k-lazaro’s note

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ルドルフ・シュタイナの現在の活動

 シュタイナーは1925年3月に亡くなったのだが、シュタイナーが自らの次の転生について語っていたことは、このブログの記事で以前触れられていた。今回は、これに関連する記事なのだが、以下の文章では人智学協会(運動)の歴史に関わる記述もあり、人智学協会の歴史についてある程度知識がないと理解するのが難しいと思われるし、そうしたことに関心の無い方にはあまり意味のないものかもしれない。また、私自身も、それらについてはまだよく把握していない状況である(まあ,今回だけでなく、これまでの記事についても、十分理解しているかというと心もとないのだが)。

 そのようなこともあり、実は、これを掲載するかは迷うところであったが、この問題について、日本では私が見た限り情報があまり伝えられていないようなので、問題提起の意味も込めて載せることとした。

 本文の前に、予備的情報をまず提示しておきたい。

 

 現在に至る人智学協会は、一度再編されている。つまり、当初の人智学協会は神智学協会から分かれて設立されたのだが、それは、現在の協会と組織的に異なるものである。最初の協会において、シュタイナーは、役員として位置づけられることはなかった。会員ですらなかったようである。しかし、その後、人智学運動は困難に直面し、結局、シュタイナーは、運動を立て直すために、新たに人智学協会を組織して、自らがその先頭に立つこととしたのだ。

 この間の経過ついて、ウィキペディアでは次のように説明されている。

 「協会の発展的解消と再編

 会員数の急激な増加と、それに伴う組織内の人間関係(方向性)の複雑化、人智学に基づく学校や病院などの関連組織の創立に伴う問題、さらには協会外で強まる人智学に対する反対運動により、人智学協会の組織は根本的な刷新を迫られる。とりわけ、シュタイナー自身の手によって設計され、人智学運動の中心となっていた木造のゲーテアヌムが放火によって1922年の大晦日に焼失したことは決定的な出来事であった。

 シュタイナーは1923年にヨーロッパ各国に自立した“邦域協会”を設立し、同年クリスマス期に、それらを包括する形での“普遍アントロポゾフィー協会”を約800名の会員と共に設立した(クリスマス会議)。この協会の設立に際してシュタイナーはアルベルト・シュテッフェン、マリー・シュタイナー、イタ・ヴェーグマン、エリーザベト・フレーデ、ギュンター・ヴァックスムートらと共に協会理事会を組織し、自身は創立理事長に就任する(このとき、中央経営陣である協会理事会はドルナハのゲーテアヌムに移されたので、以降同協会本部は「ゲーテアヌム」と呼ばれるようになる)。そして、この協会こそが“現存する”アントロポゾフィー協会なのである。」

 この説明は、客観的にはそのとおりなのだろうが、本質の部分では不十分であるように思われる。確かに、学校や病院などの関連組織の運営などの業務も加わり、協会の組織・運動が拡大したことに伴い、組織的、人的問題が生じてきたことは確かだろう。運動面、思想面、方向性の相違、対立も生まれたであろう。しかし、それらは協会が一端解散されることとなった本質的理由ではない。トマス・メイヤー氏などの指摘するところでは、結局、それは、当時の協会員たちのシュタイナーの意図に対する無理解だったのである。

 前の協会と後の協会との大きな相違は、それに対するシュタイナーの協会への関わり方にある。前者において、シュタイナーはその中で役員とはなっていなかったのだが、後者においては、その理事長に就任しているのである。

 前者の場合、それはシュタイナーの存在とは別に(もちろん緊密に連携するが)、自立的な組織が目指されたと言うことであろう(結果してそれは果たされなかった)。だが、後者は、シュタイナーと一体化した組織となったのである。これは、実は、秘教的には、シュタイナー自らが協会のカルマを引き受けるということなのである。

 しかし、これは、それまでの「霊界(霊的ヒエラルキー)」の意図にはないことであったという。シュタイナーの様な秘教のマスターは、公的な職についてはならないというルールがあるというのである。だから、あえて彼は最初協会に入ることもしなかったのだ。

 しかし、事態は切迫していた。このままの人智学協会(運動)が続けば、それまでの努力が水泡に帰すおそれが出てきたのである。それでやむなくシュタイナーは、方針を転換したのだ。それは、実際には、きわどいかけであったようである。「霊界(霊的ヒエラルキー)」がその後、どのように反応するかが分からなかったからである。

 しかし問題は更に続く、上に「クリスマス会議」という言葉が出てきた。それは、新しい組織を誕生させるための重要な儀式を伴っていた。ここでシュタイナーは、会員達の覚醒を促したのだ。

 だが、下の文章にもあるように、それはどうも失敗したようなのである。そしてそれは、シュタイナーの死後、協会指導部の内紛、マリー・シュタイナー、イタ・ヴェーグマンら旧指導部の追放という事態を生むことになる。

 この対立はやがて修復されたようだが、協会の以降の指導部は、クリスマス会議の失敗という認識に立っていないようである(メイヤー氏はこのことを批判している)。クリスマス会議の失敗を認めることは、以降存在してきた指導部の正当性に疑問を投げかけることになるからであろう。

 

 さて、以下の記事は、『ヨーロッパ人』誌2024年3月号掲載のものである。ダフネ・フォン・ボッホという方が著者だが、実際には、文章の多くは、トマス・メイヤー氏の著作から取られている。

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ルドルフ・シュタイナー-彼の存在と現在の活動についての質問

 

 最近ロシアで行われたアーリマンの受肉についての講演の際、私は何人かの聴衆から、ルドルフ・シュタイナーの現在の場所と現在の活動についてのさらなる情報を尋ねられた。私はこの質問に自分の言葉ではなく、トーマス・マイヤーの著書『巨人の肩の上の小人のように』からの引用で答えた。その中には、ルドルフ・シュタイナーによる現在の活動への言及も含まれている1

 これらの記述は、最初のゲーテアヌムが全焼した後、1912年から存在していた人智学協会を再び設立するというルドルフ・シュタイナーの考えから始まる。この出来事は1923年のクリスマス会議で行われ、今日では「あの」クリスマス会議として知られている。

 二重の角括弧内は、私が追加したものである。

ダフネ・フォン・ボッホ

 

 このルドルフ・シュタイナー人智学協会を再創立したこのクリスマス会議はどのように行われたのだろうか?1912年以来、シュタイナーが会員になることなく存在していた人智学協会が、新たに設立された協会の会長職を引き継ぐことになったのである!

 

クリスマス会議と地上のミカエル学校の前史

 前史は1923年の夏と秋に遡る。この年は、ゲーテアヌムの火災で廃墟と化した旧協会が、各国協会の設立によって再度強化されることになっていた年であった。このようにして、シュタイナーは麻痺した協会を「活気づける」-シュタイナーはかつてこう言ったように-ことを望んだのだ。

 D.N.ダンロップとエレノア・C.メリーが企画したペンメーンマウルのサマースクールで、シュタイナーはイタ・ヴェークマンに、協会の新たな設立が必要かもしれないとほのめかした。イタ・ヴェークマンが、設立すべき「新しい秘儀」についての質問を投げかけたのもこの場であった。

 しかし、シュタイナーはここ数ヶ月の各国での設立の進展に満足できなかったようで、すべての国を包括する国際的な協会を設立するという考えを持ち出さなくなった。このため、神智学協会が設立される1923年11月17日にハーグで開かれた会議で、-オランダの国内協会が設立されるとことになる-現実的な危機に直面した。ウィレム・ザイルマンスの証言によると、シュタイナーは打ちひしがれたようにホテルのロビーに現れ、一言も話さなかったという。「何かあったのですか」というイタ・ヴェグマンの心配そうな質問に対して、彼はこう言った。「メンバーは望んでいません......彼らは善意に満ちていますが......私はどうしたらいいのでしょう......?私はどうしたらいいのだろう......?」

 そこでシュタイナーは、自分が会員でもなく、ただそこで活動していただけの協会を放置し、新しい協会を設立することを控えようと真剣に考えた。憂慮したイタ・ヴェ-クマンは、その時、ペンメーンマウルで約束したことを思い出し、協会を離れないように頼んだ。それが転機となった。彼は、彼女が助けてくれるならと承諾した。別の日、オランダの全国協会が設立された。会長にはウィレム・ツィールマンスが就任した。...

 しかし、忘れてはならないのは、協会を再興し、会長職を引き継ぐという決断は、シナリオ1ではなく、シナリオ2【次善の策】だったということだ。そして、クリスマス大会の開幕前夜、シュタイナーは、まず開幕日の組織上の詳細を説明した後、この事実を思い起こさせ、この試みは、事態を十分に深刻に受け止めなければ、やはり自分が協会を脱退することになりかねない、と緊急に述べている。彼は、「事実は、物事は非常に、非常に真剣に、非常に真剣に、現時点ではとらえられなければならないということです。そうでなければ、人智学協会を脱退しなければならないという、私がしばしば口にしてきたことが実際に起こらざるを得なくなるでしょう」3 この言葉で、秘儀の形成の全サイクルは、締めくくられた。そしてこれらの言葉はまた、クリスマス会議への辛く深刻な前奏曲を形成しているのである。このサイクルでは、本当の意味で人類史上最も重要な秘儀について、惜しみなく説明されている。これらは、前章で述べた、超感覚的なスクールにおけるミカエルの偉大なイニシエートの教えの地上でのイメージなのである。

 強調しなければならないのは、1923年11月17日にシナリオ2が実現する直前、ルドルフ・シュタイナーが、クリスマス会議の開幕前夜にシナリオ1を思い出させていることである。それゆえ、このことは背景にあり、ゆえに、当初、それは実現しないままとなっているのだ。

 しかし、1924年の出来事の進展、とりわけシュタイナーの死後の進展を理解したいのであれば、当初実現しなかった協会のシナリオを忘れてはならない。それは真剣な意図であった。そして、秘儀参入者の真剣な意図は、精神的なゲームではなく、それが可能になったり必要になったりするときはいつでも、実現を待っているものなのである。

...

 

「クリスマス会議の衝動は打ち砕かれた。」(R.シュタイナー)

 AAG一般人智学協会内では今日に至るまで、一般的に完全に無視されている、確固たる基盤の上に成り立っている旧会員による様々な声明がある。その内の、1924年の晩夏、すなわち晩夏の最終日[1924年9月20日]に閉会したドルナッハの振り返りの最後の7時間の頃のもの二つを取りあげよう。

 最初のものは、オイリュトミストのマリア・イナ・シュウルマン(1894-1977)が書いたもので、彼女は、有名な人智学者で青少年向けの本の著者であるヤコブ・シュトライト(1910-2009)と会った。

 シュトライトの報告によれば、「1950年代のことです。著者はマリア・イナ・シュウルマン夫人(音楽家マックス・シュウルマンの妻)と会話をした。私たちは、ルドルフ・シュタイナーが亡くなってからの人智学協会の懸念について話しました。彼女は初期のオイリュトミストの一人で、ルドルフ・シュタイナーのもとでオーベルファーのクリスマス劇で天使を演じていた。そして彼女は次のように話してくれた:

 “クリスマス会議の話し合いが終わった後、私は舞台の後ろの大工仕事場の方に座っていたのですが、そこには公演の前後に休めるソファのある芸術家コーナーがありました。ルドルフ・シュタイナーがレクチャー・シアターから奥に来ました。私がそこに座っているのを見て、「これであと10年は大丈夫だろう(!)」と言って、彼は去っていきました。晩夏(1924年)、私は同じ場所でのイベントの前に、芸術家たちのコーナーに座っていました。ルドルフ・シュタイナーが講演にやってきたのです。ルドルフ・シュタイナーは私を見て、はっきりとこう言いました:「クリスマス会議は失敗した。」彼はそのまま歩いていきました。私は深いショックを受けました。私は2年間、この体験を夫に話す勇気さえなかったのです。- そして、この発言の証人として、遺産管理局に報告書を提出しました。" 4

 二人目の証人はブルーノ・クリューガー(1887-1979)で、元人智学者、弁護士、シュタイナーの生徒である。シュトライトは次のように報告している:

 “私たちが会った1970年代当時、筆者は、上記の[[スイスの人智学協会の]]会報の編集者であり、ルドルフ・シュタイナーの重要な共同者であることを知っていたので、シュトゥットガルトに滞在している間に彼を訪ねることにした。(さらに一人称で): シュトゥットガルトの教師セミナーで講義をしたとき、私はクリューガー博士に電話をかけ、話をしたいと頼んだ。今朝11時から11時15分に来てください!私は力強い声の強烈な個性を発見した。彼は私にいくつか簡単な質問をし、それから主に彼が語る会話となった。それは2時間続いた!かれは、人智学協会に関しては、1923年のクリスマス会議について意見を述べた。- 彼は1924年の夏の終わりにドルナッハに来て、ルドルフ・シュタイナーに出会い、シュタイナーは、すぐに彼に近づいてきた。クリューガーは、彼の驚くべき声を聞いた-「クリスマス会議の衝動は打ち砕かれた!」

 クリューガー博士がそう言ってシュタイナー博士の言葉を口にしたとき、それは痛ましい叫び声のように聞こえた。しかし、シュタイナー博士はこう続けた。「クリューガー博士、10月にドルナッハに来てください。私たちはすべてを新しくしなければならない。」“

 ブルーノ・クリューガーの報告から明らかなように、クリスマス会議だけでなく、シュタイナーが19番目の授業の「クラス」と呼んだ、その後に設立された地上の「人智学的ミカエル学派」も粉砕されたのだ。そうでなければ、なぜ「すべてを新しく」しなければならないかという理由がわからないからである。

 否定的な意味をもつこのシュタイナーの言葉は、1924年に収穫された、カルマの講義の高揚から農業コースまで、例を挙げればきりがない大きな収穫から何も奪うものではない。しかし、シナリオ2が継続できなかったことは明らかである。そして今日に至るまで、このことは一般に単に無視されている

 

1924年9月28日の最後の要求

 シュタイナーは、カルマの講義が終わり、最後の反復レッスンの1週間後に、健康を害してこの要求を終えることができなかった。

 ここではそのすべてには触れない。繰り返しになるが、私たちは、クリスマス会議でシュタイナーが新協会の会長職を引き継いだ後に取り組んだすべてのことに光を当てることができる、ある特定のモチーフを選び出したいだけである。断片的に残るが、すべてはこの「ミカエル思想」のスピーチに集約される。そして、このことについてルドルフ・シュタイナーは次のように述べている。

 「近い将来、ミカエル思想が、少なくとも12人の4倍の中で完全に生かされるようになり、12人の4倍の中で、自分自身によってではなく、ドルナッハのゲーテアヌムの指導陣によってそのように認められるようになり、そのような12人の4倍の中で、ミカエル祝祭ムードのために、指導者たちが生まれるようになれば、ミカエル潮流とミカエル行為を通して、将来人類に広がる光を期待することができる。」5

 秋の初めからまもなく、ミカエル祭の前夜にかけて、従って、晩夏のクリスマス会議や高等学院の否定的な発言の後、このような希望に満ちた真剣な展望が語られたのだ。シュタイナーがゲーテアヌムで創設した教育機関の力に対する最後の希望を示しているのだろうか。そう解釈することもできる。しかし、確かなことは、「近い将来」に48という数字に達しなかったということである。

 ルドルフ・シュタイナー自身が指摘したように、48は12の4倍【訳注】で構成され、12は世界史におけるすべての偉大な同胞団設立の数(使徒たち、聖アーサー騎士団など)であることを考えるならば、シュタイナーの最後の言葉は、未来への約束として理解することもできる。未来とは、彼の人生をはるかに超えたものであり、彼自身が代表を務めるゲーテアヌムの指導者たちを超えたものでもある。

 

【訳注】ここで触れられていないが、4とは、人間の構成要素である肉体・エーテル体・アストラル体・自我を示す数でもあり、このことが「4倍」の背景にあるのかもしれない。

 

 シュタイナーの死後、後のゲーテアヌムの指導者たちが大失敗した今日から見れば、この見解は唯一現実的なものであるように思われる。言い換えれば、4×12人の共同体の形成が必要であるという訴えは、クリスマス会議と高等学院の失敗した衝動の半径をはるかに超え未来に至るものであり、その未来では、1923年晩秋のシナリオ1が、潜在的段階から現実の段階へと出現することになるのである。

 議論を先どりすれば、「ゲーテアヌムの指導者たち」は、遅くとも1935年に、最後の要求のミカエル思想を最も真っ向から否定し、シュタイナーの献身的な協働者を理事会と協会から追放したとき、秘教的に自らの動きを封じてしまったのだ。...

 より広い意味で重要なのは、D.N.ダンロップは、1930年に重病を患った後、アーサー王同胞団に似た「同胞団」を創設するという考えを抱いていたという事実である。このような衝動は、この闘病中に起こったキリスト体験の中で彼の中に生まれた。彼の魂の友であったエレノア・C・メリーが、しばらくしてそのことについて彼に尋ねたとき、彼はただ「自分は、未来を見た」と答えたのである6。...

 1960年4月、ヴィレム・ツィールマンス・フォン・エミショーヴェンは、ドルナッハで開かれた総会で、多くの人々を驚かせたが、オランダ全国協会がAAG 一般人智学協会に復帰することを発表した。この一歩の前には、多くの議論があったが、最後には初代会長のアルバート・シュテッフェンとの間で行われた。後者はこの一歩を歓迎したが、それはおそらく、ツィールマンスがいかなる条件も課さなかったからであろう。「なぜ」という質問に対して、ツィールマンスは「時間が差し迫っているから」、そして「私たちがそれを望んでいるから」と答えた7

 明らかにこれは、シュタイナーが、運動の最高潮を予見して、2度にわたって語った【20】世紀末に関して述べられたものである。それは、人智学運動の初期の時代からすぐに転生してくる、よりアリストテレス的な志向を持つ弟子たちを含む、アリストテレス的な魂とプラトン的な魂の偉大な統一である。再統合により、世紀末の【受肉した】魂達が協会とのつながりを見出す可能性が提供されるのだ。これがツィールマンスの暗黙の希望だったのである。

 ミカエル学院の第4段階は、地上における2番目の段階である。それは当然、以前のルドルフ・シュタイナーの「個性」individualityの新たな受肉と結びついている。生前のルドルフ・シュタイナー自身からも、そのような受肉についてさまざまな言及があった。

 おそらく最も有名な発言は、シュタイナーが、教師カロリーネ・フォン・ヘイデブランドに対して、西ヨーロッパのシェイクスピアの町ストラットフォード・アポン・エイボン【訳注】で行ったものだろう。                             

 

【訳注】ストラトフォード=アポン=エイヴォン(英: Stratford-upon-Avon)は、イングランド中部のウォリックシャーにあるタウンかつ行政教区。

 

 これは1922年の復活祭の頃に起こったことで、ヘイデブランドはこの発言をシュトゥットガルト・ヴァルドルフ・スクールの教師仲間であるヴァルター・ヨハネス・シュタインに伝えた。シュタインは日記にこう記している。「ヘイデブランドは語った。1922年のストラトフォードで、ルドルフ・シュタイナーは、彼が80年後にアメリカに戻ると言った、と。」8 新しい活動の始まりは、おそらく80年の後と考えられているのだろうということは-シュタイナーは、確かにこのことを視野に入れており、未来の誕生ではないからだ-ヨハンナ・フォン・カイザーリンクのあまり知られていない発言からも明らかである。それは次のようなものだ:

 “博士がかつて私におっしゃいました。-その時は誤解していましたが:

 「アメリカで、敵対勢力は、私が向こうにいるときにこそ、その力を最大限に発揮するのです。」“9

 悪が "その力を最大限に発揮する "とき、悪の深淵と秘密の秘儀参入者は、離れていることはない。(シュタイナーからヨハンナ・フォン・カイザーリンクへ)。

 彼は、いわば、台風の目(よく知られているように、最大の静けさが支配する場所)にその対抗する働きを確立し、ここから放射するのだ。そしてここから、世界における新たな働きのために、最強の弟子たちとミカエルに奉仕する者たちを準備し、霊感を与えるのである。そして、超感覚的な世界ですでに準備された、厳格に規律づけられ、当初は世界によって認識されず、妨害されることもない新しい同胞団を造り出すのである。...

 第一クラスの第二部と第三部は、機関においてはなく、D.N.ダンロップがすでに創設を意図していた新しい同胞団の小さなサークルの中で実現されなければならない。D.N.ダンロップは、未来を見通していた。

 その未来は今、現在となっている。

 

[ダフネ・フォン・ボッホ博士による要約・編集]

 

1 Thomas Meyer, Like dwarves on the shoulders of giants - The Michael School and its four phases to date, Perseus Basel, 2020.

2 Emanuel Zeylmans, Willem Zeylmans von Emmichoven - ein Pioneier der Anthroposophie, Arlesheim 1979, p. 124 (E.Z.による引用は省略)

3 "Introductory words before the lecture on 23 December 1923", Dornach (GA 232), ed. 1998.

4 この対談と次の対談は、Jakob Streit発行の『Mitteilungen der Anthroposophischen Vereinigung in der Schweiz』(2003年復活祭)に掲載された。

5 最後の住所は1924年9月28日、ドルナッハ(GA 238)。

6 Eleanor C. Merry, Memories of Rudolf Steiner and D.N. Dunlop, Basel 1992, p. 52.

7 Willem Zeylmans, quoted in: s.o. ( 2), S. 343.

8 ライナー・モネによるトーマス・マイヤーへのインタビュー(www.perseus. ch/PDF-Dateien/MeyerInterview.pdfより引用。

9 『Der Europäer』Vol.22, No.9/10 (July/August 2018), p.11.

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 さて、上の文章では、人智学運動についての、20世紀末に関する見通し(予言)が述べられていた。それは、シュタイナーと共に初期に人智学運動を担った人々が、シュタイナーのように、その死後にすぐに転生してくる、そして「アリストテレス的な魂とプラトン的な魂の偉大な統一」が行なわれると言うことである。アリストテレス的な魂、プラトン的な魂とは、ギリシアの偉大な二人の哲学者に関わる二つの霊統が存在しており、それが、人智学において合流するという事である。この二つの流れは、古くから存在し、それぞれ別の道を辿ってきたようなのであるが、両者は、今後協力し合い、それにより人智学の運動は最高潮の時期を迎えるというのである。

 予見された時期は既に過ぎ去っており、その予見が正しかったのかどうかについては議論がわかれているようである。実際、振り返れば、その様な時期は存在しなかったとも見えるが、時期がずれた、今後そうなるといことかもしれない。

 さて、最後にシュタイナーの転生に関して、「彼(シュタイナー)が80年後にアメリカに戻ると言った」とする文章が出てきた。この意味が、少しメイヤー氏の文章ではわかりにくいような気がする(私のドイツ語力不足が何よりの原因だろうが)。

 「80年後にアメリカに戻る」というのは、その時に、シュタイナーの「新しい活動」が始まるという意味で解釈すべきだとメイヤー氏は述べているようである。死後80年後となれば、シュタイナーは2002年頃(1922+80年)に転生したこととなるが(その場合、シュタイナーはまだ若いので、現時点ではまだ活動を開始していないように思われる)、活動の開始が2002年頃となれば、このことについてメイヤー氏ははっきりと書いていないが、当然、シュタイナーの誕生はそれよりもだいぶ前と言うことになるだろう。

 ヘイデブランド氏の証言がそのように解釈できるかと言うことだが、確かに、その頃に「戻ってくる」とは、その頃に「戻って活動している」ということであるとの読み取りは可能であろう。

 また、「80年後」の原文は、「in 80 Jahren」であることから、ドイツ語としては、他に、「80年の内に」と訳すことも可能らしいので、そうとすれば、受肉自体は80年以前のある時期と幅をもつことになる。そしてその場合、80年という年数を示したのは、やはりこの頃に活動を始めるという意味を込めたと理解することも可能だろうか?

 いずれにしても、私たちは、シュタイナーと共に同じ時代を生きているのかもしれない。

 

 ちなみにアントロウィキでは次のように解説されている。

 「エーレンフリート・プファイファーはW.J.シュタインの日記を引用しているが、その日記はルドルフ・シュタイナーから次の転生についての発言を引き出したとされる同僚の教師の言葉を引用している:

 ルドルフ・シュタイナーは1922年にストラットフォード・アポン・エイボンで、自分自身について非常に直接的な発言をしている。W.J.シュタインの日記には次のように書かれている:"キャロライン・フォン・ヘイデブランド(シュトゥットガルト・ヴァルドルフ・スクールの同僚教師)が言うには、1922年のストラットフォード(イーヴン)でシュタイナー博士は、自分は80年後-それは2002年となる-にアメリカに戻ってくると言った。

 

(ルドルフ・シュタイナーは現在21歳である。マスターがそのような姿を現すことができ、公に著名な仕事が展開されるようになるのは、早くても40歳になってからなので、彼の世界的な仕事が世間に明らかになるのは2042年になってからである)。

 

 しかし、このようにしてシュタイナーから得た引用に信憑性が認められるかどうかは疑問であり、また、救いの約束という意味での“ルドルフ・シュタイナーを待つ”ことが誰にとっても有益かどうかも疑問である。シュタイナーは正確さだけでなく完全性も重視すると主張しているのだから、もしこの情報が重要であれば、次の転生を別の方法で伝えただろうと推測できる。加えて、シュタイナーは個人崇拝を確立しようとする傾向に対して極めて批判的であった。このことは、シュタイナーが常に強調していた自由(自律性、独立性)の強調や、いかなる教条主義も否定していたことからもうかがえる。彼自身の意見では、ルドルフ・シュタイナーの次の転生についての議論の関連性は、おそらくほとんどないだろう。」

 

 本文では、人智学協会の秘教的意味にも触れられていた。人智学協会というものは、オカルト史的には、シュタイナーの創立した神智学の分派というように位置づけられるだろうが、シュタイナーからすれば、唯物主義を乗り越える、来るべき時代のために霊界から要請されたものということができる。具体的には、上の文章にあるように、霊界におけるミカエルの秘儀の学院を地上にもたらすことであろう。

 それは、人類の霊的進化を進めるための一つの必然として求められたものである。

 しかし、協会が、人間により組織され、人間が関わるものである以上、そこには人間特有の問題が伴わざるを得ない。多くの者が関わる組織ゆえに、妬みや嫉妬、利己主義、打算等々を離れた人間ばかりとはいかないのだ。そしてそれが、霊的敵対勢力のつけ込むところなのである。

 私には、今の人智学協会指導部を批判できるほど知識はないが、メイヤー氏らの論考に出会ってからは、少し距離をおき、客観的に見るようにしたいと思うようになっている。

 協会の指導部は、ゲーテアヌムに本拠をおいており、確かに多くの人智学者を代表するものであることに変わりはないだろうが、批判的視点なく何でも受け入れてしまうのは危険である。人智学は宗教ではないのだ。もとより、盲目的に信じるものではない。

WHOパンデミック条約の目的は何か?

