k-lazaro’s note

人と世界の真の姿を探求するブログです。 基盤は人智学です。

生物光子と人体

 このブログでは、健康の問題やそれに関係する食べ物の問題についても時々取りあげてきた。そのなかで、以前、「私たちは、実際には何を食べているのか?」という記事を掲載した。

https://k-lazaro.hatenablog.com/entry/2024/05/02/082602

 そこでは、「光(太陽の光であり、人工の光ではない)が、命をもたらしている、光の凝縮(変容)したものが生命であり、食べ物はそれを媒介しているのである」という考えが紹介されていた。

 太陽光は、文字通り命の源であり、それを取り込んだものが食料としての植物、動物であり、人間は、結局太陽からの生命力、エネルギーを食料から摂取しているのである。

このことから、水以外、通常の食べ物を摂らなくても生きていられるという、いわゆる「不食」の人間が存在することも説明できるかもしれない。こうした人は、食べ物を介せず、直接太陽光から生命力、エネルギーを取り込んでいると考えられるのである。

 さて、昔購入したが未読であった本をわけあって読んでいたら、これに関連する記述に出くわした。それはまた、このブログの他の記事にも関連するものであった。今回は、これを紹介したい。

 

  その本は、『フィールド 響き合う生命・意識・宇宙』というもので、医療関係の「トップ・ジャーナリスト」という肩書きをもつリン・マクタガートという方の著書である(野中浩一氏の訳で2004年河出書房新社の出版)。原書は、“The Field: The Quest for the Secret Force of the Universe”といい2003年の刊行らしい。年代的には、若干古いように感じるが、その内容は、(私の狭い視野の中でだが)今でも十分通用するもののように思える。なお、マクタガート氏の著作は、日本でも上の本の他にも色々出版されているようである。

リン・マクタガートLynne McTaggart氏は、ウィキペディアによれば、「1951年1月23日年生まれ アメリカ合衆国代替医療作家、出版者、ジャーナリスト、講師、活動家。代替医療雑誌『What Doctors Don't Tell You』の共同制作者でもある。著者プロフィールによると、彼女は「意識、新しい物理学、従来の代替医療の実践について”のスポークスパーソン」であるという。

 ウィキペディアのこの記事の中では、「批判」の項目が設けられており、マクタガート氏について「疑似科学」という批判があることなどが述べられている。代替医療の啓発を行なっているので、アカデミズムの中では、マクタガート氏に対して(まして最近は)強い反発があることは予想される。

 この代替医療の中には、後で触れることになるが、人智学派も推奨するホメオパティーなども含まれる。代替医療とは、実際に治療の効果が認められるものの、現代科学や医療ではその機序が説明できないので、「正統派の科学界、医療界」から批判、否定される傾向があるのだが、マクタガート氏は、今回紹介するこの本の中で、その根拠を示唆しているのである。

 ただこの本は、こうした問題だけを取りあげているのではなく、「ゼロポイント・フィールド」(真空はエネルギーの海であるというような理論)を軸として、宇宙全体(の見方)を捉え直すという趣旨のもので、様々な「先端的」(あるいは異端的)な研究、研究者が登場する。

 今回は、上述の問題に関する、「生物光子」の研究を取りあげた「光の存在」の章から内容をかいつまんで紹介する。

 

 まずそもそも生物光子(バイオフォトン)とはなにかということだが、ウィキペディアによれば、「バイオフォトン (biophoton) は生命を意味するバイオ (bio) と光子を意味するフォトン (photon) を組み合わせた造語で、厳密な定義はないが、生物発光 (bioluminescence) のうち、非常に強度が小さい場合や、その時放出される光子を指す言葉として用いられる」という。

 そして「光は量子力学が教えるように波の性質と粒子の性質を持っている。普通我々が光として認識する強度では、電磁波としての性質が顕著だが、強度が小さくなるにしたがって粒子すなわちフォトンとしての性質が顕わになる。このように弱い光に対して高感度光検出器である光電子増倍管を用いると、フォトン1個に対応した電流パルスが観測され、それによってフォトンの数として光の強度が測定される。このような光計測法はフォトンカウンティング法と呼ばれ、現在最も高感度な光計測法である。このように、バイオフォトンは粒子として観測されるほど光の強度が小さいということを意味する用語である(弱いとは言っても、同波長帯の黒体放射と比較すると2桁以上強い)」という。

