k-lazaro’s note

人と世界の真の姿を探求するブログです。 基盤は人智学です。

フリーメイソンと世界大戦①

フリーメイソンの18世紀の備品

 人類の歴史は今大きな曲がり角にあるようだ。

 コロナ、ウクライナに続き、今や中東に世界を揺るがす出来事が起きている。中東では、世界中の人々の衆人環視の下にジェノサイドが行なわれており、さらに戦火は拡大する様相を見せている。

 断末魔のウクライナは、ロシアの戦略ミサイル基地への攻撃を始めているという。戦略ミサイルとは核ミサイルである。当然、ロシアは、この攻撃が続けば核攻撃により反撃すると主張しているが、ウクライナの狙いはこれをむしろ引き出すことのようだ。それにより、ウクライナでの闘いをNATOアメリカとロシアの戦争に拡大しなければ、ウクライナの敗北と指導者の責任追及が必然だからである。

 1月15日から世界経済フォーラム(WEF)の年次総会「ダボス会議」が開かれているが、その議題の一つは、「コロナより致死率が20倍高い疾病Xへの備え」だという。これについては、むしろ新たなパンデミックの「予告」と指摘する者もいる。

 ますます世界中で狂気が支配するようになっているのではなかろうか?

 

 このブログでは何度か、「オカルト・ロッジ」(あるいは「ブラザーフッド(同胞団)」)について取り上げてきた。そこでシュタイナーが語っていたのは、第一次世界大戦勃発の背後にはアングロサクソン系の影のブラザーフッドの働きがあったということであった。例えば、ドイツに対する嫌悪を世界中で煽ったのだ(これは、今ロシアに対して行なわれている。)

 これはおそらく第2次世界大戦においても同様であったのではなかろうか(ナチスソ連ボルシェヴィキに対して西側の資本家の支援があったことが指摘されており、一つのシナリオがあった可能性がある)。とすれば、フリーメイソンの高位団員であるアルバート・パイクの「予言」にあるように、今、第3次世界大戦が引き起こされようとしているのだろうか?

 

 ちまたではよく、フリーメイソンイルミナティなどの「秘密結社」があり、世界的な陰謀を進めているなどと語られる。これらはどちらかというと政治的色彩が強い組織と言えるだろう。

 しかし、本来のブラザーフッドは、「秘密の教えを守り伝え、メンバーに伝授してきた団体」という意味では秘密の組織だが、決して謀略を目的としたものではない。

 前にも述べたが、フリーメイソンの源流は、「神殿伝説」のヒラム・アビフの物語が関係する出来事にあり、このヒラムは、薔薇十字運動の創設者とされるクリスチャン・ローゼンクロイツの前世に他ならない。フリーメイソンは、薔薇十字運動と同様に、人類を指導する、いわゆる「ホワイト・ロッジ」の側に属していたのだ。

 そして、本来は陰謀と関係ないのだが、歴史的出来事の背後にこうした組織の活動があった(またたぶん今もある)というのは、おそらく正しいのだ。しかし、これまでの記事にあるように、その本来の目的は、人類の霊的進化を進めるということにあり、決して「世界支配する」ことなどではないのである。

 だが、世の中には、これを阻止しようとする勢力も存在しており、やはり密かに活動しているらしいのである。

 このような組織は一般に「左手のオカルト・ロッジ」「影のブラザーフッド」などと呼ばれる。実際の陰謀の背後に存在するとするなら、こちらの組織がそうなのである。

 シュタイナーは、その存在を西側の、特にアングロサクソン系、あるいは英米系のブラザーフッドであり、自分たちの利己的欲求のために、秘密の(霊的な)教えを利用しているとする。第一次世界大戦もそのために利用されたのである。

 そしてこれらに関係する組織もまた「フリーメイソン」を名乗っているのである。

 つまり、本来のフリーメイソンは、その一部が、ある時期に変質したか、あるいは敵対勢力の側に乗っ取られてしまったのである。

 

 さて、人智学派による「オカルト・ロッジ」研究については、既に、「フリーメイソンとは何か?」で、ハインツ・プファイファーHeinz Pfeiferという方の論考を紹介している(『影のブラザーフッド 隠れた敵対勢力の働き』)。これは、ロッジの中でも主にフリーメイソンについて語った部分である。

 https://k-lazaro.hatenablog.com/entry/2023/04/13/083916

 実は、プファイファー氏の本よりずっと以前に出版された人智学派の関連本が存在する。その著者は、カルル・ハイツという方で、シュタイナーの同時代人なのだ。シュタイナーの示唆を受けてその本を著わしており、シュタイナーがそれに序文を付したという。

 シュタイナーは、第一次世界大戦の背景について、西側の秘儀参入やオカルト・ロッジが暗躍し、ドイツに対する憎悪をヨーロッパ中に巻き起こしていたと指摘した。それが、いわゆる協商国と言われる国(イギリス、フランス等)の秘密結社、ロッジで、その中心が、具体的にはアングロサクソン、あるいは英米系のフリーメイソンなのだが、これを受けて、カルル・ハイツ氏は、シュタイナーの主張を裏付ける『協商フリーメイソンと世界大戦』という本を、膨大な関連資料を基に著わしたのだ。

 

 今後、このカルル・ハイツ氏の本から何回かにわけて紹介していくこととする。今回掲載するのは、『協商フリーメイソンと世界大戦-世界大戦の歴史及び真のフリーメイソンの理解にむけた論考』の本の序文である。ここでは、主に、本来のフリーメイソンの姿、その変質前の歴史が説明されている。(私がもっている本は、復刻版なのだが、残念ながらシュタイナーの序文は付いていなかった。)

 なお、文中に「団員」という言葉が個人名の前に頻繁に登場する。これは原書で”Br.”と表記されているものだが、”Bruder”(兄弟)の略語と思われる。おそらくその人物がフリーメイソンの団員であることを示しているのであろうから、以下では団員と訳してある。

 また、ハイツ氏の説明はかなり詳細で、登場人物が多く、引用文献も多いのだが、あまり一般的でなく、また既に過去の記憶となってしまったものも多い。従って、それらの文献や人物には今の日本では調べようがないものもある。かつ、私は、フリーメイソン自体はそれほど勉強していないので、的はずれな訳となっているかもしれない。この点はご容赦願いたい。

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協商フリーメイソン 

カルル・ハイゼ

 

はじめに

 フリーメイソンが、多くの、しばしば古代の秘密のシンボルを所有していることは、誰もが知っている。このようにフリーメイソンは、精神世界に関するある種の伝統の継承者であり、またあることにおいては、物理的世界における出来事、すなわち霊的世界の階層的世界からの啓示のように「現実」となりうる出来事を先に知る者でもある。メイソンのあるサークルでは、「イデアの世界」から引き出されたオカルト的な知覚と知識に基づいて、特定の出来事が起こる前から、まさにこれらの「特定の出来事」が論理的かつ無条件に特定の条件の下で起こるに違いないことが知られている。このようなオカルト的知識は、メイソン以外のさまざまな世界、とりわけカトリックの世界でも見出すことができる。ロヨラのイグナチオの観想-カトリック世界からの例を挙げるとすると-は、ある種の超自然的な認識につながることがある。1)