 13日、WHOの「パンデミック条約」に反対する大規模な集会・デモが東京で開催されたようである。マスコミは取りあげていないので、知らない人の方が多いだろう。「パンデミック条約」自体がマスコミによりほとんど取りあげられておらず、なにが問題なのか分からない人もまた多いのが現状だろう。

 この条約は、一部のネット上で、昨年来騒がれてきたものだが、新型コロナ、ワクチンの問題とも密接に関連するものである。

 これまで世界中で行なわれてきた新型コロナ対策の無意味さ、不条理さそして危険性は、次第に明らかになってきているが、WHOは、それらを推進するうえで大きな役割を果たしてきた。この条約は、このようなことを推し進める体制を更に強化しようとするものである。

 それは、世界の公衆衛生や医療を巡り、WHOの各国に対する権限を増大させるものである。感染症がはやったとき、WHOがパンデミックを宣言し、その対策(ワクチン等)を各国に事実上強制できるというのである。これは、世界政府への一里塚と批判する者もいる。

 そのための法的枠組みが「パンデミック条約」であり、それが次のWHOの総会で決定されるのではないかというのである。

 今回は、これに関連する『ヨーロッパ人』誌(4/5月号)の記事を紹介する。

 

 以下の記事では、WHOの組織的な問題が語られている。その財政の多くが民間の寄付に依存しており、その民間とは、「慈善家」のビル・ゲイツ氏の財団や製薬会社なのである。これらは全て「ワクチン」推進派と言える。

 民間企業がWHOに寄付する目的とは何であろうか?勿論、慈善や人間愛ではない。WHOをとおして世界中の公衆衛生・医療政策を支配し、ワクチンを中心とするような方向に誘導し、それにより利益をえるためであろう。

 当然、WHOの高官達もそれを是としており、そして、その恩恵に預かっているとみて良いであろう。しかし、彼らは、国民の選挙によって選ばれているのではない。出身国で問題のある人物でも、誰かのお眼鏡にかなえば就任できるのだ(医者でなくても!)。

 記事にはスイスの状況を伝える内容があり、そのまま日本に当てはまらない部分もあるが、この問題について良い示唆を与えるものとなっている。

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計画されているWHO改革と国の法支配への影響

 

 世界保健機関(WHO)は、1948年4月7日にジュネーブで設立された国連の専門機関である。

 WHOの使命は、「すべての人々が可能な限り最善の健康状態を達成できるよう支援する」ことである。設立以来、WHOは重要な保健政策問題を扱ってきた。当初は感染症対策が主な任務であった。グローバリゼーションが進むにつれ、保健分野における世界的な取り組みを中央で指揮・調整し、国家や国際機関がともに保健上の脅威に適切に対応できるようにすることがより重要になってきた。WHOの目的は、世界中のすべての人々が心身ともに健康な生活を送れるよう、枠組みを整えることでもある。

 WHOのあまり知られていない側面としては、現事務局長であるエチオピア人のテドロス・アドハノム・ゲブレイエソス氏が、マルクス・レーニン主義のティグライ人民解放戦線のメンバーであった保健大臣在任中に人権侵害を行ったとして、特に母国から繰り返し激しい批判を受けてきたという事実がある1WHOの暗黒面には、2020年5月にコビッド19をめぐる広報を悪名高いPR会社に依頼した事実も含まれている。それは、 1990年8月、第二次湾岸戦争に賛成票を投じるよう米国民を説得するため、いわゆる保育器の嘘をついたヒル&ノウルトン社である2

 

WHOの資金調達

 WHOがその任務を遂行するために自由に使える予算は約35億米ドル(2021年)である。したがって、国連の専門機関の中でWHOの予算は最大である。WHOの予算は、国連が各国の経済力に応じて決定する加盟国からの義務的拠出金と、任意拠出金で構成されている。2021年のドイツの義務的拠出金は3100万米ドルだった。

 しかし、義務的拠出金は現在、予算総額の約15%を占めるにすぎない。予算のほぼ85%は、官民を問わず自発的な拠出金で占められている。ドイツだけでも、2021年には6億ドル以上が自発的に拠出されている。WHOへの最大の寄付者の一人であるビル&リンダ・ゲイツ財団を筆頭に、民間からの寄付に大きく依存していることは、国連の専門機関の中でも特別な特徴である。

 1960年以降のWHO予算の推移を見ると、加盟国の強制拠出金による通常予算は数十年間停滞しており、任意拠出金によってのみ大幅な予算増が記録されていることがわかる。WHOの通常資金が1960年以来ほぼ5倍に増加しているのに対し、任意資金の割合は同じ期間に100倍以上に増加している。つまり、義務的な寄付の割合が少なく、少数の寄付者からの自発的な寄付が多いというアンバランスがある。過去10年間、WHOはビル&メリンダ・ゲイツ財団から任意拠出金全体の約9〜16%を受け取っており、それ以来、同財団はWHOへの拠出金において、米国、ドイツ、英国に次ぐ第2位または第3位の拠出者となっている。WHOへのもう一つの重要な寄付者は、Global Alliance for Vaccines and Immunisation (Gavi)である。Gaviは、ジュネーブに本部を置く世界的に活動する官民パートナーシップで、スイスではスイス法に基づく財団の地位を有している。Gaviの目的は、開発途上国における予防可能な疾病、特に小児の予防接種へのアクセスを改善することである。WHOの2年ごとの最終予算は、2022年から2023年までの総額61億2000万米ドルで承認された。このうち10億ドル近くが義務的拠出金、51.6億ドルが任意拠出金である3

 任意拠出は、一般的に特定の目的のために拠出されるため、問題がある。WHOが何にお金を使うことができ、何に使うことができないかは、寄付者だけが決定する。たとえウィキペディアにおいてさえ、ある批評家はWHOへの寄付を問題視している。2014年の時点で、ZDFの政治テレビ番組『Frontal21』は、WHOの年間予算約40億米ドルのうち、企業、特に製薬業界からの多額の寄付を含む自発的な寄付だけで約30億米ドルであると報告している。報告書によると、トランスペアレンシー・インターナショナルは、WHOに対する各国の義務的拠出金があまりにも低すぎると批判している。このため、2001年以来、WHOは産業界に取り込まれている。フロンタル21の報告書によると、2010年の欧州評議会によるWHOの調査を率いた英国人のポール・フリンは、WHOを次のように批判している: 「私の意見では、(WHOは)今日でも製薬業界に過度に影響されており、製薬業界は自らの経済的利益のために医療費を巧みに操っている。」WHOのプロジェクトは、ビル&メリンダ・ゲイツ財団から75%の資金提供を受けている前述のGaviワクチン同盟を含め、官民パートナーシップとしても部分的に資金提供を受けている。この財団は、フランクフルト・アム・マインに本部を置く援助・人権団体メディコ・インターナショナルなどから、株式を保有する企業による標的対策を推進・支援していると非難されている。ビル&メリンダ・ゲイツ財団は、メルク・アンド・カンパニー、グラクソ・スミスクライン、ノバルティス、ファイザーなど、同財団が株式を保有する企業にWHOとの契約を推奨している。「製薬会社であるビッグファーマと食品会社であるビッグフードは、WHOにおいてまさにこの利益相反を不謹慎にも利用している」とインドの保健専門家アミット・セングプタは言う4。2017年5月にトーマス・クルーケムがドイチュラントフンクのラジオで指摘したように、寄付者からの圧力の下、WHOは感染症に対する技術主義的な闘いに集中している5

 

計画されているWHO改革とスイスの立場

 WHOは現在、国際法上の2つの異なる制度について交渉中であり、いずれも2024年5月末に開催される次回の世界保健総会で採択される予定である。パンデミックの予防、準備、対応に関する条約、協定、その他の国際的文書(CA+)という扱いにくい名称の新条約(通常、パンデミック条約と呼ばれる)と、国際保健規則(IHR)の改正と新版(現行版は2005年までさかのぼる)である。

 政府間交渉機関(INB)によるパンデミックへの備えと対応に関する新条約の交渉。WHOパンデミック条約の交渉文書の最終改訂草案は、2024年3月7日となっている6 。第二のプロセスは、保健上の緊急事態、準備、対応に関する既存の国際的な法的枠組み、すなわちIHRの改訂である。この改正作業は、国家間保健規則作業部会(WGIHR)によって調整されている。INBもWGIHRも、WHOの最重要機関である世界保健総会(WHA)の下部組織である。現在の形では、ほとんどすべての規制分野で内容が重複しており、WHOとその加盟国がなぜ、範囲と内容が重複する2つの国際文書の交渉にリソースを割いているのか不明である

 2024年5月の第77回WHAで単純多数決で採択された場合、2022年に改定され2023年11月に発効したIHR第59条、第61条、第62条の新版に従い、10ヶ月以内に国が積極的に拒否または留保を提出しない限り、IHRの改定は12ヶ月以内にすべての国に対して発効する。2022年の改正以前は、各国はIHRの改正に対して18ヶ月の猶予があった。この改正発効のための迅速な手続きは、改正プロセスをさらに加速させるだろう。

 対照的に、WHOパンデミック条約は現在、WHO憲法第19条の下で交渉が進められている。条約が世界保健総会(WHA)で3分の2以上の賛成で採択されれば、WHOの各加盟国は、自国の国内法に定められた手続きに従って条約に署名し、批准することができる7

 スイス連邦公衆衛生局(FOPH)のウェブサイトには、この改革プロジェクトに関する次のような声明が掲載されている。「スイスにとって、拘束力のある国際協力は、将来の保健上の緊急事態に備えるための重要な前提条件である。COVID-19のような世界的な健康危機が繰り返されないようにしなければならない。今回のパンデミックは、ウイルスが国境を越えて急速に拡散することを示している。世界中のすべての国、地域社会、関係者の備えと保護を強化することは、最終的にはスイスとその国民を守ることにもつながる。

 スイスは、法的拘束力のある制度の計画を早くから支持してきた。今回の危機は、スイスにとって国際的に拘束力のある文書がいかに重要であるかを示している。そのため、スイスはこの交渉プロセスを支持し、その利益に積極的に貢献している。

 主権国家であるスイスは、いかなる条約、協定、その他の文書にも自由に署名し、批准することができる。

 スイスは、最終的な交渉内容に従って交渉がまとまった時点で初めて、その結果に同意するかどうかを決定する。」8

 予定されているIHRの改正については、スイス連邦公衆衛生局(FOPH)は言及していない。その際、国際的・地域的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)の確認は、情報統制(検閲)、監視、デジタル化の手段を正当化し、ワクチンなどのパンデミック関連製品の開発と流通を加速させ、それを国民が受け入れるための基盤を作るために使われる中心的なテコである。2023年12月初旬、NZZのカタリーナ・フォンタナとのインタビューの中で、WHOや他の加盟国との条約交渉を担当するFOPHの外交官ノーラ・クローニヒは、IHRの重要性を意図的に軽視した。国際保健規則の調整は、どちらかといえば軽微で技術的なものであり、必ずしも国会の決定を必要としない9。以下は、法の支配の観点から疑問のあるIHRとパンデミック協定に関する改革案の例である。独自の判断を下したい人は、これらの提案を読み、評価することを避けては通れない。原文や参考になる分析はAktionsbündnis Freie Schweiz(ABF)で見ることができ、その一部はドイツ語訳もある(脚注2参照)。判断の根拠は入手可能である。しかし、管理された考え方の快適な道を拒否する者は、個々の判断を下す苦労を免れない。

 

WHO事務局長の無制限の権限

 将来、WHO事務局長は、脅威の証明も法的管理もなしに、パンデミックを宣言する時期を単独で決定できるようになる(IHR2024草案第12条「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)の決定」を参照)。パンデミックの口実は、ほぼ無制限に拡大できる。新型インフルエンザの亜型、あるいは国際的な公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)の可能性だけでも十分である。門戸は恣意性に開かれている。国際的な保健衛生上の緊急事態の宣言は、連鎖的に憲法に関連する結果を引き起こす最初のドミノのようなものである。WHOが出した指示が賢明で、正当で、必要なものかどうか、巻き添え被害が回避されているかどうかをチェックする独立した管理・是正メカニズムは存在しない。一般に、法的保護の規定はない。WHO事務局長の決定を見直したり、国際保健上の緊急事態を終結させたりする可能性はない。その結果、一個人の裁量権が、管理機構も説明責任もなく、最大限に拡大さるのである。

 これは既存の憲法上の保障とは相容れない。スイス連邦憲法(FC)第29条aによると、すべての人は法的紛争が生じた場合、司法当局の判断を受ける権利を有する。連邦憲法第30条第1項もまた、法的手続きにおいて裁かれなければならないすべての人は、法律によって設立された有能で独立した公平な裁判所を利用する権利を有すると規定している。

 

パンデミック対策のためのWHO勧告は拘束力を持つようになる

 IHR2024草案の第1条では、定義とともに、WHO勧告の拘束力のない性質への言及が削除されている。これだけでは勧告の性質が疑問視されることはないかもしれないが、それ以上に明確な規定が他に2つある。IHR2024草案の第13条aによれば、加盟国はWHOを国際公衆衛生対応の指導・調整機関として承認し、国際公衆衛生対応における勧告に従うことを約束する。英語の法律用語では、「何かをすることを約束する」とは拘束力のある法的義務を意味する。さらに、IHR2024草案の第42条によれば、(恒久的および一時的な)勧告は、すべての締約国によって直ちに実施されなければならない。

第18条第1項によれば、勧告の対象は次のようなものである。

- 健康診断証明書と検査室分析の見直し

- 健康診断の依頼

- 予防接種またはその他の予防措置の証明の検証

- 予防接種またはその他の予防措置の要請

- 疑いのある人を公衆衛生の監視下に置く;

- 疑いのある人に対し、検疫またはその他の保健措置を実施すること;

- 罹患者の隔離と、必要に応じて治療を実施する;

- 疑いまたは罹患者の接触者追跡を実施すること;

- 疑いまたは罹患者の入国拒否

 実施委員会(IHR2024草案第53条A)も計画されており、加盟国による保健規則/勧告の正しい実施を審査する。さらに、WHOが定めた枠組みの中で加盟国が正しく行動しているかどうかをチェックする、参加と報告義務を伴う遵守委員会(IHR2024草案第53条の2の4)も設置される。この2つの委員会は、現在のように単に勧告を出すだけであれば、余計なものである。勧告の履行が遅れたり、履行を拒否したりする加盟国に対しては、相当な世論の圧力がかかることが予想される。

 その結果、スイスは勧告を実施する義務を負うことになる。特にIHRは国際法上の地位を享受しているのだから。これを現行の憲法規定と整合させるのは難しい。BV第163条第1項によると、連邦議会は連邦法または条例の形で立法規定を制定する。連邦憲法第164条第1項は、すべての重要な立法規定は連邦法の形で制定されなければならないと明確に定めている。これには特に、a.政治的権利の行使、b.憲法上の権利の制限、c.個人の権利と義務に関する基本規定が含まれる。

 連邦憲法第185条第3項により、連邦参議院は、発生した、または差し迫った公の秩序または内外の安全に対する重大な妨害に対抗するため、条例および政令を発することができる。ただし、このような条例は期限付きでなければならない。連邦憲法第10条によれば、すべての人は、生命に対する権利(死刑は禁止されている)、個人の自由に対する権利、特に身体的および精神的完全性に対する権利、ならびに移動の自由に対する権利を有する。拷問やその他の残虐な、非人道的な、あるいは品位を傷つけるような扱いや刑罰は禁止されている。連邦憲法第31条第1項により、人が自由を奪われるのは、法律で規定された場合に限り、また法律で規定された方法による場合に限られる。これは、WHOが検疫や隔離措置を命じる権限を持つことと相容れない。

 

WHOの検閲と操作許可

 WHOの検閲と操作の権限 IHR2024草案の第44条1項(h)によれば、加盟国は、公衆衛生問題、予防・防疫措置、活動に関する虚偽で信頼できない情報が、メディア、ソーシャルネットワーク、その他の流布経路で流布されることに対抗するため、相互に協力し、支援することを約束する。パンデミック協定草案(2024年3月7日現在)第18条第1項は、同様の形式を規定している: 各締約国は、パンデミックとその原因、影響、推進要因に関する信頼できる事実に基づく情報へのタイムリーなアクセスを促進し、特にリスクコミュニケーションと効果的なコミュニティへの関与を通じて、誤った情報や偽情報に対抗し、これを排除することを目的とする(訳注:Heike Wiegand, ABF)。

 このようなことから、パンデミックの定義においても、パンデミックの予防や対策においても、WHOが真実を独占することになるのではないかという懸念が生じる。このような検閲の仕組みは、憲法の保障とは相容れない。連邦憲法第16条は、意見と情報の自由を保障している。すべての人は、自由に意見を形成し、それを妨げられることなく表明し、広める権利を有する。すべての人は、情報を自由に受け取り、一般にアクセス可能な情報源から情報を入手し、広める権利を有する。この規定は、連邦憲法第17条第1項によって補足され、報道、ラジオ、テレビ、その他の公共放送による実演や情報の自由を保障している。連邦憲法第17条第2項は、検閲の禁止を明記している。

 

IHRの改定に関する結論

 現在の草案によれば、WHOは改正IHRを通じて、国家主権と個人の自己決定を無期限に停止し、自らの存在(健康、私生活)の中核的な問題について権限を与える無制限の権限を与えられることになっている。スイスの弁護士フィリップ・クルーゼは、WHOの専門家として知られ、現在ではいくつかの議会で公聴会を開いているが、講演の冒頭でこの状況を次のように例えて説明した: それは、あなたの健康に関する契約であり、あなたの財産や個人的な自己決定を含む、あなたのすべての権利に関する契約であり、この医師は、あなたの健康状態や個人的な生活状態を恣意的に決定し、特定の状況下では、生涯にわたって、あなたに有害な行動や有害な薬物を押し付けるフリーパスであり、あなたはその問題について何も言うことができず、異議を唱えることも許されない。

 スイス連邦憲法が例示する基本的人権は、欧州人権条約、市民的及び政治的権利に関する国際規約(国連規約第2条)、国連世界人権宣言の規定によって補完することができる。これらの国際条約は、スイスと連邦最高裁判所を拘束する法律である(BV第190条参照)。

 このような背景から、WHOの改革計画に対するFOPHの見解を理解するのは難しい。これは憲法国際法の基本原則を放棄するものであり、WHOがボタンひとつで憲法の重要な柱をいつでも停止できるフリーパスにほかならない。

 結局のところ、交渉の末にこの2つの条約のどちらかに基本的権利保護というイチジクの葉が書き込まれようが、大差はない。科学がテーゼとアンチテーゼを用いて活動することを許されなくなり、民主主義においてさえも賛成意見のみが許され、反対意見はもはや許されないのであれば。そうなれば、もはや基本的権利の保護などありえない。民主主義は、実質的に世界中でWHOの健康独裁に取って代わられる恐れがある。

 

計画経済保健カルテルとしてのWHOパンデミック協定

 米国のジェームズ・ロガスキーは、WHOの改革が法の支配にもたらす差し迫った結果について、非常によく説明している10。彼の見解によれば、WHOパンデミック条約は、国家主権に対する攻撃でもなければ、基本的自由や人権を制限・廃止する根拠でもない。また、WHOが強制マスクや予防接種、戸締まり、渡航制限を課すことを認めるものでもない。人々の健康にはまったく関係ないのだ。その限りでは、多くの人々がIHRの改正案をWHOのパンデミック条約と混同しているため、この点で誤解が生じている。そのため彼は、提案されているパンデミック条約を読み、研究することを勧めている。彼自身、この条約を拒否し、阻止すべき理由が少なくとも10個はあるという結論に達している11

 決定的なのは別のことなのである。WHOパンデミック条約は枠組み条約を作るものであり、その実施とさらなる発展は、直接的な責任を持たない巨大な官僚機構を生み出すことになる。そこには多額の資金が絡んでいる。2024年3月初めのサラ・ウェストールとの素晴らしいインタビューの中で、ジェームズ・ロゴスキーは年間210億米ドル(!)の予算が必要だと述べている12彼は、新しい枠組み条約を気候変動枠組み条約と比較している。選挙で選ばれたわけでも、知名度があるわけでも、責任があるわけでもない官僚たちが責任者となる。特に重要なのは、新たに設置される締約国会議、つまりWHO加盟国すべてが所属するわけではない専門委員会である。議会の承認要件などの民主的参加権は、状況によってはこの方法で回避される可能性がある。2024年3月7日のパンデミック条約草案の第21条第2項によれば、締約国会議は3年ごとにWHOパンデミック条約の実施を定期的に見直し、その効果的な実施のために必要な決定を下すとされる。ジェームス・ロゴスキーによれば、この交渉は、OPECパンデミック企業機構)とでも呼ぶべき新たな世界的カルテルの設立を目指している。そのため首謀者たちは、低所得国でのPHEIC(Pharmaceutical Hospital Emergency Industrial Complex:ジェームス・ロゴスキーが頭文字をとって訳したもの)を劇的に拡大するために、何十億もの公的・私的資金を流用することを目的とした国際貿易協定を実際に交渉している。そうすることで、必要なインフラもそこに構築され、恒久的に恐怖を与えることで、より多くの医薬品やワクチンを販売し、組織的犯罪シンジケートのメンバーがそこから利益を得ることができる。そのため、前述のインタビューには、次のようなタイトルが付いている。「WHO-マフィアによる世界的な乗っ取り。組織化されたマフィア支配が私たちの現実―金の流れを追え」

 2023年10月16日、ラウラ・ケルシュは、WHOの改革計画に関する詳細かつ根拠のある分析を、ドイツ批判的裁判官・検察官ネットワークのウェブサイトに発表した13。とりわけ彼女は、パンデミック関連製品が契約によって規制され、初めて健康安全保障の中心的手段として定義されるという結論に達している。その結果、ワクチンや医療製品(検査や医薬品など)の製造・販売がさらに促進されることになる。WHOは、産業界や慈善財団と協力し、それらの管理と流通において中心的な役割を担うことになる。2024年3月7日のパンデミック条約草案の第13条は、これが中央計画経済であることを明確に示している。とりわけ、WHOはパンデミック関連製品の必要性を決定し、その公平な配分を保証することになっている。自由競争保護のための通常の独占禁止規則とは逆に、WHOは、地域機関や機構を含む国際調達機関間の資源獲得競争が回避されるように、ネットワークを調整することになっている(草案第13条(e))。

 ラウラ・ケルシュによれば、ワクチンや診断薬のようなパンデミック製品は、それゆえ、保健安全保障の中心的手段であり、非政府の利害関係者や関係者にとっての永遠の金鉱として、国際条約に盛り込まれることになる。これはとりわけ、先進国が資金を提供する発展途上国への市場拡大、特定された保健緊急事態におけるWHOによる製造・流通管理の加速化、CEPI(Coalition for Epidemic Preparedness Innovations)のような官民パートナーシップとWHOの協力の可能性によって達成されるであろう。CEPIは2017年にダボスで設立され、当初はノルウェー、インド、EUゲイツ財団、ウェルカム・トラストから資金提供を受けていた。ドイツはCEPI最大のドナー国のひとつである。CEPIはこれまでに、COVID-19に対する14のワクチン候補を含む21のワクチン候補に投資をプールし、未知のウイルス(Disease X)に対するワクチン開発のための迅速対応プラットフォームの開発に投資しており、将来的にはわずか100日以内に新しいワクチンを開発することを目的とした100日ミッションを立ち上げた。最近では2023年9月に、CEPIとバイオエヌテックがMPox(サル痘)に対するmRNAワクチンを開発するための提携を発表した。診断薬の開発・販売についても、CEPIに匹敵する官民パートナーシップが存在する14

 

展望

 法の支配の欠如に関して、緊急に必要とされるコロナ時代の再評価を行う代わりに、政府と産業界の責任者たちは、悲惨な誤った開発を続け、深め、法制化することを平然と続けている。PCR検査は感染の検知には役に立たないことが明らかになって久しいが、マスクは感染を防ぐどころか害を与え、modRNA注射(「予防接種」)は感染からも感染性からも守らないことが証明されており、この目的のために認可されたわけでもないにもかかわらず、これらの措置はすべて標準的な慣行となろうとしている。その目的は、予防的に危険を回避する名目で、人々を常に監視することである。言い換えれば、誰もが法律の枠内で自由かつ自主的に行動し、法律違反のみが罰せられるという立憲国家が、保健警察と治安維持国家に取って代わろうとしているのだ。将来のパンデミックは、教会のアーメンのように確実なものだと思われている。不確実なのは、その時期と頻度だけである。

