k-lazaro’s note

人と世界の真の姿を探求するブログです。 基盤は人智学です。

予告された「食糧危機」

エコノミストThe Economist2022年5月19日号表紙

 イギリスに、1843年にスコットランドの経済学者であるジェイムズ・ウィルソン (経済学者)によって創刊されたという週刊誌(新聞)がある。主に国際政治と経済を中心に扱っており、日本では、読売新聞社が提携している。

 世界的に有名な雑誌なのだが、実は、特異な存在である。「中道を謳っていながら、極端な市場原理主義・自由市場万能論」をとっており、しかも執筆者は匿名なのだ(ウィキペディア)。普通は匿名記事など信頼性に欠けることになるのだが、むしろそうした記事が影響力をもっていると言うこと自体に怪しさがある。

 つまり、この雑誌の実態はあるグループの「オピニオン誌」であり、それが今後の世界情勢を読み解く上で参考になると見られているのだ。

 そして、「陰謀論」界隈では、その読み解きには、この雑誌の本文だけでなく、表紙が重要とされる。表紙は写真やイラストが使われるが、そこに特定の意味が込められているというのである。そしてそれは、しばしば今後の世界の「予告」なのである。

 今回紹介するのは、『ヨーロッパ人』に掲載されたこの表紙の読み解きに関するトマス・マイヤー氏の記事である。現在、世界を覆い始めている「食糧危機」の問題に関する指摘である。

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来るべき飢餓の危機

 

 本誌では、イギリスの週刊誌『エコノミスト』のイラストにたびたび注目してきた。

何度も何度も、これから起こる計画的な出来事を「予言」するものであることが証明されているのだ。2022年5月21日号の「迫り来る食糧危機」と題する表紙画像も、おそらくそうであろう。このタイトルは、「飢餓のカタストロフィー」とまでは言わないまでも、「来るべき食糧のカタストロフィー」と訳すことができる。

 "飢餓のカタストロフィー"の責任の所在は、ウクライナにおける「ロシアの侵略戦争」。これは、他のすべての国際グループ、特にNATOの侵略の要素を排除することになるステレオタイプなメディアの流行語である。最新の予告のある種の陰険さを、3本の麦の穂をモチーフにした極めて美しいイメージデザインに感じることができる。観察者は、この美しいものを見て、悪いものを積極的に期待するようになるだろうか? いや、まて。よく見ると、麦の穂はすべてドクロでできているのである。髑髏!それがこのメッセージの核心なのだ。

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 食糧危機については、今、確実に世界中に忍び寄っており、またその原因がロシアのウクライナ侵攻にあるとする言説がまかり通っているが、上の文章にもあるように、これもまた西側のプロパガンダであることは明らかである。既に食糧危機の予兆は、ウクライナ侵攻前にあったし、しかも食糧生産・物流の破壊が人為的に作り出されていると思わざるを得ないからである。(例えば、「In  Deep」さんの次のような記事)

 つまりこれも、「コロナ・パンデミック」と同じように、予め計画され、現に引き起こされている事態らしいのである。その目的は、ある説では、遺伝子改変した人工的な食糧をもっと大々的に導入するためとも言われるが、その真偽は勿論わからない。ただ、人類を肉体から精神まですっかり変えてしまおうという「トランスヒューマニズム」的な思考からすれば、あり得る流れであることであることは確かであろう。

 

 さて、あるグループが、未来に起きるであろう(あるいは引き起こす計画をしている)出来事を予め予示、予告する行為は確かにあるらしい。それは匿名で行なわれるが、具体的に示されるのだ。従って、知る者が見ればその意味が理解できるのだが、その目的は「警告」ではないだろう。むしろ、暗示的に示すことにより、一般の人々の無意識にそれをすり込んでいるのかもしれない。

 このブログでも、第1次世界大戦の背後に隠されていた、西側のブラザーフッドの計画が既に地図の形で示されていたことを取り上げた。

 

 このような例として有名なものに、イルミナティ・カードというものもある。「アメリカのゲーム製作会社の『スティーブ・ジャクソン・ゲームズ』により1995年に作られたカードゲームであり、正式名は『イルミナティ・ニューワールドオーダー』」なのだが、このカードには、世界で起こる数々の事件が予言されていると言うのである。  

 例えば、9.11については次のようなカードがある。

 このカードの絵は、確かにこの出来事の内容によく当てはまっており、ショッキングではある。最近では、このカードとコロナの関連についても様々指摘されている。
 しかし、このような絵や文章はどのようにも解釈できるのであり、後から起きたことをこれに結びつけるのは「ゲーム」にすぎないのかもしれない。つまりは解釈する者の解釈次第なのである。

 しかし、アメリカには、似たような話が外にもある。『ザ・シンプソンズ』という人気アニメがよく「予言」をしているというのである。(例えばトランプ大統領の誕生)

 またいくつかの映画でも、本編とは関係なく、さりげなく「予言」が盛り込まれているという指摘する者もいる。

 これらは常識的には偶然であると考えるのが普通であろうが、シュタイナーの話との関連で示された地図の例もあり、予め「告知」するというのは、オカルト・ロッジの一つのやり方なのかもしれない。

 彼らは、なぜ予告するのか? 心霊界に、未来の種を先に埋め込んでしまうということだろうか?

ドッペルゲンガーと電気

  以前掲載した「古代メキシコの秘密とアメリカ」外の記事を拝借した、カール・シュテッグマン Carl Stegmann氏の本、『もうひとつのアメリカDas Andere Amerika』から、別の章を紹介する。

 今度はドッペルゲンガー(ヒューマンダブル)の話である。これについては、「ブラザーフッドとダブル①」で少し解説したので下に再掲する。

 ここでいう「ダブル」とは、ドイツ語のドッペルゲンガーという言葉でよく知られているものである。「分身」、「二重身」等と訳されているようである。自分とそっくりな存在としてそれを見る人がおり(ゲーテも友人のどれを見たと伝わっている)、伝承や小説(ポー、ドストエフスキーなど)にもでてくるが、現代でも実際にその様な体験をする人がいるらしく、病気の症状として捉えられ、精神医学のテーマともなっているようである。シュタイナーによれば、死後、唯物的傾向のために霊界に長くとどまれず、前世のアストラル体が解消されないので(それは前世のネガティブなアストラル体である)、それが新たに生まれ変わる時に、新たなアストラル体と結合することとなる(そしてエーテル体の大部分を占める)。それに、アーリマン的霊が、人の誕生前に入り込み、体の電気的力と結びついて、人間の形態を与え、人の無意識に居座ることとなる。これがダブルである。

  シュテッグマン氏は、このドッペルゲンガーについてまた新たな見方を示している。 

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西方の人々にとってのドッペルゲンガー(ダブル)の危険性

 

 シュタイナーによれば、全ての人は、その人の全人生を共にし、死の直前に離れるある存在に、地上に生まれる直前に侵入される。「この存在(ドッペルゲンガー)は、人が生まれる前に人の体に入り込むことができる。そして意識下において、我々に同伴している。彼らは、人の死には耐えられない。従って、死の前に、去らねばならない。彼らは、死後も人間の体に留まりたいと思っているので、それは、常に大変な失望である。」この存在は、人が今の意識では入っていけない、人間の体の無意識の部分と結びついている。人は、実際には霊的存在であり、その故郷は霊界であるので、自身の本来の故郷に対立する、闇、病気や死が支配する国で生きて行くには、助けが必要なのである。ドッペルゲンガーは、人を地上に結びつけ、その思考、感情、意志を硬化させ、それにより超感覚的世界の影響を鈍麻させ、地上の使命への扉を開くのである。これが本来の、ドッペルゲンガーの意味である。しかし、今日、それは、アーリマンに完全に貫かれており、地球の下層の力に人間を結合させ、体を硬化し、人間の下層部分を彼に奉仕させようとしている

 ヴェルナー・クリスチャン・シモニス医師は、次のように書いている。「注意深い観察者は、死の直前にドッペルゲンガーが立ち去るのを体験できる。ある人は、重い病気を煩い、その症状に苦しみ、身を震わせている。すると突然静寂が訪れる。そこで、快方に向かう希望が生まれる。そして患者は3日後に亡くなるのである。この出来事の意味は、人間の中でのドッペルゲンガーの働きが終わったと言うことである。」シュタイナーによれば、「ドッペルゲンガーは、それがいたいと望むところに存在できるように、人間自身をもちいることにより生きている。これらは、特別に高度な知性と強力な意志を持っているが、感情を持っていない。」このことから現在の文明を考えると、ドッペルゲンガーは、そのイメージに沿って文明を形成することに成功していることに気づく。現代人は、高度な知性と、自分の考えに従って地上の生活を形作る強い意志を持っている。15,16世紀、特に19世紀後半以来、文明が発展するほど、人間の中間要素、律動人間の力[感情に関係する]が衰弱してきた。暖かいハートの力だけでなく、中間人間に結びついた魂の創造的な力もである。それと共に、芸術的力、道徳的宗教的力、社会的力も長く病んでいる。人類において心情が死んでいるのである。我々の時代は、ドッペルゲンガーの性質を現わしている! それらによって、アーリマンが今日の文明の支配者になっているのだ。

 ドッペルゲンガーの本性はアーリマン的である。人間を、知性と地上を指向する意志をとおして、地上の下層の力に結びつけようとする。シュタイナーは、西方において新しい霊性に向かうのを妨害する3つの異なる種類の存在について語っている。第1の種類は、「地球のエレメントの力に惹かれる霊である。」エレメンタルな力は、地球からその力を得ている存在からやってくる。それらは、自身の自我を持たない魂的存在である。ドッペルゲンガーもこの種類のものである。この霊は、自己の自我ではなく、外から働きかける霊的存在あるいはその代理のものにより導かれる知性ある魂的存在へと引き下げようとしている。その結果は、特に西方社会において大きい

 ドッペルゲンガーは、人間自身が直接地上の力に開かれるようにする。それは、無意識の魂の深層で起きる。人は、そうあるべき以上に、地球の、大地の下層の力に縛られる。人は、世界を物質的地球の観点から、即ち、唯物主義的に見るようになり、血と種族の中に強く生きるようになり、外的なものの人間への影響を過大評価するようになる。魂の深みで、ドッペルゲンガーは、人間の無意識の意志的部分、衝動、本能、破壊的傾向に対して非常に大きな支配力を得る。故に人間は、全く異なる2つの方向に自らを開くことができる。自分の正統な本性を生きることはできるが、自分の中に同時に生きている全く別な本性を生きることもできる。ドッペルゲンガーは、人が意識できないが、ドッペルゲンガーが意識している源泉から、人に行為を起こさせることができるのである。それが、R.L.スティーブンソンが「ジキルとハイド」で描いたことである

 ドッペルゲンガーは、人の中で、人を通して様々に働く。アメリカのカルト指導者のチャールズ・マンソンによる事件にも見ることができる。これについて多くの本が書かれているが、その深層は、地上的側面からでは解明できないのだ。

 ドッペルゲンガーが努力しているように、人が、その表象や感情を完全に物質的感覚的世界で生きると、特別な結果が生じる。シュタイナーによれば、「現代においては、地上に結びついた悟性で、感覚世界から得られる表象をもっぱら物質的次元でのみ受け入れる者は、感覚世界のことしか知ろうとせず、その様な人間は、死後、生前に過ごした物質的、地上的領域になお強く入り込んでいる周辺環境に言わば縛られる。すると、物質的体のその命により、死後も長く地上の物質世界に縛り付けられている、その様な人間によって、物質世界には破壊的な力が作り出されるのである。

 シュタイナーは、次のようにも語っている。「自分の単なる物質的意識によって、自分で物質的世界にとどまることを決めた者は、人間の生命と世界の生命で生じるものを破壊する力の中心となる。」

 我々は、体の中にいる限り、単なる感覚的思考を持つことができる。体が防御となっているのである。しかし、人は、単に物質的な表象をもって霊界に入ると、破壊の中心となるのである。」この数年、人々の破壊的力が地上において強力になっていることを体験すると、死後に、地上世界に対する破壊の中心となるようにドッペルゲンガーによって準備された人々の働きをそこに見るだろう。彼らは、地上に作用するからである。アメリカにおける暴力犯罪の増加を考えてみよ。

 ドッペルゲンガーは、世界中でどこでも同じように働くのではない。「このアーリマン的存在(ドッペルゲンガー)は、特別な味覚を持っている。そのため、東半球、ヨーロッパ、アジア、アフリカを好む様な存在が存在する。それらは、その体を使うために、そこで生まれた人間を選ぶのである。その他のドッペルゲンガーは、西半球、アメリカで生まれた人間を選ぶ。」それは、より深いレベルの地理的条件に関係する。ロシアについて、シュタイナーは、次のように語っている。「東ヨーロッパにおいては、純粋に地上世界から流れてくるものによる傾向は比較的少ない。ロシアの性質は、まさに大地に内的に結びついているのだが、彼らが受け取る大地からの力は全く特別のもので、地上世界から来るものではないからである。」従って、ドッペルゲンガーは、地球上の様々な地域で様々な働きをしている。アメリカにおける特徴は、人間を、地上世界からのみくる力に結びつけ、貫くことである。

 それは一方では、機械化する力であるアメリカが努めているものは、全てを機械化することに向かっているからである。」それは、西方の人間は新陳代謝・四肢組織人間で有ることに関係する。シュタイナーは、次のように語っている。「人は、ある地上の力に結びついている。その力の方に、自分の有機組織を向けるためである。人は、直立し歩くことを学ぶ。腕と手で、地上の力と均衡することを学ぶ。この力は、宇宙から来るものではなく、単なる地上の力である。人は、機械的な法則性を語る。それを自然の関係の中から抽出しなければならないと信じている。しかしそれはその様なものではない。人が、純粋に機械的な法則について魂の中で体験するものはすべて、地上世界への人の位置関係(直立、歩行等)において内的に経験して学んだものなのである。しかしそれにより、機械的なものは、純粋に地上的なものとみなすことができる。」この地上的力が、宇宙的力により釣り合いを保つようになると、それは、人間に奉仕するようになる。人がその力の虜になると、人は均衡を失い、それは、人間を地上世界の下層の自然に縛り付ける。「それは、自然ではなく、下層自然[自然以下の世界]である。自然から下方に解き放たれた世界である。」