 

1)ロヨラのイグナチオ(実際はイダルゴ、ロペス・レカルデ)はバスク地方のスガニオール家の出身である・・・1534年から1540年にかけて、ロイネズ(ライネイ)、サルメロン・イ・アル0リソ(サロモン)、ピエール・ルフェーヴル、クサヴェル(聖フランシスコ)らとともに「イエズス会」を設立した。-イエズス会」はオカルト的教育に基づいていた(『アルマーネンシャフト』I; 5. 69でV: Listが指摘しているように、またブラヴァツキーが説明しているように)。- イエズス会の秘密組織は、1761年に初めて明るみに出た。次のような学位があった・・・ニッコリーニの『イエズス会史』によると、これらの上には、終身会員に選ばれた教団総長と少数の最高位会員のみが属する高位会員がいる。・・・

 

 このような事柄に少しでも見識のある人なら、メイソンリーとカトリックの修道会、メイソン主義の自由主義者ローマ教皇庁の忠実な信者の間にある多くの相互敵対関係を簡単に説明することができる。カトリックの宗教団体は、いくつかの点で古い秘儀学院から生まれた1)、あるいは、より高次の知恵の地上の担い手としての古い "石工(メイソン)組合 "2)を模範としたものであることを見落としてはならない。

 

1) グイド v.リストはその様々な著作の中で、古代のヴォータニスト【オーディン教?】兄弟団から様々な聖職者修道会が形成されたことを論じている。リストによれば、中世最後のヴォータニスト兄弟団は「カランダー」のものであった。リストによればまた、聖ヨハネ騎士団(マルタ)、テンプル騎士団、薔薇十字団、チュートン騎士団を、3つの最古の騎士団として、またベネディクト会、シトー会、プレモンスラテンス会などの修道会も、もともとはゲルマン=ヴォータニスト的であったが、その後キリスト教化された「大神秘」にまで遡る。

2) 中世の純粋な "石工(メイソン) "については、"Herolds2unft"(紋章術)と同様、スカルド教団から生まれたものであり、Jenningの "薔薇十字団と密儀"もまた重要である。

 

 今日、フリーメイソンの中にも、「石工」は元来、それが職業的な価値しか持たなかった時の「職工長Werkmeisterei」であると誤って主張する者がいる。しかし、これは全くの間違いである。真のメーソンの「仕事崇拝」とは、人間と人間のモラルを洗練させることである(人間の魂は「宝石」、すなわち「蓮の中の宝石」であり、それは「研磨」された後、「哲学者の石」、「ラピス・フィロソフォルム」となる)。それが「石工」という仕事が本当にただの「石工」であったことを「証明」することになる、「石工」や「レンガ職人」の見習いや職工の職位には一定の規則や規定があるものの、このような規制は、ロッジ(ロビー)3)で重要視されていた高邁な精神の隠蔽、表象にすぎず、「作業場」で培われた精神性の冒涜を防ぐためのものであったことに留意すべきである。このようにして初めて、ロッジ、ホール、作業場、職員組合を建てるという意味での「ロッジ」という言葉がありふれたものであり、誰もそれを不快に思うことはなかったが、実際にはこの言葉の背後には、聖域、神殿、祭壇を所有し、「あらゆる世界を建設する崇高なマスター」に敬意を表して儀式的行為を行う、神を深く崇拝するイニシエートのサークルがあったことも理解できる。例えば、「スウェーデンの教え」では、その「マギスター・テンプリの緋色(高位聖職者)の位階」において、カトリックのバシリカにあるような特別な聖遺物、すなわち、有名な神殿騎士団のグランド・マスターの団員Molayが団員 Beaujeatiに遺贈した洗礼者ヨハネの人差し指を崇めていたのである。

 

3)「ロビア}は、ケラー博士によれば、古高地ドイツ語の "Loubjä "や "Louba "に由来する。博士の "Die Großloge Indissolubilis "によると、ロンバルディアピエモンテ、中世初期のカタリ派やワルデン派のカルトで使われ、13世紀以降はフランスの語彙でも使われるようになった。

 

 団員Archvrat  Dr.Georg Schuster (『秘密の結社、組合と団体』は、12世紀と13世紀のドイツとフランスとイギリスにおける "石工 "の兄弟団を "Hüttenjungen des lieben Herrgotts "と呼んでいる。彼によれば、最古の石工小屋はストラスブール【フランス東部】にあるもので、同じく独創的で神を畏れる大聖堂建築の巨匠エルヴィン・フォン・シュタインバッハの指揮下にあった。このロッジへの入会は、石工の守護聖人である洗礼者聖ヨハネを招き、福音書に誓いを立てて行われた。英語の「フリーメイソン」という言葉は、(シュスターによれば)1350年に初めて記録されている。有名なメイソン作家の団員ガブリエル・フィンデルによれば、「最初の」イギリスのフリーメイソンのロッジは、ドイツ人によって海峡を渡って移植されたものだという。「私たちのポピュラーな結社でさえ、フリーメイソンのロッジから-これが神殿騎士団員の薪の山から生まれたように【訳注】-生まれたのである。」とH.イエニングス(薇十字団、その風習と神秘)は、『チュイルリー城』第8巻から引用している。

 

【訳注】神殿騎士団員がフランス王の弾圧に遭い火刑により殺されたことを指すのだろう。これは、フリーメイソンが、フランスにおいて滅ぼされた神殿騎士団の流れをくんでいることを示唆していると思われる。

 

 B.カーニングによれば、フリーメイソンは(そのさらに深い起源は別として)最初のグランドロッジ「聖アルバヌスSt. Alban 」【訳注1】にさかのぼることができる。このグランド・ロッジは、"ブリテンアウグストゥス "と呼ばれたローマ皇帝カラウシウス【訳注2】のもと、297年にイングランドで設立された。その後、メーソンはイタリアでオストロゴート王テオドリックの時代(5~6世紀)に栄え、ゴシック様式はこの時代に由来する。その後(8世紀)、カルル・マーテルがキリスト教・ゲルマン・メーソン文化の担い手となった。さらにその後(9世紀)、エセルヴルフ王の文才豊かな息子、後のイギリス王アルフレド大王【訳注3】が、メーソンの旗を掲げ、教育と自由を広めた。そしてついに、彼の孫である皇太子エドウィン Edwinが、神の思し召しにより、かつての聖アルバヌス・メーソン規約の最後の断片を発見し、他の多くのメーソンの伝統と組み合わせて、926年に新たに編集することになった。その後、スコットランド人のアンデルソン1717年に新しいイングリッシュ・グランド・ロッジを設立しようとしたとき、エドウィン公の儀式はこの新しい組織に移された。

