k-lazaro’s note

人と世界の真の姿を探求するブログです。 基盤は人智学です。

ソロヴィヨフのアンチキリスト予言と現在の世界情勢 ①

ソロヴィヨフ

 以前、19世紀ロシアの哲学者、文明批評家、詩人、ウラジーミル・セルゲイェヴィチ・ソロヴィヨフのアンチ(反)キリスト出現の予言について触れた。

 

 それは、1つの物語となっており、ごく簡単に紹介すれば、アンチキリストが、最初、世界的なベストセラーの作者として名声を博して、世に現われ、やがてヨーロッパ合衆国の皇帝となり、各宗教の統一をも成し遂げようとするが、結局、イエス・キリストにより滅ぼされるというストーリーであった。

 時代設定は20及び21世紀のようで、我々からすれば、既にその中に自分たちがいる時代であるので、現実世界のこの間の出来事を見れば、現実とこの「予言」との違いは既に一部明白となっている。

 しかし、表面的な現象としては違っているとしても、その本質において、ソロヴィヨフが物語った内容は、現実世界とそれほど乖離していないという主張がある。インゴ・ホッペIngo Hoppe氏は、その著書『アンチキリストの短編物語』の序言で、「このアンチキリストの短編物語が部分的にまとっている、19世紀のイメージ及び概念世界の表層を通して[その内部を]見る者は、現代の出来事を展開している重要なモチーフを解き明かす示唆と洞察がそこにあるのを発見するだろう。」と述べている。

 また「彼は、幾分メルヘンのスタイルで書いた」とし、「ソロヴィヨフの物語では、世界情勢に関して常に人々が取り組んでいる、悪の認識と克服という問題が、メルヘンの軽さの気配をかすかにもって現われている。-しかし同時に、単なるファンタジーでは問題にならないような、根拠を持ち、知識に裏付けられたリアリティをもって- それは、ファンタジー物語と言うよりも、学問的な事実の記録というのがふさわしい。」と述べている。

 従って、ソロヴィヨフの「預言」においては、「本質的なものを個別のものから区別することが重要なのである。」

 

 ところで、ソロヴィヨフが、その物語でアンチキリスト出現の世界情勢を示唆することができたとするなら、彼には、予言の能力があったのだろうか。ホッペ氏によれば、彼自身は、自分にそうした能力が無いと語っているという。しかし、ソロヴィヨフは、次のようにも述べているのである。「しかし、私は、この出来事そして未来に心配されるすべてのことを予め見て、感じたのである。」

 ホッペ氏によれば、彼が特殊な能力を持っていたことは、彼の伝記からわかるという。智恵の神(霊)ソフィアの出現を経験しているのである。ソフィアは、ソロヴィヨフが信仰した東方正教会で崇拝されており、その名を冠する教会も多いが、聖母マリアと同一視する考えもある(秘教における聖母の名でもある)。ソロヴィヨフは、このソフィアに生涯で3度出会ったというのである。ホッペ氏は、「この体験が、『アンチキリストの短編物語』で示されていることの内的な核であり出発点であることは容易に思いつく」としている。

 ソロヴィヨフの「予言」の根底にある姿勢は、シュタイナーの歴史は徴候であるとする見方と似ている。「歴史的な経過は、人間の魂の深層で-しばしば無意識に-音を立てて動いている、魂的・霊的なインパルスの外的表現と把握されなければならない。それをソロヴィヨフは体験したのである。」従ってそれは、物質的で事実上のビジョンではなく、象徴的なイマジネーションの形で体験されたのだ。

 

 では、具体的には、どのような世界情勢が、ソロヴィヨフの「予言」と合致しているのだろうか?ホッペ氏は、先ず、総体的に、それらは、20、21世紀の全体主義、野蛮さ、戦争等の悪の強力な顕れであるとする。そして、その出来事を具体的に解説していく。

 その内容をいくつか紹介してみよう。

 例えば、ソロヴィヨフは、20世紀に、「汎モンゴル主義」を掲げた日本が中国と一緒にロシアを超えてヨーロッパを襲ったとする。現実には、日本とロシアとの戦争までは実際に起きたが、ヨーロッパを侵略するまでには至っていない。しかし、これは、汎ゲルマン主義、汎共産主義、汎アメリカ主義の現象を象徴するものと考えることができるのである。

 また、「モンゴル(アジア)」ということであれば、中国は、軍事によってではなく、世界の工場として、「商品により世界を征服している」という。米中間には、「経済戦争」が起きているのだが、更に、軍事的にも、中国は、現在、米国のライバルともなっている。

 最近の台湾情勢を見ても明らかなように、米中(ロシア)間で「第2の冷戦」(あるいは第3次世界大戦)が事実上始まっているとも言えるのだが、シュタイナーは、次のように語っているという。

 「中国とアメリカの間で、対決が生まれる。それは、単に、ヨーロッパで起きるか、太平洋で起きるかという問題である。」アメリカが中国と戦争になれば、ヨーロッパも、NATOを通してそれに参戦することになるのである。

 ソロヴィヨフは、ヨーロッパが統一され「ヨーロッパ合衆国」が発足するとしている。今日のEUは既にその様な組織である。それが各国を支配する権限は次第に強まっており、2012年の時点で、ドイツの新しい法律の90%はEUの指示によるものであるという。そして今、コロナ危機は、EUの経済的政治的統合を更に進めるものとなっている。