 西方の人間の電気と地磁気に対する関係は、別なものである。既に、アメリカの建国の父ベンジャミン・フランクリンは、電気現象を長年研究し様々な発見をしていた。シュタイナーは、電気について次のように語っている。「19世紀に、自然科学は、神経を電気が通っていることを発見した。それは正しい。しかし、我々の表象生活の基礎である、我々に属する神経の力が、何か神経を通っている電流に関係していると信じるなら、それは誤りである。電気の流れというものは、私が今述べたものが、我々の存在に入り込ませたもの、我々の存在には全く属さない力であるからである。」科学が人間の神経に見いだした電気の流れに生きているのはドッペルゲンガーである。それを通して、この存在は、全ての電磁気的な力と関係を持っている。我々は、電気をその外的な作用においてのみ知っているだけで、その本質は隠れたままである。地上の全ての力が魂的霊的側面を持っているように、電磁気的力も持っている。電気の中には、魂的なものの影のような模造が生きている。同様に我々の抽象的な思考は、生命をもった思考に対して影のようになっている。それは影のようなものであるにもかかわらず、これを通して、人間の魂を圧縮させるこの力が、人を霊から切り離し、人々を分断し、反社会的にする力が働いているのである。我々の理知的な思考の、圧縮する力と電気には内的な関連がある。神経感覚システムは、思考の担い手であり、科学は、そこに電気が流れていることを確認している。電気は自然の力であるが、魂的なものの影のようなものであるというのとはまた異なる側面を持っている。それは、悪の性格である。「電気には、もちろん、道徳的インパルス、自然のインパルスが流れている。しかしそれは、不道徳的なもの、悪の本能である。

 ゲーテの時代には、電線、電気機械、電灯などはなかった。当時はまだ、人々は、自然の霊、霊的なもの一般と魂において関係を持っていた。今日、人々は、極端に霊から引き離され、唯物主義に貫かれている。

 人は、強く電磁気的な地上の力にさらされると、真の霊的世界との関係を失う。自分の真の霊的本質を認識する能力を失い、完全に地上世界に従属してしまう。ベルトホルト・ヴルフは、次のように語っている。「魂的なものの影響下に、対極的に構築されている各器官は、電気的なもの、魂の影の担い手である。これは、特に神経組織に当てはまると言われている。神経組織にとって、電気との類似性を示す物質は特に重要である。それはリンである。電気とリンはともに、濃縮化の傾向を持ち、他方、光を発する。神経組織は、リンを含むタンパク質からなっている。その実質から既に、神経形成は、光を、のみならずその灰である電気を伝える素因を持っているのである。」ゆえに、人間を圧縮する、魂を硬化する力が、全ての電磁的なものから流れ出ているのである。

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 ドッペルゲンガーは、本来は、霊的存在である人間が物質的世界で生きていけるように霊界の意識を鈍らせる存在であるようだ。しかし、今は、それが人間の霊的進化に敵対するアーリマン的性質を持っているのである。よく悪行を行なった者には「魔がさした」などと言うが、実は、既に全ての人間にはこうした霊的存在が憑いているのだ。
 ここでも、唯物主義的観念のみを保持した魂が地上世界に破壊をもたらしていることが語られている。唯物主義的思考の増大が、自然と人間精神の荒廃の真の原因なのである。風水害をもたらしているのは、CO2ではないが、「人為」がその根底にあるという意味では、人為的原因説も正しいようだ。

 さて、以前載せた「栄養の真実の基礎②」でプファイファー氏は、現代文明の電気、磁気や他の「エネルギーの本質が、分解、崩壊にしかつながらない」と語っているが、これを読んだときは、現代文明はなるほど確かに現象的には自然破壊や人間の健康の破壊をもたらしており、そうした言い方も可能だくらいにしか思っていなかったが、上の記述によると、それは、電気(磁気)の本質そのものの問題であるようである。
 一方、現代文明は、生活の全ての領域を電磁気で埋め尽くそうとしている。家や職場の中は勿論だが、今や、電気自動車が主流になろうとしており(自動車の安全装置はもっと開発されてもいいだろうが、どうして自動運転がそんなに必要なのか、私にはそもろも理解できないのだが)、生活の24時間すべてにおいて電磁気に曝露させられようとしている。それにより人間を霊界から完全に切り離そうというのが、対抗勢力の真の意図なのであろう。
 とはいえ、現代社会では、電気なしでは何もできないのも確かである。その「恩恵」をすべて捨て去ることは現時点では極めて困難である。ただありきたりな表現であるが、便利さの影で失われるものがあることを理解することが重要なのである。何でも全自動にすることに、遠隔操作できるようにすることに、実際にはどれほどの価値があるのだろうか。現代の「便利」の多くは、本当は不要なものではないのだろうか。むしろそもそもその様なものにエネルギーを使っていることの方が無駄であり、地球に優しくないのである(人智学的観点を別にしても)。
 一方で無駄な「電気化」を推進しながら、他方で「地球に優しい行動を」と主張することは欺瞞に他ならない。そこに隠された意図を見抜く必要がある。

CO2地球温暖化説を使った人類への戦い

ダボス会議で話すグレタ・トゥンリリ

 これまでコロナやウクライナについての「嘘」を見てきたが、今回は、CO2による地球温暖化の問題を考えてみたい。
 以前から語られてはいたが、昨年からCO2削減がやけに騒がしく宣伝されていてマスコミで取り上げられない日はないくらいだ。昨年、世界各国の科学者でつくる国連のIPCC=「気候変動に関する政府間パネル」が、地球温暖化に関する報告書を8年ぶりに公表し、そこで「温暖化の原因を人間の活動と断定した」ため、もはや「地球を救うにはCO2削減を進めるしかない」という空気ができてきていることもあるだろう。
 この報告書には、「世界中の多くの研究者が関わっており、間違いはない」とされる。しかし、それと比較してどれだけ多いかはわからないが、昔から、CO2地球温暖化説に批判的な専門家が多数いるのも事実で、ネットや書籍ですぐに見つかる。
 コロナやウクライナの背景には「陰謀論」的な原因が語られており、このブログでも取り上げてきた。そこには、人類及び地球の未来を巡っての戦いがあった。CO2問題も、そのような要素をもっているのだろうか。
 今回紹介するのは、『ヨーロッパ人』のこれに関連するブックレビューである。人智学派では、やはりこの問題でも意見が分かれているようで、人智学派のネットにも、CO2削減を求める訴えが見られる。しかし、今回の論稿はこれに否定的な内容である。
 実は、私もかねてから疑問に思っていた。そもそも、気候の変動をもたらす要因は、CO2以外にも色々考えられる。人類は気象についてわからないことの方が多いのに、なぜCO2ばかり悪者にするのか?議論が飛躍しているように思えるのだ。コロナやウクライナの嘘を知った今、CO2説にも大いに疑問を抱かざるを得ない。
 私は専門家でもないし、どちらの説が正しいと主張することはできない。しかし、実際には専門家の間にも議論が分かれている問題で、一方の説のみが政府やメディアにより承認されて、それを批判する者は「陰謀論者」と批判され、正当な論議も封じられるような状況にあることは、全くコロナと同じだということは言えるだろう。
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人々に対する気候戦争

人為的な気候変動がもたらす嘘の網

ブックレビュー Der Europäer Jg. 26 / Nr. 1 / November 2021

 


嘘は雪だるまのようだ。

長く巻けば巻くほど、大きくなる。

  ーマルティン・ルター

 

 現在の第三次世界大戦は、物理的な武器で戦われているわけでは(まだ)ない。それは、霊的魂的に猛威を振るっている。すべての国家の当局、「高級メディア」、左翼のグリーンに入り込んだNGOが、回転祈祷器のように、気候変動の責任は人間にあり、だから「賠償金」として巨額の金を支払うべきだという「真実」を吹き込むなら、平気で嘘をつくことになるのである。恐怖や不安を意図的に喚起している。多くの人が、ここは何かが間違っている、人間的な目標が追求されていないと感じるのだ1。

 

科学の乱用

 ルドルフ・シュタイナーが現代に予言し、今まさに到来した思考の禁止は、知的誠実さや確立された正義に絶望をいだかせる。気候変動が存在し、これまでも存在し、これからも存在し続けることを否定する人はいない。しかし、科学は長い間、財界に買収され、歪曲され、道具化されてきた。メディアによる虚偽の事実の繰り返しのおかげで、途方もない非真実であることが、多くの眠れる人々の抗議を呼び起こすことはない。公の場での言論が不可能になり、嘘を正す判決を軽々しく無視するなど、衰退の兆しさえも気づかれなくなった。

 

思いだそう

 約3年前の2019年9月11日、1年にわたる法廷闘争の末、カナダの最高裁判所がCO2による人為的気候変動という嘘を否定した。その主唱者であるマサチューセッツ州の気候変動の教皇マイケル・マン教授に不利な判決が下されたのだ。仲間の気候科学者たちは、マンの「ホッケースティック」のこて先の曲線が突然上昇するデマを示す何千もの内部電子メールを公開した。1999年に発表されたマンの伝説的な「ホッケースティック」と呼ばれる気候変動の基礎は、世界気候会議(IPCC)の福音として声高に宣伝されていたが、法廷で不細工な偽造であることが判明したのである。マン教授は、初期および中世における気候変動の多数のよく知られた証拠を含めるのを単に「忘れた」だけであった。彼はすべての事例を通じて負けた。裁判所は証拠の提示を求めたが、教授は提示することができず、数百万ドルの訴訟費用の支払いを命じられた。しかし、アル・ゴアやグレタ、そして無知な小学生やその教師など、イデオロギーに洗脳された気候変動十字軍騎士たちが、明確な科学的事実を嘲笑し続けるのを防ぐことはできていない

 

不都合な真実

 世界中の気候データを集めているPAGES2k(Past Global Changes)というワーキンググループ(ベルン大学に調整事務所を置く)も、事実や裁判の判決など何とも思っていない。新たに無頓着に、過去2000年の改訂版を発表し、新しい"ホッケースティック "気候曲線“を誕生させた。そして驚いたことに、それを見ると、1850年以前に起こった気候変動は考慮されていないのだ。また「科学」は熱狂した--というのは、国連の世界気象機関が発表した「地球気候の現状2020」によると、2020年は測定史上最も暑い3年のうちの1つだったからだ。ホッケースティックのこて部のカーブが単に延長されただけであることについては言及されていない。「PAGES2kの温度カーブが、あるバージョンから次のバージョンに大きく変化していることは、懸念すべきことである」と、科学的にバランスのとれた刺激的な本『Unwanted Truths2』の39ページには書かれている。著者のFritz VahrenholtとSebastian Lüningは、その理由を説明し、さらに「今日ほど暖かい日はない、それは本当だろうか」「最近の気温の変化は、本当に私たち人間だけが引き起こしたものなのだろうか?また、太陽の活動の変動はどのような影響を与えるのだろうか?」と問いかけている。 これらは、352ページの本書でカバーされている50のトピックを例証する質問である。過去150年間の自然災害を、数千年にわたる気候史的な文脈の中に位置づけている。その過程で、「質の高いメディア」における出過ぎた表現が、複雑な相互関係を正当に評価せず、恐怖と絶望をもたらしていることが示されているのである。

結論:過熱する気候変動論争と気候政策行動主義に対する勇気ある批判書である。

 読者は、2300のソースからなる参考文献とさらなる情報を、www.unerwuenschte-wahrheiten.de で見ることができる。

 

壊滅的な結果

 いわゆる人為的な気候変動の動機を追跡し、パンデミックでないパンデミックについての嘘や、ワクチン未接種者がワクチン接種者にとって危険であるとするナンセンスに基づくものなど、明白な事実や現象を含めると3、別の次元や非常に反人間的な利益を発見することができる。これらは、彼ら自身の発言によれば、トランスヒューマニズム、すなわち自律した自我としての人間、霊的存在としての人間の破壊に関するものである。現在の現実では、どこの精神科クリニックも自殺志願者であふれかえっていること、何百万人もの人々が監禁され、治療が受けられず、第三世界での飢餓、孤独、社会的距離、鬱、失業などで早死にすることを見過ごすわけにはいかない。この現実の中で、民主主義、基本的権利、偏見のない科学は廃止され、想像を絶するカオスへと向かっている。これらはすべて、紛れもない言葉を語っている。100年以上も前にルドルフ・シュタイナーは現代を予見し、不正な方法で罰する悪い法律、社会共同体における悪い制度(つまり、現在私たちが提供されているものすべて)は、共に生きることに破壊的な影響を及ぼすと警告した。「中世にハンセン病が流行したように、将来、唯物論的な考え方によって、深刻な神経症や狂気の流行が起こり、全人類がそれに侵されるでしょう。」4

 

結論

 この図版入りの本は、その名にふさわしい自然科学者が、同じ志を持ち、偏見のない、関心のある人たちのために書いたものである。この本は、道徳的な技術を目指すアントロポゾフィストにとって価値のあるものであるはずだ。それが、人間の背信や嘘を暴いたり、地球を(生きているのではなく)死んだドロとして物質的に見たりするからだけではない。誠実に知識を得ようとする努力、快適な科学性から得られた現象や相関関係を示しているからである。あるいは、ルドルフ・シュタイナー(GA04)によれば、「道徳的現実性のこの部分は、人が扱うべき外的世界についての知識に基づいている。したがって、科学的知識全般の一つの分野に求めるべきものである。」これが、“不健全なカント信仰”(cf. GA 03)に由来する、物質志向の科学のみを拡張して、それを追究する可能性を示す、優れた根拠となるのではないだろうか?それに応じて、天候や気候の状況を、人々の道徳的な行動を含むような全体的な関係性の中で明らかにすることができるだろう5。