 

【訳注1】聖アルバヌスあるいはオルバン(?-209年頃)は、イングランド最初の殉教者。キリスト教聖職者をかくまったために、斬首されたローマ兵。

【訳注2】カラウシウス(Carausius)は、「ブリタンニアローマ皇帝(在位:286年-293年)を名乗った人物。・・・メナピ族の貧しい家庭に生まれたとされる。ローマ帝国の軍人として身を起こし、マクシミアヌスに仕えてガリアのバガウダエを鎮圧」などで軍功を示したが、「マクシミアヌスは、彼のあまりにも華々しい戦果に疑念を抱き、彼を逮捕して処刑するよう秘密の命令を出した。この陰謀を報されたカラウシウスは、それまで彼とともに戦ってきた軍隊に守られてブリタンニアへ逃亡し、286年に軍によってローマ皇帝として宣言された。カラウシウスを認めたブリタンニアの軍団は完全に彼の支配下に置かれ、また同様に彼の活躍を知るガリア北部の沿岸地帯も大部分がカラウシウスに加担した。」(ウィキペディア

【訳注3】アルフレッド大王(Alfred the Great、古英語ではÆlfred、849年 - 899年10月26日[注釈 2]、在位:871年 - 899年)は、「七王国ウェセックス王。兄エゼルレッド王の死後、王位を継いだ。約100年続いたデーン人(北欧ヴァイキング)の侵攻を食い止め、衰退したイングランドキリスト教文化を復興し、古英語での読み書きを習慣化した。アングロ・サクソン時代最大の王とも称せられる。

 

 イングランドのメイソンのギルド伝説によると、エドウィンの死後、アゼルスタン王(925-940)【訳注】自身が、936年にヨークで開かれた当時の「イングランド・グランド・ロッジ」を保護し、それは、ギリシャ語、ラテン語、フランス語、その他の関連文献から会則を作成したという。赤いバラに象徴される「ヨーク儀式」という言葉は、当時すでに使われていた。ヨークとは対照的に、「ランカスターの白いバラ」が「ヨーク儀式」の象徴として登場した。(しかし、当初から、赤と白のバラは、秘教のイニシエーションの象徴として存在してた。)エドウィンの後、アテルスタン王がグランドマスターとなり、聖ダスタン(カンタベリー大司教)とエドワード懺悔王がメイソンのトップとして続いた。1485年にヘンリー7世(Henry Tudor)がイングランド王となったとき、ロードス島マルタ島聖ヨハネ騎士団(その後援者はエドワード7世であった)は、ヘンリー・チューダーがグランド・マスターとなった。ヘンリー7世のもとで、「赤いバラ」である「チューダーのバラ」は、ヘンリー7世が好んだガーター騎士団の騎士たちの間で特別に目立つようになった。(エドワード。イングランドエドワード3世は、聖母マリアに敬意を表して1344年頃にガーター騎士団を創設した。)

 

【訳注】アルフレッド大王の子でその後継者エドワード長兄王の子で、エドウィンの兄弟。

 

 ラザールB.ヘレンバッハは『ある哲学者の日記』(1881年ウィーン、122ページ)の中で次のように述べている:「エジプト、インド、エレウシスから、テンプル騎士団、聖アンデレ騎士団、薔薇十字団、そしてフリーメイソンのロッジに至るまで、あらゆる結社に赤い糸が通っている。」団員オリバーとイグナティウス・ドネリーは、フリーメイソンの内的内容を、彼らにとっては霊的なものである、地上における人間存在の全起源にまで遡ぼらせている(つまり、唯物論的な自然哲学や歴史の寄せ集めの意味ではなく)。H.P.ブラヴァツキーによる『宇宙創世記』には、「サンクトペテルブルグ帝国図書館には、ロシアでフリーメイソン神秘主義者の秘密結社が妨げられることなく繁栄していた時代、すなわち8世紀末にも、まだ多くの霊性が存在していたと思われる文書がある。すなわち、18世紀末から19世紀初頭にかけて、中央アジアの未知の地下聖堂に知識とイニシエーションを求めて、ウラル山脈を越えてチベットまで旅したロシア人神秘主義者(とメイソン)が何人もいた」とある。

 『イシス』第1巻で、同じメイソンの著者であるH.P.ブラヴァツキーは、フリーメイソンがノアの洪水以前の起源であることを示し、エノクとその息子メトヒュサラーがある地下保管庫-その要石は最も本質的なものであり、その原像をエノクは幻影で観た-の創造者であると語っている。しかし、この最古の「石工の神殿」の秘密は、メイソンからは完全に失われてしまった。- これらの秘密は、エッシム(こて)とミオルニル(ハンマー)の扱いを本当に再び学んだメイソンにのみ、再び明らかにされると私たちは信じている。・・・

 団員 M.レゲリーニ・デ・スキオは、また別のことを知っており、フリーメイソンはエジプトの神秘と関係があると述べている

 団員 アンダーソンの『Book of Constitutions』によると、ペルシアのマギ達【訳注】はツァラトゥストラの弟子であった(また彼は、キリスト教以前の時代の最高度の秘儀参入者であり、太陽のオーラから“アフラ・マツダ”が降りてくるのを霊視し、予言した)。・・・そして、アンダーソンによれば、「マギはフリーメイソンの前身である。・・・」

 

【訳注】マギとは、イエスの誕生の時に現われた東方の博士(王)のこと。シュタイナーも、マギ達がツァラトゥストラの霊統にあることを述べている。

 

 フリーメイソンエッセネ派またはエッサイ派とも関連づけられている。最初の言及によれば、エッセネ派(およびそれに類似のセラピスト派)は、紀元前166年に、4000人ほどの団員がいたと言われている。彼らは「厳格な律法」を形づくっていた1)。洗礼者のヨハネもまた、そのナジリハ的黙想的な生き方において彼らの中に数えられており、それゆえに彼は今日でもフリーメイソンの大部分から「新しい契約の明けの明星」として、また揺るぎない真実性の、メイソン的行状の雄々しいがしかし分別のある模範としてみなされている。

 

1)ルド.シュタイナー博士は、ペルシャの魔術師(ツァラトゥストラは、ツラニア人のイニシエートである「左の手」アルドシャスブの対立者である)とエッセネ派の原理と教えの両方について、卓越した方法で説明している。

 

 さて、メイソンの起源をあちこちに遡るなら、『フリーメイソンの普遍ハンドブック』は明らかに正しい。「フリーメイソン(政治的フリーメイソンではない)の真髄は、人類そのものの本質にほかならない。: だからこそ、メイソンの原理は常に人間の間で有効であり、フリーメイソンは最初の人間とともに生まれたのである。」そして、H.P.ブラヴァツキーが付け加えているように、良心に恥じることなく、「最初の教皇の何人かはイニシエートであり、彼らの学問の最後の断片はイエズス会の手に落ちた」のである