 つまり、光は、波の性質と粒子の性質を持っているが(それは実際には、物質そのものの性質でもある)、極小の光は粒子の性質が顕著になる。これを光子、フォトンと呼ぶ。そして、それは、生物の中にも見いだされる。その生物の光子を生物光子と呼ぶのである。

 またその発見は、ウィキペディアによれば、1922年、タヴリダ国立大学の生物学者、アレクサンダー・ギュルヴィッチによって初めてなされたのだが、現在、生物光子と呼ばれる現象が確認されたのは、1960年代の光電子増倍管の発明以降で、「その後1970年代半ばにフィリップ大学マールブルクのフリッツ・アルバート・ポップによって、初めて大規模な物理分析が行われ」たという。

そしてマクタガート氏が本で取りあげているのは、このポップの研究なのである。

日本版のウィキペディアでは、「生化学反応は主にミトコンドリアにおける細胞呼吸などの酸化還元反応と言われており、そこで生じるエネルギーの内、フォトンとして放出される」と光の発生メカニズムについて説明しているが、生物光子の本来の意味、そのもつ重要性については全く説明がない。これを説明しているのが、マクタガート氏の本であると言えるだろう。

 

 さて、マクタガート氏によれば、ポップの生物光子発見の経過は次のようであった。

 ポップは、ドイツのマールブルク大学の理論生物物理学者だった。放射線学、なかでも生体と電磁放射線との相互作用について研究、教育していた。そしてその中で、発がん性の化合物(ベンゾ(a)ピレン)に紫外線を照射するとどのような影響が出るかを研究していた。すると、それは、光を吸収し、全く異なる周波数の光として再放射したのである。他の発がん性物質でも試してみたが、それに共通したのは、それらは特定の波長(380ナノメートル)の光にだけ反応するということであった。

その意味を理解しようと努める内に、彼は、「光修復」という現象を知った。細胞を破壊する紫外線を照射しても、同波長の極めて弱い光をその細胞に当てると、すぐに完全に修復するというものである。そして、この修復が最も効率よく働くのが、380ナノメートルの波長だったのである。

 このことからポップは、発がん物質は何らかの形で光修復と関係しており、そうであるなら、体内には光修復を担う光が存在するはずであり、癌が生じるのは、発がん物質がその光を捉えて、波長を変えてしまうからではないかと考えた。

 そこでポップは、光子を検出するために、光電子倍増管を使って光子一つ一つを検出できる計測器を作成し、植物の苗で計測してみた。すると光の放射が観測されたのである。しかもその光の波は、非常にコヒーレント(波の振幅と位相の間に一定の関係があること、簡単に言えばそろっていること)であった。

「量子物理学でいう量子コヒレンスは、原子内粒子における共同歩調能力を意味している。こうした原子内の波や粒子は、互いを認識するだけではなく、共通の電磁場にある複数の周波数帯によって高度に相互結合され、まとまって交信が可能になる」という。

 こうして植物内の光を確認したポップは、光は植物の中に存在しており、光合成の際にエネルギーとして使われる。私たちが植物を食べるとき、私たちは光子を取り込んで、蓄えていると考えた。植物を食べると、代謝されて二酸化炭素と水になるが、その他に、太陽から来て蓄積され、光合成の際に存在した光もある。二酸化炭素と水は体から排出されるが、電磁波である光は蓄積される。この光子のエネルギーは、体内に取り込まれて分散し、最終的には最低から最高までの周波数まで、あらゆる周波数の電磁場に分配される。このエネルギーが、私たちの身体のあらゆる分子を駆動させる力となる、というのである。