 もちろん、この本には、現代の重大な不法行為に対する解決策― すなわち、民主主義を発展させ、真に人間的な社会秩序に導く、上記のような愚かさ、妄想、犯罪の乱痴気騒ぎを最善の方法で防止する社会三層化―についての、本当の意味での示唆はない。この点については、読者は別のところでお読んでほしい6。

   ガストン・フィスター


1 詳細は、インターネット上の調査ジャーナリスト Peter Schreyer と Ernst Wolff (e.g.) https://www.youtube.com/watch?v=u70FHw_3y1Q などで確認できる。)

2 望まれない真実 気候変動について知っておくべきこと|Vahrenholt, Fritz, Lüning, Sebastian ISBN: 9784784435534

3 著名なオックスフォード大学臨床研究グループによる画期的な予備的発表には、憂慮すべき所見が含まれています。2021年8月10日にThe Lancetに掲載されたこの研究の結論は、ワクチン接種者はワクチン未接種者に比べて鼻粘膜のコビド19ウイルスの負荷が251倍も高いというものです。これでは、ワクチンを接種した人がウイルスを蔓延させることになりかねません。この現象は、世界中の高度にワクチン接種を受けた集団における、ワクチン接種後の衝撃的な集団発生の原因である可能性があります。

4 1907年5月30日の講演会(GA 99)。

5 1910年5月22日の講義(GA120)参照。

6 例えば、https://www.dreigliederung.de/ または https://die-gewollte- zukunft.net/にて。

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 記事中のカナダの裁判については、日本のニュース等ではあまり取り上げられなかったと思われる。もともとCO2地球温暖化説の是非がメインというより、それを巡る研究者間の名誉毀損問題であったし、この説に不利な判決なので、ニュース価値はあまりないからだ。私もこの記事で初めて知ったのだが、ネットで情報を探したところ、これに触れた記事を見つけることができたので、以下に紹介する。執筆者は、ドイツ在住の音楽家という肩書きなので、専門外のことになるが、よく情報を収集している方のようである。

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現代ビジネス 2020.08.21

あまりに政治利権化しすぎた地球温暖化論議の「不都合な真実

そろそろ科学的にまっとうな環境政策

  川口 マーン 惠美

 

ホッケースティック曲線とは何か

 2001年、IPCCの第3次評価報告で、マイケル・マン(米ペンシルバニア州立大学教授・気象学)が作成した「ホッケースティック曲線」が、気候温暖化が起こっている証拠として大々的に取り上げられた。

 なぜ「ホッケースティック」かというと、このグラフによれば、10世紀から19世紀の終わりまで地球の気温はほとんど変化せず、1900年ごろから突然上昇する。だから、そのグラフ曲線が、ホッケースティックを横に寝かせたように見えるのだ。

スティック曲線(IPCC 2001)

 ただ、地球の温度が10世紀から19世紀まで変わらなかったというのは明らかな嘘か、良くても勘違いだろう。16世紀から18世紀まで異常な寒冷期があったことは古気候学ではすでに知られている。

 IPCCというのは、日本語の正式名は「気候変動に関する政府間パネル」で、気象庁のホームページによれば、以下のようになっている。

「人為起源による気候変化、影響、適応及び緩和方策に関し、科学的、技術的、社会経済学的な見地から包括的な評価を行うことを目的として、1988年に世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)により設立された組織」

つまり、IPCCは国連に属する組織であり、世界の気候の専門家が集まっている。なのに、なぜかこのような誤った報告が取り上げられてしまったのだ。

 物理学者で、温暖化問題の第一人者杉山大志氏によれば、「10世紀から14世紀にかけてはバイキングが活動する『中世温暖期』があり、また17世紀から19世紀にかけては世界各地で氷河が発達する『小氷期』があったことが古気候学者に広く知られていた」という。

 だから当然、マンのホッケースティック曲線は激しい反論を呼び起こし、結局、IPCCもその後、中世の北半球は今と同じくらい暑かったことを、はっきりと認めた。ただIPCCは、「2001年報告が誤りだったとは言わずに、(第4次評価報告では)淡々と違う図が報告された」と杉山氏は、著書『地球温暖化問題の探究』に記している。

証拠資料も出せない研究なのに

 ところが、静かにフェードアウトしていたはずのホッケースティック論が、2019年になって、またちょっと話題になった。マンのホッケースティック曲線は改ざんだと声高に批判したカナダの地理学者ティム・ボール教授を、2011年、マンが名誉毀損で訴えていた裁判が、不起訴となったからだ。

 正確にいうなら、時間切れになったのだが、その理由は、裁判所がマンに提出を求めていたホッケースティック曲線の根拠となった資料を、マンが出さなかったため。マンは、他の仕事で忙しいという理由をあげたが、本当は、ボールが1938年生まれで高齢のため、時間稼ぎをしていたとも言われる。

 裁判官は、マンの態度を許しがたいものだと思っていたと伝えられるが、結局、マンに訴訟費用の全額支払いを命じ、この件は去年の9月に不起訴となった。

つまり、マンのホッケースティック理論は、証拠の資料も出せないような研究だということなのだが、こともあろうにマンはそれを、あたかも自分の勝訴のように言いふらし、それどころか、すぐさま目くらましに出た。

「自由世界の覇者は、トランプではなく、グレタ・トゥンベリである!」

「かつて指導者はホワイトハウスの執務室にいた。しかし今、指導者は何千人もの同年齢の若者に囲まれて、この惑星を守るための行動を要求し、自分たちと、そして、未来の人々のために戦っている」

「子供たちよ、行動を続けよ。そして、リードしてくれ。我々の惑星の将来より大切なものはない」

 マンは、政治も世論も自分の味方だと確信しているらしい。

 確かに、2019年12月、新しくEUの欧州委員長となったフォン・デア・ライエン氏(ドイツ人)は、就任早々「気候非常事態」を宣言し、CO2削減対策をEUの一番重要な政策の一つに入れた。メルケル首相もことあるごとに、人間が産業活動で排出したCO2が地球の気温を上げたと言っている。

 それどころか、グレタ・トゥンベリの「このままでは10年後に取り返しのつかない事態になり、地球が滅びる」という主張にも、多くの政治家は異議を差し挟まない。

 しかし、CO2排出量と温暖化は無関係ではないが、それについては大きな誤差を持ってしか言えないとする学者は多い。ホッケースティック論争で不明瞭な態度をとり続けたIPCCだが、彼らとて、地球温暖化予測に関する大きな不確実性は認めている。

政治利権化しすぎたCO2論議

 昨年は、オランダ人のGuus Berkhout教授(デルフト大学)が、国連のグテレス総長に宛てて、気候変動による地球の危機など起こっていないということを訴えた公開書簡(9月23日付)を出した。

  そこには、「現在の国際政治で広く使われている気候モデルは、その目的のためには不適切なものである。このような未熟なモデルに基づいて、何兆ものお金を無駄にすることは、間違いであり、賢明でない」と記され、多くの科学者が署名している。

 https://www.technocracy.news/climate-scientists-write-to-un-there-is-no-climate-emergency/

  気候の変動は20世紀の前半(1910~40年)にも起きている。原因はわからない。自然変動だと言われているが、自然変動の原因も、太陽放射、エルニーニョなどいくつもあるからだ。

 米ウィスコンシン大学ミルウォーキー大学の気象学のAnastasios Tsonis教授は、ここ100年余りの気候を次のように分けている。

第1期 1880年から1910年まで:寒冷期

第2期 1910年から1943年まで:急激な温暖化

第3期 1943年から1976年まで:緩慢な寒冷化

第4期 1976年から1998年まで:急激な温暖化

第5期 1998年以降:ほぼ停滞

 もう少し長期で見ると、15~19世の小さな氷河期にはロンドンのテムズ川がよく氷結したという記録もある。ただ、もっと長期で見ると、2万年前から現在にかけての氷期から間氷期への移行で地球の温度は大幅に上がり、最近の1万年程度は安定しているという。

 つまり、人間が、「何だかこの頃、毎年暑くなっている」と感じたからといって、地球の温度変化を察知しているなどとは言えない。ましてや、少々CO2を減らしたとて、おそらく地球の温度には影響しないのではないか。

 ただ問題は、EUの為政者も、環境保護者も、そんなことは百も承知でやっているらしいことだ。

 アメリカでCO2人為説を盛んに唱えていたのはヒラリー・クリントンだった。そして今は、EUのフォン・デア・ライエン欧州委員長(ドイツ人)。彼女の虎の子「グリーン・ディール」は、ここのところコロナ騒動で霞んでしまったため、最近、また、皆にそれを思い出させようと活動が盛んになってきた。

 現在のCO2論議は、あまりにも政治的だ。政治が介入すると、研究結果まで偏ってくるという。政治が望まない研究結果を出しても、学会誌にも取り上げられず、そのあとの研究費も期待できないからだ。

  一方、環境問題は今後、発展途上国の工業化につれて、どんどん深刻になっていくだろう。しかし、ガソリン車を減らし、肉を断食して地球の温度を下げようという話には、私はついていけない。

 CO2削減を利権にするのはもうやめて、そろそろ本当の環境政策を科学的にやってほしいと思う。

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 私の記憶では、かつて「ホッケースティック理論」は誤りであることがわかり、その当時は、かなり批判されていた。CO2説は、これにより基盤が失われたくらいの衝撃であったように思ったのだが、いつの間にか復活していたようだ。メディアもそのような事実があったのを忘れたかのようにまた大宣伝している。これも「グレタ効果」が貢献しているのだろう。
 環境問題が極めて重要な課題であることは間違いないのだが、やはりその根本の原因とその解決策が歪められているように思われる。一般人には、それを判断することができない。政府・メディア公認の「専門家」の言うことを信じるしかないようにされているのである。

 コロナにおける大製薬会社、ウクライナにおける軍需産業のように、CO2削減には利権も絡んでいるのだろうが、人智学的には、つまり人類の未来を巡る戦いにとって、どのような意味があるのだろうか。更に研究したい。
 

栄養の真実の基礎 ②

 「 栄養の真実の基礎」の後半である。

 この後半には、「エーテル技術と塩化銅生体内結晶化法」で既に触れられた未来のエネルギーについてのプファイファー氏とシュタイナーの対話の言葉が出てくる。

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ミネラル代謝

  しかし、他の代謝過程、例えばミネラルの代謝もあるのです。一般的な塩はすぐに体内に吸収されますが、この吸収された一般的な塩に同位体を付けて、1分以内に髪の毛の先、足の指の先、皮膚の一番外側まで、全身で検出することも可能です。一方、例えばカルシウムやマグネシウムの塩類は腸内に保持されています。それは、科学的な想像力のために存在するのではありません。私たちがまったく知らない体の中の循環があるのです。ルドルフ・シュタイナーの言うところの、この塩の「幻影(ファントム)」が、1分間で全身に広が広がっていきますが、その仕組みは不明です。1分以内に塩が全身に行き渡ります。一方、例えばカルシウムやマグネシウムの塩類は腸内に保持され、体が欲するときだけ吸収されます。体外にまったく排泄されず、体内にとどまっているのです。そして、体が「今、炭酸カルシウムが必要だ」と判断すると、肝臓だけでなく、血液からも吸収されます。これには、とてつもない知恵が働いているのです。

 カルシウムの話をしたことがあります。また、カルシウムは骨の成分でもあります。私たちには骨のシステムがあり、骨の一部は大部分が炭酸カルシウムとリン酸カルシウムの結晶で構成されています。骨に至る代謝回転は非常に大きく、1分間に血液中の全カルシウムが骨に結晶化し、同じ1分間にそれに相当するカルシウムが骨から溶け出して血液に戻ります。繰り返しますが、これは身体のシステム、骨格、物質の死と復活についての想像力につながることですから、皆さんは毎分、血液中のカルシウム分が骨に結晶化するのです。

 さて、興味深いことに、骨の形成は、3層になっています。このうち1層は死んでいる[?] そして一つは、生化学者の間では「生命圏」、「バイオスフィア」と呼ばれているほど活発です。そして、結晶化も溶解もできる一つの層がそこにあります。その細胞構造は、いわゆる巨細胞と呼ばれるもので、これが体の他の部位に現れると、がんの基となります。しかし、骨では、これらの細胞は、自我と血液の有機体の構造物であるため、健康なのです。(訳注)したがって、結晶化や溶解を引き起こすこの巨大な細胞は健康なものなのです。これらのプロセスでは、私たちは完全に3次元空間から導かれています。ある人が、私たちの中にあるこの鉱物-この鉱物はアパタイトというフッ素-カルシウムの炭酸塩で、その形はまさに結晶のように見える-、この結晶の表面をわざわざ顕微鏡で調べて、体のどこかにある1グラムの骨の中に、そこにできている結晶面をすべて隣り合わせにすると、約100平方メートルもあることがわかったのです! つまりは結晶の海になるのです。ということは、ここスイスでは、かなり広い農地があることになります。


(訳注)シュタイナーによれば、血液は自我が物質的に現われたもの、自我の器官である。

 結晶化や溶解に至るプロセス、これらのプロセスは全く3次元的に動いておらず、空間から抜け出ています。今日の生化学者は、そう言わざるを得ません。ルドルフ・シュタイナーは、何年も前にこれらのことに注意を促しました。この研究に対して、大きな敬意を抱くようになりました。つまり、長年、運動の周辺に身を置いていれば、いろいろな接点があるわけです。ルドルフ・シュタイナーのように、栄養素は空間を出ると言うと、笑われるかもしれません。そう、それでは何も知らないで言っていることになるからです。一方、自然科学者は、次のように語っています。 今、そのまま引用します。これらのプロセスを見て、想像してください-とシカゴの研究者は言っています。シカゴの研究者によると、結晶化するごとに光の点が輝き、人間の骨格を見ると、その骨格がクリスマスツリーのように、さらに言えば、きらめく星空のように見えると、いうのです。