 より正確には、約2,000年の間、2つの霊的な潮流が常に並走していたと言うことができる。一方は、より思弁的・自由な精神の、他方は、より神権政治的(教会)なものである。しかし、両者の流れは常に多かれ少なかれ互いに影響し合い、他方向の個人やグループ全体を惹きつけることもまれではなかった。このようにして、長い世紀を通じて、あちこちで相互に稔りを得て、しかしまた、実際に確執もあった。このようなつながりは、8世紀から15世紀にかけて広く存在したカランド同胞団【訳注】によって形成された。彼らは、秘教的な意味を隠すという特別な意図をもって、教会や世俗の問題と密接に接触していた。(これらの「カランド同胞団」のひとつが、1440年にフリードリッヒ2世、フォン・ブランデンビュルク選帝侯によって、超感覚的意識を覚醒し続けるという使命のために設立された「シュヴァーベン同胞団」である。というのも、「白鳥の乙女たち(たとえばゲルマン神話に登場する)の消滅は、『人間の魂が超感覚的な意識を失った』ということ以外の何ものでもなく、いまや『白鳥の乙女』は『地上の感覚では見ることのできない土地』に住んでいる」のである2)。 この2つの潮流が時折合流することで、団員F.カッチュ博士が、真正のクリスチャン・ローゼンクロイツ(1378年~1484年)の薔薇十字団(「神の友」と彼らは自称していた)-有名な教育者でフリーメイソンのコメニウスも所属していた-を近代のフリーメイソンの基礎とみなした理由も説明される。1) カツチュによれば、30年戦争の結果、多くの者がイングランドスコットランドに逃れ、そこで活動を続けていた薔薇十字同胞団(スコットランドのキルウィン・ロッジの原型を含む)が、「フリーメイソン同胞団へと姿を変えた」のである

 

【訳注】カランド(カランド同胞団)は、中世にドイツ北西部の多くの都市に広まっていた聖職者と平信徒の同胞団に付けられた名前。カランドという言葉は、ラテン語の「カレンダエ」に由来する。それは月の1日を意味し、その日に礼拝のために定期的に集まるカランドのメンバーの習慣を指す。

 

1) 「しばらくの間、薔薇十字団とフリーメイソンは密接な関係にあり、それはその後かなり広範囲に広がっていった」と、1786年にライプチヒで出版された著作の中で、ハレのヨハン・ゼムラー教授は述べている。また、団員Dr.エルンスト・フリードリヒ(ベルリン)の小冊『ロシアとポーランドフリーメイソン』では、フリーメイソンと「厳格な規律」の兄弟たちや薔薇十字団を直接結びつけている。彼は「厳格な規律」をテンプル騎士団から導き出し、「ロシア・メイソンの父」は薔薇十字団のヨハン・オイゲン・シュヴァルツであり、ロシア・フリーメイソンの継続者である「モスカウアー・ツァイトゥング」の元編集長であった。

 

 この2つの流れの間には、ミンネとマイスタージンガーの兄弟団(その学院には、見習い、歌手または詩人、フリージンガーまたはマイスタージンガーの3つの位階があり、「監視者メルカー」は全権委任の試験官として所属していた)によっても同様のつながりがあった。そこでは、「自立した宗教的確信の堅固なシステムが生き生きとしていた。」マイスタージンガーミンストレルは「人間とその最高の利益を促進するための秘密の保護者」であり、「彼らの目に見えない学院は深い秘密のうちに会合していた」(参照:団員シュスター) "イルミナティ "、 "光明者 "の同胞団も同様でありえた。そこには例えば、ワイマールのフリーメイソン公爵カルル・アウグスト、ゲーテ、ヘルダー、スイスの学者ペスタロッチ、イエズス会大司教Karl Theodor Anton Maria Da1berg、Freiherr von Kniggeが所属していた。イエズス会の信徒でフランス啓蒙思想の研究者であった、教授でゴータ宮廷顧問のインゲルシュタットのアダム・ヴァイスハウプト3)-彼は1777年以来、ミュンヘンで、厳格な規律のメイソンロッジ「カール・テオドールの良き助言」のメンバーであった-の基礎も同様である。一般に、イルミナティ団のすべてのアレオパギットや部門責任者は、フリーメイソンの3つの第一階級の保持者でもあることになっており、イルミナティ団は、いわばフリーメイソンのより高いレベルを示したいと考えていた。(1785年3月2日、バイエルン選帝侯は「イルミナティ」の政治的活動疑惑のために、「イルミナティ」のさらなる存在を禁止したが、1880年に数人のメイソンマスターの指導の下で復活し、国際的に広まった。

 

 3)現代の政治的スパルタ主義運動に関して、団員ヴァイスハウプトが総帥として、「政治的スパルタ主義」運動に参加したことを知ることは、興味深いことである。ヴァイスハウプトは、イルミナティの総帥として、自らを「スパルタクス」と名づけた。彼は、トラキア奴隷解放スパルタクスに似せたかったのであり、紀元前7世紀のスパルタクスのように、イタリアのプロレタリアのように、「奴隷となった魂」に革命を起こしたかったのである。

 

 しかし、この2つの並行する流れを本当に理解するためには、さらに遡る必要がある。ビザンツ皇帝ゼノン(474-491)とアナスタシウス1世(491-518、ゼノンの未亡人の後の夫)のもとで、キリストの神性をめぐる宗教的な戦いがすでに起きており、皇帝ユスティヌス1世(518-527、アナスタシウスの後継者、元貧農の若者)が「聖職者の寵愛によって王位を維持していた」とすれば、今度は、ユスティニアヌス1世【上述のユスティヌス1世の養子】 (527-565年、コンスタンチノープルの聖ソフィア教会[ギリシア十字架の形をした「アヤソフィア」]の創設者であり、同時にヴァンダレン帝国とオストロゴート帝国の破壊者であり、ユスティニアヌス法制の創始者でもある)は、アリストテレス的知識を含む自由な精神の潮流を彼の帝国から追放した。この自由な精神の潮流は、やがて思弁的な流れへとつながり、今度はツァラトゥストラの祖国、ペルシアへ逃れた1)。現代の思弁的で人文主義的なフリーメイソンもまた、アラビア(十字軍の文化的歴史的帰結も到達した)、スペイン、イスラムを経て、オランダで花開いたスピノザ哲学を経由して、前述の、更に広い道を通り、この流れに流れ込んだ。しかし、純粋なフリーメイソンの真の意味と性格は、決して一方的な抽象的思索にあるのではない。

 

1) 自由精神的な潮流は、その偉大で「決して軽んじられることのない」思想のいくつかにおいて、オルムズド(あるいはアフラ・マズダオ、世界の創造者にして救済者)とアングラ・マイユ(あるいはアーーリマン、蛇の悪魔)の対立を教えた「14のザラトゥストラのうちの最初の者」の叡智にも遡る。