 EUはグローバルな医療安全保障のパイオニアである。EUはすでに、EUレベルで保健衛生上の緊急事態を宣言できる法的基盤を構築している。このようなEU緊急事態は、国際的なPHEICと国内的な伝染病緊急事態の間の「ギャップ」を埋めるものであり(例えば、ドイツの感染症保護法第5条)、将来的には、WHOのPHEICと同時に、あるいはWHOとは独立して、EUレベルの地域緊急事態法として可能になるだろう。EUレベルでの保健衛生上の緊急事態とそれに関連する措置は、EU規則で標準化されているため、ドイツの法律にもそのまま適用できる。

 これらの技術革新は、EU機能条約(TFEU)第168条(人の健康の保護と改善)の権限基準などに基づき、EU規則の形で採択された15。このような国境を越えた保健衛生上の緊急事態に対処する責任は加盟国にあるが、どの国も単独では対処できないため、補完性は確保されるべきである。健康脅威の通知と評価のためのIHR手続きと同様に、規則(EU)2022/2371は、国境を越えた深刻な健康脅威の可能性について、加盟国に対応する通知義務を伴う早期警報・対応システムを確立している。

 規則(EU)2022/2371の第2条(1)によれば、生物学的、化学的、環境的、あるいは未知の起源による、生命を脅かす、あるいはその他の深刻な健康被害は、国境を越えた健康に対する深刻な脅威として分類される。ハザードの分類には、動物由来を含む伝染性疾患、伝染性疾患とは関係のない生物毒素またはその他の有害な生物学的物質、気候関連のハザードを含む環境ハザード、および原因不明のハザードを含む生物学的ハザードが含まれる。IHRと同様、EUもここではオールハザード・アプローチをとっているが、気候関連のハザードや原因不明のハザードを含む環境ハザードにまで拡大している。特に後者については、曖昧さという点で、これを上回るものはないだろう16

 スイスでも、WHO改革の実施は以前から計画されていた。連邦議会は、伝染病法の包括的な改正を提案している。これに関する協議(協議手続きの一環としてのコメント)の期限は、2024年3月22日に切れた。改革案を公平に読めば、この法律案が採択されれば、将来のWHOの要求事項の多くがすでに満たされていることがわかる。WHOの改革案の一部または全部が失敗に終われば17 、改革案がなくても、EUと同様、スイスでも医療独裁が行われる可能性がある。また、この法的規則はあまりにも曖昧で、恣意的な適用の可能性がある。WHOに関する本記事では、この点について深く触れることはできない。関心のある読者は、連邦参議院の法律草案とABFのウェブサイトを参照されたい。ABFのウェブサイトには、有用な情報を含む多くの協議文書が掲載されている18。さらに、「Bürger fragen nach」という団体による優れた声明もある19

 自由と人権、そして法の支配を重視する人々に、スイスでのその目的を実現するためにできることは、言及されたすべての改革プロジェクトについて、まだそれらを阻止するために、国民投票を実施することである。 国民投票に必要な数の署名を集めることができれば、パンデミック法の修正で、それは容易なはずだ。一方、パンデミック条約とIHRの場合は、国民投票が義務か、少なくとも任意かによって決まる。これは、スイスがパンデミック条約を批准することが超国家的組織への加盟に等しいか(BV第140条第1項第2号による強制的な国民投票)、重要な立法規定を含む国際条約に関するものか、その実施に連邦法の制定が必要であるか(BV第141条第1項第3号による任意的な国民投票)によるものである、2024年5月に改正IHRが単純多数決(とスイスの同意)で採択された場合、国民投票の問題を評価するのはより難しくなる。この場合、強制的な(BV140条1項a号にいう事実上の連邦憲法改正国民投票が可能か、あるいは任意的な(BV141条1項d号3号に基づく)国民投票が可能かは、まだ解明されなければならない憲法上の問題である。いずれにせよ、共同決定という民主的権利を行使できるかどうかは、できるだけ多くの批判的で警戒心の強い市民にかかっている。投票結果がどうなるかは、また別の問題である。

 

ジェラルド・ブレイ

1 https://paz.de/artikel/der-mann-mit-der-schier-unglaublichen- vergangenheit-a9978.htmlなどを参照。このような報道は根拠のない中傷として紹介されることが多いので、興味のある人は自分で調べてほしい。

 2 Arnold Sandhaus: "Strategic theatre", Der Europäer Vol.25 / No.2/3 / December/January 2020/21, p. 28-31 参照。

3 ドイツ国連協会ウェブサイト参照: https://dgvn.de/finanzierung-der-un/wohin-fliessen-die-gelder/die-who- and-its-financing

4 https://de.wikipedia.org/wiki/Weltgesundheitsorganisation 参照。

5 Thomas Kruchem: World Health Organisation on the begging stick. WHOのジレンマ, https://www.deutschlandfunkkultur.de/weltgesundheitsorganisation- am-bettelstab-das-dilemma-der-102.html

6 英語の原文とドイツ語訳は、Aktionsbündnis Freie Schweizのウェブサイトhttps://abfschweiz.ch/wissen-bilden/

7 Dr Silvia Behrendt と Dr Amrei Müller: https://uncutnews.ch/die- proposed-amendments-to-international-health-regulations-an-analysis/

8 https://www.bag.admin.ch/bag/de/home/strategie-und-politik/ international-relations/multilateral-cooperation/organisation-mondiale-sante/inb.html

9 https://www.nzz.ch/schweiz/who-pandemiepakt-soll-die-schweiz-dem- abkommen-beitreten-ld.1768402; 一読に値するインタビューの批判的分析は、ProSchweizのウェブサイトhttps://proschweiz。ch/analyse-des-nzz-interviews-vom-5-dezember-2023-between-katharina-fontana-nzz-and-nora-kronig-bag-woman-ambassador-kronig-don't-sell-us-for-stupid/。

10 彼のウェブサイト:https://jamesroguski.substack.com/ には多くの貴重な寄稿がある。

11 https://jamesroguski.substack.com/p/read-the-treaty; ドイツ語翻訳はこちら: https://abfschweiz.ch/wissen-bilden/

12 https://rumble.com/v4gjbr6-institutionalize-mafia-control-is-our-reality- follow-the-money-w-james-rogu.html?utm_source=substack&utm_medium

=電子メール

13 Laura Kölsch: https://netzwerkkrista.de/2023/10/16/kommt-die-globale- gesundheitsdiktatur/

14 Laura Kölsch, op. c. (footnote 13) with corresponding references.

15 欧州議会および欧州理事会規則(EU)2022/2370参照。

2022年11月23日欧州疾病予防管理センター設置に関する欧州議会および欧州理事会規則(EU)2022/2370(...)、2022年11月23日欧州議会および欧州理事会規則(EU)2022/2371(...)、2022年11月23日欧州疾病予防管理センター設置に関する欧州議会および欧州理事会規則(EU)2022/2370(...)を参照のこと。

健康に対する国境を越えた深刻な脅威に関する2022年11月23日付欧州議会および欧州理事会規則(EU)2022/2371、2022年10月24日付欧州議会規則(EU)2022/2372

公衆衛生上の緊急事態が発生した場合に、危機に関連した医療対策の提供をEUレベルで確保するための枠組みについて

16 Laura Kölsch、前掲書(脚注13)。

17 IHR第55条によれば、改正案は交渉の4ヶ月前(この場合は2024年1月27日)に加盟国政府に提出されなければならない。クリストフ・プフリューガーによると、提案された文書とその提出日について担当のFOPHに問い合わせたところ、交渉可能な文書はまだなく、次回の交渉は4月22日から26日にかけて行われるとのことだった。したがって、IHRを国際法に従って2024年5月末のWHAで扱い、採択することはもはや不可能である(https://www.christoph-pfluger.ch/2024/03/18/ who-agrees-the-deadlines-are-definitely-missed/#more-2013 参照)。

18 ABFについては脚注4参照

19 https://vbfn.ch/2024/03/15/6-55-nr-

 

18 ABFについては脚注4参照

19 https://vbfn.ch/2024/03/15/6-55-nr-sr-revision-des-epidemiengesetzes- epg-consultation/

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 保健衛生や医療は、特に専門的知識がモノを言う世界である。専門家以外のほとんどの人は、彼らに言われればおとなしく引き下がるしかない。専門家は権威であり、その元締めが、国で言えば厚労省であり、国際的にはWHOである。一般の人は、これらの組織がいうなら間違いないだろうと普通は思うものである。

 しかし、コロナは、そうした常識が誤っていることを明らかにしたと言える。「専門家」の話を聞いて多くの人がワクチンを打って、その結果はどうなったであろうか?最大の人口減少である。

 結果して、(一部のあるいは大多数の)医者の権威がむなしい虚構であることが、一部の人々に分かってしまった。彼らは、もうワクチンを打たない、拒否するのみであろう。

 しかし、それでは困る人間がいるようである。人が拒むならば、ワクチンは任意ではなく、強制とするしかない。その様な流れであろうか?

 そもそも現代医学は、製薬会社と切り離せない関係にある。石油王のロックフェラーが、石油原料の医薬品に目を付け、伝統療法などを駆逐する形で、それを築いてきたという指摘もあるが、こうした企業が今の医学界を支えている(あるいは支配している)ことは間違いないだろう。大学の医学部もそれらの企業の支援に多くを負っているのだ(企業から寄付をもらいながら、その企業を規制する役に就いているという矛盾、利益相反もある)。

 コロナにおいても、それら企業はワクチンにより莫大な利益を得ている。この流れを永続化、さらには拡大したいと思うのは企業の思惑として当然のことであろう。一方で、化学的薬に頼らない自然療法や伝統療法は目のこぶである。

 今後の流れとしては、これらの真に人間にとって有用な療法が排除されていく方向にあるのかもしれない。既にEUでハーブ療法が規制されてきているという。他の自然療法も規制されていくのではなかろうか。その理由は、おそらくそれらが「非科学的」であるということになるだろう。ここにまた、それらを「非科学的」と断定する「専門家」が登場するのである。

 

 さて、今回の記事は、主に経済的、法律的問題からの提起と言えるが、このブログの趣旨的には、こうした世界的な動きの霊的背景を思わざるを得ない。

 コロナ・ワクチンのそうした背景については、これまで何度か取りあげてきた。それは、簡単に言えば、人の本来の霊的進化を妨げるもののようである。霊的対抗勢力が人間を支配するための、人間改造の道具とも言えよう。

 世界統一政府へ向けた地ならしということも気になる。霊的対抗勢力の狙いは世界全体の支配であろう。保健衛生や医療は、確かに、世界で統一した対応が求められる分野である。先ずここから手を付けると言うことだろうか?

 今、世界を埋め尽くす情報の海で、人々は溺れてしまっているようだ。むしろ人は判断力を失っているのだ。自分で判断するのは努力を要する。権威に従う方が容易なのだ。

 シュタイナーは、権威に盲従してはならないというということを常に強調した。自らの頭で考えることを求めているのである。それによってのみ、これからは霊的に成長できるのである。

カルマの藪と真のカルマ研究

ネロ

 シュタイナーが、転生とカルマの教えの現代における復活という使命をもっていたことは既にこのブログで述べたことがあるが、この問題について今回も触れたい。

https://k-lazaro.hatenablog.com/entry/2023/06/28/084042

 東洋では、こうした考えは途切れることなく伝えられてきたと思われるが(しかし現在においては、それを信じる者は多くはないだろうが)、西洋においては、むしろ神霊界の配慮により、一時期、隠されてきたと言われる。それが、人類の霊的発展(個我の確立)のために必要だったからである。

 霊あるいは(真の)個我は不滅である。そして、霊あるいは個我は、物質的世界に受肉し、そこで活動することによってのみ霊的に成長できるのだ。そのためには、幾度も転生を繰り返す必要があるのである。

 さて、今回紹介するのは、おなじみの『ヨーロッパ人』誌の記事で、著者はトマス・メイヤー氏である。

 この論考では、シュタイナーのカルマ研究のきっかけとなった出来事が語られる。それをつくったのは、カール・ユリウス・シュレーアというシュタイナーのゲーテ研究の師に当たる人物である。

 興味深いのは、実は、シュタイナーの本来の使命であるカルマ研究は、道半ばであったようであるが、それは、本来他の人物が行なうはずの「人智学」を打ちたてるという仕事をその人物が行えなくなり、代わりにその仕事までシュタイナーが担うことになったからである。このため、シュタイナーが、自分の本来の使命にかける時間が限られてしまったというのだ。そして本来人智学を担うべきはずのその人物こそが、シュレーアであったというのである。

 このように二人には深い因縁が存在していたのだ。それは、以下に語られるように、シュタイナーのカルマ研究のきっかけをシュレーアがつくったことにも現われているのだろう。

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カルマの藪と真のカルマ研究

"ヨーロッパ人" 2023年9月2日

 

 ルドルフ・シュタイナーの精神科学におけるカルマ研究とは何か?

 シュタイナーはそれをどのように行い、どこから始めたのか。

 私達は、音楽の都であり、精神分析発祥の地でもあるウィーンへ導かれる。そこは、カルマ研究発祥の地でもある。

 

カール・ユリウス・シュレーアとネロ

 シュタイナーは、カルマ研究に携わるようになった経緯をこう語る。1990年代、シュタイナーは師であるカール・ユリウス・シュレーアーの『ファウスト』出版を手伝っていた。ある日、シュタイナーはこの件でシュレーアーを訪ねた。それは1889年1月30日未明、マイヤーリングで皇太子ルドルフとその愛人メアリー・ヴェッツェラが心中した直後のことだった。 ウィーンは衝撃に満ちていた。誰もこの行為を理解できなかった。ルドルフは王位継承者であり、オーストリア帝国の全世界は彼のものだった。

 シュレールは彼を出迎えると、突然、悲劇に関連する言葉を発した。彼は、「ネロ」と言ったのだ。

 骨相学者がシュレールの頭蓋骨を触診し、「神智学的高揚」、つまり神智学的思考の傾向があると診断したことがあった。

 だから、彼が、シュタイナーに突然言ったことは、単なる恣意的なものではなかったのだろう。これは、シュタイナーの28歳の誕生日直前のことだった。なぜシュレーアはこのような発言をしたのだろうか?と、思いがけず、シュタイナーは、自問しなければならなかった。その一言が、彼にこの問題を調べるよう促したのである。

 そして、シュタイナーの人生におけるカルマの最初の体系的な調査につながった。つまり、それはシュタイナーから直接もたらされたものではない。彼は世界からそうするように促されたのである。シュレーアはシュタイナーのためにカルマの研究の端緒を "もたらした"のだ。

 

 皇太子ルドルフとネロ

 シュタイナーは1924年4月27日、ドルナッハでの講演でこのことを報告した(『Karmavorträge』第2巻、GA 236)。ここで初めて、シュタイナーはルドルフに関する研究結果を発表した。このように、カルマに関する最初の研究は、主観的な理由から客観的には困難、非常に困難なものであった。当時、ウィーンには、自分がネロであったと信じる人々が大勢いた。霊学研究が、単に無視したり脇に置いたりすることのできない事実である。シュタイナーは当初、ネロであると主張し、狂信的にそれを唱える人々に狼狽した。彼はそれを乗り越えなければならなかった。そして、今や、人は、「藪」を通り抜けなければならなかった、と語るとき、彼は、イマジネーション的に話すのである。真実ではないことを信じていた人々が作り出したアストラル的な藪。カルマの研究が始まると、すぐにそのような困難が待ち受けていた。シュタイナーは、たまたまそのような困難に聴衆の注意を向けているわけではない。

 カルマの研究は真剣さを要する仕事なのだ。真剣さのない人は、簡単に幻想を作り出すことができるのである。

 1924年4月27日、シュタイナーは最も入念な研究の後、ルドルフは確かにネロであったと宣言した。シュタイナーはこのことをシュレーアから引き継いだわけではなかったが、シュレーアにはこの真実に対する驚くべき霊感があった。

インスピレーションと直感

 しかしながら、インスピレーションはカルマ研究の十分な根拠とはならない。十分な確実性がないのだ。シュタイナーはそのような研究のために、決してインスピレーションだけに頼ってはいなかった。彼の確固たる基礎は、精神科学的な意味での直観イントゥイチオーンであった。そして彼の発展した直観は、シュレーアのインスピレーションが正確であることを確認した。

 シュタイナーは、今日流行しているような「妥当性」からよりもインスピレーションから出発した。この「妥当性」は、一挙に「確かなこと」だと宣言するのである。しかし、それについてはまた後ほど触れる。

 4月27日はどんな日?4月27日はどんな日なのだろうか。ペルセウスのカレンダー【訳注】によると、何より、紀元前470年のソクラテスの誕生日である。これは1912年のシュタイナーの元のカレンダーにすでに記されていた。ソクラテスは19世紀にゴットフリート・トビアス・シュレーアとして再び現れた。そしてこのシュレーアーは、シュタイナーの父方の友人であり、この講義で重要な言及をされているカール・ユリウス・シュレーアーの父親となった...。

【訳注】ペルセウスとは、メイヤー氏が主催している出版社で、ペルセウスが発行している手帳には、歴史的人物の生没年月日が記されているので、そのことを指すものと思われる。

 

ゲーテアヌムの形態、シューレの火の夢、カルマのメッセージ

 4月27日、シュタイナーは(最初の)ゲーテアヌムの形態について、「カルマを見ることを目覚めさせる」形態であることを強調した。この建物全体が「カルマを見るための教育」の役割を果たすものであり、彼はこう強調した:

「このカルマを見るための教育は、現代の文明の中に入っていかなければならない。」

 しかし、1923年から24年にかけての大晦日にこの建物が破壊されたことを考えると、彼もまた認めざるを得なかった。「しかし、この現代文明に入るべきものの敵にとっては、本当の意味で人々を教育するもの、つまり文明に必要なものが燃えてしまうことが当然なのであった。」

 エドゥアール・シューレは、この火事について重要な夢を見た。「私は、ゲーテアヌムだとはっきりわかる建物に・・・2つの花をもつ植物を見た。花は互いに接近していたが、異なる種類のものだった。ひとつは木のような色をした固い花で、もうひとつは繊細で、ほとんどエーテルのようだった。どちらの花も突然すっと伸び、無限に広がり、大地に深い穴を残して突然消えた。私は、その穴のあたりが、ヨーロッパであることがわかった。その植物の無限へと伸びる急成長は、ヨーロッパに埋めようのない空白を生み出すという予感で目が覚めた。翌日、私はゲーテアヌムが全焼したことを新聞で知った。」

 この建物が突然失われたことは計り知れない。少なくとも前世紀の終わりまで目に見える形で残っていたとしたら、例えば1968年の世代にとって、この建物を体験することは、オリエンテーションであり、カルマを観察する教育であっただろう。

 シュタイナーは建物が破壊されることは予想していたが、こんなに早くそうなるとは思っていなかった。シュタイナーは、古い建物で最後の講義をしているときから、刻一刻と災害が起こっていることに気づいていたが、警告にとどめなければならず、自ら直接介入することは許されなかった。この建物は会員達の警戒心の試金石となった。彼らはこのテストに合格できなかった。しかし、シュタイナーは巨大な決断を下した。全焼したもの、つまりカルマのビジョンを目覚めさせる建物の形態を、カルマの講義の不滅の思考形態に置き換えたのである。このことは、まさにネロとルドルフに関するこの講義においてはっきりと把握できる。カルマを覚醒させる形から、まさにこの講義で伝えられているようにカルマを覚醒させる思考へと。

ネロの個性の内的発展と悪の認識

 1924年4月27日、シュタイナーはネロの魂の発展の3つの段階を的確に説明した:

  1. 彼は純粋な欲望から破壊者となった。彼はローマで起こした火を見て楽しんだ。このことは、彼のカルマの背景について疑問を投げかけるが、シュタイナーはこれには触れていない。ネロは、皇帝という地位の力を比較的自由に行使した。

2.外見的には取るに足らないその後の転生で、「数世紀か比較的短い時間後」にネロの魂は再びこの世に現れた。しかし、今度は従属的な立場に置かれた、そこでも「破壊しなければならなかった。」だが、自由な権限によってではなく、命令によって破壊しなければならなかった。シュタイナーは、この第二の転生について正確な時期と場所を示していない。確かなのは、数世紀後、つまり紀元4世紀から7世紀頃ということだけである。重要なカルマの変容の中で、「この魂は今、主権ではなく、自分の自由意志でなく、それ(破壊)を行わなければならないとき、それがどのようなものかを感じる必要をもったのである。」

3 「世界を破壊する放射」が、一度は自分の意志で、一度は命令で、外に向けられたこの二度の転生の後、破壊の方向の逆転が起こる。破壊の方向が、今や内側に向けられたのだ。これがルドルフ存在のカルマ的な背景であり、それにより、自殺に至った彼の自己破壊的傾向が理解できるようになる。

 シュタイナーは、意識魂の時代の主な課題を、悪の認識により特徴付けた。たとえネロとして、彼が最初に「途方もない力で」悪の現象を作り出したとしても、「ある程度、ネロの中に、悟性魂の時代におけるこの課題の先駆者を認めることができる【訳注】。「この力は浄化されなければならない。」この浄化は、最初は死後にすでに起こっている。そして、その後の2回の転生での「公正な均衡」の後、「ある状況下で、人間の人生が犯してきたことが、善のための力に変容するることができるのである。」

 将来性のある眺望! シュタイナーの真面目な霊的弟子であったルートヴィヒ・ポルツァー=ホーディッツは、ネロの時代以降の、ローマ皇帝の家系とのカルマ的なつながりを自覚するようになったが、1924年4月27日のシュタイナーの説明に触発され、その生涯の終わりには、ルドルフの人生における善の種を追求し、そこから一種の神秘劇を創作した。彼はそれを「ルドルフ、オーストリア皇太子-1882年から1889年までのオーストリアの運命の結び目の魂の霊的イメージ」と呼んだ。その中で、ルシファーとアーリマンが、生きている魂と亡くなった魂と一緒に登場する。

 このように、地上でのこの3つの人生の後に、ネロの個性が、良い意味で、悪を認識する一種の専門家として現われ、働くことになる1つの人生を期待することが出来る。そこに、現在と未来のための途方もないその現実性がある。

 

現代の "カルマ研究"

 締めくくりに、この3回の転生を経たネロの個性の存在とその探求と対比させて、今日のいわゆるカルマ研究を見てみよう。この研究は、数年前から『カルマと伝記』(Karma and Biography)という包括的でりっぱな本として出版されている。ホセ・マルティネスの編集によるデータ分析である。

 この本にはネロ/ルドルフに関する論文もあり、その中でシュタイナーの研究への明確な言及がなされている。しかし、どのように? ただ並んで簡単に触れられているだけの中間の転生の代わりに、第3の転生として、シュタイナーによって明らかに無視されているスペインのカスティーリャブルゴーニュのフィリップ端麗公が語られている。

 彼は1478年から1506年まで生きていた。従ってシュタイナーが報告しているように、ネロの後の「比較的短い期間」でも「数世紀」でもない。この矛盾は全く触れられていない。シュタイナーに遡るのはネロとルドルフだけで、カスティーリャのフィリップは編集者ホセ・マルティネスの「研究」によって発見されたことが述べられている。触れられている中間の転生(したがって4番目の転生ということになるが、シュタイナーの一連の転生は明らかにこの点について真剣に受け止められておらず、フィリップに置き換えられているため、これは矛盾なくして主張されない)の人格の場合、それはハンセン病を患っていたとも主張されている。シュタイナーの、ネロに続く転生における破壊的な活動の明確な言及は-それは命令によって実行されたものであるが-、「破壊的な効果をもたらした、際立って外に向けられた感情性」へと変異している。そこには、まさに、比較的権勢を持ったネロ以降の跳躍点であった「命令」の痕跡はない。そしてこの論文は、中間の受肉を完全に排除し、この「研究」を要約する際に、ネロ、フィリップ、ルドルフの3人の人物に限定している。言い換えれば、シュタイナーの名を挙げなかった中間的受肉はあっさりと取り消され、フィリップ端麗公に置き換えられているのである。

 マルティネスはどこからフィリップの着想を得たのかは説明されていない。しかし、このような時代と事実の表面的な扱いは、良い結果をもたらさない。シュレーアのネロのインスピレーションとは到底比較にならないのである。

 私たちは、シュタイナーの研究にも直接言及しているが、それは実際にはそれをあからさまに改ざんしているため、この混乱に踏み込まなければならないと考えたのである。

 この本に収録されているワーグナーの "研究 "も状況は同様で、彼は、アベラールの妻エロイーズであり、やや後のアビラのテレジアであると主張している。シュタイナーの唯一の、広く伝わっているマーリンとの関連は、言及されないままである。最後に、雑誌『現代』の編集者であるゲロルト・アレッガーも、マルティネスに触発された「カルマ研究者」としてこの巻に登場している。彼はフリューのニコラス【訳注】という重要な人物を取り上げ、彼をラムセス2世の周辺に位置づけることを意図したもっともらしい話を読者に提示する。最初のもっともらしい話は、突然、確かな知識へと変化する!