 化学の唯物論から来た人が、そういう想像をせざるを得なかったとしたら、私はその人に大変な尊敬の念を抱きますね。もし今、私たちアントロポゾフィーがそのような人物に対抗しようとするならば、つまりこの手間のかかる仕事をしようとするならば、実は少なくともそのような人物と全く同じようにプロセスを理解し研究するという義務があるのです。そうすれば、霊的なものを認識し、人智学を広めることにつながる会話が生まれます。そういうことだったんですね。このような生理的なプロセスは、内面的な体験になることが重要なのです。

 

呼吸

 この分野で、もう一歩踏み込んでみましょう。私たちにはもう一つのプロセスがあり、このもう一つのプロセスも、健康、老齢になっても若さを保ち、安定した年齢を重ねるために非常に重要なものなのです。病気は、カルマによって、あるいは自分自身の不完全さや誤りによって、あるいは時にはキリストが癒しの中で言うように、神の知恵を明らかにするために、この自然な身体の構造に入ってくるというのが、病気のケースです。病気は常に先生です。生物学者にとって病気は教師であり、痛みはその点では最良の友です。なぜなら、痛みを通して私たちは意識の覚醒を促されるからです。それが生物学者としての立場、見解となれなければなりません。

 もうひとつ新陳代謝の問題があります。それは、最も奇妙なことの一つです。食べ物からタンパク質、糖質、脂質の形で取り込まれ、これまで述べてきたように変化した炭素化合物の一部は、肺から吐き出されます。生理実験では、タンパク質の分解物の中には、体の中で排泄されずに呼気として排出されるものがあることがわかったのです。この部屋にいる皆さんは、昼食や朝食の一部を吐き出しているわけですが、これは生理的な過程で、炭素化合物の一部が分解されて吐き出されるからです。これはある意味、社会的な問題で、みんながお互いの消化に参加しているわけですから。生物学者として言わせてもらえば、これは社会的な問題なのです。ルドルフ・シュタイナーは、まさに同情と反感といった関係がそのようなものに基づいていると指摘しています。一方の人は、他方の人にとって心地よくない消化された炭素化合物を呼気として吐き出すのです。そのとき、相手に対する体験は、反感や共感として登録される。そこから人間についての知識が始まるのであり、真の人間愛が始まるとも言えます。

 さて、呼吸の話でしたね。私たちは呼吸、特に呼気から全く異なるものを得ています。しかし、吸入の際にもプロセスは行われます。最近、肺や鼻だけでなく、たとえば目も呼吸していることが発見されました。日中、目を覚ましているとき、目は酸素を取り込んでいるのです。起きている目にとって、酸素は空気からでは全くなく、目の白い強膜から直接呼吸していることが発見されたのです。夜、目を閉じて眠っているときだけ、この過程が逆転し始め、酸素の吸入が行われずに、ある物質が血液から目の各部位に浸透し、目の酸素供給を引き継ぎます。昼間に目が見るために酸素を使い切ると、それは、暗闇の中で、使用した酸素を視紅に補給します。

 これらは、ルドルフ・シュタイナーが何年も前に指摘していた、目が呼吸しているという非常に神秘的なプロセスです。35年間の科学研究を振り返ると、私たちの人智学的自然科学において、これらのことをすべて自分で発見していないことは、ただ残念なことであり、今日では、いわゆる外の世界から、ルドルフ・シュタイナー発言を確認する内容を一つ一つ教えてもらうしかないのです。このことを指摘できれば、長年このアントロポゾフィーによる自然研究を担ってきた人間にとって、計り知れない満足感が得られるでしょう。この作業は、私たちの研究所でも行っています。これは、ルドルフ・シュタイナーが「それがないところに現象を作り、現象について思索するのではなく、実験しなければならない」と言ったことと関係があります。それは、私たち自然科学者にしかできないことです。

 

光と闇のプロセス

  私は今、別のことを指摘する役目を担っています。私たちが口にするこの食べ物は、自然の中で準備されたものであり、それは、動物界のものであろうと、結局植物界で最初に準備されています。緑色植物の樹液の中には、光合成と呼ばれる過程があり、そこで有機物質が作られます。光や熱と物理的な物質、水素、炭酸、酸素、窒素の内的な相互作用で、有機物質はタンパク質、脂肪、糖に作り上げられるのです。私たちの食物や身体的物質の源である植物の光合成には、「暗黒の過程」と「光の過程」の2つの過程があることが分かってきました。この暗黒の過程で、でんぷんと糖が生成されます。糖は、植物による夜の形成の産物です。黒砂糖が分解するときに熱が出るのは、黒っぽい熱、つまり純粋な熱の素によるものです。つまり、科学的にカロリーエネルギーや熱と呼べるものは、まさにこの糖で表現されているのです。熱が放出されるから、つまり炭水化物で分解できるようになったから、体内で光が放出されるのです。植物の光の形成により、タンパク質が形成されます。脂肪は、糖の過程が過度になることで植物に形成されます。糖のプロセスが宙返りをすると、それ、この糖がいくつかの化合物をくっつけて、いくつかの水をはじくと、脂肪酸ができます。

 しかし、タンパク質は光から形成されます。植物にこのような光の力を実質に結合させ、タンパク質を作り上げる能力を与えているのは、酵素と呼ばれる物質で、主にリン化合物を含んでいます。アデノシン、トリプトシンなどですが、これらではすべて、リン、そして少しマグネシウムがある役割をします。錬金術師がすでに光の担い手と呼んでいた「リン」。現代科学では、糖質が燃焼して炭水化物となり、その熱エネルギーが体に与えられることでカロリーが発生すると言われています。しかし、食べ物の中にある光のエネルギー、つまり、ある種の酵素の影響を受けてタンパク質を消化するときに出る光エネルギーについては、まだ語られていないのです。まず--これは今日すでに証明されていることですが--光が吸収され、その光が消化器官で放出され、私たちは光を受け取ることができるのです。私たちの体内でタンパク質が熱の影響を受けて消化されるとき、ほとんど同じ酵素が関与しています。人は、タンパク質を変換すると光を受け取り、この光は体の中で自由となり、非常に強く、貫き照らす作用を持っており、それが、身体の生命を維持し、特に神経物質、脳物質に運ばれ、そこで意識のプロセスに奉仕するものとなるのです

 ルドルフ・シュタイナーは言っていますが、酵素というのも一つの言葉です。社会的な有機体の中では、お金を「お金」と呼んでもいいし、「ヴィッツ・リ・プツリ」と呼んでもいいし、何でもいいのです。この言葉も同じです。酵素といえば、膨大な変換量と驚異的なスピードが特徴です。このような代謝反応を利用して、1つの細胞で1分間に1万回もの代謝が行われている。それがひいては新陳代謝につながるのです。これが私たちの生命の基本であり、この代謝が早く行われる限り、健康であり、そして若々しいということを意味するのです

 さて、この光の代謝は、本来はタンパク質の消化や感覚器官の活動、脳内の意識形成の活動に表れるはずであり、今日の人間におけるこの光の代謝、リン酸酵素代謝は大きく乱れていることがわかります。昼間の姿、あるいは息を切らして山を登ってくる姿、疲れている姿を見れば、人間の態度で、どれだけの光が体内で放出されているか、あるいはどれだけの光が影響を及ぼしているか、直接わかるはずです。また、自然界でも、特に植物が弱っているように見える年がありますが、これは今の自然界がいかに光量不足であるかということを表しています。

 私は、ヨーロッパにはもう何年も戻っていません。一度は10年間離れていましたが、その後、間隔を空けて戻ってきました。青春時代の光あふれる風景は、今でもよく覚えています。それに比べて、光の不足、大気中の生理的な光の不足、植物の光の不足(これは生化学的に研究できる)、人間の自我-光の不足など、これは今日、目を凝らすと強く見えてくるものです

 

粗悪なタンパク質

 ここで私たちは、1956年、57年、58年の今日、人間のある機能が、もはやかつてのようには進行しないと言わなければならない問題に直面しています。なぜ、なぜ?どうしたんでしょうか?まず第一に、この食物は、その成長の仕方によって、品種の選択と強力な量的生産の強要によって、細胞内での光変換、水素変換、酸素変換を完全に行うことができなくなり、劣ったタンパク質をもつようになっていると言わざるを得ません。この30〜50年の間に、地球上の全人類は、タンパク質を構成するアミノ酸のバランスが崩れ、栄養価の一部が低下した粗悪なタンパク質を手にすることが多くなってきたのです。現代の食生活では、さまざまなタンパク質化合物が常に弱体化されています。

 麺類やスパゲッティ、シュペッツレを食べるのであれば、それを食べるだけで、リジンと光の欠乏が人間に起こっています。ルドルフ・シュタイナーの非常に大ざっぱな提案に基づいて、私が最近取り組んだ新しい方法によって、人間の排泄物におけるこれらの現象を認識し、証明することができます。彼は、人々の尿をその組成から研究すべきだと言っていましたが、それは、その中に自分の友人や同僚の精神状態について一定の情報を得ることができるからです。当時は、その方法がわかりませんでした。このように、人の精神状態や生理状態を正確に把握し、どのような障害があるのかを知ることができるようになったのです。

 健康な人と病気の人、約1,700人を対象にした実験では、実に90%で肝機能が正常でなくなっています。自然界における穀物やタンパク質の実験では、タンパク質の成分が広範囲にわたって減少していることが明らかになっています。この分野で働く生化学者は皆、「正常とは何か」という疑問を抱いています。

 自然界に放射性物質が降り注ぐようになってから、かつて正常であったものが消し去れて、何が正常なのかが曖昧になり、一方的な鉱物肥料、殺虫剤、農薬などの使用により、地球上で育つものはもはや正常ではなくなってしまったのです。最初に比較する基準がなくなってしまったのです。1937年、南極探検の際、非常に賢い博物学者が、缶に入った食料をそこに置いておくことを思いつきました。現在は氷に包まれ、高さ数メートルの氷の層に覆われているため、現代の影響から守られているのです。1937年当時、何が正常だったかを知ることができる、地球上で唯一の植物性食品、食品素材です。今、これらの缶が掘り起こされ、20年前の普通の食べ物が何であったかが研究されているのです。

 

種子の品質問題

 私たちは、ここで最も重要な文化的問題に直面しているのです。なぜなら、それは人間のタンパク質の質、光代謝、熱代謝の乱れを発見し、認識するための、そして、ある状況下では、それらを予防し、治癒する問題だからです。これらの乱れが、種子の品質と関係していることが明らかになったのです。ルドルフ・シュタイナーは、私たちのバイオダイナミック運動の分野では、タンパク質ー種子の品質は、自然と結びついたものにする必要があると指摘しています。だから:バイオダイナミック種子を生産しています。私は今、本当に絶対的な客観性を持って、設定された基準に対応するものとそうでないものを、完全に客観的にお伝えしています。バイオディナミが良いというのが、私の感想です。

 今や、かなり意外なものが助けとなっています。私たちは、種子の中にさまざまな種類のタンパク質があること、そのタンパク質がアミノ酸に分解されることを突き止めることができたのです。そして、これらのアミノ酸を測定したところ、日によって変動があり、例えば、バイオダイナミック小麦の工場では小麦粒の発芽後7日目に最大で42%のタンパク質があるのに対し、他の工場ではせいぜい22〜23%であることがわかりました。その結果、種子のタンパク質の質を純粋にすることが可能であることがわかりました

 そして、友人のゲルハルト・シュミットに話を聞き、ある実験を見せてもらいました。彼は、バイオダイナミック小麦を30分かけて100℃に加熱しました。すると、この小麦が-30分かけて100℃に加熱されたこの荒療治の後-水が沸騰する温度である摂氏100度になっており、「調理」されたのですが-なんと発芽したのです。一方、人工的に肥料を与えた小麦は発芽せず、死んでしまったのです。教科書によれば、タンパク質は100℃で凝固し、酵素は死滅しているはずです。発芽したこのバイオダイナミック小麦は、タンパク質が凝固したり、酵素が破壊されたりすることはありませんでした。バイオダイナミック農法、人工肥料、無肥料、原土、有機農法だがバイオダイナミック農法ではないものなど、さまざまな種類の種子をアメリカ全土から集め始めたのです。バイオダイナミック農法の種子は熱処理後に発芽し、その他の多くの種子は、ミネラル肥料を与えたものはごくわずか発芽しましたが、ミネラル肥料のみを与えたものは全く発芽しないことが何度も確認されています。だから、一種の等級です。面白いのは、タンパク質の構成要素であるアミノ酸を分析すると、発芽するものは自然なバランスで、発芽しないものは非平衡という、異なるバランスが見いだされたことです。その結果、「もしそうなら、私たちそれから利益をえるかもしれない」と思ったのです。現在、発芽した種から苗を再播種し、そこから新しい苗を育て、今年の夏には新しい小麦を収穫しています。ところが、この新しい小麦、つまり熱処理を施した穀物は、まったく別の小麦であることがわかりました。1つ目のオリジナルは、黄白色で肉質が良く、タンパク質は10%でした。この夏に収穫した新麦は、ほとんど半透明のガラス質の粒で、いわゆるグルテン小麦で、タンパク質は17〜18%でした。透明でガラス質の粒で、タンパク質は17〜18%。この選別により、タンパク質が10〜11%ではなく、最大18%という栄養価の高い小麦ができあがりましたので、これを食べればほとんど肉を食べなくても大丈夫なくらい栄養価の高い作物といえます。

 それが今、実現されたわけです。つまり、ルドルフ・シュタイナーのアイディアがここで実現されたのです。実際に植物を元の状態に戻したこと。なぜなら、かつてはそのような小麦には15〜18%のタンパク質が含まれており、良い組成であったからです。つまり、新しい食のクオリティを生み出すための第一歩となるのです。さて、これはほんの始まりに過ぎません。いつか商品化されると思いますが、それが可能になるのは10年後くらいだと想定しています。

 そんな思いが、実は元気を与えてくれるのです。個人的な感想ですが、目の前に新しい目標があると、かつて病気だったことを忘れてしまうほど、元気が出る、実際に人生に立ち向かう新しい勇気が湧いてきます。(...)