  「オルムズドの教義は、その豊かな思想内容によってギリシアの思想家たちの好奇心をかき立てた。ピタゴラス、エンペドクレス、デモクリトスプラトンペルシャに渡り、その源流を研究した。アシルス、テオポンポス、プルタークも(ザラトゥストラの)二元論的な信仰の輪を知っていた。・・・

 

 ビザンティウムではすでに攻撃されていたこの自由な精神の運動と並行して、神権的・教会的な潮流は、機知に富んだ弁舌家で学者であり、ある種の科学的・芸術的な試みを推進したアグスティス帝(ガイウス・ユリウス・カエサル・オク=タヴィアヌス、紀元14年)の治世にまで遡ることができる。神権的衝動のローマの第二の担い手は教皇グレゴリウス1世で、彼はローマ・フランクの階層を優遇し、ラテン語の賛美歌を導入し、その見返りにドイツ語の賛美歌を禁止した。また、"スカルデンタム"(今日でもドルイド教団がそれを思い出させる叙任式2)の廃止に努め、キリスト教以前の時代から残っていた古い慣習を、彼特有の教会概念の教義的性格に対応するように作り変えた。

 この神権主義的な原理もまた、現代に至るまでますます受け継がれ、思弁的・人文主義的なフリーメイソンのサークルの中で最も多様な人物達は、私たち自身の認識から確認することができたように、しばしば最も激しく敵対したにもかかわらず、いまだにこの原理と結びついているのである。

 しかしながら、これらすべてにおいて、古代においては、「メイソンは後になったようなものではなかった」と断言することができる。それは政治的な組織でも、(一方的で教条的な)キリスト教組織でもなく、真の秘密組織だった。それは、良心の自由という計り知れない善を得ようと熱心に努力するすべての人々に兄弟愛のきずなへの参入を認めていた。(『ベールを脱いだイシス』)。しかし、世の中のあらゆるものと同じように、メイソンリーは、結局退堕落していった。- このことは、今日の協商諸国【訳注1】と地方長官の統治国のフリーメイソンに特に当てはまる。追随者たちは、高貴な "先祖 "の精神を尊重する方法を知らない。一例を挙げれば、「団員グランド・マスター、アドリアーノ・レンミ【訳注2】は、イタリアで、その地の「グランド・オリエント」とイタリアの「最高コンセイユ」を率いた。それは、「友愛の交わり」の中で、ベルギー、イギリス、フランス、デンマークギリシア、オランダ、ノルウェーポルトガルスウェーデン、スペイン、エジプト、ホルランド、ノルウェー、フォートゥガル、スウェーデン、スペイン、 エジプト、北米合衆国、南米諸国、オセアニア諸国、そしてドイツ自身の周りを、メイソン連合の鎖で包囲した。ゆえにそのころには、後の協商同盟関係は、純粋に政治的なものとなっていた。そのため、1889年には早くもイタリアの代議士団員ジョヴァンニ・ボーヴ は、ドイツ、オーストリア、イタリアの三国同盟に関し、自由主義者の基本政策を示したロッジの演説の中で、次のように語った。

 

 「われわれは、われわれの文明化の任務を果たさずに、われわれを出し抜くような国家と同盟を結ぶことはできない。」

 

【訳注1】協商国とは、第一次世界大戦中に、イギリス、フランス、ロシアを中心とする連合国。

【訳注2】アドリアーノ・レンミ(Adriano Lemmi、1822年4月30日 - 1906年5月23日)は、イタリアの銀行家。イタリアのグランド・オリエントのグランド・マスターとなりマッツィーニを支援した。

 

  1881年5月15日、グランド・マスター、レンミは、タリア人の団員であるボヴィオヴェルターニ、カステッラーニ、マリオ、サフィらとともに、イタリア民主党を代表してフランスのメイソン、ヴィクトル・ユーゴーに書簡を送ったが、その中で、前述の人々が、チュニスにおけるビスマルクの政策と独仏協調政策に抗議している。

  1. P.ブラヴァツキーは、『ベーメを脱いだイシス』の第2巻で、オカルト・リベラルとカトリック界における不和の原因について、貴重な情報を提供している。時代の流れの中で、古い根源的な知識から、「原初の叡智」から、多かれ少なかれ逸脱してきたさまざまなオカルト潮流と並んで、依然として真に、人間が存在の神聖な秘密に立ち入ることができる限りにおいて、依然として真に「秘儀参入」した、限りなく限られたサークルが存在する。神智学者やスピリチュアリストもまた、彼らの大半が同胞団体に属しているわけではなくても、理念的には「メイソン」に数えられるべきである。そして彼らの多くは、リベラルあるいはカソリックの同胞団に属していなくても、多くに分かれており、低次の、そして高次の、しかし今日では少なからず外部に現われた団体存在として、人間と世界の根底について洞察を持つことが出来るのだ。神智学者が「ラムスキン」や「白いエプロン」やレガリアを身につけるかどうかにかかわらず、すべての神智学者がメイソンである、と言うことが出来る。もちろん、神智学者達も、彼らの個人的発展程度が異なるように、霊的ヒエラルキーに関する知識において互いに異なる。しかし、彼らによって達成される「新しい方向性」のレベルは、彼らの知識と理解に応じたものである。そして彼らは、人生と組織におけるより純粋な目標に向け、今新たに動き出している共通の福祉のための闘いの最前列に実際にいるはずである。もちろん、協商に忠誠を誓う神智学者や神秘主義者がいることも、中央国に忠誠を誓う神智学者や精神主義者がいることも、前者は、イギリス人女性アニー・ベサント(Annie Besant )のメイソンの保護下にあるときには、誠の道を放棄しやすいことも、経験が示している。. . .

 われわれに関しては;そう、われわれは、(文献の調査を通じて)メイソンの協商ロッジがその目標として「ドイツ憎悪の高邁な政治」を好んで選んだこと、そして-オカルト的な知識を持っているにもかかわらず、あるいは、まさにその結果として-彼らがこうしてますます誤った道に行き着いたことを最大の無念とともに確信しなければならなかった。なぜなら、その高位階会員の多くは、まさに彼らに残されていた霊視能力や、秘儀参入により、そしてあるいは自然の遺伝が先祖返り的に働いて獲得したオカルト的実践のために、左の道を歩むことを余儀なくされたからである。しかし、このようにして、これらのロッジとその指導者たち(グランド・マスター、役員、兄弟)は、かつて彼らが持っていた豊かな信頼をすべて失ってしまう。そして彼らが、彼らに降ってきた“神々の黄昏 "の薄明を受けて、転覆と諸国民の誘惑への道を平らにしてきて、また今もしていることを、深い嘆息をもって人は知らねばならない。もちろん、これによって、この協商のメイソンが、普遍的な人間性のために、さらなる、高邁で、良き未来の使命を担っているという信念はすべて消え失せる。

