲とすると、両方の方向が一致する確率は約1:20である。これらの同じ線が同じ点を中心に面の対称軸を切る確率は、これもまたせいぜい1:20である。したがって、図2と図3の線が対応する位置にある確率は1:400以下である。我々は、聖骸布上の衝撃線とミケランジェロの絵に描かれた一対の重要な線は、その基本となる顔に対して同じ位置を共有していると結論づける。

 

 しかし、この話にはまだ続きがある。両方の画像の線の意味的側面も密接に関連している。聖骸布の顔に描かれた線は、キリストが受難の際に受けた一撃を意味している。この一撃は絵の上でも模倣されており、鍵を持って険しい表情をした聖ペテロがキリストに仮想の一撃を与えている。

 聖ペテロが非常に独特な方法で鍵を持っていることに注目してほしい。【二つの】鍵が互いに平行に、また聖ペテロの視線と平行に置かれているだけでなく-これはすでに非常に珍しいことである-しかも、鍵はキリストの方を向けている。鍵の線を観察すると、キリストは鍵から発せられる仮想のストロークを避けるかのように、これらの線に反応しているように見える(図3)。キリストのジェスチャーは、ほとんどの場合、呪われた者を拒絶するサインとして解釈される。しかし、ミケランジェロのキリストには、苛立ちや憤り、拒絶の表情は見られない。それどころか、キリストもその母も、中立と完全な諦めを表している。聖ペテロの憂鬱な表情、周囲の聖人たちの間に表れている困惑、そしてキリストの防御的な身振りは、すべて同じ解釈を指し示している: 聖ペテロは、キリストが受難の際に受けた顔面への一撃を模倣しているのだ。

 

 どうやらミケランジェロは、この驚くべき再現によって、明確に定義された神学的概念を描きたかったようだ。彼の絵では、最初の使徒が全人類の代理人となっているのだ。聖ペテロによって加えられた明白な打撃は、人間の罪によってキリストが傷つけられたことを表している。最後の審判では、すべての人間の魂が過去の罪を自覚する。これらの罪は、キリストに与えられた多くの打撃と同じであると認識されるようになる。聖ペトロを取り囲む聖人たちが激しい憤慨と苦悩を表すのはこのためである。彼らの顔には狼狽が表れ、悲しみのあまり両手が挙げられているのは、自ら自身の罪がキリストに与える影響を見つめているからである。ミケランジェロによれば、最後の審判のとき、私たちは自分の罪を自覚するが、それは、人間の悪行ひとつひとつを残忍な一撃のように受け止めるキリストの視点から見るようになるのである。

 

 ミケランジェロの描写では、キリストの受難の再現が最後の審判の中核をなす。円形部の中で、十字架と、鞭打ちの柱が、再び建てられる途上にあるのもそのためである。その根底にあるのは、キリストの目が、最後の審判において、人間一人ひとりの目になるという考え方のようだ。ミケランジェロが『最後の審判』で表現したこの見方は、福音書11で表現されている見方と一致している。それは次のように要約できる: キリストは裁かず、拒まない。しかし、最後の審判では、すべての人間の魂、すべての人間の精神が、主の受難を振り返り、キリストの視点からすべての人がキリストを見、キリストの言動を思い出す。そして、そのような背景のもとで、人間一人ひとりが自分自身を裁く者となる。

 

11 ヨハネ 12:44 そこでイエスは叫ばれた、「人がわたしを信じるとき、それはわたしだけを信じるのではなく、わたしをお遣わしになった方を信じるのである。45 その人がわたしを見るとき、わたしを遣わした方を見るのである。46 わたしは光として世に来たのであって、わたしを信じる者が暗闇にとどまることがないようにしたのである。47 わたしの言葉を聞いても、それを守らない人については、わたしは裁かない。わたしは世を裁くために来たのではなく、世を救うために来たのだから。48 わたしを拒み、わたしのことばを受け入れない者にはさばきがある。わたしが語ったそのことばが、終わりの日にその人をさばくのである(...)」。

図2:

上:聖骸布の男が受けた一撃の衝撃線。方向は水平に対して約18度。この衝撃の痕跡は右頬と鼻背の両方に見られる。赤いアスタリスクは、衝撃線のすぐ下にある三日月形の腫れの位置を示している。鼻背は衝突点でわずかにずれている。

下図: 聖ペテロの鍵(オレンジ色の線。図3も参照)が示す線の位置。

 図3:キリストに鍵を向ける聖ペトロと、困惑して反応する周囲の聖人たち。

 

デイヴォールト仮説を裏付けるその他の絵画的要素

 キリストと聖ペテロの奇妙な相互作用に関する我々の解釈が正しければ、ミケランジェロの「最後の審判」に描かれた他の印象的な細部も、トリノの聖骸布に見られる要素を密かに埋め込んでいると予想できる。実際その通りである。

 

トリノの聖骸布の目の表現としてのルネット(半円形部)

 一方では円形部の中の風景が、他方では聖骸布の顔の眼窩の中に見られる特異なものとの間に明らかな対応関係が存在する。図4(赤とオレンジの矢印)に示すように、左側の眼窩12には十字のような模様があるが、これは垂直方向の「元々の折り目」を横切る小さな局所的な折り目によるものであり、織物の専門家Mechthild Flury-Lemberg13によって次のように述べられている。

 

12 この論文では、図2、図4、または図5に描かれた面に関して、「左」と「右」という用語を使う。これらの写真では、額の血痕は「ε」のように見える。この向きは、聖骸布に見られる向きと同じであり、ミケランジェロ最後の審判のテンプレートとして使用した向きでもある。しかし、聖骸布に写し取られた像は、写し取られた遺体を映し出していることに注意すべきである。例えば、原像あるいは "身体像 "では、ε型の血痕は "3 "に見えたに違いない。

13 Mechthild Flury-Lemberg (2003) Sindone 2002.  L'intervento conservativo.  Konservierung Turin: Editrice ODPF; p.43. また、図4には「中心の折り目」の位置も示されている。この折り目は聖骸布の中心軸上にあり、「......布は、その貴重な内容を保護するために、非常に早い時期から、画像が内側になるように縦に折られていた」ことにより作られた。(Flury-Lemberg 2003, p.42; 図10のキャプションも参照)

 

 「中央の折り目から数センチしか離れていないところに、2本目の、より繊細でしっかりと刻まれたV字型の溝がある。聖骸布が完成した後の最初の折り畳みであることから、私はこれを「元々の折り目」と呼びたい。今日でも新しい布地に見られるこの種の非常に顕著な折り目は、初期の絹織物にも保存されており、11世紀のベル型のチャズブルにも繰り返し観察されている。これらの折り目は生地の製造過程によるもので、生地を使用した結果ではない。」

 

 聖骸布に描かれたこの十字架のような模様は、左の円形部に描かれた十字架と対応しているようだ。聖骸布に描かれた他の細部もまた、元々の襞を示すものであることがわかるだろう。

 右側の眼窩には、リネン生地の欠陥に起因する縦縞模様が見られる。そのような縦縞のひとつが図4(緑の矢印)に示されている。どうやらミケランジェロは、右側の眼窩に鞭打ちの柱を置く際に、この模様に触発されたようだ。

 フレスコ画では、十字架も柱も、聖骸布の模様が示唆する垂直の位置に向かって、再び立て直されている状況が表現されている(図4)。ミケランジェロは、あたかもAD33.4.314の金曜日の出来事【鞭打ちと磔刑】が繰り返されるかのような、十字架と円柱の両方を再び建てられる過程にあるダイナミックなイメージを作り出したのである。

 

【以下、後編に続く】