 

【訳注】1417年 - 1487年3月21日。スイスの隠者、禁欲主義者であり、スイスの守護聖人

 

 今日の「カルマ研究」は、このように、シュタイナーの真剣な研究に対する完全な無知、あるいは意識的、無意識的な改竄のようにみえる。シュタイナーのネロ講演におけるカルマの藪に影響を受けることなく、人は、最も怪しげなインスピレーションの下に新たに働き、新たな「藪」を生み出したのだ。シュタイナーのカルマ研究の成果は、カルマ観照を目覚めさせることを目的とした最初のゲーテアヌムの建物のように焼き払うことはできないが、霊的な思考形態として、霊的な対抗勢力のンスピレーションのもとで、無視したり改ざんしたりすることはできる。ここで短く取り上げた本では、その両方が熱心に実践されている。

 1924年にシュタイナーが言ったことを忘れてはならない:

「カルマの真理の全面的な啓示こそ、アーリマンが最も恐れるものである。」

 ここに示したようなカルマの藪の形成を、霊的科学の使命に対抗するこの力は恐れる必要はない。それはアストラル界を汚染し、その結果、すべての真のカルマの研究を客観的に妨げるのである。

   トーマス・メイヤー

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 記事の後半では、メイヤー氏と同じ人智学派と思われる人物のカルマ研究が批判されていた。そこでは、シュタイナーの「改竄」という言葉まで使われており、その指摘は厳しいものであった。

 このような主張に、読者の中には驚かれた方がいるかもしれない。(実は、指摘の本を、私は既に買っていたので、私は、その意味で二重に驚いている。)

 ここで指摘されたことには2つのポイントがあると思う。1つは、カルマ研究の難しさである。この問題については根拠を示すことが難しい故、誤った推論がまかり通ってしまう恐れがあるということである。

 シュタイナーは、高次の霊的認識を持っていたがゆえに、そうした研究が可能であったのだが、外面的歴史的資料のみでは、それこそ藪の中に入り込む可能性がある。十分な検討と慎重な判断が必要だ。現状では、シュタイナーが残した情報が重要な手がかりということになるのかもしれない。

 さて、もう一つの問題は、霊的対抗勢力に関わるものである。彼らが敵視するのは、霊的認識が広まることであり、その中でカルマと転生の教えは大きな位置を占めている。これが復活されては困るのだ。そのため、こうした動きには常に攻撃が加えられてきたのである。

 それについては人智学も例外ではない。実際に組織としての人智学協会を破壊あるいは変質させる、またはシュタイナーの教えを改竄するなどが行なわれてきたようなのである。

 トマス・メイヤー氏は、よくこうしたことを指摘してきているが、今回もその流れにあるものであろう。

 今回批判の対象となった著者の意図は、私には分からない。メイヤー氏の批判が完全に正しいかどうかもわからない(上の文章を読む限りでは妥当性があるが)。ただ、間違いなく言えるのは、人智学を標榜する本だからと言って、それが、意図的かそうでないかは別として、すべて純粋にシュタイナーの教えに基づいているとは限らないと言うことである。その著者の個人的解釈、判断が入ることは当然であるが、そこに、別の意図が侵入する可能性もあるのだ。

 アーリマンやルシファーは、可能なところならどこにでも潜り込むのだ。

 これまでこのブログでは、何人もの著者の論考を取り上げてきた。基本的には、私なりに人智学を理解するうえで有益であると思われるものをのせてきたつもりである。ただ、それが完全に正しいかどうかは、非力な私には正確に評価することは出来ない。あくまで、こうした考えがあるので紹介するというスタンスであるが、そうしたなかにも、悪意のある意図した改竄、変質が加わっているものがあるかもしれない(こうした問題については、いずれ詳しく触れる機会があるかもしれない)。

 今更の弁明で恐縮だが、各読者においては、このような点をふまえてこのブログと付き合っていただくことをお願いしたい。

※マルティネス氏の本を出した出版社からの弁明が『ヨーロッパ人』誌の次の号(3月号)に掲載されていたので、その一部分を紹介しておく。

「ホセ・マルティネスとの協力関係において、私たちは常に、何が情報であり、何が確実であるものなのかを区別することに細心の注意を払っている。たとえば、私たちのカルマの本では、一連の転生に関する霊的研究者の情報から始まり、この霊的研究の内容が読者の意識にどのようにもっともらしく受け取られるかで終わるプロセスを、系統立てて説明しようとしている。私たち社員は、転生を直感的に見たわけでも、認識したわけでもないので、それが真実であると確信することはできない。
 ホセ・マルティネス自身、自分の研究結果(それは彼にとって確かなものである)は情報として扱うべきであり、例えば、この意図のもと、我々の『カルマ』の「方法」の章で紹介されている道具の助けを借りてチェックすべきであると繰り返し指摘している。」

 この本の内容は、マルティネス自身にとっては確信のあるものだが、あくまで情報の1つとして受け取り、他の者により検証されるべきもとである、ということであろうか。

日蝕の隠れた影響

 4月8日に、アメリカで皆既日食が見られるのだが、これに関わる「陰謀論的」話題もでてきているようである。

 ブログ「In Deep」さんが、この日蝕について興味深い記事を載せている。

https://indeep.jp/i-was-aiwass/

 そこで、当ブログでも日蝕をテーマとする人智学派の記事を取りあげてみようかと探してみたのだが、適当なものが見当たらないため、これは断念し、今回は、デイヴィッド・オーヴァソン氏の『日蝕の本The Book of The Eclipse』より、秘教的観点から日蝕の意味を解説した部分を紹介することにする(文中には、シュタイナーの名前も出てくる)。

 オーヴァソン氏のこの本は、1999年の出版で、これは同年に英国南部で日蝕がみられることをきっかけに書かれたようである。彼は、序文で、日蝕が多くの人の心を捉えており、メディアが盛んに取りあげ、ノストラダムスがこの日蝕を予言していたというような主張(オーヴァソン氏はこれを否定)も見られる状況を背景として、「私の目的は、日蝕が人々に影響を及ぼすこと、及ぼしうることを-ただし、人々が普通考えるようにではなく-示すことである。」と述べている。

日蝕は英語でeclipseだが、この言葉は、月食の場合も使われる。その言葉の前に太陽あるいは月と付けば日蝕、月蝕の区別は付くが、eclipseのみだと実際にはどちらを指しているか分からない。むしろその場合は、両方を指すことが多いと思われるので、単に「食」と訳す。)

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食と私たち

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  コロンブスアメリカ原住民の話は、不思議な関連性を持っている。この謎を調べ始める前に、厄介な言葉を定義しておかなければならない。占星術の文脈で使われる場合でも、しばしば混乱を招くネイティブという言葉である。この言葉はラテン語のnatus「誕生」に由来し、私たちに馴染みのある現代の言葉「ネイティヴィティ、誕生」をもたらした。占星術では、ネイティブとはチャートが配された人物のことである。ホロスコープそのものを「ネイティヴィティ」と呼ぶこともあるが、後述するように、すべてのホロスコープが生まれた瞬間に作成されるわけではない。

 記録に残っている最も古い日食は、紀元前721年3月19日に起こったものだと思われる。これは月食で、当時天文学研究の最も重要な中心地であったバビロンから見ることができた。現存する文献から、バビロニア人が日食のメカニズムを理解していたことは明らかであるが、それでも日食の原因に関する迷信的な考え方が世界から払拭されたわけではなかった。後期ギリシアでも、この宇宙的イヴェントに常に驚き、それを恐れるべき霊的出来事と見なし、あるいは特別な兆しと解釈した。「オリンポスの神々の父ゼウスは、真昼から夜を作り、輝く太陽の光を隠した。人々をおそれが襲った。」(

 これは、パロスのアルキロコスギリシアの紀元前7世紀の詩人)の失われた詩の断片であるが、紀元前648年4月6日に起きた皆既日食の実体験を指しているとする学者もいる。

 ピンダルがテーべに宛てた後世のピュティアの頌歌では、詩人は日食をテーマにしており、冒頭で、すべてを見通す太陽の目-現代の占星術にも受け継がれているが、エジプトの神官ピンダルの時代に遡る伝承-と人間の視覚を結びつける行で始まる。ピンダルも、天界の出来事は地上界にも影響を与えると認めていた。:

 「太陽の光!太陽の光よ、遠くを見る者よ。私の目の母よ!至高の星よ、日中にわれらから奪い去られよ。なぜ汝は、これほど暗い道を突き進み、人間の力と叡智の基調を当惑させるのか。」

 この詩は、テーベではほぼ皆既日食であった、紀元前463年4月30日の日食に関するものであろう。

 日食を観測し、詩人たちが太陽の死を嘆いたことに加え、古代人は日食も利用していた。ロムルスによるローマ建国にまつわる伝承ほど、古代人が日食をチャンスの窓とみなしていたことを裏付けるものはない。ローマの占星術師タルティウスによれば、ローマの創始者は太陽が皆既日食のときに受胎したとされ、プルタークによれば、ロムルスは太陽が月に食されたときに都市を築いたとされている。

 古代の日食で最も有名なのは、おそらく紀元前585年1月28日の皆既日食であろう。哲学者タレスが予言した古代最初の皆既日食だとする説もあるが、どうやらその時刻や日付よりも、それが起こる年を示していたに過ぎないようだ。タレスは確かに、月が地球の影をくぐると月食になることを知っていた。

 この日食には二重の意味で有名である。ヘロドスによって、リディア人とメーデ人との闘い間に起きたと言及されているからである。この出来事は、戦士達には恐ろしいものであったので、戦闘は中止されたのだ。

 V・ル・カンピオンがギリシャの歴史家ヘロドトスの著作の現代版に描いた木彫りの挿絵に、日食が描かれている。しかし、ヘロドトスはその『歴史』の中で、日食が戦いに影響を及ぼしたとして、いくつかの日食に言及しており、この図が紀元前478年2月17日の日食に関連している可能性もある。それを、ペルシャ軍司令官、クセルクセルが、ギリシア遠征の前に目撃していた。軍司令官は、予言者を呼び、その意味を尋ねた。彼らは、その日食は予兆であり、ギリシアの都市が滅亡することを告げていると言った。この賢者たちによれば、太陽はペルシャ人の象徴であり、月はギリシア人の象徴であった。

 ル・カンピオンのイラストは、宇宙的に不正確な方法でグラフィックを配置しているが、日食の驚くべき力を劇的に伝えている。暗い放射を背景に太陽の縁を見せ、強烈な月の体(図をよく見ると、同心円で形成されていることがわかる)を囲むことによって、画家は日食の強烈なドラマの一端を捉えることに成功している。

 私は、この絵に描かれている女性が歴史の女神クリオであることは間違いないと考えている。一方、この人物は預言者であり、クセルクセスのギリシア軍に対する成功を予言しているのかもしれない。

 実際、日食が多くの人物の個人史を書く上で重要な役割を果たしていることを考えれば、クリオが最もふさわしいだろう。このことは後ほど、有名な人物の数多くのホロスコープを検証することでわかるだろう-そのすべてが、日食の劇的な働きを何らかの形で示している。

 占星術師達が日食について同意しているように見えるのは、日食の影響が劇的であること、しばしば恐ろしいものであることである。一時期、日食の評判はドラマ以上のものと結びついていた。日食は人類の災いのほとんどを引き起こすと広く信じられていたのだ。これが、日食が初期に恐れられていた理由のひとつであろう。

 14世紀、ヨーロッパの多くの占星術師は、1345年の恐ろしい疫病(現在では黒死病と呼ばれている)の始まりとその期間を、1345年3月18日の夜に起きた月食でたどった。占星術の伝統に従い、当時の少数の占星術師が、その食が実際にペストを始めたと主張したが、少なくとも何人かは、その爆発的な拡大が単に困難な宇宙的瞬間に起こっただけだと確信していた。

 その食は、正確に午後9時28分に、月は天秤座の7度にあった。私は、黒死病に特別な関心を寄せていた13世紀のフランスの占星術師、ジョフリー・オブ・モーが記録したデータと比較するために、イギリスのオックスフォードでこの数字を計算した。ジェフリーによる同時代の写本(あるいは、少なくとも14世紀の中世の写本)が、オックスフォードのボドリアン図書館に残っている。彼の著作から、ジェフリーはこの街で研究し、おそらくは空を観察していたようだ。ジェフリーによれば、食は月の出の1時間後に起こり、かなりの時間見えたという。

 困難な宇宙の瞬間は、残りの惑星が2つの星座に力強くまとまることで表現された。不思議なことに、この日に関する記録を残している何人かの占星術師は、食が最初に形成されたとき、(月を除く)惑星は水瓶座牡羊座のどちらかのサインに集まっていたという、その根本的な意味を理解していないようであった。実際、もし中世の天文学者たちが、その後に発見された天王星海王星冥王星という惑星の存在に気づいていたら、の日食が巻き起こした影響から、さらに悲惨な結果を読み取ろうとしたことだろう。反対側に掲載したチャートは、この月食の時の空を示しており、惑星は風通しの良い水瓶座と炎のような牡羊座の2つの巨大なグループに配置されている。

 現代の惑星であろうとなかろうと、中世後期のヨーロッパで黒死病ほど悲惨なことはなかっただろうし、当時の多くの占星術師が、黒死病の宇宙的起源と起こりそうな結果について何か語っていたとしても驚くにはあたらない。

 中国からの交易路に沿って広がったペストは、1348年までにエジプトに到達し、あっという間にヨーロッパに広がった。同年にはウェーマスで猛威を振るい、翌年にはイングランドの人口の3分の1が死亡した。ヨーロッパでは4年間続いた。実際、黒死病はその世紀のヨーロッパで最も重要な出来事であり、人口の大幅な減少によりその影響は数十年間続いた。黒死病はヨーロッパに20世紀の2つの大戦争を上回る犠牲者をもたらした。イングランドとフランスだけでも、少なくとも人口の3分の1、場合によっては半分以上が死亡した。1347年から1351年の間に、7500万人がこの病気で亡くなったと言われている。

 もちろん、「死」(当時そう呼ばれた)がヨーロッパに到達したのは1345年の食の後のことである。通常であれば、食とその3年後に起こった出来事を結びつけることが正しいのかどうか、疑問を抱かざるを得ない。実際、後述するように、この時期のズレは、中世の占星術の食-予言とまったく一致している。

 ジョフリー・オブ・モーによれば、日食は3時間29分54秒続いた。機械時計が、まだ正確でなかった時代におけるこの時間の正確さは、食の継続時間を決定するのになぜ熱心であったのかについて疑問をもたらす。

 後述するように、占星術の伝統は常に、優れた占星術師は特定の日食の継続時間を知ることで、その日食が俗世の、つまり地上の次元にどれだけの時間にわたり影響を及ぼし続けるかを知ることができると主張してきた。言い換えれば、ジェフリーが食の影響を予見できることを考えると、「死」の恐ろしい災いが始まるまでの期間と、それがいつまで続くかを確立することに熱心だったのである。

 ジェフリー自身の計算方法は、現代の占星術師が使うようなものではないが、彼はペストが5年5ヶ月続くと結論づけた。実際のところ、彼は1年ほどの誤差があったようだ。

 もしジェフリーが伝統的なルール、つまり食の影響は食そのものの継続時間と同じ年数続くというルールを適用していたら、彼の予測はもっと正確だっただろう。1カ月ほどの差はあれ、3時間29分は3年半になる。ペストは一般に1347年に始まり、1351年に終息したと言われている。食理論から言えば、ペストは、規定の期間内に始まり、同様の期間内に終わったことになる。

 問題は、黒死病は食から実際に予言されていたのか、ということである。この質問に確実に答えるのは難しい。というのも、14世紀の写本には、この予言を主張するものがいくつかあるが、どれが日食の後に書かれたものなのか、必ずしも特定できないからである。

 日食の研究だけに基づいて疫病のような出来事を予言することは、非常に考えにくいことであると私には思われる。もちろん、個人的なチャートから、ある人が特定の病気や疾病に罹患するかどうか、あるいはそれによって死亡するかどうかを予測することは十分に可能であるが、単に食から集団伝染病を予測することはまったく別のことである。

 一般的に言って、私たちが考えているものよりも劇的でないホロスコープに基づく14世紀の予言は、かなり悲惨なものであった。バシニーのジョンは、13世紀半ばに人口の3分の2が死亡し、35年間続く「一般的な死亡率と疫病」を予言したようだ。彼の予言の根拠ははっきりしないが、1345年の合(日食ではない)に言及している。彼の予言の少なくともひとつ、1356年にフランス王が捕らえられるという予言は、フランスのジャン2世がポワチエイングランド軍に捕らえられたときに的中したようだ。

 15世紀の大修道院長トリテミウスは、数世紀前の占星術の文献に精通していた、秘教的な伝承の偉大な学者の一人であったが、黒死病は予言されていたという意見を持っていた。彼の膨大な記録から、「全世界で疫病が流行し、人命が恐ろしく、計り知れないほど失われる」という劇的な予言が記されているのに気付く。近代史家のリン・ソーンダイク(トリテミウスの要約を記録した)は、その中の注目すべき特徴のひとつは、ペストの蔓延が「小さな獣」によるものであるという示唆であったと述べている。14,15世紀において、伝染病は空気により運ばれると信じられていた(天秤座の空サインにおける月食水瓶座の空サインにおける惑星の集合の重要性ゆえに)。1896年にボンベイを襲ったペストに関する医学的調査が行われるまで、科学者たちはペストがノミによって媒介されることを認識していなかった。

 際立つのは、1895年3月の食(インドのペストが始まったとされる)が、1345年からヨーロッパで何百万人もの人々を絶滅させた中世の黒死病が始まったとされる食と同じ度数であったことである。

 

1895年3月26日の日食: 05.31牡羊座

1345年3月18日の日食: 06.14牡羊座

 

 食と病気との関係についてはほとんど研究されていないが、牡羊座-天秤座軸のこの度数とエピデミックの間にはある関連があるようである。1876年、インドで伝染病が大流行し、それは、伝染力の強いエピデミックとなり、インドの英国官僚から特別報告が出されたほどであった。1876年3月25日、牡羊座5.32で日食が起きた。1894年には、イランと中央アジア、ロシアを経て中国まで、疫病が大流行した。これは前年の後半に始まったが、1894年9月29日には、同じ牡羊座と天秤座の軸上にある天秤座6.04で日食が起きていた。

 

 医学の発達した今日、日食が、黒死病のような伝染病と何らかの関係があると考えるのは愚かなことかもしれない。しかし、日食にまつわる迷信の多くが否定されるべきだという点には同意するものの、過去の占星術師たちが自分たちを表現した象徴的な言葉が、現代では必ずしも十分に理解されているとは限らないと言わざるを得ない。私たちには迷信に見えることでも、彼らにとっては知的な象徴主義以外の何ものでもなかったのだ

 その一例が、グロスコペトラと呼ばれる宝石に関する記述である。この魔法の石は人間の舌のような形をしており、月食のときに空から降ってくると信じられていたという。この石は、セレノマンシー(月によって占いを行う技術)を助けるものとして、熱心に求められた。

 この迷信は今となっては愚かに聞こえるかもしれないが、その裏にはある意味が隠されている。かつて、食が起こっている間、全世界が変化すると信じられていた-それには十分な理由があった。舌のような石は、そのようなコミュニケーションが可能であることを示すしるしだった。このシンボリズムの背後にある考え方は、月を地球に固定する影の円錐が、神々とコンタクトをとるためのまれな機会を提供する、一種の暗い通路、あるいは霊のトンネルであるというものだったようだ。

 新月(の終わり)を認める古い儀式の多くは、神々への通路が閉ざされた-新しい三日月により宇宙的に告げられる閉鎖-ことを司祭たちが告げていた時代の名残なのではないだろうか。

 日食は宇宙の安全弁であり、邪悪な力を定期的に宇宙に逃がし、人類に害を与えないようにするものである、とオカルティストが主張するのは、この「神々への通路」が定期的に存在するという考え方があるからである。日食では、このような神々との接触やコミュニケーションは、まったく別の次元のものであり、さらに神聖で強力なものであると信じられていた。ある種のオカルト理論によれば、日食の影のレーンは、秘儀参入した神官たちが高位の神々と交信し、発見された重要な問題を彼らに投げかけることを許したという。このことが、古代人が北欧に点在する神秘的なストーン・サークルを作った根本的な理由だと主張する学者もいる。これらのサークルによって、神官たちは日食の到来を正確に予知し、そのような荘厳な時に神々と交信することができたのである。人身供犠(現在ではこのようなストーン・サークルと不可避的に結びついている)という考えは、宇宙の通路が開かれる神聖な瞬間に、神々を鎮めるべきだという退化した考えだったのかもしれない。

 ヨーロッパに数多く存在する古代のストーン・サークルや巨石が天文観測所であることを天文学者が認識し始めたのは、比較的現代になってからである。この発見は、ほぼ同時期に何人かの人物にもたらされたようで、これらの古代のサークルについて、非現実的で想像力豊かな主張がなされるようになった。例えば、ストーンヘンジ、エーヴベリー、キャラニッシュのような、より複雑なサークルは、巨石コンピューターであると示唆されているのである。これは真実からは遠いが、しかし、このようなサークルが、(とりわけ)太陽や月の現象を予測するために作られたものであることは間違いないだろう。巨石コンピューターとは言い難いが、サークルとそれに関連する建造物は、高度な太陽・月齢カレンダーとして設計されたようだ。

 カレンダーであるがゆえに、より複雑なサークル(そしてこの有名なストーンヘンジを含む)は、食現象と必然的に結びついている。この真実は、現代の天文学者がサークルと太陽・月の現象との関連を考え始めるずっと前、19世紀に知的な神秘主義者たちによって認識されていた。秘教主義者のルドルフ・シュタイナーは、古代北方神秘学派が宇宙現象を研究するためにストーン・サークルを利用していたと指摘した。彼は、日食を予知できることが重要であると主張した。なぜなら、日食の間、司祭たちは霊的世界と特別な関係にあったからである。

 もちろん、現代の考え方からすれば、この考えは突飛なものに思えるが、しかし、私たちが抱いているような、自分たちの総体的な目的のために、石の上に人身御供を捧げる神官たちの劣化したイメージよりは、はるかに真実に近いものであろう。

 今や、古代のストーン・サークルの秘密が明かされることはないかもしれない。人生の目的に対する考え方が変わっただけでなく、この4、5千年の間に人間の精神も大きく変化したことは明らかである。ひとつ確かなことは、古代世界のサークルや石塚はすべて、太陽と月を経由して人間と宇宙とのつながりを構築しようとする試みであったということである。このような構造物は、これらの天体(場合によっては重要な恒星)の位置を極めて正確に測定するものであるため、食を予測するためにも使われたのは確かであろう。

 高度な数学によって食の時間を計算することは可能であるが、天文学者が任意の場所や地域の皆既日食を予測できるような単純な日食周期は存在しない。時間だけでなく場所にも関係する食の広大な周期があるとすれば、それはまだ認識されていない。したがって、トーンヘンジやその他のストーン・サークルが、古代において食の正確なコンピューターとして機能したと想像するのは愚かなことである。たとえそうであっても、サークル、外周の岩、可動式の棒や石(目印として穴に刺すことができる)があれば、古代の天文学者は、食の時期をおおよそ知るために重要な太陽と月の位置を知ることができたと考えるのが妥当である。

 古代において、目に見える月食のタイミングを予測することは容易ではなかったに違いない。日蝕の時間と場所は、もっと難しかっただろう。この難しさの一端は、1919年の日食の見える範囲を表すために描かれた図から読み取ることができる。

【以下、古代遺跡の説明が続くが省略】

 

 古代人が日食や月食の時期を予測する方法を開発しなかったということは、たとえ日食の正確な観測地点が彼らの手の届かないところにあったとしても、である。

 

・・・このような建設に伴うあらゆる困難にもかかわらず、ストーンサークルやケルンが食予測装置として建設されたという事実を説明することにしたのには、重要な理由がある。この理由は、古代の人々が精神生活において食の影響と重要性を認識していたと、秘教の文献が主張しているという事実と関連している。ケルン(石塚)通路はそれ自体、月食と日食の両方を引き起こすシャドー・コーン(影の円錐)と同じような働きをする、建築されたシャドー・コーンに過ぎなかった。ムナイドラで見られるような丸窓や、ラフクリューのような場所で見られる通路は、化学的に静止させた画像ではなく、生きて動いている画像を扱う高度なカメラに過ぎない。

 食が「霊的世界へのトンネル」を提供するというこの考え方は、エジプトのオカルト伝承から残る最も古い秘教文献の中で、非常に生き生きと表現されている。デルフィの司祭プルタークの著作には、月食オシリス神が棺に入れられたのと同じとみなされるという記述がある。同じ文章によれば、「そこに月が落ちて日食になったと彼らが考える地球の影」はティフォンと呼ばれている。ティフォンとは、悪の力の主神セトの名前のひとつであり、セトはアペップという名の蛇の姿で現れたことを知れば、その意味は明らかになる。エデンの園に棲んでいた古代の蛇(オールド・サーペント)も、もともとは月食と、月食が起こる影のような光のないトンネルと結びついていたようだ。

 後世のローマ史家は、地球に近づいており、食をほとんど擬人化した言葉でとらえることが多かったようだ。彼らの考えでは、食は地球の災難に対する自然の苦痛のしるしであった。この嘆く自然という考えの周辺には、多くの奇妙な話が生まれた。ローマ帝国の歴史家たちは、都市の創始者であるロムルスが死んだとき、6時間の暗闇があったと主張している。ちょうど、キリストがゴルゴダの丘で死んだときも、地上を覆った暗闇は6時間続いたと言われている。これらのローマ時代の物語がエジプト時代の物語と共通しているのは、食そのものよりもむしろ暗闇、つまり影に重点が置かれていたことである。

 キリストの磔刑で起こったとされるいわゆる「日食」は、光のオカルト化を象徴する以上のものである可能性がある。錬金術の文献では、マギを生まれたばかりのイエスのもとに導いた星が普通の星ではなかったように、キリストの死で地上を覆った暗闇も普通の日食によるものではなかったと指摘されている。このヘルメティックな思考は重要である。なぜなら、この犠牲の瞬間、つまり世界の歴史において唯一無二の瞬間、キリストの死によって克服された悪が世界から逃げ去り、地球は文字通り暗闇に包まれたことを思い起こさせるからである。私たちは、十字架にかけられたキリストの両脇に太陽と月が描かれた何万枚もの絵画や木版画によって、この宇宙的瞬間を思い起こす。