「光子は、個々の楽器を演奏させて集合的な音をつくりだす指揮者のように、身体のさまざまなプロセスのスイッチを入れる。光子は、周波数が異なれば異なる働きをする。細胞内の分子が一定の周波数に反応し、光子が発するさまざまな振動が体内の他の分子に多様な周波数をもたらすことを、ポップは実験によって発見し」ていたのだ。

 これは、身体の別々の部位が同時の複雑な動きを行なったり、同時に複数のことが出来る理由を説明する。ポップが「生物光子放出」と呼ぶ現象により、完璧なコミュニケーション・システムが提供され、生き物全体の多くの細胞に情報を伝えることが出来る」と考えられるのである。

 そして体内でこうした光子を保存する最も重要な場所で、生物光子放出の源となっているのがDNAである。DNAは「体内におけるマスター音叉」のような働きをしているというのだ。

 このことは生体の重要な問題解決の糸口ともなる。それは、生体(身体)内の化学反応がどのようにして調和を保っているかと言うことである。身体の個々の細胞は、平均すれば一秒間に10万回の化学反応をしているという。全体とすれば何十億回もの反応となる。そしてこれらの反応のタイミングは極めて精妙に調整されている。DNAがその司令室としても、調和をもたらすシステムは何かという事である。極めて巧妙な細胞間のコミュニケーション手段が必要となるのだ。

 ルパート・シェルドレイクが、このような問題のための提唱したのが、「形態形成場」の理論である。それは、この場をとおして、分子や身体、社会の次元で、時間と空間を越えて、似たものどおしが影響を及ぼしあうとするものである。しかし、シェルドレイク自身は、それを可能とする物理的基盤までは説明できていなかった。

ちなみにシェルドレイクについては以下の記事を参照してほしい。

https://k-lazaro.hatenablog.com/entry/2022/10/16/103334

 こうした情報を媒介するものが生物光子であるとポップは考えたのである。

 既に以前から、電磁放射線がつくる場が、細胞の成長を導くことは研究されていた。例えば、再生能力を持つヒドラの、本来は尾部が出来るはずの部位に電流を流すと、そこに頭部が形成されるのである。

 放射線や振動する波動が、細胞分裂を同期させたり、染色体からの指令を体内に送ったりする担い手となっているのだ。

 ポップはこのような考えの基に研究を続けた。そして、あらゆる生き物が、数個から数百個の安定した光子の流れを放出しており、その数は、進化の尺度におけるその生き物の一と関係しているようであることが分かった。複雑な生物ほど、放出される光子が少なかったのだ。

 また生きた細胞に光を当てると、細胞はその光を取り込み、一定の遅れをおいて強く輝くという現象を発見した。これは、生物は、微妙な光の平衡を維持しなくてはならず、強い光を浴びせられると、余分な光を排除しようとするように思われた。

そしてポップの研究は、人間の病気と光子の関係にまで及ぶ。

 光放出は、昼か夜か、何曜日か、何月かと言った要因によって類似が認められ、自分の生物リズムだけでなく、自然界の生物リズムにも従っているように見えた。そして、癌患者について調べてみると、彼らは、自然のリズムもコヒーレンスも失っていたのだ。内部の及び外部とのコミュニケーションが失われていると言うことであった。

患者には、過度な光の取り込み、強調のとれすぎる調和も問題であるように見えた。柔軟性や個別性を失うのもの問題であったのだ。カオスと秩序の中間の状態が理想的であるように見えるのである。

 このようなことから、ポップは、生物光子放出は、生体システムによるゼロポイント・フィールドの変動を補正するための現象ではないかと考えるようになる。「あらゆるシステムは、自由エネルギーが最小の状態を達成しょうとする。完全なる世界では、全ての波動が破壊的干渉によって互いに打ち消しあう。しかし、ゼロポイント。フィールドでは、これができない。こうした微少なエネルギーの変動がシステムを撹乱する。光子放出は、こうした撹乱を止め、一種のエネルギー平衡状態にしようとするための代謝的なふるまいではないか」というのである。だから「最も健康人間は、最低の光(放出)をもつ」ということになる。