 

生命のエネルギー...

 1919年、1920年1921年に私がドルナッハに来たとき、研修生や見習いとしてここですべての仕事をしたのですが、そのとき私は、ルドルフ・シュタイナーに非常に具体的な考えた質問を持ち込もうと努めました。その思いはこうだったのです。今日の文明がエネルギーの応用によってもたらされるとすれば、物理的なエネルギー、すなわち電気、磁気、その他のエネルギー-原子エネルギーはまだ発見されていなかった-を応用することによって、これらのエネルギーの本質が、分解、崩壊にしかつながらないので、技術においても、これらのエネルギーの応用が崩壊にしかつながらないことから、技術の中に生命のエネルギーを導入することが必要であろうと思われます。そうすれば、構築の法則、生命の法則を運ぶこのエネルギーが、人々の思考、感情、意志の衝動を自然に誘発し、技術的に破壊、分解、砲撃する代わりに、平衡させることを学び、構築、合成、成長、発展することを学ぶようになるでしょう。

 破壊への、解答として、構築として、破壊への対抗として、ゲーテアヌムから世界へ持ち込むことができるエネルギーがあるのかどうか、それが私がルドルフ・シュタイナーに投げかけた質問だったのです。ルドルフ・シュタイナーは、このエネルギーは人体のある物質変換に学ぶことができると指摘しました。このエネルギーは一般にエーテル形成力、エーテル体、熱エーテル、光エーテルなどと呼ばれるものであると指摘しました。今、私が言っているのは、講座や講義のことではなく、この問題に対する直接的な答えのことです。そのエネルギーを発見し、応用することで、社会技術や社会秩序を創造することができないだろうか、というのが私の考えであり、疑問でした。ルドルフ・シュタイナーの答えは、彼がごく簡単な実験をいくつか提案し、それを私が彼のために実行したのですが、その経過から、彼は実験を通して霊界の答えを受け取ったと言いその答えは、このエーテルエネルギーが知られ導入されるのはまだ時期尚早だ、というものだったのです。私はその時、ルドルフ・シュタイナーの指示に従い、この地域全体について絶対的な沈黙を守ることを余儀なくされ、今日もそうしています。しかし、私は、次のように質問しました。「この新しいエネルギーの知識を研究し、知り、場合によっては応用することができると精神世界が同意する条件は何でしょうか?」ルドルフ・シュタイナーは言いました。「このエネルギーが悪用されないための一つの条件は、社会3層の思想の意味での社会秩序が起こること、少なくとも地球上の小さな領域では、霊的な意味での一貫した社会秩序が実行されなければならないということです。そうならない限り、霊界はこのエーテルエネルギーが発見されることにさえ同意しないでしょう。」

 ルドルフ・シュタイナーは、第二の条件として次のように語りました。「ある種の霊的指導者は地上に転生し、人類の指導権を引き継ぐことができるが、現在の知的教育システムではそのような指導者が肉体を持つことは不可能です。ヴァルドルフ教育が一般化しない限り、自分を現わする可能性はなく、こうした霊的指導者たちはおそらく今世紀中に全く肉体を得ることができないだろうと予想されます。そのような教育によって、ある種の霊的指導者が生まれ、その指導者がリーダーシップをとるようになり、誤用に対して保証する社会秩序ができたとき、初めて実際にこの問題に取り組み続けることができるのです。」これによって、当面すべての未来が封印されたのです。

 これは、親愛なる友人の皆さん、7つの封印をもった書物です。私たちが、生命、建設、創造の力だけを担う新しいエネルギーの創造者として出せる答え、つまり原子力エネルギーに対する答えを、私たちは[まだ]出せません。これは、私たち全員に重くのしかかる大きな義務です。(...) としか言いようがありません。

  ルドルフ・シュタイナーは、1965年に、今世紀のこの暗い時代に、新しい時代の夜明けを見ることができるだろう、と言いました。親愛なる友人たちよ、私たちにはまだ7年あります。この夜明けを迎えるために、私たちはまだ達成できていないことを補うことができるのです。

[編集部による小見出し追加]

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 光が人間のエネルギーとなり体を造るといっても、普通の人間は、やはり食べ物を食べて生きていくしかない(確かに、断食自体は健康にいいとされるが)。シュタイナーは、どのような飲食物が人間の心身にどのように働くかについても具体的に説明している。本文にもあるように、心身の健康にとって食べ物の質はやはり大変重要なのである。無農薬・有機栽培の作物や食品添加物のない加工食品が望まれるのだ。

 講演の最後では、霊的指導者達がこの地上に転生できなくなっていると語られた。霊的指導者達が受肉できる体、成長できる環境がなくなってきているのである。
 化学物質や放射能、電磁波等により進む環境汚染、遺伝子操作食物等は、人類一般の心身の健康を蝕んでいる。それは、霊的なものを指向する人間の本性への脅威でもあるが、人類を本来指導すべき霊的指導者達を人類から遠ざける手段でもあるようだ。
 大企業による食の支配も進んでいるが、それは、大企業による利潤の追求という目的だけでなく、おそらく、人類の進化に敵対する勢力の思惑もあるように思われる。
 シュタイナーは、このようなことも見越して、バイオダイナミック農法やヴァルドルフ(シュタイナー)教育を後世に残していったのだろう。

栄養の真実の基礎 ①

エーレンフリート・プファイファー博士

 仙人は霞を食べて生きていると言われるが、実際に、ほとんど食事をしないで生きている人は存在する。例えば、キリストの生涯を幻視したというカトリック福者アンナ・カタリナ・エンメリック(1774年-1802年)は、聖痕を受けており、さらに生涯の最後の12年間は聖体(聖別されたパン)以外の食物を摂ることが出来ず、水以外の飲料も飲むことができなかったといわれる。

 現代でもそうした人々はおり、彼らは、食物の代わりに、光、太陽のエネルギー、プラーナ(気のようなもの)からエネルギーを摂っているとよく話している。

 これらは、特別な人の特別な現象なのだろうか。おそらくそうではない。彼らが可能であると言うことは、他の一般の人でも本来可能なのである。カギは、やはりどうも光らしい。

 『Life from Light光からの生命―食べ物なしで生きることは可能か?』(ミヒャエル・ヴェルナーMichel Werner他著、ClairviewBooks刊)という本があり、著者らは、人は、光から生命力をえているという仮説を説いているのである。そして、その一つの説明としてシュタイナーの考えを引いているのだ。

 これは、現代の栄養学の常識を見直すことを迫るものである。

 今回は、この本を紹介する前に(実はまだ読了していない)、『ヨーロッパ人』に掲載されていた、関連するエーレンフリート・プファイファー博士の栄養に関する講演を紹介する。プファイファー博士については、既に「エーテル技術と塩化銅生体内結晶化法」で紹介している。

 私たちは、人間の体にはタンパク質、炭水化物、脂質、ミネラル等が必要であり、健康を維持するにはこれらを含んだ食べ物を摂らなければならないと考えている。しかし、その栄養素がそのまま肉体に取り込まれるのかというと、どうもその様に単純なものではないらしいのである。
 シュタイナーは、どのような食べ物を摂れば人間の心身にどのような影響をおよぼすかについても、詳しく説明している。だが、一方で、「人間は、食べ物という物質でできているのではない」「人間は本来、地上の素材を何も必要としない。私たちがものを食べるのは、単に刺激を与えているだけ」「ものを食べ、刺激を与えることで、エーテル体から力がやってくる。このエーテル体から、身体のすべてを構築している」などと述べているのである。

 これらのシュタイナーの言葉に、不食で生きる人の秘密を探ることができるだろう。

 プファイファー博士は、こうしたシュタイナーの教えに基づいて栄養学やバイオダイナミック農法をを研究しまた実践した人である。

 講義は2回に分けて掲載する。

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栄養の真実の基礎

1958年10月1日、エーレンフリート・プファイファー博士の講演

 

親愛なる皆様へ

 人智学といわゆる科学との接点における問題の性質の違いは、ルドルフ・シュタイナーの心に非常に近いものでありながら、なぜそれが人智学の講義の内容でなければならないのか、しばしば信じられない、あるいは最初は理解すらできない問題、すなわち栄養の問題に特に顕著に表れています。そして、この肉体と精神の関係は、物質的なものと精神的なものの双方にとって極めて基本的なものであることを、これから見ていくことにしましょう。

 まず、非常に原始的な考えから始めて、徐々に問題を導入していく必要があります。栄養学の教科書や新聞、あるいはルドルフ・シュタイナーが栄養について語った労働者の講義でも、そこには、人間にはタンパク質、炭水化物、脂質、ミネラル、そしてもちろん水が必要だと必ず書かれています。パンにも肉にも、野菜にも果物にも、私たちが口にするものすべてにこれらの物質が含まれており、特に古い科学的な栄養学の教えでは、これらの物質が私たちの体の物質的な栄養になると考えることが多いのです。現在では、生命の営みの中での化学的プロセスを研究する生化学という学問があります。この生化学は、何十年もの間、化学生理学の継子として機能してきましたが、この13年ばかりは、栄養学の分野の講義を読み、同時に生化学の分野の最新の研究を勉強すると、古い栄養学の発表では大きな意見の相違があるのに対し、ここでは視点が合致しているという印象を持つほど、並外れた進歩を遂げたのです。


消化

 基本的に、消化を抜きにして栄養は語れないのです。そのため、消化のことを言う必要があります。私が栄養の問題に特別な関心を持ったのは、ルドルフ・シュタイナーに同行してどこかで待つ機会があったとき、つまりバーゼルの連邦鉄道駅のホームで列車の接続を1時間近く待ったとき、また他の機会にも、彼はいつも消化について話し始めたからだと言わなければなりません。

 私は当時まだ若く、人智学の研究に没頭していましたが、最初はルドルフ・シュタイナーが食べ物について話し続けるのを退屈に感じていました。何度も何度も食べ物の話をしたのです。

 それがこの講演の出発点だったわけです。しかし、そこから後に、「33〜35歳を過ぎると、人は普通、賢くなり、理解するようになる」と言わざるを得ない仕事が生まれました。そう、今度は栄養と消化の問題が出てきます。まず、この分野における最新の研究のポイントを紹介し、それによって、正確な生化学分野でのいくつかの独立した調査について報告しなければなりません。これまで述べてきたように、基本的には、タンパク質、炭水化物、デンプン、糖質、脂質のことを指します。これらの物質は、植物界、鉱物界、動物界という自然界に用意されています。人間は多かれ少なかれ、咀嚼や消化によって吸収しているのです。口の中で、つまり噛むときに、いわゆる味覚を通して新しい感覚反応が起こり、これを通して脳、神経系を経由して全身の器官に一連のプロセスが引き起こされ、消化活動が制御されるのです。例えば、ルドルフ・シュタイナーは、食べ物を飲み込むことは、これらのプロセスを妨げるからいけないと指摘しています。これは、間違いなく生化学的に証明できます。(訳注)


(訳注)小学校の給食の時などによく咀嚼するように指導された。消化を良くするからというのが一般的な説明だったと思う。外にも、唾液が分泌され虫歯等を予防するとか、脳を刺激するというような理由もあるそうだが、「食べ物は刺激」という立場からすると、人間は噛むことにより刺激を受け取っていると言うことになるのだろう。

 そして、これらの食べ物は、一部は胃で、前もって消化され、さらに胃とつながっている小腸などで処理されます。今、私たちにとって極めて重要な瞬間が訪れています。食材は分解されます。塩を除いて、口に入ったままの食材は一つもなく、分解され、タンパク質は分解され、炭水化物は糖に変わりますが、糖も変質し、脂肪物質も分解されます。ここで正確な生化学の見解に変化が起こり、科学者としてもルドルフ・シュタイナーの言ったことをよりよく理解し、より深く理解することができるようになったのです。これらのタンパク質は、今度はアミノ酸に分解され、脂肪から脂肪酸が生成されます。分解された物質は、腸で吸収され、リンパ液や血液に入り、一部は肝臓に運ばれるのです。

 昔は、人々は次のように考えていました。そして今でも、科学的・学術的にこうしたことを扱わなければならない私の講義では、すでに予備教育を受け、あるいは生い立ちから教育を受けているこの分野の学生たちに、実際に何が起こっているのかを認識させるのに、最も苦労するのです。つまり、このタンパク質は分解されても体のタンパク質に変わり、脂肪は体の脂肪に、糖分は体の糖分に変わると考えているのです。これは、今でもよく文献に現われている見解です。

 そのような事ではありません。最新の研究により、身体が、食品物質や分解された食品物質を取り込んだ瞬間に、その後のプロセスは、完全に独立して自律的に進むことが証明されているのです。つまり、私たちの正確な研究が言うように、食べ物は体内でその個性を失ってしまうのです。肉や豆や小麦の胚芽に含まれるタンパク質を摂取しても、厳密には、腸壁を通過して体内に入った瞬間に、もはやタンパク質として認識されなくなるということです。それが消え、代わりに他の産物が現れるのです。今日ここで確かめられることは、ルドルフ・シュタイナーの言う「内的化学」と非常に密接な関係があります。ここでは、自然の外側の化学が停止し、人間の中では、部分的に、対立する力さえ発達すると言っているのです。

 

内的化学

 このことは、少し前にシカゴで出版された最新の著作の一部を引用することで、ご理解いただけると思います。

  できるだけそのまま引用することにします。-腸から体内への食物吸収の過程では、今日知られている物理化学的法則は停止しており、食物吸収は今日知られている法則とは反対の、まだ理解されていない法則に従って行われる。物理化学が外界に対して、圧力や、ある濃度から別の濃度への移動について、ある法則を確立しているという事実、そしてそれが反対の符号で振る舞うという事実についてです。それはそれでいいのですが、私たちにとってはどのような意味があるでしょうか。しかし、このようなプロセスを理解し始めると、自然や人間の条件について学ぶことができる最も魅力的なもののひとつであると言わざるを得ません。それは、最初は人智学の影響を受けない研究を通して、ここでは自然に生命過程そのものの研究が、人間における外的な物質的状態から内的な状態への移行の真理の認識につながるに違いないことです。この研究には、私自身、未来を指し示すプロセスがあり、そこから、絶対的な唯物論も、思索せず現象を研究するだけであっても、いつかは精神活動の法則に導かれることになるに違いないという希望を得ることができるのです。特に、これからいくつか例を挙げる仕事の分野ではそうです。

 体内のタンパク質、デンプン、砂糖、炭水化物、脂肪の違いが曖昧になりつつあり、肝臓の活動を通じて-ルドルフ・シュタイナーは「肝臓はこれらの代謝過程を "見る "器官である」という表現を使っていま-これらの過程を調節しようとする試みが行われていることが明らかになりつつあるのです。何が起こっているのかがわかります。肝臓はこれらの物質を、タンパク質から脂肪に、脂肪から糖に、糖からタンパク質に、そしてその逆へと変化させるのです。最新の生化学では、これを英語で「代謝プール」、ドイツ語では「代謝タンク」と呼ぶようです。実は、摂取したものは消えていき、必要に応じて、ある物質が別の物質に変化していくのです。肝臓、脳、神経系、腺など、すべてが連動しているのです。これは重要なことで、実は私たちが取り込んでいる物質は完全に「変換可能」であるようで、リザーバー(タンク)と言わざるを得ないのです。

  そして、変質した外界の物質がそこに流れ込み、身体は必要に応じて、この貯水池から再び物質を取り出します-賢明な法則に従って。先ずは、あることが起こらなければ、私たちの中に完全な調和があるのですが、それは少し後で考えることにします。

 

新陳代謝とはどういう意味か?

