シュタイナーや人智学の思想の中心にある霊的存在は、キリストであると言っていいだろう。勿論、キリストはキリスト教の神であるが、シュタイナーの立場では、一つの宗教にのみ関わる存在ではない。万教帰一という言葉があるが、すべての宗教の根っこが同じとすれば、その拠り所としての根本の神的存在も同じはずである。キリストはそうした存在である。
キリストはある面で太陽神でもあるが、古今東西の宗教が太陽を神聖視してきたことにも、それを見ることができるだろう。
だが、歴史的な現象としては、キリストが生まれ活動したのは、パレスチナの一部にすぎず、その教えは弟子たちにより確かに世界中に伝えられたとはいえ、地球全体に及ぶものではない。つまり、地球上には、キリストのことを何も知らず、その「救い」から取り残されている人々もいるのではないかということである。このようなことを考えると、キリストが人類にとって普遍的な神的存在であるというのは、どのようなことなのだろうか。
このような疑問について、その答えとなるであろう説明は、やはりシュタイナーの中に見いだすことができる。
例えば、アジアにおいては、それまでの自己の解脱を目的とする小乗仏教に対して、一般の人々の救済を目的とする大乗仏教が、紀元前後に生まれてくるのだが、この大乗仏教誕生の背景に、この時期に地上において活動したキリストの霊的影響を、シュタイナーは指摘している。
またアメリカ大陸が「発見」され、キリスト教が現地に伝道されるようになるのは16世紀以降であるから、それ以前に、現地の人々はキリストに触れることができなかったと言えるだろう。では、それまでの間に、アジアにおけるようなキリストの働きはなかったのだろうか? 実はやはりあったのである。
このテーマについては、人智学派でいくつかの本がでているようであるが、今回は、先に掲載した「トランスヒューマニズムとダブルと人類の分化」の記事に出てきた、カール・シュテッグマン Carl Stegmann氏の本、”もうひとつのアメリカDas Andere Amerika"を、久しぶりに読み直したところ、このテーマに出会ったので、最近の世界情勢にも関係する内容でもあることから、この本から関係部分を紹介することとする。
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古代メキシコの秘密とアメリカ
「人類の内的発展衝動」の講演で、シュタイナーは、中央アメリカの古代の密儀所で何が起きたかについて語っている。ピラミッドや神殿をもった、古代の最も重要な文明が、マヤ人により築かれた。その文明は、紀元前300年から15世紀にかけて存在した。その中心は、グアテマラとホンジュラスにあり、メキシコ南部まで影響を与えた。メキシコ-トルテカ文明は、紀元前200年頃に始まり、メキシコにまで及び、1224年まで続いた。その後に、アステカ文明が続く。キリストが地上に生きた時代に、特に、我々に問題となるのは、マヤとトルテカ文明である。その住民は、当時既に思考力を発展させていたヨーロッパの住民と同列に置くことはできなかった。彼らの魂は素朴であり、原始的で、先祖返り的な能力を持っていた。「しかしこの住民の中には、有る密儀に参入した多数の人々がいた。この西半球には、非常に多様な密儀が存在した。これらの密儀に由来する教えには、多数の信者がいた。」
この講演では、アトランティスにおいて、人が「偉大なる霊(グレートスピリット)」と呼ぶ有る存在が崇拝され、アトランティス後の時代にも影響を与えたことが語られている。ウィリアム・H・プレスコットの『アステカの世界』では、次のように述べられている。「アステカ人は、至高の創造者、宇宙の主の存在を受け入れていた。彼らは、祈りに際し、その存在を、“我らに命を与えた神”と呼びかけていた。“あらゆるところに存在し、すべてを知り、我々にすべてのものを贈ってくれた、見ることはできず、完全にして純粋な神”」それは、他の神々と人間、全存在を統一し、担う、唯一の神であった。
この「偉大なる霊」の考えは、アトランティスの没落を生き残った。マヤ、アステカ、トルテカ文明の神話には、彼らの出自をアトランティスに関連付けるものがある。今日、アメリカ大陸の原住民は、アジアからベーリング海峡を渡ってきたと考えられている。中央アメリカの大洪水の伝説では、テスカトリポカが、洪水の後に水を引かせたとされている。その後、テッピ、メキシコのノアがアメリカに船を上陸させた。イグナチウス・ドナリーの、世界中の洪水伝説を集めた本『アトランティス、ノアの洪水以前の言葉』にも、マや、アステカ、トルテカ文明の伝説がある。この本には、今日に伝わる伝説に残っている大規模な住民の移動について語られている。「バンコフは、トルテカ文明は、彼らが元々いた場所をAzylanまたはAtlanと呼んでいると伝えている。アステカAzteke(Azteca)の名は、Azylanから取られた。彼らは、アトランティス人であった。」彼らと共に「偉大なる霊」の考えは、西方にもたらされた。