 体内で光が均衡しているので余分な光を放出する必要が無いとい事であろう。

 更に進んで、生物体同士も光子を交換していることが分かってきた。「波動の共鳴は、単に体内のコミュニケーションだけでなく、生き物どおしのコミュニケーションにも使われていたのである。これは、生物界における群(魚や鳥など)の統一的・協同的行動のシステムを説明するかもしれない。

 さらにポップは、他の生き物の光子を取り込むことが出来るのならば、その情報を使って不調になった自分の光の調整に使えるのではないかと考え、癌治療に役立つとされる植物抽出物質の影響を研究するようになった。それが、生物の光子放出の性質を変え、それによって癌細胞以外の細胞とのコミュニケーションが再生されるのではないかというのである。

 彼は、「数多くの非毒性物質を使った実験に手を着けた。」しかし「試した物質は、すべて腫瘍細胞からの光子を増やし、からだにとってさらに致死的に作用しただけだった。」

 しかし、それには一つだけ例外があった。それれは、腫瘍細胞からの光子放出を正常な量に戻したのである。

 それは何かというと、シュタイナーの示唆により人智学派医療において癌の治療薬として使われている「ヤドリギ」なのである。これについては、このブログで以前紹介しているので、そちらも参考にしてほしい。

https://k-lazaro.hatenablog.com/entry/2023/03/22/081128

 

 以上で、本の紹介は終わることとする。

この本には、この他に、常識を覆るような多数の興味深い事例が紹介されている。読者の皆さんにも強く勧めたい著作である。

 

 さて、今回の論考から示されたのは、我々は光を体内に蓄えており、それは、我々の体内の個々の細胞を調整し、細胞間のコミュニケーションを構築することに使われているということである。病気とは、一種子の、光子によるコミュニケーションの不調でもあった。

 光そのものが体を造っているというのとは異なるが、身体における光の重要な役割が示されていると思う。だから、やはり健全な光を取り込むことのできる食料が大事なのだ。

 最近は、野菜も工場において人工光により栽培されるようになってきた、それらは栄養価的には畑で栽培したものと同じようなレベルかもしれないが、「光の質」としてはどうなのかなと思う。ましてビル・ゲイツの人工肉のようなものは論外であるが、彼らが未来の姿として描く、機械と融合した人間の場合は、こうした食料の方がふさわしいのだろうか?

 

 なお、「ゼロポイント・フィールド」については今回ほとんど触れていないが、量子物理学の最先端の研究にも関わる重要な、そして非常に奥の深い理論であると思われる。これについては、いくつか本が日本でも出されているが、なかには通俗的なオカルト傾向のものもあるようだ。私としては、このテーマについては、アーヴィン・ラズロー氏の翻訳書を推薦したい。今回紹介した本の訳者である野中浩一氏の翻訳もある。

 かつてフリチョプ・カプラ氏は、素粒子物理学と東洋の神秘主義思想の内的一致を議論したが(『タオ自然学』)、先端の物理学は、実際に私たちの常識をぶち壊す知見にあふれており、人間及び意識とモノとの渾然一体の世界観を提示してきている。例えば、「量子もつれ」などはコンピューターに応用されるようにすらなっており、このように、かつて非常識とされていたものが、むしろ常識となりつつあり、この動きは、更に進んでいかざるを得ないだろう。

 こうした流れは、やがて霊的世界の実在の証明にも至るかもしれない。そしてそれは直ぐ先に迫っているのかもしれない。シュタイナーは、唯物的世界観の行き着く先が人類の破滅でしかないことを何度も語っている。現代の科学的探求が霊的世界の実在にまでブレイクスルーできるかに、人類の未来は係っているとものかもしれない。

 それは唯物的世界観の終焉ということである。だが、それは、霊的世界を否定しようとしている勢力にとっては、大変な脅威であろう。私は、上のような科学的知見の発展に、敵対勢力はおそらく危機感を強めていると思う。敵にとっても、今は瀬戸際なのだ。トランスヒューマニズムへの急激な動きや、最近のきわめて異常な世界的動乱の背景には、このようなことがあるのではないかとも考えているのである。