 ここで、「新陳代謝とは何か?」ということについて、ただひとつ言えることは、これを詳しく研究していない人は、新陳代謝という言葉を聞いたことがある--あるいは、ルドルフ・シュタイナーの講演で新陳代謝-手足人間(訳注)について代謝という言葉を聞いたことがある人は、「代謝」というと消化と排泄、そしておそらく吸気と呼気を思い浮かべるのではないでしょうか。でも、基本的に、こう言っては失礼ですが、彼はまだ何もわかっていないのです。かつてルドルフ・シュタイナーは、新陳代謝について医学的に指摘し、「体内のすべての物質は7年以内に完全に生まれ変わる」と述べたことがあります。ですから、もし私が7年前にこの演壇に立っていて、この体の中の物質にサイン、マークを与えられていて、今ここに立っているとしたら、このマークは一つもなく、そこには全く別の物質があるのです。そのイメージは、川底と川に例えることができるかもしれません。川の水は一秒たりとも同じものはない。一秒ごとに川の水は違うが、川底は残っている。ライン川ドナウ川などは、ある一定の時間をかけて不変のものがあり、この川の水の実体は常に流れているのです。それは、私たちの体内でも同じです。7年以内のリニューアルというだけで、だいぶ流れていますね。7年後というのは、元の物質が何も残っていないことを絶対に確認できる、いわば終点です。


(訳注)シュタイナーによれば、人間は、おもに頭部に位置する神経・感覚系、律動的な呼吸・血液循環系そして運動・四肢・新陳代謝系の3つの要素からなるという。四肢と新陳代謝が一緒にされているが、手足の動きによって新陳代謝が促進され、また、手足は内に向けていつも有機的に新陳代謝器官と関連しているという。

 代謝はもっと早く起きている。歯を考えてください。歯はここです。もちろん、本物のことですよ! 誰でも歯を感じ、そして一瞬でも一緒に思考を追うことができるのです。この歯には、更新で歯にできた炭酸カルシウムとリン酸カルシウムが含まれています。誰もが歯を触って、ちょっと自分に言い聞かせてみてください。240日後には、今皆さんが触っているこのしっかりした感じの歯から炭酸カルシウムがなくなり、新しい炭酸カルシウムがその代わりになっていることでしょう。そして、240日間で物質が更新される限り、歯は健康で抵抗力がある状態を保つことができます。それが新陳代謝です。

 

脂肪の変質

 もう一つの例。脂肪は脂肪組織に沈着します。ここに小さな脂肪の沈着を感じることができます。また、体の他の場所でも、この沈殿物がよく感じられる場所があります。なるべく視覚化することです。ある脂肪のふくらみを感じてください 本当に脂肪が沈着しているような感覚ですね。この指の間に感じるもの、つまり脂肪の膨らみですが、この脂肪の41%は、明日の夕方、今日感じたのと同じ時間にはもうそこにはないでしょう。この脂肪は再び肝臓に運ばれ、他の産物に変換されます。例えば、体が、タンパク質、脂質、糖質、そして熱を必要とすれば、脂肪を燃やし、体が糖を必要とすれば糖を生成します。例えば、糖尿病の人がいるとしたら、肝臓が脂肪から糖を作る--それが糖尿病を作るのです。つまり、この体脂肪の41%が1日で活性化され、肝臓に運ばれて処理されますが、その代わりにまた同じ量だけ貯まってしまうのです。もし、それが、つまり同じ量が貯まることがなければ、理想的な脱脂治療ができるはずです。

 ですから、この脂肪の変質は、そこに生きる活動や力学を考えると、かなり奇跡的なことなのです。1日あたり41%! このようなことが起こるのも、やはり代謝の一部であり、この代謝の一部--私は科学的な意味でも研究しています--が、人が年をとっても若いままか、まだ若いのに早く年をとるか、硬化性疾患、動脈硬化、心臓発作、心臓病、冠動脈硬化などになるかどうかを決定しているのです。この脂肪の代謝が適正なスピードで行われるかどうかが、体の若さと老化を左右するのです。

 そのとき、決定的な時期があります。内分泌疾患などの病的な状態のことではありません。しかし、比較的普通の人には、35歳前後という決定的な年齢があり、それは人の若々しいスリムさが消え、そして-満足した市民のおなかの証として-小腹が出てくる時期なのだそうです。なぜなら、若者の嵐が去ると、この脂肪の代謝が遅くなるからです。人間の理想が暴れて静かになったとき、この流れが、いわば確立された道を走るようになったとき、この脂肪の代謝は遅くなり、これは生化学的に非常によく追跡することができますが、他の関係が生じます。この市民の飽食が俗物主義に変わるとき--ゲーテによれば、外見上は官能的で道徳的だ!--硬化とあらゆる種類のそのための前提条件が生じるのです。そのような人の新陳代謝を研究すれば、25歳、28歳、30歳でそのような人を見れば、すでに老いの初期症状、初期兆候を認識することができ、後に何が起こるかをほぼ予測することができます。

 今、シカゴに友人がいるのですが、彼は75歳で、非常に活動的であり、彼の意見では、ほとんどの人は35歳で死ぬが、彼らの死体はまだ歩いているのだとよく言っていました。

 この脂肪の屍が体内に蓄積されることで、体内の力学が阻害され、生命の営みが鈍化してしまうのです。これは、年をとってからの悩みの種でもあります。ルドルフ・シュタイナーは、このことについて「肉体は、脂肪に精神的なものに対して壁を築いている」と述べています。これは、生理的、精神的に理解すべきことです。この問題の治療法について話すつもりはありません。時間がかかりすぎるからです。しかし、この状態の治療法、つまり栄養や消化、人間の食の楽しみ、その他の心理的、精神的なものを含めることは十分に可能なのです。

 ケンブリッジには、「嫌いなものを全部食べれば、ダイエットをする必要はない」とまで言い切る教育機関があるそうです。 (②に続く)

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 上で、7年で体はすっかり変わると語られているが、7年というのは、シュタイナー(教育)の人間学にとって重要な年数である。それによれば、人間は、誕生してから7年周期で発達していくとする。7歳、14歳、21歳の区切りで、肉体、エーテル体、アストラル体、自我が完成されていき、その後も7の倍数の年齢が節目となるのである。
 後半では光のエネルギーが語られる。光とは、これまた実際には難物である。最も身近にありながら、我々は、その真の姿を知らない、現代の素粒子論に基づく『物質のすべは光』(ウィルチェック,フランク著)という本もあるが、人智学に立てば、まさに「物質は凝固した光」なのである。シュタイナーのいうエーテルの一種に、光エーテルというものもある。とすれば、人間の身体とも当然関係してくるだろう。

エーテル技術と塩化銅生体内結晶化法

タンポポの塩化銅結晶化写真(ゲーテアヌム研究所、高感度結晶化研究所)

 以前、エーテルのエネルギーを用いているとされるキーリーモーターに関する『ヨーロッパ人』の記事を紹介したが、同号には更に関連記事が続いている。今回はこれを取り上げる。

  人智学派は、未来において、生命を担っているエーテルがエネルギー源として用いられると考えており、キーリーモーターの発明者、ジョン・ウォーレル・キーリーは、その先駆者であると見られている。

 それは、ただし、人類が道徳的でなければ使用できないエネルギーなのである。本来利己的な目的で使うことができないのである。このようなことから、キーリーモーターは、キーリー自身がそこにいなければ稼働しなかったため、結局、キーリーは詐欺師と見なされ、キーリーモーターは忘れられていったのである。

 今回の記事は、エーテル・エネルギーのこのような性質を巡るエーレンフリート・プファイファーEhrenfried Pfeiffer氏の自伝の記述である。プファイファー氏(1899年- 1961年)は、ドイツの科学者、土壌学者であり、若い頃はシュタイナーの近くにいたことから、その時のシュタイナーとの個人的な会話を伝えている。

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人智学の道徳技術のパイオニアの意見

  以下のメモは、エーレンフリート・プファイファーの未発表の自伝から引用したものである(DER EUROPÄER, No.5も参照のこと)。

編集者による英語からの翻訳。Jg. 1/Nr.6 April 1997

 

 私は10代の頃から、自然界のより深い力、特に生命や成長のために活動している力、電気や磁気などに働く純粋な物理的エネルギーを超えた力について、何か知りたいと強く思っていました。

 私は、現代の文明や社会生活の仕組みは、自然科学や技術の進歩の上に成り立っているという考えを抱いていました。物理学、化学、熱力学、電気・磁気の分野で物理科学を応用すると、破壊を前提とした文明になり、破壊装置や戦争機械の使用がますます拡大し、利潤追求の経済、同胞の利益や感情を無視した個人的な進歩につながることがわかったのです。

 私は、移動とコミュニケーションの技術的可能性が高まっているにもかかわらず、人々がどんどん引き離されていっていること、そこには、人種や部族、権力集団、利益団体、国家ではなく、人類全体を代表する統一された社会的「体」を形成する衝動がないことが分かったのです。

 唯物論的自然科学は、成長し、発展し、合成するのではなく、死体に働きかけるために、分析、分割(現在は原子・核分裂)、分解・分離、切断、破壊・分解しなければならないあらゆる手続きの方法に完全に基づいているのです。人間の精神が、こうしたバラバラになってしまう方法に捕らわれていたこと、そこに今の状況の原因を見たのです。

 そこで私が考えたのは、「自然界には、原子化や分解するのではなく、積み上げ、合成する別の力、エネルギーは存在しないのか」ということです。物事を生かし、成長させる建設的な力を発見することができるだろうか。研究の結果、適切な建築方法が見つかり、もしかしたらこの力を別の技術、つまり機械を駆動するために使えるだろうか?、と。

 そのような力やエネルギーの内面的な性質に基づけば、人間の破壊的な思考の代わりに異なる技術、異なる社会構造、そして建設的な思考を生み出すことができるのです。

この力は、いわゆる物理的なエネルギーが分裂し分離する傾向があるように、生命と有機組織の衝動をその中に抱え込んでいるはずです。

 そこで、1920年10月と1921年の春にルドルフ・シュタイナーに質問したのは、「そのような力、エネルギー源はあるのでしょうか?実証できるのか?その上に無私の技が成り立つのでしょうか? ということでした。

 このような疑問が私の中で形になってきた頃、生涯の友であるギュンター・ヴァックスムート(注1)と出会い、彼も全く同じ疑問について考えていたのです。ルドルフ・シュタイナーとは、一人で話すこともありましたが、二人一組で話すこともよくありました。

 私の質問には次のように答えてくれました。「そのような力は本当に存在します。しかし、まだ発見されていません。(2) それは、一般にエーテルと呼ばれるもので、(物理のエーテルではなく)物を成長させる力、例えば種子の中に種子力として生きているものです。あなた方は、この力を使って仕事をする前に、その存在を証明する必要があるのです。

 化学で試薬があるように、このエーテル力の試薬を見つけなければなりません。 これはエーテルの形成力とも呼ばれ、生きて成長するものの形態、形、構造を作り出すものだからです。有機基質を添加した結晶化プロセスを試してみてはどうだろうか(これは実際に行われ、その結果は別のところに記載されており、現在では全体を感応結晶化法として知られている)。この力に反応し、駆動するような機械の開発が可能になります。」

 そしてR.シュタイナーは、この力を新しいエネルギーの源として応用する原理を説明しました。またある時は、ギュンター・ヴァックスムートの前で、4つのエーテル形成力、光のエーテル、化学のエーテル、生命のエーテル、熱のエーテル(ヴァルフドルフ教師以前のいわゆる熱と光のコースとはやや異なる(3)の原理を説明し、その一部を記述した自然の繊細な力についてのラマ・プラシャードの本を示しました。