「偉大なる霊」の考えから二つの潮流が生まれた。その一つは、世界の東方において、よりルチファー的性格をもった。他のものは、西方に向かいアーリマン的性格を持った。「偉大なる霊」の考えは、後アトランティス時代に、アメリカ大陸の発見までアメリカに流れ込み、そしてその後も、インディアンの部族を通して、現代まで伝わっている。1870年生まれのインディアン酋長は、ある本で、彼の記憶を次のように記している。「部族や場所に関係なく、アメリカのインディアンには、ただ一つの宗教的見解があった。彼らは、有限なものと無限なものは、モラルの指針を定め、それらのもとに指導する、またすべての生き物を創造した、唯一の宇宙的・絶対的存在の表現であると信じていた。彼らは、この存在を「偉大なる霊」と呼んだ。」(『レッド・フォックス酋長の思い出』)
特に中央アメリカの密儀所で、「大いなる霊」の子孫が崇拝された。「すべてのものが従う統一的な力であるかのように、幽霊のような霊が崇拝された。それは、「大いなる霊」の子孫であるが、アトランティスではそれは正しかったものの、しかし既にアーリマン的性格を帯びたすべての力を用いようと欲したことにより、次第にアーリマン的性格を持つようになった霊であった。」(R.S)シュタイナーは、「大いなる霊」の子孫が中国のタオに似た名を持ったとしている。カリカチュアされた名前、つまりタオトルTaotlである。それは、「Taotl、それは「大いなる霊」のアーリマン的変種でもあった。力強かったが、物質界に受肉することはなかった。」
アトランティス時代には正当であったが、この西方の密儀の時代にはもはやそうではなかったというのは、どのような力であろうか。それは、アトランティス時代で、それほど固くなかった地球と、身体がより柔らかく可塑的であった人間を一層硬化する力であった。この力は、アーリマン的なドラゴンの力が地球に墜落した、アトランティス中期以来、ずっと強まっていった。それは、密儀の中で保存された。「タオトルの密儀では多くのものが秘儀参入を受けたが、その秘儀はアトランティス性格を持った。それは、人間を含む地上の生命をできるだけ硬直させ、機械化するという目的を持っていた。すべての自立性、内面から来る魂の活動の根絶を指向する地上の死の国が求められ、タオトルの密儀では、その様な完全に機械的な地上の王国を築けるような能力を人々に与える力が獲得された。」「機械化する」とは二重の意味がある。シュタイナーは、この方面から、「純粋に機械的な道具において頂点に達する文明を築くだけでなく、人間自身を全くのホムンクルスにする試みが行なわれたのである。」という。彼は、それによって、すべての行動が外から決められる、自我のない人間を考えている。この密儀の祭司達は、その様な地上の王国を築くために、硬直させる、機械化する、死の力を地上で支配し用いることができる異常な力を身につけなければならなかった。彼らは、ある黒魔術的なやり方で、秘儀を受けなければならなかったのである。死の力の主となることができるように、死の秘儀を獲得しなければならなかった。この神殿の祭司は、このために、儀式殺人を行なったのである。
かつて、中央アメリカの多くの神殿で、祭司によって人が殺され、神殿に生け贄を献げる儀式が行なわれたことが知られている。コルテスとメキシコに渡ったヨーロッパ人も、この殺人を驚きを持って体験した。この殺人により、特殊な感情が生まれ、それが祭司を死の力の主とすることができたのである。殺人は、心臓を胸から取り出すことで行なわれた。シュタイナーは、生け贄から胃が切り出されたと述べている。これは、歴史的にはほとんど知られていない。これは謎をもたらすが、彼が、生け贄の儀式が行なわれたタオトルの密儀では、外界にはすべて厳密に秘匿されていたと述べていることから、その謎は解かれる。この密儀では、人体への侵害は、リズム組織[心臓]ではなく、代謝-意志-人間に対して行なわれたと言うことは納得できることである。人間を道具にするために、西方の人間の核である、人間の意志領域に押し入ろうとしたからである。