 異教の文献のかなりの部分において、劇的ではないにせよ、月食とデーモンの力との間に同様の結びつきが描かれている。マヤのある年代記では、日食の間、「暗闇の間、怪物が地球に向かって頭を下げた」と言われている。この記述を詩的な自由から生じたものと見なすことは可能だが、仮に詩的な自由ではなかったとしたらどうだろう。マヤの儀式を行った秘儀参入者の司祭がアストラル次元で見ることができたと-彼らはこの "トンネルのビジョン "を持っていたと?もし彼らがこのヴィジョンを持っていたとしたら、そして彼らは魔術的な能力を持っていた、あるいは持っているふりをしたとしたら、彼らは間違いなくその期間、怒りを静めるために、関係する悪魔やスピリチュアルな存在に祈りを捧げるだろう。従って、司祭たちが、食がいつ起こるかを知っていることは、最も重要なことなのである。

 もちろん、このような日食に対する考え方は、現代では好まれないものである。実際、食により、宇宙と対話することを祭司達に許す内的ヴィジョンあるいは能力は、もはや現代人にはない。石器時代の建設者は我々より劣っていると考えがちである。しかし実際には、石器時代の人々の中で最も高度な進化を遂げた人々は、建築の原理や工学だけでなく、空についても並外れた知識を持っていたことが証拠によって示されている。おそらく彼らは、こうした才能とともに、私たちが失ってしまった内なる霊的なビジョンも持っていたのではないだろうか。

 ストーンヘンジを天文暦として最初に説いたと思われる傑出したヘンリー・ワンジーは、1796年にこの真実を直感していた。彼は、"学識あるバラモン"(当時ヨーロッパでは、高次の魔術に精通した尊敬すべき学者と信じられていた)は、ワンジーの同時代の人々よりも、この有名なサークルのデザインをもっと理解しているかもしれない、と書いている。ワンジーは、ストーンヘンジの真の謎は、単にその石の構造にあるのではなく、その建設の背後にあったはずの精神的な目的にあることを認識していた。

 1623年に製作されたスペインの光学に関するタイトル頁の非常に素朴な版画に、この感情が見られるかもしれない。

 この木版画の主役である一対の眼鏡には、太陽と月の像がはめ込まれている。これは、男女の右目は太陽に、左目は月に支配されているとする秘教的な占星術の伝統とまったく一致している。この木版画で非常に魅力的なのは、2つの眼鏡の間に、ブリッジのアーチの下にある小さな目の像を指す不思議な矢印が描かれていることだ。この小さな目を、秘教の伝統である内的ヴィジョンの第三の目と結びつけたくなるかもしれないが、それは間違いである。この場合、真ん中の目は通常の視覚を意味する。この素朴に見えるイメージの背後にある考え方は、私たちが太陽と月の目で世界を見るとき、脳は、私たちがただ一つの目で世界を見ているかのような錯覚を起こすということである。私たちの脳は、外側の二元性から一つの秩序を作り出し、それが知覚行為を生み出すのである。このように、この象徴は生理学的かつ精神的な真実を指し示している。私たちが現実を正しく認識するのは、私たちは、個人の太陽と月が並ぶときだけ、ひとつのトンネル・ビジョンに相当するものにおいてなのである。

 この単純なアイデアの背後にある意味合いは、非常に注目に値する。内なる視覚を象徴する中央の小さな目は、脳の中で起こる神秘的な化学反応を指し示しており、物理的な目はその延長線上にある。目と脳をつなぐ視神経は、秘教的な用語で言えば、外宇宙で日食の太陽、月、地球をつなぐ影のトンネルに相当する。

 視覚と食のつながりに関するこの洞察は、秘教主義者たちにも失われてはいない。秘教思想の深いレベルでは、大宇宙における食は小宇宙、つまり人間の小さな世界における瞬きに相当する。目の瞬きと宇宙のもっと大きな時間とのこの関係の意味合いは、現代の秘教学者ロドニー・コリンにより探求された。彼は、30分の1秒が「認識の瞬間」であり、これは通常の状況下で物理的な物体を認識し識別するのにかかる時間であると指摘した。これは、目の瞬きの時間に非常に近い。

 コリンは、皆既食の時に月の円盤が太陽の円盤の上にぴったりと重なるという不思議な事実を紹介した後、このことは、誰も特別なことだとは思わないほど、よく知られていると注意を向けている。しかし、この記事にあるように、もし月の幅があと100マイルほど広ければ、あるいは地球からの距離があと数マイルほど遠ければ、この皆既日食は不可能だっただろう。宇宙は、月と太陽が互いを打ち消し合うような皆既日食が起こるよう、注意深く調整されているようだ。

 日食が影のトンネルであることはすでに書いたが、日食の場合、トンネルは月の本体を通り抜け、太陽へと続いているように見える。月食の場合、トンネルは暗い月へと直接つながっているように見える。後者の食は秘教学者を悩ませ、詩人たちの想像力をかき立ててきた。月食は、宇宙の魔法がかかった時間、邪悪なセトの策略による太陽神オシリスの死を表しているようだ。その時、人間のもろいイマジネーションは、強烈な攻撃にさらされるのだ。注意を向けたり瞑想したりして月食の影響を感じようとしたことのある人は、なぜ古代人がこのような日食を「邪悪」あるいは「悪魔的」と呼んだのかを容易に理解するだろう。

 月食の最も劇的な2つの色ですら、邪悪な予兆を連想させる。最も不穏なのは赤食であり、それに幻惑的な黒食が密接に続いている。

 赤食は、中世の文献では「血の日食」と呼ばれることもある!- この効果は、地球と月の間にある大気の屈折効果によるものだが、明るい月の顔を劇的に血なまぐさく見せる効果がある。

 黒食は、地球の大気が浮遊塵で重いときに起こる月食である。このような条件下では、上層大気中の太陽光の屈折が吸収され、月の円盤が見えなくなる。月が完全に消える

 

 黒食は、地球の大気が浮遊塵で重いときに起こる月食である。このような条件下では、上層大気中の太陽光のt-フラクションが吸収され、月の円盤を見ることができない。月は地球の影の中に完全に消えてしまう。この種の黒食は、1964年4月19日にふたご座28度で記録されたものである。この場合、塵による汚染は過度の火山活動によるものである。古代エジプト神話の邪神セトは「黒い神」と呼ばれることもあれば、「赤い目の神」と呼ばれることもあった。このような連想のニュアンスは、影の神であるセトの他の属性で深まっている。ウドヤット(ホルスの目)と対照的な力を持つ魔法のお守りのひとつが、月と結びついた左目から作られた「セトの目」である。エジプト神話における「目」の重要性、日食や知覚の神秘との宇宙的な関連性は、左目や右目の数多くのイメージに表れている。エジプトの『死者の書』に描かれたこの例は典型的で、知恵の神トトの手に神聖な目が描かれている。

 このセトの目の意味は、古代エジプト人の最も重要な原初的シンボルのひとつである太陽鳥、ハヤブサと結びついていた。この鳥の右目は太陽、左目は月と言われていた。神秘的な宇宙の鷹の背後には、エジプト人によって「両目を司る者」と呼ばれた、ほとんど忘れ去られた神が立っていたことが、何人かのエジプト学者によって指摘されている。この隠された顔は、太陽と月の二元性を調和させる内なる人間、霊的存在であるように思われた。この神性は、2つの目に入る2つの光の流れを1つの知覚に結びつける知覚行為に相当するものであった。この古代の神智学の中では、影の月神は光に満ちた太陽神と同じくらい重要だった。

 

 人間の認識とは、非常に複雑なプロセスであり、視神経の暗いトンネル-そこで、ある錬金術、それは少しも理解されていないが、により、絵だけでなく意味のある知覚に翻訳される-に差し込む光の流れに関係している。かつては、人類を導くスピリチュアルセンターには、外側のビジョンと同様に有効な内なるビジョンがあることに疑いの余地はなかった。今日では、内なるビジョンはほとんど萎縮してしまったか、ユーモラスな絵の題材になってしまったようだ。・・・

 

 日食や月食の宇宙的な「瞬き」を、高次の意味の発達、宇宙の意味を探すことの出来る内なるビジョンと結びつけるのは突飛だろうか。もしそのような関連付けが有効だとすれば、古代の神官たちが食に伴う月と太陽のリズムを明らかにする建物を建てようとした少なくとも一つの理由が明らかになるだろう。

 視覚の謎、つまり太陽光が脳とつながる2つのトンネルによってどのように変換され、光を意味のある視覚に変えるのかという謎は、深遠な文献や芸術の永遠の謎のひとつである。ユダヤ人画家、フェイ・ポメランスによる最も注目すべき現代絵画は、視覚と日食の間のこの難解なつながりを、説得力のあるイメージで描いている。・・・

 

 日食の瞬間、世界は何らかの変化を遂げるのだろうか?信じられないが、科学的な証拠によれば、そうである。現代の研究は、液体や液体に浸された物質が何らかの形で変化することを明らかにしている。この意味は大きい。私たちの肉体は、約80パーセントの水からなる垂直の柱である。

 毛細管ダイナミクスの科学は、L.コリスコ博士が1920年代に、秘教主義者ルドルフ・シュタイナーの提案によって開発された。彼女の綿密な研究は、濾紙の絵が日食中に根本的に変化することを疑いの余地なく示した。

 日食、月食、そして惑星食の間に作られた多くの濾紙写真(クロマトグラム)は、日食の瞬間に、液汁の吸収率とパターンは根本的に変化し、認識可能なリズミカルな(つまり、カオティックでない)サイクルに従って変化する。この研究は、食の効果は、それらが目に見えることに依存しないと主張する占星術の伝統を支持すると思われる。1955年11月29日、スイス(実験が指揮されていた場所)で部分月食が見えたときに作られたフィルターペーパーの図は、世界のその【スイス以外の】地域から見ることができなかった食の間に作られた他の写真との顕著な違いを認めなかった。

 同様に興味深いのは、太陽と他の惑星の掩蔽(星食)もクロマトグラム(樹液パターン写真)に影響を与えたという事実である。43ページの2つの画像は、リトマス紙上の鉛溶液の通常の沈殿(左)と、1926年に太陽と土星が重なったときの沈殿を対比したものである。コリスコ博士自身は、自分の研究結果が、通常の化学分析では把握できないような「未知の力」が物質そのものの内部で働いていることを指し示していると考えていた。彼女が日食中の実験を好んでいたことは、いくつかのメモから明らかであり、皆既日食の影響を測定するために、かなりの距離を移動して、皆既日食が見える場所に実験室を設置していた。1961年2月15日にボルディゲラ(北イタリア)で起きた皆既日食の研究と、1936年にブルッサ(小アジア)で起きた日食が塩化金に与えた影響の研究は、特に実り多いものだった。

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 先に照会した    In deepさんのブログでは、NASAが8日の日食と合わせて、日食中の地球の大気の層の調査のため3発のロケットを発射するとされており、そのロケットの名は、APEP (アペプ)だという。

 このアペプというのは、エジプトの蛇の神のようだが、なぜ今回の日蝕の調査ロケットの名になったかという理由は、上の文章にあった以下の部分に示されているようである。

 「月食オシリス神が棺に入れられたのと同じとみなされるという記述がある。同じ文章によれば、『そこに月が落ちて日食になったと彼らが考える地球の影』はティフォンと呼ばれている。ティフォンとは、悪の力の主神セトの名前のひとつであり、セトはアペップという名の蛇の姿で現れたことを知れば、その意味は明らかになる。」

 アペプは、もともと日食と深い関係があったのである。

 NASAは、もともと、そのロケットに「アポロ」だとかギリシア神話に関わる名を付けてきたので、今回も同じような流れなのかとは思うが、この符合はどうだろうか?(どうして不吉な神の名を使う?)

 最後の方に出てきたL.コリスコ博士(Lili Kolisko、1889年9月1日 - 1976年11月20日)であるが、彼女は、シュタイナーの重要な弟子の一人で、シュタイナーの示唆の下に、物質界への天体の影響などを研究したようで、上述の実験は、鉱物的物質における「エーテル形成力」の働きを調査したもののようである。

 

 さて、オーヴァソン氏によれば、食は「霊的世界へのトンネル」だという。食の時に、霊界とのつながりができるというのだが(それは物理的次元にも影響を及ぼす)、それは良いことと悪いことの両面があるのではなかろうか。

 霊的存在には、良いものもあれば悪いものもあるからだ。

 私には、やはり日蝕は凶兆に思われて仕方ない。この時に際して、悪い霊がむしろ地上に解き放たれるとすれば、そしてそのために地上において、その活動を待ちこがれる人間達が、悪しき儀式を行なうとすれば、彼らは何を行なうだろう。

 日蝕に際しアメリカでは、州兵の動員が予定されている、非常事態が宣言されるという情報もあるようである。大変多くの人が見物に集まることから、実際に交通渋滞や、物流の停滞なども心配されているが、またテロを起こそうとする者にとっては格好の状況だとも考えられる。

 世界に混乱が広がっている中で、その多くの原因を作っていると思われるアメリカで起きる日蝕の後、世界の混乱は更に拡大していくのだろうか?

地球の内部と神殿伝説、ヒラムの地下降り

 

 

 以前、地球の内部についてのシュタイナーの教えを取り上げたことがある。

https://k-lazaro.hatenablog.com/entry/2023/04/06/082835

 それは、現代科学の通説とは全く異なる世界であった。古今東西、地獄は地下にあると考えられてきたが、まさに、地下はその様な世界といっていいようなのである。しかしそれは、現代人には理解するのは難しい考えである。

 シュタイナーも、天界について理解するよりも地球の内部を理解するのは難しい、それはオカルト的知識の中で最も難解な領域であるとしているので、理解できなくて当然なのだ。しかし、理解を進める手がかりとして、今回は関連する別の記事を紹介したい。

 このブログでおなじみとなっているトマス・メイヤー氏が主宰する出版社(ペルセウス出版社)から『ルドルフ・シュタイナー 地球の内部に関する講演』という本が出版されている。フォルカー・ジークフリート・ツィーロンカという方とメイヤー氏の編集による本だが、そこからメイヤー氏による解説を紹介する。

 ここでメイヤー氏は、フリーメイソンの真の起源に関わるヒラム(クリスチャン・ローゼンクロイツの前世)と、フリーメイソンにおいて語られてきた神殿伝説について触れている。

 

 地下世界は、悪の源でもある。人間を欲望へと悪へと駆り立てる衝動が地下からやってくるのだ。また逆に、これに飲み込まれてしまった人間の欲情、激情が地下世界を刺激しそれが言わば鬱積していく。これが一定のレベルに達した結果が、地上での地震や火山の噴火などの自然災害となるというのである。

 しかし、こうした地下世界も含めて地球を変容していくのが、人間の使命である。それは、悪を善へと変容していくということでもある。そしてそれによってこそ、人類と地球は次のステージに昇ることが出来るのだ。

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ルドルフ・シュタイナーの精神科学研究における地球内部と人間生活との関連

 

 シュタイナーが地球の内部について精神科学的な説明を行うきっかけとなったのは、1906年4月3日のヴェスヴィオ山の噴火という外的な出来事であった。 この火山の噴火は何日も続き、4月3日に始まった。

 このテーマでルドルフ・シュタイナーが行った最初の講義は、1906年4月16日にベルリンで行われ(GA 96)、最後の講義は1909年1月1日、やはりベルリンで行われた。また、1908年12月28日にメッシーナで起きた地震という時事的な出来事がきっかけとなり、その間にミュンヘン、パリ、ライプツィヒシュトゥットガルトで4回の講義が行われた。ヴェスヴィオ火山の噴火とメッシーナ地震である。ヴェスヴィオ火山の噴火に続いて、1906年4月18日にはサンフランシスコ地震が発生し、シュタイナーはこの地震についても言及している。このようにシュタイナーは、ヴェスヴィオ火山の噴火の後、突然このテーマを取り上げ始めた。シュタイナーがこのテーマについて話し始めるには、何千人もの人々に影響を与え、さらに多くの人々が疑問を抱くような出来事が必要だったようだ。

 イースターの月曜日に行われた最初の講義の冒頭で、シュタイナーはすでに、このテーマがいかに珍しいものであるか、また、このテーマに関連する研究の困難さを示している:

 

 「私たちの告知に従って、今日の講義は、この数日間に起こったヴェスヴィオ山の噴火という衝撃的な出来事と関連づけることを意図しています。もちろん、この自然現象の詳細を具体的にお話しすることはできませんが、このような自然現象全般について、精神科学的な理解を呼び起こすことが私たちの仕事になります。そこで、そのような理解を促進するためのいくつかの構成要素をまとめてみたいと思います。オカルティストの間でさえ、地球という惑星の神秘的な構造と組成について語ることは、最も困難な課題のひとつと考えられていることを、あらかじめ指摘しておきます。アストラル世界や精神世界、カマロカやデーヴァチャンの何かを体験し、それを日常の意識に取り入れることは、私たちの地球という惑星の秘密に迫るよりも簡単だということは、よく知られた事実なのです( )。

 

 実際、これらの秘密はいわゆる内なる秘密に属し、より高次の、第二段階のイニシエーションに留保されている。地球の内部については、神智学運動の中でさえ、まだ公には語られていない。神智学運動の中でさえもである。したがって、今日の講義は神智学運動への入門者を対象としたものではないことを、最初から強調しておきたい。純粋に概念的な理解が難しいからではなく( )、精神科学的研究の方法について十分な方向づけがなされていない人は、すぐにまた尋ねるだろうからである: どうしてそんなことがわかるのですか?」

 

 この問いはバラ十字の要素、より具体的には彼は後に転生し、若きルドルフ・シュタイナーのイニシエーターの一人となったクリスティアンローゼンクロイツという偉大な人物と大いに関係がある。この人物は、地球内部の探求に深く関係しているだけでなく、ヒラムの「カインの峡谷」への旅にも関係している。この2つはいわば同一線上にある。実際、根拠のある仮説を立てることさえできる: ルドルフ・シュタイナーは、この重要な人物から、このテーマについて話すよう依頼されたのである。

 

 

 地球内部の9つの層を模式的に視覚化する前に、まず純粋に(通常の)科学的観点から地球の惑星について少し述べておこう。今日の掘削は深さ約12kmに達する。地球の中心までの距離は6000km強である。したがって、最新の掘削は、シュタイナーが鉱物大地と呼ぶ最上層を引っ掻くことでしかない。6000キロメートル以上の距離を9で割って鉱物の層の幅を求めるのは間違いである。これらの層の厚さは確かに不均等である。地球の鉱物層が、今日の掘削によってほとんど掘り尽くされていないことは間違いない。それにもかかわらず、人々は地球の内部について、実際の地球のコアを構成しているとされる鉄-ニッケルに至るまで、誰も実際にその場所を調査したこともないのに、さまざまな理論を持っている。

 ここで、他の層を簡単に列挙しておこう。人間との関係が他の層よりも明らかなものについては、もう少し詳しく説明することにしよう:

 鉱物の大地の次は液体の大地である。そこでは、単純に水を考えてはならない。次に蒸気の大地が来る。鉱物の大地に続いて、水の大地、果物の大地、火の大地、鏡の大地、そして後の講義で「カインの峡谷」と呼ばれる破砕が続く。シュタイナーはこの最初の講義で、最後の第九層については名前をださなかった。しかしシュタイナーは、その第九層が人間の脳とその機能、そして人間と動物の生殖力に関係していると述べている。その後、彼は第九層を、この世で黒魔術と呼ばれているものすべてを含む、すべての悪が発生する場所と特徴づけている。

 これらの呼称と、個々の層に関するわずかな特徴づけだけでも、私たちが未知の領域に足を踏み入れていることがわかる。

 鉱物の大地(第1層)、火の大地(第6層)、粉砕者(第8層)は、私たち自身の内なる存在とその発達に関係している限り、おそらく最も簡単にアクセスできる地層である。

 しかし、なぜこのようなことをしなければならないのだろうか?地球の内部は、私たちの時代、その問題や課題と密接に結びついているからだ。私たちの時代--つまり、アトランティス後の第5次文化エポック全体--は、悪の謎を解き明かし、認識する-「愛」から悪へではなく、悪を変容する力を獲得すること-という大きな課題を抱えている。そして、地球内部というテーマを扱えば扱うほど、悪の現象が地球内部のさまざまな層とどれほど結びついているかが明らかになる。特に今日、これらの層の影響はとてつもなく強い。

 次に、比較的よく知られている鉱物の地球とは別に、その効果が人間の生活に特に関係している層に目を向けてみよう: 第六層と第八層である「燃える大地」と「砕ける大地」、あるいは「カインの峡谷」である。後者の用語は、ダンテの『神曲』に登場する地獄の第8圏を思い起こさせる。

 鉱物の大地の地下深くにある火の大地は、さまざまな経路や経路網によって地表とつながっている。火山の噴火や地震を理解したければ、特にこの層に注目しなければならない。この火の地球は、動物や人間と同じように、激情にあふれ、本能に満ちている。火の大地がある程度刺激されると、その物質が前述の経路を通って上に押し上げられ、地震や火山の噴火となって現れる。したがって、火山がどこかで噴火したとき、物理化学的なプロセスだけを扱っていると考えるのは間違いである。それらは、鉱物地球に属しているからである。

 

人間の激情と火の大地との関係

 次に、火の大地の激情の要素から人間の激情の要素に目を向けて、両者の間にどのような関係があるのかを考えてみよう。地球の視点から先ず考えてみると、火の大地は、人間の中にある未浄化の激情や本能の中に生きて働く衝動を直接吸収する、と言わなければならない。今日、激情は世界のあらゆるところで支配している。例えば、排外主義、国家への憎悪、国家の激情、そしてもちろん個人の中にある激情などである。これら全ての人間の内にある激情が火の大地に働きかけ、この作用が一定程度になると、ルドルフ・シュタイナーが言うように、火の大地は「反抗的」になり、火の魂的実質が上方に押し上げられ、ついには火山の噴火や地震となって現れるのである。ゆえに結局のところ、このような自然災害には常に人とその時の激情が関わっている。このことはすでに、私たちが自己の内面を変容することに取り組めば、それが地球の内部にも影響を及ぼすという視点を生んでいる。これが、基本的に、ルドルフ・シュタイナーの地球の内側に関する講義の偉大な指導原理である。つまり私たちが気づくのは、私たちの魂内面は、自分自身の内側に働きかけるだけでなく、場合によりエーテル体や肉体にも働きかける-心身症の全スペクトルを考えてみよう-だけでなく、それはまた地球にも働きかけているのだ。そして場合によっては、まさに自然災害という形で地表に戻ってくるのである。

 

破砕と人間の社会生活への影響

 人間の魂の内面と地球の第8の層、いわゆるカイン層との間には、もうひとつ容易に認識できるつながりが存在する。今日の人類には、どれほど多くの社会分裂(破砕)の衝動が働いていることだろう!兄弟殺しのカインは、一般的な認識ではある程度反社会的なものの典型である。私たちの身の回りで反社会性が働いているのと同様に、カインの力も働いている。ダンテにおいて、カインの姿が地球の第8層と結びつけているのも、意味のないことではない。

 

地球の内部が人間の肉体の殻にどのような影響を及ぼすか

 シュタイナーは1906年9月4日のシュトゥットガルトでの講義(GA 95)で、ごく簡単に次のように述べている:地球のこれらの層は「絶えずその力を放射している。人々はこれらの層の影響下にあり、絶えずその力に打ち勝たなければならない。」

 地球の層はどのようにして私たちの内面に放射されるのか?この問いに答えるための重要な手がかりは、この講義の主な年に行われた秘教的なレッスンの記憶の中にある。シュタイナーは簡潔にこう断言している。「悪い影響はすべて足から人体に入る。黒魔術師はこれを利用している。」

 

79 GA 266/1, Esoteric Hour Berlin, 14 November 1906, ed. A.

 

 地球内部の影響は、足からエーテル体を経てアストラル体へと伝わる。それ以上進むことはできない。これら3つの肉体の殻の中核である自我は、それに影響されない-それが実際に発展し活動しているなら。エーテル体では、その後ろに二弁の蓮の花がある額の中心からエーテル体の放射を向けると、地球内部の影響をある程度麻痺させることができる。これらの地球の放射が足から上に向けられると危険である。シュタイナーはかつて、このように方向付けられ導かれた流れ全体を「エーテル体の骨格」と呼んだ【訳注】。それが無傷であれば、人間は地球内部からの影響から守られている。もしそれが無傷ではなく、どこかで開いていれば、『ファウスト』(『ファウスト』第一部、書斎)でメフィストフェレスがやっているように、有害な存在がその中に入り込むことができる。メフィスト=アーリマンは、活動の場所を特に地球の第6層にもつ存在である。最良の場合、人間はファウストのように、そのような影響に気づき、それを完全に認識しようと努力する。ファウストは、開かれたエーテル体を通して彼の魂に本質的に浸透するものを認識する者となるのである。

 

【訳注】シュタイナーによれば、人体の中でエーテル体の主な流れは、五芒星形を形作っているとしている。

 

 このようにして、内なる大地は肉体的なものに働きかける:肉体、特に足の部分-エーテル体-アストラル体。しかし、5重の流れが無傷であればエーテル体で、情念が浄化されていればアストラル体で、多かれ少なかれ遮断することができる。1917年11月16日にシュタイナーがザンクトガレンで重要な発言をしたメフィストドッペルゲンガー(GA 178)も、三重の体を介して人間の魂に作用する。

 