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 以上の文章で、著者カルル・ハイゼ氏は、フリーメイソン関係者自身の資料等をもとにフリーメイソンの歴史をたどりつつ、本来のフリーメイソンは人類の歴史と共に存在する秘教的知識に関連する組織であることを訴えている。フリーメイソンは、「古代においては、後になったようなものではなかった。」「それは政治的な組織でも、(一方的で教条的な)キリスト教組織でもなく、真の秘密組織だった」のである。

 そしてそれを変質させ、自分たちの利益のために世界のメイソン組織を利用したのが、文章の最後の部分で出てきた「協商のメイソン」なのだ。

 

 今、フリーメイソンと言えば、一般的には、謎めいた秘密の組織であり、「陰謀論」論者から見れば、それこそ陰謀の中心にある組織と思われているのではなかろうか。しかし、一方で、公に存在するフリーメイソン組織には、例えば建物の内部も公開し、決して陰謀を図るような組織ではないと訴えるものもある。ホームページを見ても当然陰謀とは無縁で、友愛を旨とする組織だなどと述べられており、「陰謀論」の印象とは異なってくる。

 大多数の人は、「陰謀論」は荒唐無稽だと頭から思っているので、フリーメイソンは多少秘密めいているが、社会的には特に害のない存在だと思っているのではなかろうか。それは、おそらく、実際に-当然、どのようなフリーメイソンかによるが-それに属している多くの人も同じである。なぜなら、彼らにその真の姿は教えられていないからである。

 実際に多くのフリーメイソンは無害だろう。だが、それは一種のカモフラージュなのではなかろうか。

 シュタイナーやハイゼ氏の主張を信じるなら、現在の一部の(しかし、影響力を持っていると想定される)フリーメイソン団員の真の姿はそのようなものではないと思われるからである。

 フリーメイソンは神秘的な秘密めいた儀式を行なうとされる。本来それらは、実際に秘教的な意味があるのだが、その意味を実際に知る者は限られる。それをよく知る者ほど階位が上になるのだ。これらを全て把握している者もおそらくいるだろう。その様な者は、表には出ず、組織の奥の見えないところにいて指示をしているのかもしれない。

 しかし、彼らが、人類の発展や幸福のために活動しているとは限らない。霊的知識を独占し、自分及びそのグループの利益(それには人類の霊的進化を阻止するということもある)のために利用している可能性がある。その様な者達が左手のブラザーフッドを構成し、いわばフリーメイソンを利用しているのである。

 

 シュタイナーの時代には、既にフリーメイソンは変質し実際に世界の裏側で策謀を巡らせていたのだが、フリーメイソン自体は影に隠れて、表で働く別の、例えば社会変革や革命を標榜する団体を利用していた。この構造は、現在にも引き継がれているのだろうか?

 私には、WEFなどはその様な組織に見えてしょうがない。この組織は、未来志向で、進歩的なイメージを振りまいているが、それは果たして人類全体の福祉のためなのだろうか?

 

 次回以降は、フリーメイソンの変質の歴史がさらに詳しく語られていくことになるだろう。

イーゼンハイム祭壇画とその治療力

イーゼンハイム祭壇画 第1面

 長い間忘れ去られ、19世紀末頃に再評価されるようになり、現在ではドイツを代表する画家とも評価される、16世紀に活動した「マティアス・グリューネヴァルト(Matthias Grünewald, 1470/1475年頃 - 1528年8月31日)」は、人智学派にとっても重要な画家である。しかしその名「グリューネヴァルト」は、誤って名付けられたもので、本名は、マティス・ゴットハルト・ナイトハルト(Mathis Gothart Neithart )だという。

 彼の代表作は、「ドイツ絵画史上最も重要な作品の1つである」(ウィキペディア)『イーゼンハイム祭壇画』であるが、読者の中にはこの絵をご覧になった方も多いだろう。

 私が最初に見たのは、確かオカルト、秘教関係の本に取り上げられていたものだったと思うのだが、それは決してダヴィンチやラファエロのように「うまい」絵ではないのに、確かに迫力があり、また妙に惹かれる絵であった。その本のせいもり、謎めいた雰囲気が一層強く感じられたからであろう。以来、ずっと気になる画家とその絵となった。

 この絵は、ウィキペディアによれば、「フランスとドイツの国境に位置するアルザス地方(現フランス)のコルマールにあるウンターリンデン美術館に収蔵されているが、元はコルマールの南方20kmほどに位置するイーゼンハイムにあった。この作品は、イーゼンハイムの聖アントニウス修道院付属の施療院の礼拝堂にあったものであり、修道会の守護聖人アントニウスの木像を安置する彩色木彫祭壇である。制作は1511年 ‐ 1515年頃」とされる。

 

 さて、ドイツの人智学派にとってもこの画家は特別な存在とされるのは、その絵には、以下の論考が示すように、秘教的背景があると考えられているからである。このため、イーゼンハイム祭壇画は、人智学派の重要なテーマとなってきたようで、いくつか本も出されている。

 いつかこれらの本を紹介しようと思っていたのだが、『ヨーロッパ人』誌に簡潔にまとまった論考が載っていたので、今回はこれを紹介する。

 

 本文に入る前に若干、予備的情報を提供しておきたい。

 上にあるように、この絵は本来、修道院付属の施療院の礼拝堂にあったものである。その祭壇のための絵だったので「祭壇画」と呼ばれるのだ。

 そして、施療院というのは、当時「聖アントニウスの火」呼ばれた病気(現在の疾病名で言うと麦角中毒であろうと考えられている)がはやり、主にそうした患者を収容し治療した施設なのだが、人智学派は、この祭壇画が、実際にそうした患者に対する治療効果をもっていたと考えているのである。

 音楽や絵画の、特に精神面での治療効果は現代でも認められており、アートセラピーとして社会的にも受け入れられてきている。このことからすれば、イーゼンハイム祭壇画に治療効果を認めることも無理なことではないのだが、イーゼンハイム祭壇画については、より奥深い仕組みがあるようである。

 ただ、以下の論考の表題にも「治癒力」とあるが、どうもこれには、病人の治癒という以上の意味があるようである。その絵に込められた秘教的意味合いを謎解きしながら、その大きな意味での治癒力が明らかにされる。

 さて、このような偉大な絵を描いた作者、グリューネヴァルトとは一体何ものかという問いが生じる。それについては、以下においても示唆されているが、本文の後に、また若干補足することとする。

 

 なお、祭壇画の写真も掲載するが、何分小さくなってしまい細部まで識別出来ないと思われる。今では、ネットで多くのイメージが見られるようになっているので、絵の細部については、そちらを参照してほしい。

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イーゼンハイム祭壇画とその治療力

 Der Europäer Jg. 27 / Nr. 12 / Oktober 2023

 