シュタイナーの講演では、この陰惨な密儀の他に、これに対抗しようとした密儀が存在したことが述べられている。ゴルゴタの秘儀が起きた頃、アーリマン的密儀に決然と戦いを挑んだ新しい運動がメキシコに生まれた。そこから、シュタイナーがヴィツリプツリVizliputzliと呼ぶ高位の秘儀参入者が出たのである。「あるとき、この文明に特別な使命を自らに持った存在が、中央アメリカに生まれた。メキシコの古い原住民は、この存在に特定の考えを結びつけた。この存在は、処女が、超地上的な力によって、天から舞い降りた羽をもった存在により懐胎させられることにより、この世に来たというのである。秘教的手段によりこの出来事を調べると、この存在が、ほぼ33年の生涯を送り、我々の紀元の1年頃に生まれたことを知る。」
同じ年に、パレスチナで処女による誕生が起こり、アメリカでも高位の秘儀参入者が処女から誕生し、彼はイエス・キリストと同じ年齢を経たのである。彼は、33歳に達してまた霊界に戻っていった。驚くべき並行事象! 「ヴィツリプツリの中に、人々は、処女から生まれた太陽存在を崇拝した。・・・そして彼らは、それが、ゴルゴタの秘儀の世界の西半分における知られざる同時代人で有ることを知らない。」ゴルゴタの秘儀が起きたとき、ミカエルに属する者はすべて太陽に集まっていた。この高位の秘儀参入者は、太陽から来て、アメリカで特別な使命を担ったのである。
同じ時代に、多くの受肉と殺人を通して準備してきた、最大の黒魔術師の一人が、そのアーリマン的密儀から出たのだ。「それは、最大ではないにしても、かつて地上に現れた最も力強い魔術師の一人、その道に存在する最も大きな秘密を獲得した魔術師であった。彼は、30歳の時に、第4、第5の後アトランティス時代に人類に闇をもたらし、アーリマン的力がこの時代に求めているものを実現できる衝撃を、これから続く人類の地球における発展に対し、彼が与えられるように、引き続く秘儀参入により、一人の人間として力をつけるかどうかの大きな決断の前に立った。」ゴルゴタの秘儀の起きたときに、この黒魔術が企図したものが実現していたら、第4後アトランティス時代だけでなく、また第5の我々の時代も闇に包まれていただろう。その場合、人智学のような、霊的なものへの突破口は開かれず、アーリマン存在が意図するものが栄えていただろう。そのように、地球の西半分で起きたことが、中央ヨーロッパ及び世界全体と関わっていたのである。
黙示録の作者も、この黒魔術師を知っていた。それは、本来のアンチキリストである獣に仕える「偽予言者」である。地球進化の終わりに、獣と偽予言者は克服される。
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以上が前半である。
本文中のヴィツリプツリであるが、ネットで検索するとウィツィロポチトリというアステカ神話の神が出てくる。その誕生物語には確かに羽が関連してくるが、その他の点ではシュタイナーの主張するような事柄はまだ見つけられていない。また、どういうわけか、詩人ハイネの詩にその名前が出てくるので、シュタイナー以前に、ドイツでは、その名が知られていたようである。
このテーマを扱った別の人智学者の本『北アメリカの歴史の霊的転換点』(Luigi Morelli著)でも、「ヴィツリプツリの名は、南北のほとんどのアメリカ人にとって全く見知らぬものである。それを聞いたのは、シュタイナーが1916年の講演で触れたわずかのことを聞いた人くらいであろう。」とあるので、やはり、隠れた歴史であるらしい。(いずれこの本も紹介したいと思うが、まだ未読で、今回の記事の関係で、序文をちら読みしたところ出会った文章である。)
「大いなる霊」は、アトランティスから東西にその子孫を伝えたが、それぞれ「悪魔的色彩」を持つようになり、東ではルチファーの、西(アメリカ)ではアーリマンの性格を持ったようだ。中国の道教(タオイズム)にはルチファーの影響があるのだろうか。
ちなみに、3000年前に、中国でルチファーが肉体をもったと、シュタイナーは、語っている。この人物は伝説上の皇帝とされる「黄帝」であるとする人智学者がいるが、黄帝は道教の開祖でもあるので、確かに関係がありそうである。
一方、アーリマンはやはりアメリカで受肉するのだろうか。今は、ウクライナ危機を造り出し、それを継続拡大するかのように動いているアメリカは、まるで世界中を巻き込んで混乱を造ることを目的としているかのようだ。その恥知らずなプロパガンタを見てもまさに嘘の帝国であり、アーリマンが誕生するに全くふさわしい国になってしまっていると言わざるを得ない。あるいは、獣に仕える黒魔術師もまた既に再受肉しているのだろうか?