内なる大地からの影響に対する保護

 内なる大地からのあらゆる影響に対する最善の保護は、思考する自我の活動にある。これが「自由の哲学」【シュタイナーの初期の哲学書】による訓練の視点である。認識から生じる行動だけが、殻(性格的気質、習慣など)に影響されない行動となりうる。シュタイナーはそのような行動のみを自由と呼ぶ。特に、行動の原動力が肉体の鞘にある限り--たとえば、アストラル体に端を発してエーテル体に沈む野心や虚栄心など--、地球内部からの好ましくない影響は間接的な影響を及ぼしうる。この意味で、体の影響からの解放を達成しない限り、私たちは地球内部の影響にも間接的にさらされることになる。私たちはまた、肉体とエーテル体にある種の "死んだ封入物"、すなわち魂が完全に浸透できない部分を持っており、それはそれゆえに地下の影響や力の入り口になりうる。シュタイナーはここで、ゲーテのような霊魂にさえあるクリングソール的力について語っている。

 自我が殻を支配するというのは、もちろん理想的なことであり、その完全な実現は遠い将来になってからである【訳注】。しかし、その行為に対しても、私たちの思考する自我が、私たちに真実と思われるものによってのみ規定されるなら、その端緒はすでに置かれている。その一方で、自我が殻の奥深くに沈みすぎているとしたら--今日の教育や、完全に一方的なスポーツ・システムでさえも、事実上そうなっている--、地球内部からの放射も間接的に、それがそぐわない自我の領域に入り込んでしまう。その場合、その放射は、自我の中で対極ではなくなるのである。

 振り返ってみると、地球の層は3つの体の殻に放射しているが、自我には直接放射していない。したがって、この自我が一面的でなく、殻の奥深くにありすぎないことがより重要である。そうでなければ、地球内部の放射に直接捉えられてしまうのだ。

 

スプリッター破砕と地球の核

 スプリッターが特定の人々に与える影響について、シュタイナーは1906年9月4日の講義で次のように大胆な発言をしている。

 

「けんか好きな人間は、この[第8]層がこの人々に影響を与えられるように、できているのである。」

 

このような視点は当然ながら、けんか好きということに関する通常の心理学的、社会学的解釈をはるかに超えている。通常、遺伝、環境、生い立ちなど、心理学的、遺伝学的、社会学的な側面だけが引き合いに出される。

 

「オカルティズムから文章を書いた人たちは皆、このことを知っていた。ダンテは『神曲』の中で、この層を「カインの峡谷」と表現している。二人の兄弟カインとアベルの喧嘩はそこから生まれた。この層が実質的に悪をこの世にもたらしたのである。」

 

80 1913年2月7日ベルリンでの講演、GA 144 Die Mysterien des Morgenlandes und des Christentums所収。

 

 すでに述べたように、地球の核(第9層)は黒魔術と関連している。一方、カイザーリンク伯爵夫人はルドルフ・シュタイナーに、地球のコアを黄金として体験したと語ったことがある。これは大きな矛盾のように見える。彼女は、地球の内部が人間によって完全に変容され、最も邪悪な悪の場所が最高の善の場所になる遠い未来を見ていたのだ、と考えることが出来る。そして、それはキリストの助けによってのみ起こり得ることなのだ。

 

キリストの地球内部への降下

 キリスト自身が、33年4月3日の十字架上の死後に成し遂げた地獄への降下を通して、地球内部のこの変革を開始した。ルドルフ・シュタイナーが地球内部というテーマについて語り始めたのは、この徴候的に重要な日付がきっかけだった。4月3日は歴史的な聖金曜日であった。十字架上の死の後、何が起こったのか?キリストの地球内部への降下が始まったのである。多くの神学者たちは、4つの福音書の中にそれに関する記述がないことから、このことに異論を唱えている。しかし、そのような言及は聖パウロ、そして特にニコデモのアポクリファルの福音書に詳しく見られる。パウロのエフェソの信徒への手紙(4, 9 ff.)には、キリストが「地の最も低い層に下られた」こと、そして「すべての天よりも高く昇られた方と同じである」ことが書かれている。

 十字架につけられたキリストのこの行為をたどり、それを理解しようとするならば、地球の内部が黄金でできていると考えた人がいた理由も理解できるようになる。それは、キリストがその古い住まいである太陽から地球の中心へと運んだ霊的な黄金であり、地球そのものが将来太陽になるためである。キリストはこのように、地球内部の変容の始まりをおき、彼の初めの行い以来、地球内部の開始された変容が完了するように、人々もこのプロセスを経ることが重要である。

 

クリスティアンローゼンクロイツとヒラム-地球変容の先駆者たち

 シュタイナーは、地球の内部に関する講義の中で、地球の層が実際に人々にどのような影響を与え、人々がどのようにそれらを変容させるために働くことができるかを示している。1906年9月、シュトゥットガルトで、シュタイナーはこのことについて次のように要約した。

 

「上に述べたことから、この全てのそうと関連がることが分かる。それらは、その力を常に放っているからである。人々はこれらの層の影響下にあり、絶えずその力に打ち勝たなければならない。ひとたび地上の人々が自ら生命を放つようになれば、生命を促進するものを吐き出すようになれば、彼らは火のような大地に打ち勝つだろう。平穏によって霊的に苦痛を克服するとき、彼らは気土(…)に打ち勝つだろう。調和が勝利する時、分裂者は敗北する。白魔術が勝利するとき、世界から悪はなくなる。人間の進化とは、地球内部の変容を意味する。はじめ、地球の本体はあらゆるものの発達を阻害するようなものだった。最後には、人間の力によって変容した地球全体が、霊化された地球になる。このようにして、人間は自分の本性を地球に伝えるのである。」81

 

  これが、この講義が基づいている偉大な発展の視点である。火山の噴火や地震のような自然災害が何度も起こるかどうかは、私たち人間の責任である。地球内部を変容するという世界史的課題に対する私たちの偉大な模範は、キリストに最初に従った者たちである。第一に挙げなければならないのはラザロである。彼は、後にヨハネとして福音書と黙示録を書き、クリスチャン・ローゼンクロイツとして、サンジェルマン伯爵として、そしてルドルフ・シュタイナーの表向き知られていない無名のイニシエーターの一人として登場する。ラザロが以前にヒラムとして転生していたことを考えれば、この個性と内なる地球とその変容との関係はさらに明確になる。クリスチャン・ローゼンクロイツにをとおして流布された神殿伝説は、ヒラムが地球の中心まで歩いたことを重要な形で描写している

 

81 93ページ参照。

 

 このように、地球は現実の存在であると同時に、私たちが変容すべき、我々に役立つ舞台でもある。そして、この地球の諸存在の運命は、地球を自分たちの成長のために舞台して用いるそれらが、実際にどのように成長するかにすべてがかかっている

地球内部の漸進的な変容は、薔薇十字的-霊学的な道において起こることが可能である。しかし、それは他の手段によっても達成に務めることができる。このように、何世紀にもわたって努められてきたキリスト教的イニシエーションは、地球内部の認識とその変容と密接に結びついている。

 

キリスト教秘儀参入の段階

 それゆえ、神秘的なキリスト教の的沈潜の7つの段階は、地球の内部の秘密へと参入するのにも適している。最初の段階である足の洗浄でさえ、内なる大地との関係にとって極めて重要である。足は、私たちがこの世を歩き回り、ある行動を行う場所で歩き回るための器官である。この点で、足は私たちの意志の器官なのだ。ある意味、洗足は、この足が常に下からの、大地の内側からの放射にさらされないようにするための保護の一形態なのだ。シュタイナーが五芒星に関連して言っている、悪が人体に入り込む器官としての足と、まさにこれらの器官がキリストを通して一種の聖別を経験する必要性との間には、深いつながりがある。こうして足は、霊的にふさわしい仕事をする場所へと人を運び、下からの力にそそのかされて、ひょっとしたら霊的な目標に役立たないことをする場所には行かないようにする衝動を受けるようになる。さらなる段階は、鞭打ち、いばらの冠、十字架の携行、神秘的な死、埋葬、そして復活である。

 シュタイナーは、1906年4月16日からの地球の内部に関する6つの講義のうち、最初の講義ですでに、キリスト教秘儀参入のこれら7つの段階と地球の内部の知識との間の関連に注意を促している。各段階で、その下にある地球の層が見えるようになる認識である。これらの段階を完成した者は、最終的に地球の核への洞察に到達する。

 

83 詳細はIV. 講義 p. 74 ff. を参照のこと。

 

 このように、薔薇十字の精神科学的な道を通して、例えば、「高次の世界の知識を得る方法」や「秘密の科学」の練習を行うことによって、また神秘主義的なキリスト教の道を通して、人は自分自身の内的存在の変容だけでなく、地球の内部の変容にも共に働きかけることができるのである。

 

ルドルフ・シュタイナーにおける地球の層というテーマの一貫性

 1906年からの地球の内部に関する5つの講義と、その3年後に続いてこのテーマを明確に扱った一連の講義の最後を飾る第6の講義は、シュタイナーの仕事の中では比較的短いエピソードであるかのように思われるかもしれない。それゆえ、ここで試みられているような重みをそれに与えるべきだろうか?

 そのような見方は、このテーマがシュタイナーの生涯の最後の年まで存在していたという事実を見落とすことになる。私たちは、『人智学指導原理』というタイトルで出版された彼の最後の声明と、いわゆる『クラス・レッスン』の資料体系として知られていた『ミヒャエル学派の瞑想の道』の両方で、このテーマに遭遇する。最後の指導原理でシュタイナーは、テクノロジーと自然科学に一方的にのめり込んでいる現代人が、同時に霊的な超自然へと同じように高く上昇しようと努めなければ、亜自然の中に沈んでしまうという危険について語っている。ある程度までは、この新しい概念と造語だけで、9つの地球観すべてがひとまとめにして扱われている。現代生活のアーリマン化が進行していることを考えれば、ミカエル的・キリスト教的な対抗軸を作らなければならない。

 もちろん、シュタイナーが1906年に行ったような明確な形で、地球内部の主題を後に扱わなかったのはなぜか、と問うことはできる。その場にいた多くの人々にとって、この話題は、自分たちにはまだそこまで成長していないと感じる、一種の不当な要求と感じられたからという以上に、もっともらしい答えは、私にはまだ見つかっていない。彼らはおそらく、最初はとても奇妙に思えたこのようなことよりも、カマロカやデーヴァチャンや人間の個性の永遠性についての説明を聞くことを好んだのだろう。例えば、第二の層は、ここに入り込んだ生命が即座に破壊される層で、我々の世界では知ることのできないものであり、あるい、果実地球は、対照的に生命が過剰に支配する地球であると説明されている。-人智学の医師ノルベルト・グラスは、この果実地球の層に触発され、ガンの形成と結びつけた。

 

霊的な水門を上にも下にも開く

 火の大地(アーリマンの最も顕著な活動場所である層)に関連して、今日蔓延している嘘へのまさに荒れ狂うような情熱を考えることができる。多くの人々にとって、真実はもはや何の価値もない。結局のところ、彼らにとって重要な実際のリアルは力なのだ。

真実への無関心は、時代のアーリマンの影響の表れである。大枠で見れば、私たちは1899年以来何千年もの間、光の時代にいる。しかし、現在は1879年に始まったミカエル時代の中のアーリマン期にある。

 私たちがミカエル時代の中のアーリマン期にいるという事実は、おそらく、アーリマンが認識されることを好まないため、今日このテーマにアプローチするのが難しい理由を説明している。しかし、このテーマはまた、私たちにこの種の気づきをより一層求めるよう促すものでもある。ルドルフ・シュタイナーは、アーリマンの受肉について「第三千年紀の初めに」、つまり現代において重要な発言をしたことで知られている。85

 1899年に光の時代が始まると、言わば精神世界の水門が開き、人々の魂に新しい霊性が流れ始めた。それ以来、この霊性が、思考する意識の魂の入口をどの程度まで見いだしたのか、また自由の時代には否定されることもあるものを見いだすのかが、重要な問題になっている。

 

84 この観点については、小論:Thomas Meyer, Im Zeichen der Fünf - Die fünf spirituellen Ereignisse, Aufgaben und Wesenheiten des bisherigen klichael-Zeitalters, Ba-sel (Perseus) 2014を参照。 85 このように、とりわけ1919年10月末から12月末までの8回の講義(GA 191, 193, 194, 195)において。

 

 この上からの水門の開放と並行する出来事もある。下に向かう水門も開かれたのだ。国家社会主義からボリシェヴィズム、そして今日の世界を支配するアメリカニズムに至るまで、20世紀の悪魔の歴史はすべて、この事実を表現している。

 

「ミヒャエル学院の瞑想の道」における地球の層のテーマ

 ルドルフ・シュタイナーの仕事の中で、地球の内部のテーマが一見消えたように見えるだけで、別の仕事場では形を変えてよりはっきりと現れるのかが明らかになる第二の場所は、「ミヒャエル学院の瞑想の道」である。第4回(クラス)のレッスンでは、3つのマントラのうち最初のマントラが、自我と体の殻(ここではボディメンバーと呼ぶ)の極性に言及している:

 大地の深淵がその力をあなたの存在の手足に押し込むのを感じなさい。その努力に自分の意志を無力に委ねるとき、あなたはその中に自分を見失う。

 

86 『ミヒャエル学派の瞑想道』1924年からのルドルフ・シュタイナーの秘教的遺産、全2巻、バーゼルペルセウス社)2011年。

 

神殿伝説とハイラムの原初のカインへの道87

 ヒラムは主に旧約聖書から、ソロモンのために神殿を建てたフェニキア人の棟梁として、私たちには先ず知られている。彼を再び、14~15世紀にクリスチャン・ローゼンクロイツによってヨーロッパの知的生活に導入されたこの伝説の中に見いだす。この伝説は後にフリーメーソン儀式の中心となった

 伝説の中心にあるのはヒラムの姿である。クリスチャン・ローゼンクロイツは、ヒラムの再受肉者として、自身の以前の経験の一部をこの伝説の中に造形した。ヒラム、ラザロ/ヨハネス、クリスチャン・ローゼンクロイツサンジェルマン伯爵の人格の間をカルマの変容の中で移動した人格は、その後ルドルフ・シュタイナーが外的には知られていない二人のイニシエーターの一人にもなった

 神殿伝説は、シュタイナーによって少しずつ異なるバージョンで語られている(例えばGA 93)。物語の大枠は知られている: ヒラムがソロモンの宮廷にやってきて、彼のために神殿を建てる。ソロモンと結婚するために宮廷を訪れたシバの女王は、建築の名人の姿を見て恋に落ち、ソロモンの嫉妬を買う。この出来事の結末に関する限り、私はシュタイナーによって語られた伝説の最後の部分に限定することにする。シュタイナーはこの伝説を描いたのは次のような形であった。彼が秘教の弟子たちのために創始したメーソン儀式の第一階級のために挿入し、同様に、ヒラムが変容した地球で再び儀式的出来事の中心に立つ第三階級にも加えたのである88

 シュタイナーは、地球の内部についても語った数年間に、まさに第三階級でこれらの儀式を行った。この事実だけでも、ルドルフ・シュタイナーの二つのテーマと活動領域の間に、内的なつながりがあることがわかる。

 

87 2014年アドヴェントバーゼルスカラ座での講演より引用: トーマス・マイヤー編『新しいカイン』。Die Tempellegende als geistig-mo-ralischer Entwicklungsimpuls und ihre Vollendung dür Rudolf Steiner, mit den Ritualtexten for den firsten, zweiten and dritten Grad, Basel (Perseus) 2013.

 

鉄の海

 ヒラムは、神殿建築の最高の栄誉として、7つの惑星金属から鋳造され、完全に透明であるとされる芸術作品である「鉄の海」を造ろうとしている。シュタイナーによれば、「鉄の海」は、ルシファーとアーリマンが人間の魂の発達に介入しなければ、人間の魂がどのようなものになったかを象徴するものだという。伝説の中で、彼らはヒラムの「鉄の海」の鋳造を台無しにしようとする3人の裏切り者の職工に象徴される。シュタイナーによれば、裏切り者の仲間は疑い、迷信、個人的な自己の幻想を体現している。彼らは、彼が、彼らのほしがっているマイスターの位にはまだ達していないとして、それを拒否したので、彼の鉄の海の鋳造を破壊しようとする。シュタイナーによれば、裏切りの職人は、個人の自己の疑念、迷信、そして幻想を体現している。最初のものはアーリマン的で、最後はルシファー的である、迷信はその中間に位置し、その両方の性質を持っている。霊的成長の道を歩む人は皆、この3つの性質に打ち負かされたくなければ、それらを克服しなければならない。

「鉄の海」に象徴される人間の魂は、ある程度、惑星系全体の真髄である。これは中世でも知られていた。七つのリベラルアーツの発達の道は、魂が惑星系を7つの段階-月、水星、金星、太陽、そして土星に至る-を経て、実際の霊的故郷へと導く。また、シュタイナーが『人間と宇宙思想』(GA 151)という講義サイクルで説明しているように、認識の7つの気分を考えることもできる。

 3人の職人は、鋳型を台無しにし、魂が調和のとれた原型を見つけるのを妨げる。最大の抵抗は、おそらく個人的な自己の幻想によってもたらされる。つまり、人々は、ルシファーからの贈り物である個人的自己を、実際の個性である高次の自己を自覚するための通過点とは見なさず、そのことがもたらすであろうすべての結果も伴って、いわばその中に閉じこもったままでいるのである。ルドルフ・シュタイナーと並んで、メイベル・コリンズ(『途上の光』)は、特にこの第三の危険な旅人を扱ってきた人物である。個人的なままで幻想的に「絶対的な」自己へと膨張する自己から、虚栄心、個人的な野心などの障害特性が発達する。小さな子供は、まだ自分というものを感じることができないので、うぬぼれることができない。自分がやるのであって、他人がやるのではない」という野心は、ライバル心を生み、殺人にまで発展する。神殿伝説とは次のことである。

 

「この3人の裏切り者は、ソロモンの宮廷での仕事の頂点として果たすべきヒラム・アビフの仕事を台無しにすることを決意した。これが "鉄の海 "の鋳造物である。これは、7つの基本金属(鉛、銅、錫、水銀、鉄、銀、金)を完全に透明になるような割合で使った人工的な鋳物である。この工程は、シバの女王を含む宮廷の面前で行われ、まだ濁っていた物質が完全に透明に変わる最後の衝撃を除いては完了した。ところが、3人の裏切り者が鋳物に間違ったものを混ぜてしまったため、鋳型が透明になるどころか、火の粉が飛び出してしまった。ヒラム・アビフは水で火を鎮めようとした。それはうまくいかなかった。炎は四方八方に燃え広がった。集まった人々は四方八方に急いで逃げ出した。しかし、ヒラム・アビフは炎と光り輝く塊の中から、“火の海に身を投じよ。汝がけがを負うことはない”という声を聞いた。彼は、炎に身を投じた。その途中、彼は祖先のトゥバルカインに出会った。彼は、偉大な祖先のカイン【トゥバルカイン】が罪を犯す前の状態で存在する地球の中心へとカインを導いた。ここでヒラム・アビフはカインから、地上の人間の力の精力的な発展が最終的にイニシエーションの高みへと導くこと、そしてこのようにして到達したイニシエーションが、地上の道程におけるアベル=セトの息子たちの観照の代わりとならなければならないという説明を受けた。(…)兄弟殺しの前にカインにあった、魂の元の状態が回復されるような、人間の地球の力の発展がなければならない。」

 

 シュタイナーは、神殿伝説のこの重要な、最初はひょっとしたら謎のような結論を、儀式レッスンの第一段階の「教え」として挿入したのである。カインが内的秘教的発展の目標とされるのはなぜなのか。

 

89 完全な文言は 新カイン』、前掲書。

 

 追求されるべきは、兄弟殺しのカインではない【訳注】。むしろ秘教的な発展は、カインが殺人を犯す前の状態を達成することを目的としている。しかし、その状態とは何なのか?私たちはこの状態について何か学んでいるのだろうか?神殿伝説には具体的なことは何も書かれていない。創世記は、そのような状態が存在しなかったかのように、私たちは、重要な謎の前にいる。それについて完全に沈黙している。この状態とは何なのか?

【訳注】カインは、兄弟であるアベルを殺した。

 

 ルドルフ・シュタイナーはこの以前の状態について、神殿伝説や儀式的カルトゥスへの言及なしに、思いがけない場所で、すなわち1913年3月にハーグで、いわゆる構成要素の講義サイクルの中で述べている(GA 145)。ここで彼は、すべての人間にとって重要なパラダイム的イマジネーションについて述べている。このサイクルの第8回目の講義で、彼はアストラル体と高次の自己の本性についてのイマジネーションを展開する。シュタイナーは、霊的存在を描写している。それは、自分よりも完全な存在であるとそれを認識するために、さらに高次の霊的存在に自らを開くのである。それは自分の自我性を、つまりある意味で前述の「個人的な自己の幻想」を犠牲にすることによって、より完全な存在と一体化することになるのだ。そしてこの存在がそうすることで、霊的なインスピレーションが生じる。: そうすることで、地上に戻ったあなたは、この存在の守護者になることができる。おわかりのように、これはカインとアベルのドラマの霊的な前史に属するのである。

 さて、このイマジネーションには、更に、ルシファーとアーリマンによって妨害される様子が伴う。前者はエゴイズムを呼び起こし、自分はすでに十分に神であり、より高次のものに身を委ねる必要はないと信じ込ませる。後者は、この "より高次の "ライバルを排除したいという欲望、すなわち殺意を呼び起こす。創世記に描かれたカインとアベルの物語は、阻止され、倒錯したいけにえの行為の後の段階を示しているだけで、いけにえの行為そのものを示しているわけではない。

 この純粋で献身的な元のカインの状態を取り戻さなければならない。私たちは皆、通常は非常に深く隠されているが、この状態を自分の中に持っている。神殿伝説の最後にあるように、ヒラムが目指すべきなのはこの状態なのだ。

このカインの犠牲のしぐさと心情は、ロマネスクの彫刻に美しく描かれている。神の手はすでにアベルに向けられているが、カインの目は献身と犠牲への意欲に輝いており、対抗心や殺人の思いとはまだかけ離れている。

 したがって、パラダイス的カインと堕落したカインを区別しなければならない。そうすることで、ヒラムが不滅のカイン、原初のカイン、あるいは私が同名の著作で呼んでいる「新しいカイン」-この原初のカインは通常の意識にとり全く疎遠になってしまっており、新しく獲得しなければならないので-を見つけるために、地球内部の層をどのように進んでいくかが見られるのだ。

 徐々に透明になっていくことによって原初のカインが見出されるキリスト教的秘儀参入の道を歩まない者は、通常の認識力を変容させることによってもそうすることができる。これらは、いわゆる対象認識に根ざしている。それは今日の日常的な意識であり、また通常の科学的な意識でもある。そこには、堕落したカインに由来する古いカイン的なものがまだ多く付着している: 同胞の障害、研究の対象への愛なき侵襲にまで至りうる悟性の鋭利さ。 ルドルフ・シュタイナーは、このような認識形態について、「アベルに突き刺さったカインの鈍った武器」にほかならないと述べている90

 この低次のカイン的認識形態は変容されなければならない。これは、認識の対象に対する畏敬の念を発達させることによって起こる。そうすることで、イマジネーションの認識レベルに達することができるのだ。認識の対象への献身が高まれば、インスピレーションとなる。そして、それとの愛に満ちた結合が直観イントゥイチオーンとなる。直観によって、カインが罪を犯す前にいた状態に到達する--自分の内なる高次のものに、完全に身を委ね、溶け込むのだ。

 

 最後に、クリスチャン・ローゼンクロイツルドルフ・シュタイナーの知られざる師に、すでにヒラムとして、後にはキリストによって神秘の墓から引き上げられた【秘儀参入を受けた】最初の人間、すなわちラザロ=ヨハネとして受肉した個性が現れたことをもう一度考えるならば、1906年4月3日のヴェスヴィオ火山の噴火の後、ルドルフ・シュタイナーが地球の内部というローゼンクロイツのテーマについて語る「衝動」を、いかなる深い地下から受け取ったかを推測することができる。そして、ダンテの『神曲』に描かれている地球の内部への旅と、神殿伝説の本質が、いかに同じ目的、つまり、すべての人間の魂の中での、より高次の、不滅の、朽ち果てることのないものの誕生へとつながっているのかもわかる。

 

90 1913年3月27日、ハーグ、GA 145にて講演。

 

 この道を、一方の、あるいは他方の形で、歩む者は誰でも、何らかの形で、ミカエルの瞑想の道の第四段階の三つのマントラを体験し、それと結ばれるだろう:

 

大地の深淵がその力をどのように自分の体の四肢に押し込んでいるかを感じなさい。その努力に自分の意志を無力に委ねるとき、あなたはその中に自分を見失う。

神々の力があなたの魂に霊的な光を放つのを感じなさい。神々の中にいる自分が高揚するのを感じなさい。そうすれば、神々の輪の中にあなた自身が創造され、よいスピリチュアルな働きのために強くなる。

高みへの努力の中で、霊に満たされた思考の力に従いたいと願い、人間の真の存在に天上から慈悲深く響く言葉を勇敢に聞くとき、自我がいかに天の高みで無私に生きることができるかを感じなさい。

 

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 上に、キリストが地下に降ったと言うことが述べてられいるが、これは、聖書のペテロの手紙などに述べられていることを元に生まれた考えで、「キリストの地獄への降下(陰府降下)」などとも言われているキリスト教における信仰である。今では、教義的には、一種の喩えとして捉える宗派が多いようだが、人智学派は実際に起きた出来事と考えている。

 さて、地球の内部の深い部分の実際の状況について、シュタイナーの考えをふまえるとどのように考えるべきなのだろうか?