 コルマールでは、驚きと畏敬の念を抱いて、この偉大でいまだ謎に包まれた芸術作品の前に立つことができる。そして、ルドルフ・シュタイナーの霊的な研究の認識をもってこの作品を見つめ、解き明かそうとすればするほど、この作品は私たちの知覚の中でより大きなものとなりうるのである。当時に即してこの作品の秘密は絵画的表現に隠されており、鑑賞者に、私たちの時代にも理解できるように、それを解き明かし、理解することを促している。

 この祭壇は、1512年から1516年にかけてマティアス・グリューネヴァルトによって制作された。コルマールのアントニテ教会に保管されていたが、何度か行方不明になり、その後何度も修復された。教会は1831年に全焼したが、祭壇は保存された。以前は、教会の年中行事に合わせた絵が飾られていたが、現在は最近修復された祭壇全体を見ることができる。

 

基本構造としての3つの祭壇面

 特徴的に異なる3つの祭壇面と側面の翼が祭壇を形成している。

最初の面には、中央に磔刑の場面、左翼に聖セバスティアンの殉教、右翼に華麗な衣をまとった聖アンソニーが描かれている。この面で印象的なのは、一見幾何学的な構図の明快さである1

 第2面は、受胎告知から降誕を経て復活の場面まで、生前の出来事と死後の出来事を統合して、時系列的な伝記的シークエンスを描いており、非常に生き生きとした躍動感がある。

 第3面は、完全に地上の実際的なレベルを表している- 中央には祭壇の最も古い部分があり、教会の高位者たちが木彫りで描かれている。左側には聖アンソニーと聖パウロの霊的な会話が、右側には聖アンソニーの裁判の恐ろしい誘惑が描かれている。

 つまり、幾何学的で、鮮やかな赤と輝く白の色彩を持つ第1段階は、より認識のレベルに語りかけるものであり、時間的、伝記的な側面を持つ第2段階は、運命的な黄紫ピンクの色調を持ち、より感情、時間における経験に語りかけるものである。

 第3面は、まさに具体的な地上的なものである-中心における、重要な側面としてのパンの分割と、いと高き御方に仕える力ある者たちの力である。その象徴が、アントニーが持つTAOの杖である。黄金色、土色、温かみのある色調、青橙色、そして左のパネルに描かれた薬草のある自然は、この傾向を強調している。

 したがって、この祭壇の3つ面では、身体、魂、霊のレベル、思考、感情、意志など、人間全体が扱われているため、根本的な癒しの衝動を認識することができる。分析的に認識されるもの、次に伝記的な道の宿命的な苦しみ、そして最後に誘惑も含む人生の地上的な基盤。

 なぜこのようなことが真ん中の絵、つまり伝記的な過程にないのかと思うかもしれない。しかし、道徳的に成長するためには、この世が必要なのだ。ルドルフ・シュタイナーは言うように。:

 「人間は、この物理的な平面での生活を通してこそ、道徳を身につけるのです。人は物質的次元においてのみ道徳的になることができるのです。」 (外界の精神的背景、GA 177、1917年9月30日にドルナッハで与えられた講義)。

 ここで、癒しとは、思考、感情、意志の3つの魂レベルの調和として理解されており、この図像形成は、誕生前の出来事(受胎告知)や死後のプロセス(復活)までも共に含む、人間存在の全体的な考察について語っているのだ。

 21世紀の今日、肉体的、そして魂的・霊的な病の真の癒しは、霊的な認識レベルで人間を全体的に見ることによってのみ可能になると、私たちは確信を持って言うことができる。

 霊的なものは、すでに第一面で見られる。そこには、洗礼者ヨハネが、十字架刑の際にすでに処刑されていたにもかかわらず、生きて描かれているのだ【訳注】。洗礼者ヨハネは、ゴルゴダでの出来事に霊的世界から影響を与えると同時に、次のようなメッセージをもたらしている。:私は衰えなければならないが、彼は成長しなければならない。

【訳注】洗礼者ヨハネは、イエスに洗礼を施した後に、ヘロデ王宮で殺されてしまう。従って、イエス磔刑を受けた時には、既に地上には存在しなかったのだ。

 私たちはルドルフ・シュタイナーの研究から、洗礼者ヨハネが処刑された後、弟子たちを助ける霊となったことを知っている。【訳注】

【訳注】洗礼者ヨハネは、死後、イエスの12使徒のいわば集団魂のような存在となり、その後の彼らの活動を支援したという。

 

隠されたものからの働きかけ

 マティアス・グリュネヴァルトとは何者だったのかという問いに答えるのは難しい。私たちは、芸術的なイメージを通してのみ活動し、隠れたままでいることも、彼の個性の印しではないか、と自問することができる。彼の薔薇十字の知識はあちこちで輝いている。例えば、復活の場面では、地面に倒れた兵士のほこやりに七弁のバラを描いているが、これは薔薇十字団の中心的な瞑想への示唆である。この祭壇は、いわゆる聖アンソニーの火【ハンセン病】に苦しむ人々を癒すためのものだった。今日、この恐ろしい病気の原因は雨の多い夏の後のライ麦の収穫時にできる穀物の特大粒である麦角であることがわかっている。

 

色面についての簡単な考察

 色には特徴的な表現方法があり、この画家はそのすべての違いを知っていたに違いないと思わなければならない。

 ルドルフ・シュタイナーは『色の本質』(GA 291)の中で、赤を「生命の輝き」、青を「魂の輝き」、黄を「精神の輝き」と表現している。

 私たちは祭壇のイメージの中に、これら3つの色を簡潔また明瞭に見出すことができる:例えば、磔刑の場面では赤が生と死を対比させ、誘惑の際のアントニーの衣では青が、衣の青い五角形で彼の浄化された魂の力を表し、墓での復活した方のオーラでは黄色が、地上の死に対する魂の勝利を表している。最初のパネルの輝く白は、「霊的なものの生きたイメージ」として、思考を活性化させること、つまり死のプロセスから思考を奪い取ることを指し示している。受胎告知のガブリエルの赤紫色のマントとマリアの青緑色のマントには、混色が見られる。-ここでは、天的なものが地的なものに降り注ぎ、融合し、新しいものへと形成される。それぞれの色は、その魂的霊的内容に応じて絵の中に取り込まれる!このことから、グリューネヴァルトは色彩の本質に精通し、非常に優れた感覚を持っていたに違いないと結論づけなければならない。

 

イメージの象徴言語 - いくつかのヒント

最初の面

 一段目で、中央パネルの磔刑の場面に並んだ左にある聖セバスティアヌスは、星形の台座の上に立ち、矢に刺され、視線は上を向き、地上的なものから退いているように見える。つまり、霊的宇宙的なものとの意識的なつながりが、彼に救いをもたらすだろうと見ることができるだろう。天使たちはすでに王冠を運んでいる。反対側には、美しいローブに身を包み、四角い台座の上に立つ、よく肥えたアントニーが描かれている。ここでの正方形は地上への指向を意味する。二本の柱:このモチーフは、ソロモン神殿の二本の柱を連想させるかもしれない。それを通って、人間は神殿に入る。霊と物質、天と地の間に立ち、彼は人生の道を見て歩むのだ。: 彼は2つの世界の市民なのだ。それは人間のイメージであり、彼の現実であり、彼の "人間性Conditio Humana "なのである。