 その後、ヴァックスムートはエーテル形成力についての本を書きました。実験を始めるのは、私の役目でした。この共同研究が、ゲーテアヌムの研究所の基礎となったのです。私は、詳しくは書きませんが、ある実験をしなければなりませんでした。この実験の結果は、ルドルフ・シュタイナーに伝えられ、彼は最も深刻な表情で、「実験の結果は、エーテル的な力ではなく、アストラルの力--(4)(つまり、感受性のある実質、神経、脳の中に生きている力)を示している」と述べました。実験がこのような結果になったのは、彼にとって、霊界の答えであり、エーテルの力を使うにはまだ時期が熟していないと、解釈しました。私は、「いつ頃、機が熟すのか?」と聞きました。

 答えは、次の通りでした。「この力(5) がエゴイスティックな目的のために悪用されないような社会的条件が整ったとき」でした。これは、三層構造の社会的有機体が、地球の少なくともいくつかの地域で実現されたときにのみ当てはまるでしょう。それまでは、エーテルの力を使おうとしても、うまくいかないか、まったく使わないほうがいいのです。」

 私たちは、社会問題の解決からこれまで以上に遠ざかり、エゴイズムや個人的な利益、利益とそれによる民族間の対立が優勢な世界に生きているのです。特にアントロポゾフィー協会が社会問題の解決をそのすべての目的の前に置くことはなく6、ルドルフ・シュタイナーが[この点で]求めたことに貢献していないので、私はエーテルエネルギーの使用に関する指示を胸の奥にしまい込み、他の時代、他の状況、他の人生-時が熟すとき-を期待して、おそらくこの秘密を持って墓まで行くほかはないのです。私の良心は深く揺さぶられますが、より高い法則に従わなければなりません。これは、死と破壊の力を本質とするエネルギーの使用を、当分の間、世界が続けなければならないことを意味します。私たちは、世界が今、果てしない苦しみを通して、いつか目を覚まし、生命の使命、社会の平和的共存、相互承認と協力を受け入れることを学ぶことを願うばかりです。

 人智学的自然科学で開発したものはすべて、形成力が実際に存在することを証明する最初のステップにとどまっています。 バイオダイナミック農法による土壌改良においてのみ、私たちはある程度の進歩を遂げることができました7。

 しかし、エーテルエネルギーの発見と利用という「一つの大きな課題」に比べれば、これらはすべて断片的なものであると言わざるを得ません。だから、私のライフワークは、どんなに興味深く、生産的であったとしても、未完成のままトルソー(胴体だけの彫像)のままでなければならないのです。

(注)

1 ギュンター・ヴァックスムート(1893-1963)は、アントロポゾフィー協会の執行委員会の創設メンバーであった。1922年には、ブルワー・リットンの小説『ヴリル』の翻訳を出版した。この小説は、アトランティス時代にすでに知られていた同名のエーテル力を扱ったものである。

2 キーリーは、第2期の研究でも成果を上げることができなかった。p.9参照。

3 R. Steiner Gesamtausgabe Bibi.参照。320番と321番

4 ブラヴァツキーが「Sidereal恒星的」と呼んだ、キーリーの研究の第二段階(失敗した段階)で扱わなければならなかったのと同様の力であるようだ。「シデアル(サイデリアル)」とは、恒星という意味と同時に、「星座」という意味もある。"Sidereal "は恒星を意味し、同様に<astral>となる。

5 <astral>の力を意味しているのだろう。純粋なエーテル力は、それ自体乱用することはできない。なぜなら、その使用可能性は、すでにある種の道徳を前提としているからだ。

6 社会的有機体の三層構造の必要性を理解するためのアントロポゾフィー協会内のすべての努力は、AAGの初代会長の側で現在のEU政策に対する肯定的な発言によって、何年も弱体化されてきました。T. Meyer, Ludwig Polzer-Hoditz, Ein Europäer, Basel 1994, p.S3lff. および注445を参照。

7 プファイファーの論文≪ルドルフ・シュタイナーの農業へのインパルス≫参照。

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 上の文中に出てくるギュンター・ヴァックスムート氏は、シュタイナーの秘書やゲーテアヌムの自然科学部門の長を務めた方だが、エーテル研究の先駆者でもある。

 また、バイオダイナミック農法とは、シュタイナーの指導により生まれた有機・自然農法であるが、他の農法と異なるのは、宇宙の力を土壌に呼び込み、様々な天体の作用を農作物の生育に生かすことを目指していることである。プファイファーは、その第1人者でもあるのだ。

 さて、やはり文中に出てくる「感応結晶化法」であるが、それは、エーテルの力を可視化するためにプファイファー氏らによって考案されたものであり、感応性結晶化または塩化銅(生体)結晶化(ドイツ語:Kupferchloridkristallisation)と呼ばれる。アントロウィキによれば、次のようなものである。

塩化銅生体内結晶化法

 特にエーレンフリート・プファイファーによって最初に導入された有機農業からの食品の品質を評価および評価するための方法です。塩化銅の結晶化は定量的ではありませんが、純粋に定性的で全体論的な現象論的、そしてこの意味では人智学、人智学的に拡張された医学、補完医学のいわゆる「画像作成方法」に属するプロセスです。

実施方法

 各サンプルの水性抽出物を塩化銅(II)二水和物(CuCl 2  2H 2 O)の溶液に加え、制御された条件下(温度と湿度、振動のない気候)でガラス板上に薄層で堆積させます。結晶化のためのチャンバーがもたらされます。純粋な塩化銅溶液の結晶形と比較して、これは、検査されるサンプルの結晶に特徴的な構造変化をもたらします。[1]

結果の解釈

 追加の特定の「結晶画像」は、形態学的基準に従って、たとえば枝の数と順序に従って、およびテクスチャの測定可能な特性[2]に従って、参照スケールと比較することによって評価されます。
 この方法は、小麦やニンジンなどの有機栽培の特定の食品を、従来の栽培の食品と区別するために使用できます。
 塩化銅結晶化のユーザーは、この方法が化学分析に加えて客観的で再現性のある試験手順であると考えています。しかし、彼ら自身は、評価方法によっては、画像の解釈が解釈者と強く結びついているという事実を指摘しています。このため、科学的センサー技術の手法を使用して結果を客観化します。[4]メソッドはISO17025に従って文書化され、特性パラメータが決定されました[5]。再現性と再現性に関する実験に加えて、これにはコード化されたサンプルの比較測定も含まれます。

血液の結晶化

 血液結晶化は、特に血液検査のために人為的に拡張された医学で使用される塩化銅結晶化の一種です。結果として得られる再現性のある血液結晶化画像(BKB)は、すでに臨床的に現れている疾患に関する情報だけでなく、潜在的な疾患の傾向に関する情報も提供し、早期発見を容易にします。結晶化の成長分野における特徴的な形態の局在化はまた、病気によって影響を受けた器官または器官系に関する情報を提供します。病気のプロセスとBKBの形態学的特徴との関係は、それによって多くの血液検査によって決定されました経験的に決定されます。たとえば、炎症過程や腫瘍形成に関する情報が得られます。定性的な全体論的手順として、血液の結晶化は、純粋に定量的な血球数(ヘモグラム)を提供する従来の手順への優れた追加です。

 この結晶化法は、エーテルの働きを可視化するものであるが、それはつまり、エーテルの活動の状態(良否)を見るということでもある。ネットを検索したところ、「アルジタル」というイタリアの化粧品会社のホームページ(日本語)で、これに基づく画像を見つけることができた。この会社は、人智学を学んだフェラーロ博士という方が創始者ということで、結晶化法による写真を載せている。

 それは、バイオダイナミック農法で調合剤を作るときにも行われる、活性化された力強いエネルギーを素材に吹き込む「ダイナミゼーション」という処置を、エッセンシャルオイル(上)とスキンケアクリーム(下)に対して、行なったもの(右)と行なわなかったもの(左)を比較したものである。確かに結晶の状況の違いが見られる。

血液の結晶化による病気診断

 また上のアントロウィキの文章にある血液の結晶化であるが、これもネットで検索したところ、日本で実践されている方が存在した。東京女子医科大学解剖学教室の芝田高志先生である(現在の所属は不明)。芝田高志先生は、日本におけるこの研究の第一人者で、これについての論文もいくつか発表されているようである。

世界にはびこり続ける「ナイラ証言(嘘)」

 


『ヨーロッパ人』(2022年2月号)からトーマス・マイヤー氏のコロナに関する記事を紹介する。
 これはコロナについて嘘の言説が公的にまかり通っている現状を指摘するものだが、その意味では、ウクライナ問題についても当てはまるだろう。また、実は、ヴァチカン批判を含んでおり、「陰謀論的」記述もあることを初めに断っておく。

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私たちはきちんと情報を得られているのだろうか?

追悼 ヴェルナー・グラーフ

                トーマス・マイヤー 著

 また昨年末に同僚や友人が霊界への敷居をまたいだ。その人物とは、『Europäer』誌のコラム「Apropos」を長年担当していたヴェルナー・エミール・グラフWerner Emil Graf氏である。[・・・]

 グラフ氏は、精神科学の教育を受け、長年、バーゼル・ツァイトゥング(BZ)の国内部門の責任者をしていたため、ヨーロッパではペンネームを使っていた。BZでは、彼はいつもアントロポゾフィストの記事をフォーラムのページに載せることができた。例えば、ヘルベルト・ウィッツェンマンや私の記事だ。[・・・]

 グラフのジャーナリストとしての仕事にとって象徴的なのは、彼の生年月日と没年である。前者は2月19日、後者は12月8日である。エリザベート・フリーデによると、(1899年の)前者の日は5千年のカリ・ユガの最後の日、すなわち新しい光の時代の始まりである(2月19日)。グラフは、同じく光の探求者であるエーレンフリート・プファイファーと生年月日が同じだった。

 12月8日は、カトリックのエクス・カテドラ(教皇座)の啓示の「無謬性」が冒涜的に唱えられた1869年の不愉快な公会議の開幕日であった。1954年の同じ日、カトリックの影響を受けたEUのマリア像の旗というテーマが採択された。三日月に乗った聖母と、それを囲む12の星は、黙示録のモチーフである。このことは、『ヨーロッパ人』でも何度か報告した(ルートヴィヒ・ポルツァー=ホディッツの伝記も参照のこと)。(訳注)

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(訳注)「教皇座の啓示の無謬性」とは、1870年の第1回バチカン公会議で宣言されたもので、「信仰および道徳に関する事柄について教皇から厳かに宣言する場合、その決定は聖霊の導きに基づくものとなるため、正しく、決して誤りえない」とするものである。また「EUのマリア像の旗」とは、その「12個の星の数は、そこにより深い隠された意味を求める、根拠のない多くの主張や陰謀論を生んだ。たとえば、カトリック美術に描かれる、聖母マリアの頭の後ろにある12個の星が輪になって連なった後光と関連付けられ、そこから欧州統合の目的はカトリック復権神聖ローマ帝国再建である、などといった反バチカン陰謀論につながることがある。・・・1955年に欧州旗のデザインを手がけたアルセーヌ・ハイツ (Arsène Heitz) はヨハネの黙示録の一節、『一人の女が太陽を着て、足の下に月を踏み、頭に十二の星の冠を戴いていた。』(第12章の1)にインスパイアされたと認めている。しかし、欧州連合は、これら聖書に関する噂を公式に「ただの伝説」と否定している。」(共にウィキペディアより)
 マイヤー氏は、この2つについて批判的に述べている。記事にあるEU旗についての『ヨーロッパ人』の記事によれば、EU旗は黙示録の描く太陽の処女(聖母)をふまえて制定された。太陽の処女は、幼子を身籠もっており、やがて産むのだが(この点についての記述はウィキペディアにはないが)、その幼子とはキリストであり、また人間の、霊性を備えた自我である。旗を決定した当時のEUの指導者達は、ヴァチカンの影響を受けており、その宗教的信条(ヴァチカンの宗教的権威)によるヨーロッパの統一という考えがあったが、それは、太陽の処女が本来意味する内容(自由なる自我)とは相容れない、としている。なおこの記事については、長くなるので、別に後日掲載したい。
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 ヴェルナー・グラフの命日は、今日の教会を見つめ直す機会を私たちに与える。イエズス会は形式的には教皇に従属し、無条件服従を義務づけられているが、イエズス会士として自ら教皇に選ばれるという偉業を成し遂げた教皇が率いているのである。イエズス会士であるフランシスコ法王は、それゆえ、同時に自分自身に服従しているのです。私たちは、新法王の選挙が開かれたとき、先代ベネディクトが手配した日を「ペルセウス・カレンダー」に記した。

 それは、2013年3月12日、ロヨラのイグナチオとその弟子フランシスコ・ザビエルの列聖の日であった。この意図的に選ばれた偶然の一致は、教皇フランシスコがアッシジのフランチェスコと永続的な関係を公表していることを、戦術的な操作と偽りの戯れにすぎないと見なすよう強いる。この法王がワクチンの権力者と手を組んで、教会を彼らの戦略に服従させたとしても不思議ではない。フランシスコ会修道士ブニョーロのビデオ「ミステリー」は、現ローマ法王のメーソンとの結びつきを暴露するものである。また、最近変更されたコロナのシナリオについても興味深い情報を提供している(https://www. fromrome.info/2022/01/10/beware-as-skull-bones-pivots/ )。(訳注)
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(訳注)今の教皇の名「フランシスコ」は、アッシジの聖フランチェスコから取られており、この聖人との関係があたかも存在するかのように見られるが、教皇イエズス会の出身であり、実際にはその様なことはないのである。文中にあるように、その行動においても。修道士ブニョーロについて後述する。
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 私たちは正しく情報を得られているのでだろうか?そう、時にはメディアがそれまで流していた間違ったことについてもである。

 例えば、元医師で現スイス大統領のイグナツィオ・カシスは、1月7日のアリーナの[ラジオ]番組で、「死因にかかわらずコロナ検査が陽性のすべての死者はコビッド・デッドとカウントされ、これはWHOのガイドラインだ」と、多くの人がすでに知っていたが主要メディアが認めなかったことを認めた(uncutnews, 9 January 2022)。

 これまで人々を騙してきた「物語」が軟化する兆し。少なくとも、フランシスコ会修道士ブニョーロの全体的な推測はそうである。

 特に、カシスが認めた行為を、よりによってWHOが指示したというのは、これまでの嘘の歴史の中でも特に不名誉なことである。パンデミック」発生当初、この組織は、湾岸戦争で「保育器の嘘」(訳注)を煽った広報会社ヒルアンドノートン社からアドバイスを受けたていたのであるから

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(訳注)湾岸戦争の引き金ともなった所謂「ナイラ証言」(ナイラを名乗る少女が行った証言)のこと。「ナイラ」は、イラク兵士クウェートにおいて、保育器から新生児を取り出しに至らしめていると涙ながらに述べたが、後日、その様な少女も、話された事実も存在しないことが明らかに明らかになった。

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 更に、正しい特別な情報は、米国の免疫学者で大統領顧問のアンソニー・ファウチ博士から発せられた。「アンソニー・ファウチ博士は、12月末に発表した批判者の所見を認めたのだ。誰かがウイルスのキャリアである可能性を判断する唯一の方法は、生きたウイルスを検出することです。しかし、この[PCR]テストはこの目的には適していません。」(ノーカットニュース、2022年1月10日)。

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 文中に出てくるフランシスコ会修道士ブニョーロ(名前の呼び方は正確でないかもしれない)は、現フランシスコ教皇を激しく非難しており、バチカンがコロナ・ワクチンを推進していることについても批判している。ワクチンを批判する、ヴァチカン内の聖職者にはビガノ大司教といわれる方もおり、これについては、下記の記事に触れられている。

 ブニョーロ氏は、修道士ということで、ビガノ大司教のような公式の役職にはついていないようで、その立場は、実はよくわからない。主にビデオで情報発信しており、文筆活動はあまりしていないようだ。かろうじて次のインタビュー記事を見つけることができたので、これを次に掲載する。

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アレクシス・ブニョーロ

今後1年で20億人が死亡すると発表   準備はいいかい?