 中心に至るまで物質であるが、一定の深さから非物質的なものに浸透されるようになっているのか、あるいは、そもそも物質的なものがなくなり、非物質的なものが占めるようになるのかなど、色々な考えが浮かぶ。

 上の論考で、メイヤー氏は、「最新の掘削は、シュタイナーが鉱物大地と呼ぶ最上層を引っ掻くことでしかない。・・・地球の鉱物層が、今日の掘削によってほとんど掘り尽くされていないことは間違いない。それにもかかわらず、人々は地球の内部について、実際の地球のコアを構成しているとされる鉄-ニッケルに至るまで、誰も実際にその場所を調査したこともないのに、さまざまな理論を持っている」とし、表面に近い鉱物層でさえ未知の領域が残っていると強調しているので、実際の内部の深い層は、現代科学の通常の認識と異なる状態にあることを示唆しているのだろう(この事情は、地球の外、宇宙につても同様である)。

 

 フリーメイソンの儀式の元となっている神殿伝説は、上の論考が説明しているように、クリスチャン・ローゼンクロイツの前世であるヒラムに関係する伝説である。従って、フリーメイソンに関する以前の記事にも出てきたように、フリーメイソンそのものは、決して現代において一般的に理解されているような陰謀を企てる「秘密結社」ではない。地球の変容に関わる重要な使命をもった秘教的同胞団なのだ。

 現代は、悪の力が世界中を支配し、その力は際だっているように見える。その攻撃は、当然ながら人類の歴史と共にあり、フリーメイソンを変質させることにも働いているだろう。長い間続いてきたのであり、その結果が現代において集約され、表面化してきているのではなかろうか。

 それは、現代が、人類にとって非常に重要な時期であるからであろう。将来を分ける、「(小)黙示録的時代」とも言えるだろう。

 それは、このまま唯物論的人間観、世界観を維持したい勢力と、霊的認識を基盤とする真の人間観、世界観を確立しようとする勢力の対立でもある。シュタイナーは、人間に対する見方を大きく変えたが、当然それは世界、自然に対する見方の変化を伴うものでもある。空の先の宇宙と共に、地球の内部も、その真の姿は、我々が思っているものとおそらく異なるのである。

悪用される反ユダヤ主義

 日本ではあまりマスコミにとって報道されないが、SMSをとおして、ガザの悲惨な状況は伝わっており、世界各地での大規模な反対運動も知ることが出来る。今行なわれているのは、まさに民族のジェノサイドとしか言い様がない。

 こうした状況で明らかになっているのは、欧米のいわゆる人権や民主主義の主張がいかに欺瞞にまみれているかと言うことである。ロシアに対して非難するなら、なぜイスラエルを批判しないのか、ということである。

 その一つの理由は、シオニズムにあるだろう。「陰謀論」でもよくシオニズムは取り上げられるが、欧米で隠然とした力を持ってきたことは明らかである。

 その背景には、第2次世界大戦での悲惨なユダヤ人虐殺の歴史があるのだろうが、これがある政治的意図により利用されてきているという事情もあるようだ。

 

 パレスティナ問題、イスラエル建国の問題については、このブログで以前、テリー・ボードマン氏の記事を載せた。今回は、『ヨーロッパ人』誌(2024年3月号)の記事を紹介する。ドイツ政府の姿勢を批判的に論じた文章となっている。

 今まで私は(多くの日本人もそうだろう)、戦前の反省が弱く、軍国主義復古が進む日本に比べ、ドイツにおけるナチス否定と贖罪の姿勢は優れたものだと思っていた。しかし、「陰謀論」界隈で、あるいは人智学派をとおして、最近学んできたことからすると、それ自体は正しいものの、ドイツ国民をその否定的立場におき続け、例えばイスラエルへの盲目的支持につなげるなどの、ある隠された意図があるのではないかということも考えるようになっている。

 それは、「NATOのくびき」と同様なもので、ようするにヨーロッパ(この場合特にドイツ)を英米支配下に起き続けようとするものではなかろうか(こうした支配関係については、今までのブログ記事でも述べられていると思う)。

 なお、以下では、本文に続けて、同じ号のスコット・リッター氏に関わる記事も載せている。

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現実の反ユダヤ主義隠蔽*1

 * 2024年1月12日付『Fassadenkratzer』掲載、ヘルベルト・ルートヴィヒの好意により転載。

 

 特にドイツでは、「反ユダヤ主義」は、イスラエルに対して、異なった批判的な態度をとるすべての人々に対する言語的武器として悪用されている。パレスチナ人の人権を擁護する人は誰でも、簡単に反ユダヤ主義者として中傷される。ドイツでは、ナチス独裁政権下でユダヤ人が迫害され、殺害されたため、イスラエル国家の生存権が国家理由とされているため、ユダヤ教に対する文化的批判、イスラエルの政策に対する批判、反ユダヤ主義ユダヤ人迫害は、イスラエル国家の存在と混ざり合い、ほとんどほどけないもつれを形成している。客観的な事実に基づいて現実を知ろうとすること、それだけが有益なのだが、それが明らかに妨げられている。

 

反ユダヤ主義

 アラブ人もまたセム人であるため、反ユダヤ主義という言葉は曖昧であるが、それは「ユダヤ人」に対する一般的な嫌悪、敵対、あるいは憎悪に近い敵意としてのみ理解される。生まれつきユダヤ人であるというだけで、人々は信用を失い、迫害される。彼らは一般的に、ある種の否定的な性格特性を与えられており、個々の人格の性質や特性は何の役割も果たしていない。個人は集団の一部として扱われるだけで、集団の他のメンバーの行動にも責任を負わされる。

 これは当然、人間の自由な個性の尊厳を最大限に侵害するものである。人間は、集団のしがらみや影響とは無関係に自分の行動を認識し、決定することができ、したがって自分の行為に対してのみ責任を負う。

 自由な個性を理論的根拠とする近代民主主義国家の刑法は、したがって基本的に個人の責任に基づいている。ジュネーブ条約第4号第33条も、個人的に犯したのでない犯罪については、いかなる者も刑に処せられないと定めている。集団的処罰は集団的罪を前提とする。ジュネーブ第三条約第87条第3項およびジュネーブ第四条約第33条によれば、集団処罰は戦争犯罪である。(ウィキペディア

 もちろん、個人の責任は、犯罪について、また国家に対してだけでなく、誰に対する行為にも適用される。

 反ユダヤ主義は、個人に敵対的な過去の遺物であり、あるいは反動的な逆戻りである。しかし、その根底にある感情的な集団主義は、反ユダヤ主義に限ったことではなく、もっと広く存在している。イスラエルユダヤ人政府がパレスチナ反ユダヤ主義やテロを正しく非難しつつ、ハマスの野蛮な攻撃の後、イスラエル軍もまたパレスチナの民間人を爆撃し、何千人もの罪のない女性や子どもを殺傷しているとき、彼らは他者を非難するのと同じ集団主義的な考え方から行動しているのである。

 今日のドイツ人が、国家社会主義者の犯罪のために常に集団的罪悪感に縛られ、自由な政治的発展を妨げているとき、ロシア軍のウクライナ攻撃のために病気のロシア人がドイツの病院から追い返されているとき、あるいはロシア人芸術家がドイツのコンサートホールやオペラハウスで公演することを許されていないとき、同じ人間嫌いの集団主義が働いている。

 

 歴史的事実

 反ユダヤ主義や、それに基づく集団主義的態度を批判する場合、原因、範囲、結果の観点から認識すべき歴史的事実とは何かを厳密に区別しなければならない。

 ユダヤ民族とその宗教の発展、ユダヤ人の離散、シオニズム1イスラエル建国と拡大2、イギリスやアメリカとの関係3、そして反ユダヤ主義の発展そのものが歴史的事実であり、それらの知識は現在の出来事を理解するために必要である。それらを反ユダヤ主義とごっちゃにすることは、著者の信用を失墜させ、信用できない人物にすることとなる事実からの逸脱である。

  ロバート・ハベック【訳注】も11月1日の講演で、議論が白熱し混乱していることを訴えている。しかし、彼の発言は混乱に拍車をかけるだけだ。

 

【訳注】ドイツの政治家、著作家。所属政党は同盟90/緑の党 。元同党党首(共同党首)。

 

 彼が歴史的責任から改めて強調した、ドイツ国家としてのイスラエルの存在の確実性は、ドイツにおけるユダヤ人へのひどい迫害からイスラエル建国に至るまで、完全に一方的な推論を描いている。しかし、これはそのはるか以前、20世紀初頭に始まった、暴力とテロとパレスチナ住民の追放に基づくユダヤ人による長い植民地化の終わりに過ぎなかった。

 パレスチナイスラエル国家が、先住民の殺害と追放、すなわち国際法に反する犯罪に基づいており、それは現在も続いているという歴史的事実を無視することはできない。それにもかかわらず、このような国家の暴力的な「存在」がドイツの「存在理由」であると宣言されれば、このような犯罪と連帯することになる。しかし、このことは常に無視されている。ドイツ人に叩き込まれた永遠のナチスの罪悪感は、現在の世代には何の関係もないものだが、現実の明確な見方を覆い隠している。

2023年12月26日、ドイツユダヤ人中央協議会の故ハインツ・ガリンスキー元議長の娘であるドイツ人ユダヤ人エヴリン・ヘヒト=ガリンスキーは、これらのことを容赦なく突きつけている:

"ユダヤ人占領国家"は、“自衛権”を失った、占領者として、もつこともできないのではないのか。この不法な占領にいかなるささやかな手段を使っても抵抗しようとする被占領者に対して、誰が占領者に『自衛』の権利を与えるのか?そう、それは彼らの法的権利である!そう、彼らは残忍な手段で、(2023年10月7日)残忍な占領に対抗したのだ。

 同じことが、プロパガンダ的に捏造された「生存権」という概念にも当てはまる。国境も憲法もない国家には、この権利はないと、私は何度書いたことだろう。イスラエルの目的はただ一つ、土地を盗み、入植し、追放し、アパルトヘイトの大イスラエルに単独で存在することだ。だから、ドイツ人の「新市民」が帰化するためにこの「生存権」を認めなければならないとすれば、それは私たちの民主主義とは相容れない。帰化政策としてのドイツのトラウマは、精神科病棟に属するものだ!

 私たちは、パレスチナの人々の勇気と鉄の意志、そして彼らの絶望的な抵抗を惜しみなく賞賛しなければならない。彼らが耐えなければならないことは、通常の想像を超えている。ホロドモール【訳注】であり、ホロコーストである。彼らが耐えなければならないものは、これらの名に値する。私は、10月7日の恐ろしい抵抗攻撃を自らの目的のために悪用するユダヤ人政権を恥じる。」5

 

【訳注】ホロドモールは、ウクライナ語で飢え・飢饉を意味するホロドと、殺害[注釈 2]、絶滅、抹殺、または疫病を意味するモルとの合成語で、飢餓による殺害 (death by hunger) を意味する。

 

 そして彼女は、国連事務総長アントニオ・グテーレス安全保障理事会での演説で、1200人のイスラエル国民が殺害され、250人が人質に取られたハマスの攻撃は、空白の中で起こったのではないと述べたことに言及している。「パレスチナの人々は56年間、抑圧的な占領下で苦しんできた」と彼女は述べ、「パレスチナ人の不満は、ハマスの恐ろしい攻撃を正当化することはできない。そして、これらの恐ろしい攻撃は、パレスチナ人民に対する集団罰を正当化することはできない」と付け加えた。

 これらは歴史的事実であり、反ユダヤ主義とは何の関係もない。エヴリン・ヘクト=ガリンスキーは、ニューヨークのコロンビア大学のジョセフ・マサド教授が2023年11月15日に発表した文章を引用している:

「10月7日に死亡したイスラエル軍兵士と民間人を反ユダヤ主義の犠牲者として描くことは、イスラエルイスラエルユダヤ人を攻撃するパレスチナ人が、ユダヤ人としてではなく、植民地支配者として彼らを攻撃しているという事実を覆い隠すという明確な目的がある。イスラエルイスラエルユダヤ人入植者を、ユダヤ人であるというだけで、反ユダヤ主義者に攻撃されたヨーロッパのユダヤ人と同一視しようとする試みは、それ自体が反ユダヤ主義的であるだけでなく、彼らを、ユダヤ人至上主義者(自分たちは人種的に優れていると考えている、hl)の入植者植民地イスラエルと偽って結びつけることによって、第二次世界大戦中に亡くなったユダヤ人の記憶を汚すものである。」

 イスラエルガザ地区で起きているこのような出来事に関するハベックの発言もまた、感情的で表面的なものである。彼はガザの人々の苦しみを嘆き、人道支援を呼びかけ、イスラエルももちろん国際法と国際基準を守らなければならないことを認識している。しかし、国際法に違反するガザ地区の民間人への野蛮な爆撃から距離を置くことは、結果として生じるものではなく、むしろそれを矮小化するものである-「誰がハマスにそんな期待を抱くだろうか?」と。言い換えれば、これまでの認識では、ハマス国際法に違反してイスラエルの民間人を最初に殺害したのだから、イスラエル人はもっとひどい犯罪を犯しても許されなければならない、ということだ。論理と道徳はどこにあるのか?

  彼はまた、ハマスイスラエルに侵攻したときの野蛮な行為を感情的に描写しているが、彼らが、イスラエル国内で警報が発信されることなく、警備の行き届いた国境を越え、数時間にわたって国内で殺人を犯すことができたという奇妙な事実に疑問を投げかけることはない。世界で最も優秀とされるイスラエル諜報機関の元職員は、「イスラエルが、何が起こるか知らなかったということはありえない」と考えている。ある元職員は、猫が国境フェンスを乗り越えたなら、全軍が警戒しただろうと指摘した。イスラエルの元国境警察官は、鳥やゴキブリが国境に近づいただけでも警報が鳴ると言った。彼女は、なぜ国境が広く開かれているのか不思議に思った-「何かがおかしい。これはとても奇妙です。」奇襲攻撃は計画的な作戦のように見えた。それゆえ彼女は、400人ものハマス兵士が簡単に国境を越えることができたということに非常に驚いた6

 イスラエルには、後に起きることのために口実が必要だったのだろうか?ここには、ハベックが関心を示さない別の側面がある。しかし、ハベックは真実のためにそれらに関心を持つべきだ。そして、このような疑問が存在するのであれば、そのような表面的な話し方は不可能であり、外交的自制心を働かせなければならない。

 ハベックの表面的な態度は、ドイツに住むユダヤ人が街角にはびこる反ユダヤ主義に怯えていることを詳しく説明するときには、罪の意識のある沈黙に変わる。「ホロコーストから80年近く経った今日、ドイツでは......」と、美辞麗句を並べた感情的な言い方を3回繰り返すが、いみ。誰もが知っていることだ。 - それなのに彼は、デマゴギーとしか言いようのない、このような嘘で塗り固めた演説をするのだ。

 我々が明らかにしたように、事実が示すものは、反ユダヤ主義的なものではない。マックス・エルディンガーは、一読に値する論文7で、このことを的確にまとめている:

反ユダヤ主義は存在する。しかし、事実は決して反ユダヤ主義的なものではない。イスラエル情勢には地政学的な事実がある。また、パレスチナ人の状況には、国際法の下での事実もある。これらは決して親パレスチナ的なものからくるのではなく、単なる事実なのである。」

 

 ハーバート・ルートヴィヒ

1 https://fassadenkratzer.wordpress.com/2023/12/22/die-bedeutung-der- Jews-in-the-development-of-humanity-and-the-state-of-israel/

2 https://fassadenkratzer.wordpress.com/2023/12/29/die-kriegerische- power-that-rises-from-perted-religion/

3 Anderweltonline.com: イスラエル生存権は合理的に正当化できるか?Die_Gru_ndung_des_Staats_Israel.pdf (anderweltonline.com)

4 manuskripte-habeck-ueber-israel-und-antisemitismus-ja.pdf (bmwk.de)

5 https://www.sicht-vom-hochblauen.de/kommentar-vom-hochblauen- israels-existence-right-and-self-defence-are-the-unworthy of the year-by-evelyn-hecht-galinski/

6 https://uncutnews.ch/mehrere-journalisten-zum-hamas-angriff-etwas- right-not-that-is-very-elusive/

7 https://journalistenwatch.com/2023/10/26/israel-die-fakten/?fbclid=Iw AR1m0uK02LsI41gE_PiSpZ6YgTUI0hv-3lyWX-rYRrE1NIBkc3Hc_tC7i4g

2月号のガストン・プフィスターによる記事「犯罪者によるノーベル賞」に加えて、ヘルベルト・ルートヴィヒによる以下の記事が2024年2月6日付のFassadenkratzerに掲載された:

「2023年の狡猾なノーベル医学賞-組織の腐敗」。

 

 

ガザ戦争に対する道徳的判断

「スコット・リッターはありのままを語る」

 

 この記事を書くきっかけとなったのは、アメリカの軍事アナリストであり、「アメリ海兵隊」のメンバーであり、イラクにおける国連とソ連におけるアメリカのための元兵器査察官であるスコット・リッターである。

 スコット・リッターは最近の3分間のインスタグラムの投稿で次のように述べている:現在のガザ戦争において、イスラエル軍は前例のない規模で民間人を殺害している。

 この殺戮は、ハマスとの戦いでも、2023年10月7日のハマスによる攻撃の犠牲者(数的にははるかに少ない)でも、ハマスに連れ去られた人質でも、何によっても正当化できない。とんでもない戦争犯罪だ。

 報道によれば、イスラエル社会の大多数はこの種の戦争を容認しているようだ。イスラエルからは、パレスチナ人を「人間の動物」と呼び、殺すこともできるという声が聞こえてくる。世界は黙っているべきなのだろうか?このような犯罪を犯した国は、存在する道徳的権利を失っている。もう一度言う。道徳的な観点から言えば、イスラエルは国家として存在し続ける権利を失ったのだ。彼、リッターはもはやイスラエルパレスチナの「2国家解決」を支持していない。彼が今、支持しているのは、「一国家解決」である。

 この一つの国家とはパレスチナである。この国家は世俗的な国家であるべきで、そこではユダヤ人もまた「ゲスト」として、つまり他のすべての市民と平等な市民として生きることができ、自らを「優れた」市民として他のすべての市民よりも高く評価されることはない。国旗のダビデの星は消えなければならない。また、他のいかなる宗教的シンボルもその代わりとなってはならない。ユダヤ人が再び「ホロコースト」と呼ばれる大量虐殺の企てにさらされてはならない。しかし、近隣の人々を同様に残酷な方法で抑圧することによって、自分たちをそこから守るはずの国家を維持してはならない。そして、もし彼らが隣人たちと平和に暮らすことを学ぶならば、このような抑圧は必要ないだろう。

 

 スコット・リッターは鋭い思考力と明晰な分析力を持っているだけではない。彼は道徳的誠実さを持っている。そして勇気がある。現在の西側メディアの状況で、誰がこのような道徳的判断を下す勇気があるだろうか?実際には当然のことではあるが!我々は、ここまで来てしまったのだ!

 スコット・リッターはアメリカの愛国者でもある。今日のアメリカの愛国者は、アメリカの 「ディープ・ステート」-そしてその奉仕者であるアメリカの将軍たち-が世界に語る嘘を繰り返さない。リッターは、ウクライナガザ地区における現代の軍事衝突について、私が判断する限り、明確かつ冷静で専門的な分析を行っている。たとえば、10月7日のハマスによる攻撃は、「テロ攻撃」とは呼ばれず、巧みかつ正確に実行された軍事襲撃であり、その主な目的は人質を捕らえ、それによってイスラエルをガザ侵攻に誘い込むことにあった。

 それはまた、パレスチナ問題を再び世界の議題とし、パレスチナの独立国家樹立を不可能にする「アブラハム合意」の締結を阻止した点で、21世紀で最も成功した空襲でもあった。

 スコット・リッターはまた、イスラエルの戦争を無条件に支持することに対してアメリカに警告を発している。そうすれば、アメリカは世界の道徳的軽蔑にさらされることになる。このような支援は、憲法に盛り込まれたアメリカ自身の理想とあからさまに矛盾する。リッターはこの理想を信じている。彼はまたアメリカを信じている。しかし、もしアメリカがこのまま道徳の奈落へと続く間違った道を突き進むなら、リッターはもはやアメリカの存在を正当化することはできない。なぜなら、この国は自らの理想、アイデンティティそのものを裏切ることになるからだ。そして、世界の道徳的侮蔑の犠牲となるのも当然である。

 スコット・リッターは、私たち一人ひとりが言うべきことを言っている。我々は犯罪をただ傍観してはならない。彼はイスラエル保護国であるアメリカの国民として言う。しかし同時に、一人の人間として、"人類家族"(ダニエレ・ガンザー)の一員としても。

 スコット・リッターは自国を批判し、真の理想に立ち返るよう促す。スコット・リッターの話し方は、すべてのアメリカの愛国者が話すべき話し方である。なぜなら、真の愛国者は皆、「国家エゴイスト」"ではなく、自国の才能が人類の進歩に貢献できることを認めているからだ。アメリカにとっては、宗教の自由、市民的個人の権利、民主主義、三権分立など、憲法に謳われている啓蒙主義の理想がそれである。そして真の愛国者は、自国がその真の天命、自己の「使命」を果たし、「国家のエゴイズム」、いわゆる「現実政治」によってそれを裏切ることのないように促す。

 スコット・リッターの勇気は私たち全員の模範である。彼の道徳的判断は、私たちがガザ紛争の解決策を模索する出発点なのだ。

 Nomen est omen:騎士とは高貴な戦士であり、善のため戦う者である。スコット・リッターはその名にふさわしい。【訳注】

 

【訳注】「リッター」とはドイツ語で「騎士」を意味する。

 

  ニコラス・ドドウェル

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 スコット・リッター氏は、ウクライナ問題で日本でも有名になった軍事アナリストである。ロシア側の主張も冷静に判断し、日本のマスコミ「専門家」とは異なって、冷静、客観的な(ということはウクライナにとって不利なということになるが)分析を発信しており、その姿勢は、パレスティナ問題でも発揮されているようである。

 前の方の論考では、緑の党の政治家が批判されているが、ウクライナ問題でも政府の中で特に好戦的な姿勢を示しているのは緑の党の政治家のようであり、全く残念なことである。この党は、もともと環境保護が重要な党是であるが、勿論、民主主義や人権を基本として、既成政党を乗り越えるものとして、人智学派のグループも関与する中で誕生したからである(人智学派との現在の関係はわからないが)。

 党是の環境保護についても、偽温暖化二酸化炭素原因説を後押ししているという問題もあるだろう。本来は優れた理念をもっていながら、それが逆に利用されているのである。結局、この党は、変質してしまったのではなかろうか?

 

 今回のハマスによるイスラエル奇襲攻撃については、上の記事にあるように、そもそも世界的に優れた軍事、諜報国家、監視社会のイスラエルでなぜ可能であったのかということは多くの方が指摘しており、その背景については様々な分析、論評もあるようで(中には、アメリカの隠れた意図を指摘するものもある)、到底私には判断がつかないのだが、世間一般で言われているように単純なものでないことは確かだろう。

 ここでは、オカルト的な視点で触れておきたいのだが、今、世界中で様々な混乱が巻き起こっているのだが、そこには、霊的敵対勢力の悪意を感じざるを得ず、これもその一環として考えることは出来るだろう。簡単に言えば、偽メシア誕生の下準備である。

 ソロビヨフが予言したように、偽キリストは、世界的な混乱の嵐の中から姿を現わすのである。

 そうした中で、ユダヤ教(それを支援するキリスト教)とイスラム教の対立が煽られているのも気になるところである。フリーメイソンの大物、アルバート・パイクは、その「予言」で、第三次世界大戦は、シオニストとアラブ人との間で起こるべきだとしているからである。

 上の文章に、ドイツにおけるユダヤ人差別問題が述べられていたが、それはこれに関わるものかもしれない。

「これが、主に、現政権を含むドイツ政府が憲法と法律に違反して数十年にわたって国内に侵入させてきた、古くからあるイスラム系の反ユダヤ主義であることにはまったく触れていない」と言われているが、これはドイツへのイスラム系の「難民」によるユダヤ人への差別のことであると思われる。

 ドイツを先頭に、これまで中東やアフリカから大量のイスラム系の「難民」をヨーロッパの国々は引き受けてきたのだが、それは、「人権」の名のもとに「非合法的に」行なわれてきたものであり、その結果としてこうした問題が生じているというのだ。

(日本では余り知られていないと思うが、ヨーロッパだけでなくアメリカでも難民の問題は深刻で、財政問題だけでなく、将来は間違いなくその国のアイデンティティに関わるものとなることが指摘されている。というのは、イスラム系の住民が増大する一方のため、やがて人口構成が本来の国民と逆転するのではないかという推定もされているからである。これは間違いなく国内に大きな混乱を巻き起こすだろう。)

 この背景には、世界中でシオニズムキリスト教徒・ユダヤ教徒)とアラブ人(イスラム教徒)の対立を引き起こすという意図も隠されているのだろうか?

 

 ガザについて問題は様々あるが、一番重要なのは、今も、多くの無辜の民(その多くは子ども達となっている)が殺されおり、国際社会はこれを止めることができていないことである。しかも、イエス・キリストが生まれ、活動した地において。聖地は、血と憎悪の地となってしまったのだ。聖なるものへのこれ以上の冒涜があるだろうか?

