k-lazaro’s note

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ヨハネとは誰か

 

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レオナルド・ダ・ビンチ「最後の晩餐」

 ベストセラーとなったダン・ブラウンの小説『ダヴィンチ・コード』で、一つの鍵となるのはレオナルド・ダ・ビンチの「最後の晩餐」の絵であった。この絵は、聖書に書かれたイエスが弟子達と行った最後の晩餐を描いている。そこに描かれたイエスの左隣の人物は、一般的にヨハネであるとされているが、この小説では、それはマグダラのマリアであるとする。そしてそのマグダラのマリアとイエスは、密かに結婚していたという説を繰り広げている。
 マグダラのマリアについては、聖書に記述があり、イエスによって七つの悪霊を身体から追い出してもらい、磔にされたイエスを見守り、その埋葬を見届け、そしてイエスの復活に最初に立ち会ったとされる。一方、聖書には、ベタニアに住み、弟ラザロ、姉マルタと共に暮らし、イエス・キリストと親しかったとされるベタニアのマリアという女性も出てきており、カトリックなどでは、この二人のマリアは同一人物であるとする。
 シュタイナーによれば、この二人のマリアは確かに同じ人物であるが、最後の晩餐のヨハネは、マリアではない。また勿論イエスと結婚もしていない。
 しかし、この小説のように、イエスマグダラのマリアの「特別な関係」を見ることは、あながち間違ってはいないのである(小説ではその捉え方が本質的に誤っているが)。そのキーポイントは、まさにヨハネの存在である。
 12弟子の一人であるヨハネは、聖書の「ヨハネ福音書」や「黙示録」の作者であるというのが一般的な理解である。このヨハネは、兄ヤコブとともにガリラヤ湖で漁師をしていたが、ナザレのイエスと出会い、その最初の弟子の一人となった。ペトロ、兄弟ヤコブとともに特に地位の高い弟子とされ、イエスの重要な場面では、彼ら三人だけが伴われている。イエスから最後の晩餐の準備をペトロとヨハネの2人が仰せつかったとされ、イエス磔刑に際しては、弟子としてただ一人十字架の下にいたとされる。彼は、イエスの「愛する弟子」であったとも語られている。
 しかし、ここに語られたヨハネは、実は、同じ一人の人物ではない。
 シュタイナーによれば、12弟子の一人であるヨハネと「ヨハネ福音書」や「黙示録」の作者であるヨハネは同じ人物ではなく別人なのである。磔刑に際してその下にいたのはまた後者のヨハネであった。

 では、このヨハネは誰であるのか?
 それは、マグダラのマリアの兄弟であるラザロであるという。
 ラザロがまた別の名前を持っていた?

 古代において、名前は現代におけるより大きな意味を持っていた。まさに、名前には意味が込められていたのである。このため、ある理由により名前が変わることもあったのである。例えば、ローマカトリックの初代教皇であるペテロは、本名をシモン(シメオン)といったが、後に「ケファ」(アラム語で岩の断片、石という意味)という名で呼ばれるようになり、それが更にギリシア語訳である「ペトロス(ペテロ)」という呼び名となったのである。それは、イエスがペテロを指して「私はこの岩の上に私の教会を建てる」と言ったからである。

 では、ラザロはどのような理由で名前が変わったのだろうか?

 それはまさに「ヨハネ福音書」に書かれている。それは、11章に記載されている出来事である。それは次のようであった。
 ラザロが病気と聞いてベタニアにやってきたイエスと一行は、ラザロが葬られて既に4日経っていることを知る。イエスは、ラザロの死を悲しんで涙を流す。イエスが墓の前に立ち、「ラザロ、出てきなさい」というと、死んだはずのラザロが布にまかれて出てきた。このラザロの蘇生を見た人々はイエスを信じ、ユダヤ人の指導者たちはいかにしてイエスを殺そうと企んだ。-いわゆる「ラザロの復活」という奇跡の物語である。
 シュタイナーは、これは、実際には、ラザロのイニシエーション(秘儀参入)の出来事であったという。古代のイニシエーションは、それを受ける者が、一種の仮死状態(その期間はまさに3日と半日≒4日)におかれ、その間に、霊界に上昇して霊的認識を獲得するというものであった。それを受けた者は、まさに「死」(古い自分の死)から復活し、新たな生を受けたのと同じであったのである。それは、通常、神殿の奥深くで人の目に触れないように行われるのだが、イエスは、これを言わば公衆の面前で行ったのである。
 しかし、古代世界において、このイニシエーションの内容は、絶対的な秘密事項であり、それを漏らした者には死の罰が待っていた。ラザロの復活の真の意味を知っていたユダヤの神官達が、イエスがこの罪を犯したと考えたことが、イエス磔刑の遠因となったのである。
 ラザロはこの決定的な体験により、イエスから「ヨハネ」という名を与えられたのである。ラザロ=ヨハネは、イエス・キリスト自身によりイニシエーションを受けた特別な弟子であった。故に、彼は、イエスが「愛する弟子」であり、その死に際してそばで立ち会っていたのである。
(「愛する」とは、秘教においてはその者との師弟関係を表すのであり、肉体的に愛する関係にあった、だからイエスマグダラのマリアが結婚していたというダン・ブラウンの推理へは全く的外れである。)
 そのラザロ=ヨハネが書いた書物こそ「ヨハネ福音書」であり、この中で、ラザロの復活=イニシエーションが書かれているのは第11章である。この書は全部で21章からなっている。つまり、ラザロの復活=イニシエーションは、そのちょうど真ん中の部分で語られているのである。この福音書にとってラザロの復活が特別な意味を持っていることを、暗に示しているのである。
 また、イニシエーションを受けたラザロ=ヨハネは、霊視や霊体離脱の能力を獲得した。これにより、彼は、最後の晩餐に霊的に参加していたという。即ち、12弟子のヨハネを通して。従って、イエスの隣の人物は、イエスの「愛する弟子」でもあったのである。

 ラザロ=ヨハネについて語るべきことは、これで尽きるものではない。『絵画における二人の子どもイエス』でも「二人のヨハネ」について述べられている。ただし、こちらは、ラザロ=ヨハネと洗礼者ヨハネであるが。このことも含め、項を改めて語ることとしよう。