ウィリアム・ホイッテン -- オートディダクト・ウィッテン -- Autodidact,

>2021年11月28日

 アレクシス・ブニョーロ修道士は、ローマに住むアメリカ生まれのフランシスコ会司祭で、ローマ法王フランシスコを失脚させるキャンペーンの先頭に立っている人です。私はいつも彼が非常に知的で、明晰で、純粋であると感じています。

 ブニョーロは、我々は黙示録の中にいるのだと言い、彼が "死のワクチンDeath Vaxx "と呼ぶものによって約20億人が死ぬだろうと推測している

 彼は、今後数ヶ月の間に、注射された人々の免疫システムは徐々に低下し、エイズに似た症状が現れると言い、つばなどでシェディングする致命的なスパイクタンパク質や遺伝子組み換えのヒドラに感染しないよう、ワクチンを接種した人々と一緒に暮らしたり、親しく接触しないように警告している。

 予防接種は、注射された人を殺すだけでなく、世界の人口を減らすだけでなく、「それを通して生きる人を選び、自然免疫を抑制することにより、彼らは、グローバリストによって、生きている間に、次々とワクチンを投与され、最終的には、5Gや携帯電話の技術で、遺伝的に再構築されうる」と、彼は言っている。

 彼によると、プランデミックは、彼らが何をしようとしているのか誰も気づかないまま、約40年前から計画されていたようだ。「彼らは基本的に、人間を生物学的に完全に再設計し、自然界の人間を絶滅させたいと考えているのです。」

「今、私たちは、『新世界秩序』の本当の意味を知ることができます。新世界秩序は、超富裕層が、人間以外のものをすべて所有するのではなく、人類そのものを、天然資源として、経済活動の対象とすることなのです。」

「これは奴隷制度をはるかに超えています。彼らは人間を財産、実験台、工場にしようとしているのです。あなたの体は、彼らが望むように使われるでしょう。それがセックスであれ、薬の製造であれ、彼らの奴隷であれ、子供のために臓器のパーツを育てることであってもです。」

「あなた個人は、研究所で培養されるあなたの組織だけでなく、 あなた個人が彼らの奴隷、ロボット、臓器収穫工場になるのです・・・」

「彼らはあなたを養殖し、日常的にあなたの遺伝子を自由に変えることができるようになるでしょう。ほとんどの人は、この実験を生き延びることはできないでしょう。摂取した30億人のほとんどは、明らかに死ぬでしょう。本物のヴァクシンを1回投与されようが、7回投与されようが、ほとんどの場合、死ぬのです。歩いて死んでいる死人です。時間の問題で、あなたは死ぬのです。」

「"プラシーボ "を飲んだだけで、それ以上飲んでいない人は、まだゲームに参加していることになります。そして、もしあなたがワクチンを受け手いないなら、知的な人、あなたは人類の最後の避難所です。あなたは、人類が滅亡するまで続く、数少ない一人です。」

「"死のヴァクシックス "を受けた人は、人間の子供を持つことができません。彼らの子供は遺伝子組み換えされ、コントロールできるようになります。ですから、私たちはここで、大きな別れを迎えるのです。人類は、神の意志と計画によって、常にあるべき方向に進んであおり、そしてグローバリストに騙された人々は、生物学的に、既に永遠に幽閉されているのです。」

「この中にある悪の数々から、誰かを救うことは不可能だと思います。」

「医師や専門家が小瓶の中身を調べて、信じられないような極悪非道なものを発見したそうです。"ヒドラ "があります。遺伝子操作されているので、血液やリンパ液の中に住みつき、細胞と融合して遺伝子を変え、ひたすら増殖し続けます。誰かが、あなたを殺さずに血流中のヒドラを殺す薬を作り出さない限り。それが酸化グラフェンが入っている理由です。」

「そして、この物質が、癌を抑制する天然の遺伝子をオフにするので、癌があちこちで増殖し始めるという事実があります。遺伝子操作から身を守るための遺伝子を消してしまうのです。他にも、ワクチン接種を受けた人の遺伝子組み換えを助ける金のナノボットなど、様々な技術が含まれています。」

グローバリストは、20億、30億人を殺すでしょうが、それだけが目的ではありません。彼らは、新しい技術に相容れない人々を抹殺しようとしているのです。新世界秩序とは、人類が新たな経済的フロンティアとなることを意味します。彼らは人間の道徳をすべて捨て、あなたを乳牛より下に見ています。少なくとも乳牛は、遺伝子がきれいで良くて健康であることを望みますから、きれいで健康な牛乳が手に入ります。でも、この人たちはそれさえも望んでいません。彼らはあなたが遺伝子操作されたロボットであろうとなかろうと、もうあなたの存在を欲していないのです。」

これは、私が知る限り、これまで書かれたどの小説のサイコパスの尺度も超えていて、とても悪質で、とても知的で、とてもよく計画され、とてもコントロールされているので、好むと好まざるにかかわらず、誰もがこの背後にサタンがいることを認識しなければならないと思っています。

この背後には、極めて邪悪な霊がいます。ありのままの世界、ありのままの創造物を憎み、創造物を所有しようとするだけでなく、グローバル主義者が力を得るために使った古い所有の仕方ですが、今や、本質的に生き物を所有し支配しようとし、自分たちの車輪に溶接し、自分たちの意志に従わせて、自然にあるものを破壊し、地球上に神として君臨できるようとしているのです...」

「私たちは明らかに現実からトワイライト・ゾーンに移行した。これは比喩ではない。我々はハルマゲドンの中にいるのだ。使徒ヨハネが聖書最後の書“ヨハネの黙示録”で書いた黙示録的な戦いです。」

「このレベルの邪悪さはヒトラーを聖人のように見せるからだ。これでは毛沢東ポルポトが正直者に見えてしまう。というのも、彼らは恐ろしい殺人者であり、非常に邪悪な人間だったからです。しかし、これはそれをはるかに超えています。これは、人類の歴史上見たことのないレベル、人間の心が想像もつかないような悪事を働いているのです。だから私は、これは明らかにサタンから来たものだと言っているのです。」

グローバリストたちは、どこかに悪魔の聖職者がいるか、どこかのカルト集団がいるか、悪魔に憑かれた人間が指示を出しているに違いない。このようなプロジェクトを人間が思いつき、考え、そして実行することができるとは思えません。

「“ワクチン接種を受けていない私たちは強制収容所に入れられる "という話がありますが、私はその可能性は低いと思います。彼らはワクチン未接種を強制収容所に入れるために未接種を使うということはないでしょう。彼らは接種済みの人を使うでしょうし、この人たちはあと6ヶ月か12ヶ月くらいしか生きられないでしょう...。」

「私たち、予防接種を受けていない者の立場はもっと強い。というのも、このデス・ヴァクシックスは、ほとんどの人にとって、とても恐ろしいものになりそうだからです。しかし、死の予防接種を受け、グローバリストに忠誠を誓った人たちは、過激派になるでしょう。なぜなら、グローバリストに完全に奉仕しない限り、免疫の追加ブースターが得られないと悟るからです。」

「人類は一方に向かい、死の蝋人形はもう一方に向かうという、大きな分かれ道にさしかかっているのです。ワクチンを受けた人には触らないこと、身体的な接触をしないことを強くお勧めします。また、彼らと一緒に暮らすのはやめたほうがいいでしょう。その結果、おそらくあなたは死ぬでしょう。」

「細心の注意を払い、これから起こることを心理的に受け止めるためにできることをするようにしましょう。」

「予防接種を受けていない私たちは生き残らなければなりません。結婚している人、結婚可能な人は、子供を作る必要があります。人類そのものが、存亡の危機にさらされているのですから。」

「これを推進している政府は、崩壊すると思います。味方が全員死ぬというのに、グローバル主義者が、支配力を維持する計画があるとは思えません。」

「何度も言っているように、田舎に逃げて武装するだけでなく、ワクチン接種を受けていない人たちと友好関係を築き、地元の市民権を引き継ぐ準備をする必要があるのです。」

「私たちはジェットコースターに乗っているようなもので、その急勾配を登っているのです。アフリカのようにワクチン接種を始めなかった賢い国々は、この事態を長生きすることになるでしょう。一方、アイルランドスカンジナビアのように90%のワクチン接種を行った愚かな国々は、全滅することになるでしょう。“様々な国が消滅します”とファティマで聖母は言いました...。」

「そして、もしあなたがワクチンを推す聖職者と付き合っているのなら、その教会に行くのをやめることを強く勧めます」

「キリストが感染から守ってくれると期待してはいけません。邪悪な者から別れようとしないのだから。」

「"終末の時 "には邪悪な者から離れないといけないと聖書を通して語っています。バビロンから出なければならないのです。」

「"ベルゴリオは教会の長だ"と思うのは、"神を冒涜しています。」

「そして今、これはあなたの安全のためにしなければならないことです、それはあなたの宗教的義務だけでなく、生物学的義務でもあります、あなたはワクチンを受けた人たちと一緒に暮らすことはできません。健康を破壊されて終わりです。」

「人間社会の多くが破壊されることになるのです。夫は妻から、子供は親から離れなければならなくなるし、Death Vaxxされたら、子供にキスしてはいけません。」

「あなたは恐ろしい技術や感染因子の歩く袋です。あなたがあれを接種したことで これはあなた自身にしたことなのです。 

「医師が出てきて、彼らから何を恐れなければならないかを真剣に教えてくれるまでは、我々は細心の注意を払うべきです。」

「そして、このことは、店に行って物を買う私たちにとっても難しいことです。Death-Vaxxされた人から野菜や果物を買うのですか?彼らはそれを手で触ったのか?生野菜は食べるな、というのが私のアドバイスです。」

「だから、全ての結果を考えなさい。彼らは恐ろしいです。そして、この新しい現実を認識しなければ、あなたは死ぬでしょう。」

https://forbiddenknowledgetv.net/friar-alexis-bugnolo-says-2-billion-dead-in-the-next-year-are-you-ready/

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 ブニョーロ氏のコロナについての見解は、ほとんど、現在ネット上で他の批判者が語っているものと同じようである。宗教者らしく、「悪魔に憑かれた人間が指示を出している」という表現もあるが、これが比喩であるのか、実際にその様に考えているのかはわからない。
 同じくコロナ・ワクチンを批判しているビガノ大司教も現教皇には批判的なようである。現教皇は、史上初のイエズス会の出身である。マイヤー氏の記事にあるように、イエズス会教皇に絶対的な忠誠を誓っている。そうした信条の者が、忠誠を誓われる立場の人間になるという矛盾をマイヤー氏は指摘しているのだが、これまでイエズス会から教皇が出てこなかったのは、そのような意味もあったのだろうか。
 さて、現教皇は、ベネディクト16世が高齢を理由に退位を表明したことから選出された。通常は、前教皇の死去に伴い選出されることから、今回は600年ぶりという異例の選出の経過であった。この経過にも「陰謀論」があり、前教皇の辞任は無効で現在でも正当な教皇であるという主張もあるらしく、ブニョーロ氏もその様な立場にあるらしい。
 歴代教皇についての伝説に、「大司教聖マラキの預言」というものがある。それはヴァチカン教皇は112代までとするもので、つまり112代の教皇が最後の教皇になると解釈されている。そして112代の教皇が、現教皇となるのである。
 現教皇には、「グレー・リセット」を推進しているというような情報もある。1次資料には接していないので真偽は言えないが、その発言には、キリスト教の本来の宗教信条や教義に合わない部分があるとする指摘は確かに存在する。

 あらゆる組織は腐敗する。ヴァチカンも例外ではないのだろうか?

 実は、シュタイナーは、人類の本来の霊的進化に対抗している組織が存在しているとしているが、その具体名も挙げている。フリーメーソンイエズス会である。もちろん、その全組織、メンバーがそうなのではなく、ほとんどのメンバーはそうした実態を知らない、むしろ善良な人たちであろう。
 この問題については、別の機会にまた触れることとする。