 ソロヴィヨフは、アンチキリストがこのヨーロッパ合衆国の皇帝になるとしているが、ホッペ氏は、現在のEUの非民主主義的な運営に触れ、EUの実際の影の面を指摘している。ちなみに、EUの非民主主義的性格は、コロナでのWHOと連携した専制的な対応や、ウクライナ危機での、NATOと連動した一方的なロシア批判、自国民の生活を無視したウクライナ支援等に現在如実に顕れているのではなかろうか。

 さて、「ソロヴィヨフは、ヨーロッパ合衆国とそこから可能となる世界政府を因果的関係にあるものとしている。」これは、実際にチャーチルも主張していたことで、彼は、ヨーロッパ連合は国際問題の完全な解決を意味しておらず、それには強力な世界政府が必要であると述べているのである。それは、このブログで何度か登場してきたアメリカの政治学ズビグネフ・ブレジンスキーの主張でもあったという。彼によれば、アメリカは、永遠に超大国であり続けることはできないので、世界的に地政学的に共同で働く恒常的な枠組み-または「平和的」世界支配のための地政学的中心-を作る必要があるというのである。(この意味で、EUNATOはそうした役割の一端を実際に果たしていると言えるだろう。)

 アンチキリストが望むのは、自身が世界の王となることである。そのためには、「世界政府」が必要なのである。「世界政府」とは、「陰謀論」で盛んに主張されてきた事だが、実際に、これまで、上記の他にも何人かの政治家、学者によってその必要性が唱えられてきている。その理由として挙げられるのは、核軍拡や気候変動、世界的金融危機等の世界的問題は、各国に任せていては解決できないので、「スーパー権力」を有する世界政府の樹立が必要だとするものである。

 その様な主張には、次のようなものもある。「アメリカの力の衰退により、ならず者国家が影響力を持つこと」が心配される、ことである。その様な国の例として挙げられたのは、カダフィが権力を握っていた頃のリビアである。「リビアの体制に責任を取らせるために、世界は声を1つにしなければならない」とオバマ大統領は罵った、という。カダフィの打倒は、西側の記者によれば、西側の価値観の勝利であり、「大西洋[英米]の支配による平和」に向けた一歩である、という。

 この言葉は、ソロビヨフの皇帝の「世界平和は、永遠に確実となった。今日から、その他の個々の権力よりも強力な中心的権力が地球に存在しているからである。」と言う言葉を思い出させると、ホッペ氏は述べる。

 実際、オバマ大統領率いるアメリカは、NATOと共に2011年にリビアの内戦に軍事介入し、結果してカダフィは殺されたのだが、現在リビアではやはり内線が継続しており、破綻国家となっている。「民主主義や人権を守る」ためとしてアメリカに介入された国は、結局荒廃してしまうという、アメリカの介入によるいつものパターンである。西側ではカダフィは「独裁者」と宣伝されているが、確かにその様な傾向がないとはいえないものの、その統治により、かつてリビアはむしろアフリカ諸国の中では安定した豊かな国家であった。それを破壊したのが、大西洋主義者達なのである。(これは今のウクライナ問題でもあてはまるだろう)

 現在は、世界的なコロナ危機により、世界政府を求める声が高まっているが、イギリスの首相を務めたゴードン・ブラウンは、ウイルスと戦うために国際的な命令機関の創立が必要だと主張している。また、教皇フランシスコやドイツのキリスト教民主同盟の有力政治家ヴォルフガング・ショイブレ等の影響力のある他の者達は、同様の目的に賛同している。「秘密のWHOチーフ」として知られるビル・ゲイツは、既に2015年に、来たるエピデミックを予想し、世界政府がどうしても必要であると主張していた、という。

 そして今、コロナ危機を背景に、WHOが、公衆衛生上の問題で各国の主権を制限してWHOの施策を各国に強制することができる条約の制定が目論まれており、それが政界政府の一里塚になるのではないかという指摘が現にあるのは大変不気味である。

 

 上記の他、貧困等の問題も含め現代の世界が抱える様々な問題を解決するには、政界政府が必要であるとするのは、倫理的な課題でもあり、それは、ソロヴィヨフの物語でも語られている。従って、それを求める声は、宗教者からも聞こえるのである。2009年に、ローマ・カトリック教皇ベネディクト6世は、G8の経済サミット直前に、「真正の政治的権威」が必要であると訴えた。彼の後継者フランシスコ教皇も同じ事を主張している、という。

 また、世界中で起こる武力紛争に対する実際の国連の無力さから、人命や人権を守るという理念と実践の乖離が主張されている。それはつまり、「中央集権的な軍事的世界権力」が必要だと言うことである。

 以上のように、「世界政府」を求める勢力はずっと存在してきており、現在の危機を背景にその声が強まってきているのがわかるだろう。「世界政府」というのは、決して単なる夢物語ではない。人類の幸福を実現するための理想論的な願望のようにも思われるが、それが実現し、権力が集中したとき、それを握る者によっては、逆に人類にとっての悪夢が到来するのである。

  

 次の触れるのは、「霊的」世界観の問題である。ホッペ氏によれば、「世界政府」が「アンチキリストの勝利が基づく2つの柱の1つ、権力展開の一方の側面」であるとすると、もう一つの側面もあるという。それは内的側面で、霊性の特殊な形態、皇帝が導入する一種の「世界宗教」である。

 これについては、②で述べることとしよう。