人間の多様な自我

※先週は急用によりお休みしました。今後も基本的に毎週木曜日更新です。


 このブログでは、「自我」という言葉がよく出てくる。以前、「自我」の問題について論じたこともある。シュタイナーは、人間を構成する要素を、肉体・エーテル体・アストラル体そして自我としており、自我は、一つの独立した(もちろん他の体と有機的につながっているが)実体とされている。抽象的な概念、あるいは意識の一現象ではない。考えられたものではなく、考える主体である。

k-lazaro.hatenablog.com

 また、シュタイナーによれば、自我は、アストラル体等の低次の体に働きかけて、霊我等の高次の人間の構成要素をつくりあげていくという。まさに、ある意味で人間の中心的要素なのだ。

 それはしかし、人間なら誰もがもっているが、その実体を理解するのは実は非常に困難である。それは、自己、エゴ、「私という存在」など様々な呼び方をもっており、その内実も様々である。エゴイスティックと言えば、自己中心的で低俗な人間性を意味することになるが、他方では、以前の記事でも述べたように、それは「神の名」ともなり、最も神聖なものでもある。

 一般的には、人間性の主体と言えるだろうか。感覚、認識そして判断や行動の主体である。他者を顧みず。自己の欲望のみを追求すれば、低俗となるが、思いやりを持って他者に奉仕するなら高貴にもなれる。まさにそれは自分次第なのだ。

 それゆえ、それはまた責任の主体となる。自己意識がない状態で罪を犯しても罪には問われないだろう。判断能力とともに責任能力もないのである。

 このことにも現われているが、自我は、幼い子どもの場合、未熟であるといえる。あるいは一定年齢に達するまでは、むしろその存在は不明瞭で、「潜在的に存在している」とも言えるだろう。
 親との一体感の中で生きていた子どもは、ある日、突然、自分の個的存在に気づき、自分を、親から与えられた名前ではなく「私」や「ぼく」と呼ぶようになる。そして、その後、その意識を更に(他者とぶつかりながら)発展させていくのである。つまり一定年齢に達しないと、自我は、その力を発揮できないのだ(まだ「生まれていない」とも言えよう)。

 実は、このことは、人類全体の歴史を見ても言えることである。古代の人間は、現代人のようにみなが自己意識、個人意識をもっていたのではない。むしろ血縁等による集団への帰属意識が強く、その個我は集団的なものであった。自分をいわば人の指のように、集団全体の一部としか感じていなかったのである。

 人類の意識の進化の途上である時、個々の人の中に自我が生まれたのだ。

 

 今回は、この自我についての人智学派の論考を紹介する。作者は、ミヒャエル・キエンツラーMichael Kientzlerという、ドイツ、カナダ、英国でキリスト者共同体の司祭を務められた方で、『購いRedemption キリストの復活と人類の未来』という本で、自我論に触れておられる。この本は、題名の通り、キリストによる人類の救済を論じたものなのだが、それに人間の自我の発展が深く関わっているのである。

 文中には、ego、self、“I”などの言葉が、自我の類似語として出てくる。エゴ、自己、「私」などと訳したが、訳語は厳密に統一されていないところがあるのでご容赦いただきたい。

 

 キエンツラーは、自己・個性(Self,individuality)について3つの側面があるとする。第1は、エゴとよばれるもので、肉体、エーテル体、アストラル体に基づいており、欲求や情動の担い手である。第2は、「私」で、責任、自由、愛などの特性を持ち、他者と関係を構築している。第3は、高次の自己で、無意識から働きかけ、人の内的発展を導くものである。

 人間の進化・発展は、低次の自己から高次の自己に至るものということができる。その導き手は、宇宙的自己(自我)であるキリストである。

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「高次の自己」への努力

・・・身体に含まれる「物質」は死に関連しており、私たちが死ぬとバラバラになる。物質には、私たちが何者であるかの本質は含まれていない。私たちの受肉は、私たちが世界に抵抗を感じ、世界から分離しているという事実に関係している。私たちは神から分離し、自分自身からも分離している。

 人間の「私」の属性とさまざまなレベルについて話を続ける前に、キリストの7重の「私」について触れておこう。

 旧約聖書の中で、燃える柴の中で神がモーセに現れたとき、主はこう言われた。「私は、私である者である。」地上の他の人々は、このように極端に普通でない名前を持つ神をもっていなかった。イスラエル人に自分たちの神の名は何かと聞かれても、あまりに新しくて珍しかったので、彼らは答えることができなかった。これは、「私はあるI-am」の神である。当時の人々には " 私はある"という意識はなかった。彼らには、集団意識、つまり特定の家族や部族に属しているという意識があった。だから、それを理解することはできなかった。その名前は神秘であり、発音することも許されず、代わりに、「わが主」と訳されるアドナイと言っていた。

 洗礼から十字架につけられるまでの間、キリストは徐々にご自分を現された。この自己啓示は、ヨハネ福音書では、7つの「わたしはある」*という言葉を中心に構成されており、それぞれ特殊な文脈で与えられている。: 【訳注】

【訳注】この場合のキリストとは、いうまでもなくロゴス、宇宙的神霊としてのキリストであり、それは、ヨルダン川でのイエスの洗礼においてイエスの体に降った。そして、その後、徐々に深くイエスの体に浸透していったのである。

 

* 新約聖書の言語であるギリシア語では、「私は」を単に「am」と言う。「私」(あるいは他の代名詞)は動詞の形によって示される。「私」という言葉はめったに使われない。しかし、ヨハネによる福音書では、「私は、私は」と訳すことができる、この強調された「私」が7つ存在する。

 

わたし、わたしは命のパンである。

わたし、わたしは世の光である。

わたし、わたしは門戸である。

わたし、わたしは良き羊飼いである。

わたし、わたしは復活であり、命である。

わたし、わたしは道であり、道であり、真理であり、命である。

わたしはまことのぶどうの木である。

 

 私たちは、これらの自己啓示の言葉から、イエスにおいて地上に受肉された偉大な宇宙の創造主なる神の存在は、これら7つの「I AM」の言葉で表現される7重の「私I」を持っていると推測できるかもしれない。

 先に指摘したように、人間には、3重の自己、エゴ(低次の自己)・私 I・高次の自己がある。

エゴ(低次の自己)

 エゴは利己主義の源である。エゴは、貪欲、嫉妬、虚栄心、野心、個人的な過敏さ、その他多くの不完全さが由来する魂やアストラルの領域と密接に関係している。他者に対して力を得ようとしたり、ひいきしたりするのもエゴだ。これらの性質は、所与のものだ。嫉妬したり誰かを憎んだりするために努力する必要はない。否定的なもの、あるいは否定的なものは最初から与えられているものである。

一方、美徳は、努力が必要である。恋に落ちるのでもなく、本当の愛を生み出すこと、与えられた愛でもなく、無欲の愛は、非常に難しい。他の美徳の多くを身につけるには、本当に懸命に働かなければならない。それには一つの生涯以上が必要かもしれない。

 私たちはエゴを求心力としてとらえることができる。凝集力と重力をもつ物質そのもののように、あらゆるものが私のほうに引き寄せられる。川底の丸い花崗岩の石を想像してほしい。この石は求心的な力を持っている。この石にどんどん圧力をかけていくと、石はどんどん密度が高くなり、最後には粉々に砕けてしまう。極端な場合、この硬化プロセスは最終的に重い物質に変化し、放射性物質となって死を放射し始める。自然放射能は、地球上の物質の老化プロセスである。【訳注】

【訳注】シュタイナーによれば、物質的地球は既に崩壊のプロセスに入っている。人間同様に地球も転生、進化してきており、霊化されていく。その兆しが放射性物質に見られるのだ。

 

 つまり、どんどん重くなり、放射能を放射し始めるある種の物質と、凝縮され、ますますエゴイスティックになっていく人間のエゴとの間には、このような興味深い関係があるのだ。

 しかし、私たちにはエゴが必要だ。このエゴがなければ、私たちは分離の感覚を持つことができず、そして「私」がなければこの分離を克服することができないだろう。しかし、エゴがこのように求心的に発達していくと、ある時点で-私たちの時代に、私たちはその時点に到達し、それを超えている-破壊的になるのだ。また、それは、重い物質のように死を放射するようになる。この軌跡がもたらす結果は悲惨だ。私たちの中のエゴがますます硬くなり、ますます密度が濃くなれば、私たちは地球上で他のエゴを許容できない地点に達するだろう。世界の他の部分に対して、私が対抗することになるのだ。私たちが今経験していることは、将来起こるであろうこと、つまり「万人の万人に対する戦争」のリハーサルのようなものなのだ。【訳注】

【訳注】アトランティス時代が洪水で滅んだように、やがて人類には、滅びをもたらす「万人の万人に対する戦争」がやってくる。それがヨハネの黙示録で本来予示されたものである。この試練を越えて生き残れるのは、霊的に成長した者のみである。

 

私(あるいは自己)

 この悲劇に対する対抗する力のある要素は、すでに生まれつつある。「私」とは何か?「私」あるいは自己(まだ高次の自己ではない)の属性とは何か?それは、責任、説明責任、寛容、他者を認め理解する能力、良心、共感、信頼性であり、いわば精神的な岩のようなものである。この「私」は、自由、愛、責任という一種の魂と霊の三位一体を発展させることができる。知恵のない愛は愛ではないから、愛はおそらく知恵と置き換えることができるだろう。ルドルフ・シュタイナーはある講演の中で、娘を愛するあまりに境界線を設けなかった母親について、奇妙で少々ショッキングな例を挙げている。その娘が後に毒殺犯になったのである。それは、母親の愛に知恵がなかったからである。知恵のない愛は悪の種を生む。いつも優しいだけでは十分ではない。

 同様に、自由のない愛は本当の愛ではない。人に愛を強制することはできない。自由から生まれるものでなければならない。私たちは誰かを教育して責任感を高めることはできるが、愛することを教えることはできない。これらはすべて「私」の属性だ。これは、他者を破壊しなければならないエゴの対極にあるものだ。エゴは世界に存在し得るのは一つのエゴだけであり、それは私なのだ!これらのエゴの性質は、しばしば「影」や「二重人格」と呼ばれる、個人の暗黒面に深く関わっている。

 ソビエト連邦の劇作家、エフゲニー・シュワルツの『影』という素晴らしい戯曲がある。若く気立てのいい王子が、小道を隔てた向かいに住む少女に恋をする。彼はバルコニーで彼女を見かけ、彼女と会話する。ある時、彼は自分の影を彼女に求愛するために送り込む。影は分離し、独自の生を歩むようになる。が、影は王子とは正反対である。その影は謀略的で人を操る邪悪な性格だが、少女はその影に恋をしてしまう。

 私たちはみなそのような影をもっている。その反対が、真の私たちであり、故人としての私たちの使命なのである。しかし、それは、国も同じである。ドイツ国家の使命が何であるかを知りたければ、その影を見ればいい。ナチス・ドイツ支配下で起こったあらゆる出来事を180度回転させれば、地上におけるドイツの真の使命が何であるかがわかるだろう。ドイツはその影に簒奪され、正反対の存在となったのだ。ドイツがカナダよりも若い国家であることに気づいている人は多くない。建国は1879年。それ以前のドイツは小さな王国や公国で構成されていたが、フランスやイギリスのような統一国家ではなかった。ゲーテの友人であったドイツの偉大な劇作家シラーは、『メアリー・スチュワート』『ドン・カルロス』『ヴィルヘルム・テル』といった素晴らしい戯曲を書いた。これらの戯曲は、他国の本質を映し出す鏡のようなものだった。シラーは戯曲の中で彼らの本質を映し出し、事実上、「ほら、これがあなたたちの素晴らしさですよ」と言ったのだ。これは、料理の塩の粒が素材の味を引き立てるように、ドイツ民族の仕事であったろう。これも、真の自己、「私」の性格である。

 しかし、ナチス・ドイツでは正反対のことが起こった。その真のエッセンスの代わりに、その影を見せたのである。

 少なくともドイツの一部の人々は、ナチス政権下で起こった恐ろしい出来事の後に目を覚まし、何が起こったのかを集団で認識するようになった。しかし、このような自己認識や内省が起こらなかった他の国も他にもたくさんある。

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 さて、もちろん、外からは決して耳にすることのできないという神秘的な名前がある-「私」である。それは私のみが自分に言うことができる名である。もし私が「あなたには "私 "がいる」と言ったら、それはまったく間違っている。子供が初めて 「私」と言う瞬間は、美しい日の出のように感動的だ。当時2歳か2歳半だった息子の一人が、鍵のかかったトイレに入っていたのを今でも覚えている。「そこにいるのは誰だ」と私が尋ねると、彼は初めて「僕、僕だよ」と言った。それまでは自分の名前を言うだけだったのだ。

 ヨーロッパの言語には、「私」を表すさまざまな言葉がある: 英語では「I」、イタリア語では「io」、フランス語では「je」、スウェーデン語では「jag」、そしてドイツ語では「ich」である。これらは、キリストの名前「Iesus Christosイエスス・クリストス」【訳注】の頭文字であり、ドイツ語で明らかにされた人間の自己とキリストの神秘的な関係を指し示している。これは偶然の産物ではない。紀元前4世紀頃、キリスト教以前の時代にすでに、言語の発達に関わる霊たちが、ドイツ語でこの言葉を作り始めたのだ。

【訳注】「Iesusイエスス」は、現代の英語やドイツ語ではJesusとなるが、昔は、Jの文字がなく、Iが使われていた。

 

高次の自己

 「私」は私たちの存在の中心の経験である。私は、それを自分の中で感じる。しかし、高次の自己は周縁から私に向かってくる。それは私の運命のサインを背負っている。私が自分の人生や経歴の中で嫌だと思うことは、高次の自己の行いや啓示であることが多い。私たちの身に起こる恐ろしいことの多くは、実は自分で作り出したものなのだ。私が言っているのは、低次の自己、動物的本能や衝動に突き動かされた、自分の行いの明らかな結果のことではない。自分でも説明できないようなことが起こるということだ。なぜそれは私に起きるのだろうか、なぜ別のものではないのか?私の運命を作り出しているのは、高次の自己なのだ。物事は一見、外から偶然に起こるように見えるが、その原因が私自身の高次の存在にあること、私自身がそれをもたらしていることに気づくのは難しい。もし私が、自分は神から罰を受けているとか、いつも不運に見舞われていると言うのであれば、それは現実には高次の自己によってもたらされていることの原因を外においていることになる。

 年をとると、このことに気づきやすくなり、感謝の念を抱くようになる。そして、これらの「悪い」ことが起こらなかったら、今の自分はなかったと気づくのだ。

 私の罪、私の不法、私の失敗など、私に起こった一見悪いことのすべてを取り除くことができたとしたら、何が残るだろうか?それほど多くはない!私が人間として成長できたのは、人生の苦難や障害、さらにはトラウマとなるような出来事のおかげであり、とりわけ自分の罪過や不法のおかげなのだ。私たちは自分の過ちや傷から学ぶ。時には早く、時にはゆっくりと。

 キリスト教共同体における「相談」の秘跡は、カトリック教会における告解のように、あなたの罪を「赦し」、「取り除く」ものではない。その代わり、この刷新された秘跡において、私たちの自己は、私たちの「罪」とより強く、より深く結びついている。私たちの内におられるキリストを見分けることを通して、私たちは自分の罪や失敗を背負い、それを変容させる力をいただくのだ。【訳注】

【訳注】罪や失敗あるいは悪を変容させる能力を人間は持っており、霊的に進化した者は、自分以外の悪を変容させることができる。悪(その実体としての霊や人間)は、本来、人類の進化のために生まれてきたものであり、いずれそれらも救済されなければならない。それが先に進化を進んだ者の役割である。

 

 この秘跡では、アプローチも性格も異なる。私たちは、自分の中にいる、自分が本当に必要としているものを知っている存在と一体化するために努力するよう奨励される。この存在は、「私」や自己の上にある、マナスとも呼ばれる次の個々の霊的存在である霊我の約束と予言のようなものである。【訳注】

【訳注】マナス(またはマナ)とは、霊我とも呼ばれ、人間のアストラル体が自我によって変容することにより生まれるとされる。人間は、さらにブッディ(エーテル体の変容)、アートマ(肉体の変容)という高次の要素も獲得していく。

 

 ルドルフ・シュタイナーが説明している魂の3つの側面のひとつである意識魂【訳注】は、自分が何をすべきかを正確に知っているが、まだ実行できないという特徴を持っている。

 次の段階は、知ることと実行することが一体となるところである。高次の自己は、私たちが異なる種類の意識を持つようになる、この次の発展段階へと私たちを導く。低次の自己であるエゴが求心的で、あたかも自分自身に集中するかのようであるのに対し、高次の自己は正反対のダイナミズムを持つ。光と愛を放射し、生命を与え、創造的である。これは太陽の存在であるキリストと関係している。

【訳注】人間の魂には、感情魂、悟性魂、意識魂があるとされる。これらは、順次人間が獲得してきたものであり、意識魂が最も新しく、また霊的要素をもっている。(ただ、上のように霊我というものもあり、それらとの関係を説明するのは難しい。私もよく理解できておらず、まだ勉強中)

 

 高次の自己は、低次のエゴや身体内の自我組織なしには地上に存在できないことを理解しなければならない。この神秘は、洗礼者ヨハネとキリストの姿に原型的なイメージとして現れている。キリストの先駆者であるバプテスマのヨハネは、「彼は栄え、私は衰えなければならない」と言ったヨハネ 3:30)。過去には--過去というのは、キリスト教、さらにはキリスト教以前の過去という意味である--この関係は、太陽を運ぶ月のイメージで描かれていた。月は、肉体とつながっている私たちの地上の低次の自己のイメージである。このエゴは自分のことで精一杯だ。このイメージは、このエゴが減少しなければならないことを示している。そのために、私たちには運命の一撃という大きな助けが与えられる。ハンマーのように、運命の一撃は、私たちのエゴの月のような球を、三日月のような鉢のようになるまで叩き続ける。しかし、運命や宿命がそうしてくれるのを待つ必要はない。自分の自由意志でこれを行えるからだ。もし私たちが自発的にエゴに働きかけ、それが鉢のようになれば、運命の打撃は必要なくなる。なぜなら、自己と高次の自己が一体となり、私たちは自らの意志で必要なステップを踏むことを学んでいるからだ。

 聖地を旅したとき、私は石に彫られた、カトリック教会で聖体顕示台として知られるイメージであるキリスト教以前のカナンのイコンを発見した。古代の異教の祭壇では、三日月の像が太陽の円盤で埋め尽くされていた。これらの石像は、ゴルゴダの神秘の千年以上前の予言のようなものだった。

 聖体顕示台は、銀色の三日月のような形をした容器である。聖体拝領の儀式で聖別されたパン、ホストが収められており、放射する太陽のような金色の光線で装飾されている。ヨーロッパの一部の聖体祭では、この聖体顕示台が行列をなして畑を練り歩き、農作物を祝福する。聖体化された聖体顕示台が畑を祝福し、聖体顕示台が放射状の太陽、すなわち霊的な太陽のようである。

 同様に、エゴは太陽のような高次の自己の担い手となることができる。この古代の象徴的描写は、現代においても有効である。私たちは、キリスト者共同体で表面的には使わないとしても、これがすべてなのだ。

 だから、聖ヨハネが「彼は栄え、私は衰えなければならない」と言うとき、彼はこのダイナミズムを象徴的でありながら現実的な身振り-退き、それによりキリストが現われることができる-で行っているのだ。それは、地上の自己が高次の自己に向かって行う必要のある身振りである。もしこの身振りをしなければ、エゴはより濃くなり、死、破壊、悪を放つようになる。これが、今日私たちが目にする光景である。

 キリスト教共同体の聖体拝領の儀式につけられた「人間聖別」という名前は、私たちが人間存在として完全ではないということを意味している。私たちはまだ、より人間になるための道を歩んでおり【訳注】、それによって、私たちの肉体にすでに現れている預言が成就されるのである。肉体の領域では、私たちはすでに人間であるが、私たちの道は、魂と霊的な領域でより人間になることである。聖体拝領の儀式では、私たちの運命を背負い、運ぶ助けとなる聖体化したパンとともに、道のための食物(ヴィアティカ)をいただき、新しい方法で霊とつながる助けとなるぶどう酒をいただく。

【訳注】私たちは人間であるが、発展途上にあり、また完全には人間となっていないということ。その道はまだ中間地点に至ったに過ぎない。聖書にあるように、本来、人間は神の似姿として創造された。人間として完成したとき、人は第10のヒエラルキーとなるのだろう(ブログの他の記事参照)。

 

 私たちが高次の自己を持っているという事実は、キリストのおかげである。私たちの中にあるこの高次の「私」は、私たちの行いを裁き、良心、共感、そして遠い未来には、母親の子どもへの関係に予言的に既に現われているように、無私の愛を生み出す。もちろん、これには、まだ克服しなければならない血縁的な要素がある。いつの日か、血のつながりのない人たちにも同じ愛を注ぐことができるようになるはずだ。それが真の高次の自己の表現なのだ。

 堕罪が起こらなければ、このようなことは不可能だった。分離は自由の前提条件であり、自由は愛の前提条件である。例えば、私の指は私の手を愛しているのではない。それは、その一部である。もし私たちが、お互いから、そして神から分離していなければ、愛を育むことはできなかった。愛とは分離を克服しようとする衝動である。再びひとつになろうとする衝動なのだ。私たちは、物質的な身体と、それによってもたらされた分離なしには、自由も愛も手に入れることはできない。もし私たちが雲の存在であったなら、私たちは決して分離することはないだろう-互いに浸透し合っているように。人類の初期段階、いわば楽園の状態であった、空のような領域では、人類はまだ地上に降りていなかった。抵抗を感じ、互いに分離していると感じるためには、固い体が必要なのだ。もちろん、これは長いプロセスだった。

 しかし、この分離の代償は死である。人間(アダムとエバ)は知識の木から食べた。これには代償がある。その代償とは、個的な死だけでなく、時の終わりに避けられない物質の死である。そして、物質の死とともに、私たちは肉体をも失うことになる。なぜなら、肉体は、肉体を満たしている物質的要素とあまりにも深く結びついてしまったからだ。ここにとげがある。私たちの感覚、自我、自己意識など、私たちが持っているもの、あるいは発展させることができるものはすべて、最初の堕落に負っている。しかし同時に、その影響は死の宣告でもある。そして、もし死が勝利し、本書のテーマである復活と贖罪がなければ、すべてが無駄になってしまう。苦しみも、進化も、道徳的な努力も、地球上の人間に起こったことすべてが、宇宙の墓場で終わるのであれば無駄になってしまう。死を克服することこそ、極めて重要なことなのだ。

 堕罪の責任は最終的に誰にあるのか?

 悪を知る木の実を食べた前、私たちは善と悪の区別を知らず、無垢であった。 子どもは悪ではない。子ども達は、従わなかったとしても、悪ではない。子供には子供の意識がある。責任を負う可能性が出てくるのはその後であり、それが堕罪によって起こったことなのだ。 したがって、責任は神の世界そのものにある。

 禁断の木から食べた結果、「その人は私たちの一人(神)のようになった」と神は言った。人類が善悪を識別できるようになったのは、堕罪の後である。これは霊的な神的世界の領域からしか贖うことができず、だからこそ贖いは神からしかできないのだ。神の子キリストは来なければならなかった。それは父なる神と一体となった神なる御子の自由な行いであった。だからこそ、御子神は、人間の肉体に受肉することによって、偉大な犠牲を払われたのである。すべての収縮には痛みが伴う。 痛みとは魂の収縮である。苦しめば、私たちは収縮し、喜びに満ちれば、私たちは拡大する。 キリストは収縮しなければならなかった。世界の創造主は、被造物である人間と一緒にならなければならなかった。受難と十字架上の苦しみの前でさえ、受肉の全過程は宇宙的な痛みと苦しみと結びついていた。この強大で、全てを包括する、創造的宇宙の神性は、人間の体と一体になるために、「小さく」ならなければならなかったからである。【訳注】

【訳注】本来霊的存在で、宇宙自体の創造者であった霊が、ちっぽけな人間の体に入り込むということ自体が、大変な苦痛を伴うものであったのである。更にその上で、キリスト霊は、捕縛後、むち打たれ肉体的苦痛を受けて、最後に人間として十字架上で死をも経験したのである。

 

 人間の肉体、形姿体、あるいはルドルフ・シュタイナーが「ファントム体」とも呼んだもものは、目に見えず、物質で満たされて初めて目に見えるようになる。したがって物質は、ファントム体と目に見える肉体をつなぐものである。何百万年もの間、物質と肉体は相互に浸透しあい、それらがもはや適切に分離することができなくなった。時の終わりには、この驚くべき神の像である肉体は滅びなければならない。だからこそ、人類の未来のためにその体の復活が必要なのだ。【訳注】

【訳注】人間の物質的体は、実は、この形姿体(ファントム)とそれに結合した物質的素材によりできている。そしてこの形姿体は、見えない存在であり、霊的なものなのだ。だが、人類が歴史を重ねる内に、その本来の姿は歪んでしまった。それを修復することが、地上に降ったキリストの一つの目的であり、それがイエスの「復活した体」なのである。

 

 このことは、キリスト者共同体の信条にも反映されている・・・

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 上の論考では、自我には3種類ある(霊我を自我と捉えれば4種類)ということが説明されている。この文章では大まかには理解できるが、それらの関係の細部については、理解しがたいかもしれない。この他に、人の魂にも3種類があり、それらとの関係も問題となる。

 私が最初シュタイナーから学んだのは、人間は、肉体・魂・霊からなるということであった。しかしまた、肉体・エーテル体・アストラル体、そして自我からなるともいわれ、さらには、未来において、自我の働きにより、霊我、生命霊(ブッディ)、霊人(アートマ)が生まれるという。

 では、自我はこれらの構成要素のどこに存在し、他の構成要素とどのように関係しているのだろう?

 これらは、シュタイナーの人間学では基礎的な事項なのだが、実は、このように細部をおっていくと、これらの間の関係を理解するのは非常に難しいのだ。

 人間は小宇宙である。宇宙ほどに複雑な存在である。簡単には説明できないのだ(恥ずかしながら私もまだ理解できていない)。
 このよううに、何度も言うが、「自我」の問題は奥が深いのである。