 私たちは、磔刑の場面の象徴的な言葉に次のように付け加えることができる。磔刑の場面は、この2つの柱の相の間の中央に位置し、磔にされたI.CH.を示している。子羊は、傷口から流れる血を黄金の容器で受け止めている。これは、キリストの太陽のメッセージを何世紀にもわたって伝える聖杯のメッセージを指し示すものである2。曲がった横木は地球の湾曲を示唆しており、それは、この犠牲的な死は、自由意志による苦しみであり、全地球、全人類にとっての事実であるというイメージを語っているルドルフ・シュタイナーは、「ゴルゴダの神秘は世界的な事実である」と明言している。このシーンの下にある埋葬は、強く水平を示す明瞭なジェスチャーで、十字架におけるかつての地球の湾曲を、地球の上にある太陽の弧として新たに感じさせる。【訳注】

【訳注】キリストは太陽霊であり、ヨルダン川の洗礼でイエスの体に宿った。そして磔刑の死ののち復活した。十字架の横木は、地球の弧とも、太陽の弧(下のイエスの埋葬場面を地平線として、その上に浮かぶ太陽)とも捉えることが出来る。

 

第2面

第2面

 暗闇とシンプルで明瞭な線が支配する最初の構図の描写に続いて、2段目にはカラフルで生き生きとした魅力的な描写が続く。左側の受胎告知の場面から始まり、赤と黄色の服を着た巨大で力強い表情の大天使ガブリエルが、暗い紫色のドレスを着て背を向けて怯えているマリアを指さしている。光と闇、黄赤とこの暗い紫の出会いによって強調された運命の瞬間。開かれた本には、来るべき誕生を指し示す、奇妙な、ほとんど同じ内容の文章が2つ記されている。これはおそらく、二人のイエスの赤ちゃんを指しているのだろう。透明な鳩は、この道の目的地であるヨルダン川での、30年後、太陽の霊、キリストの霊とナザレのイエスとの結合をもたらす洗礼をすでに告げている。

 中央の二重のパネルには3つの相が描かれている。

 1つは、素晴らしい桃の花を身にまとい、チェロを弾く天使。しかし、彼は、ルシファー的な側面を示す可能性のある、過剰なもの、誇張されたものを示している可能性がある。ルドルフ・シュタイナー「魂の生き生きとしたイメージ」と表現する桃の花は、ルシファーの影響を強調しているのだ。続いて、光と黄金のオーラをまとった戴冠したマリアが、装飾的な柱の隣に現れ、3番目に、子供を抱いたマリアが登場する。子供の破れたおむつはすでに磔刑を示唆している。彼女の赤いドレスは逆さまに見るとバラの花の形をしている。父なる神はこのシーンの上に鎮座し、この運命的な出来事が起こることを許している。ここで私たちは、死と重い運命の統合を認識する。しかし、それはさらに明確になる。前景でチェロを弾いている天使の真後ろに、両手を奇妙にひねって楽器を演奏しようとする、やはり暗くて淡い色彩の羽の生えた姿が見える。口と鼻から炎が噴き出しているように見える。素晴らしく明るい黄色は、ここでは緑がかった色に薄れ、輝きを失い、この明るい周囲の中では非常に暗く見える。従って、アーリマンを示唆する堕天使である。ここには闇の統合がはっきりと描かれている: それは創造に属し、ルドルフ・シュタイナーから学んだように、これは人間が将来、内なる自由を獲得するための条件とともに、存在するのである。さらに驚くべきことは、この天使の輪舞の中に東洋的な特徴を持つ人物も見られることである。これは、その4世紀前に、成熟した意識的な生き方への指示によって、このキリストの衝動への準備のようなものをすでに提供していたブッダをおそらく示しているのだろう。

 次に祭壇の右側、復活が描かれている部分に目を向けると、驚くべき出来事が描かれている: 重い石は転がされ、重力に逆らって浮いているように見える。復活した者は、巨大な太陽の光のオーラの中で、手と足の傷跡を見せている。

 兵士たちはその光を見ることなく、地面に倒れ、地面の方を向いている。夜空には当時輝いていたであろう星座が見える。夜の闇の中では色は見えないので、しかし、白い屍意衣、キリストの白い衣の上の色はどこから来たのだろうか?という疑問が残る。そこで、下の方の、光(青紫)の後ろにある色と、上の方にある光(黄・オレンジ・赤)の前にある色を見てみよう。私たちは、色彩環の中心を占める緑が、風景と、太陽の光り輝くオーラ-新しい太陽としてのキリスト-の端にあることに気づく。「真夜中の太陽を見る」とは、そのように、神秘学院でイニシエーションと呼ばれていたもので、物質的なものを通して霊的で生あるものを直接見ることができるようになることを意味する。

 7つの色、その7つの性質は7つの惑星圏を指し示し、その惑星圏は呼吸、暖かさ、栄養、分離、保存、成長、繁殖を通して地上に生きるすべてのものを維持する7つの生命プロセスの担い手である。

 このことは、キリストの言葉、すなわち「わたしは道であり、真理であり、命である(ヨハネ14:6)。」にいたるものである。

 

第3面

第3面

 中央には本来の祭壇があり、当時の教会の奉仕者たちの木彫りの像が飾られている。彼らは、その記章で誰だか分かる。左側には、3世紀に描かれた聖アントニーと聖パウロの会話があり、右側には聖アントニーの誘惑が印象的に描かれている。地面に横たわり、十字架にしがみつく聖アントニーを、悪夢のような人影が襲う。小さな白い端切れにはラテン語でこう書かれている:

 

 「善きイエスよ、あなたはどこにおられたのですか、なぜここにおられなかったのですか、私の傷を癒し、助けてくださらなかったのですか。」

 

 この孤独な闘いのすべての絶望が、ここにある—境閾の守護者との出会いにおいては、誰もが孤独なのである。絵の下には、炎症と腫れ物に覆われた病人が描かれている。その隣には鎧をまとった動物が描かれているが、これは硬化した病気を象徴している。そのすぐ隣にいる三人目が聖人である。この聖人だけがクリアな3色の光沢のある色で描かれている:青い衣、赤い下着、白く分けられた預言者のひげ、そして顔の黄色。その苦しみは計り知れないようだが、この恐ろしい生き物達は、それらすべてにもかかわらず、彼に危害を加えられないように見える。彼と彼の衣服は形を保ち、彼の鮮やかな青い衣は五角形を形成し、彼の内なる精神的な強さを表している。このイメージは、彼の内なる強さが、肉体的なレベルに至るまで、炎症、溶解過程と硬化傾向の間の健全な中心を維持することを可能にしているという意味にも理解できる。このように、彼の精神的な力強さが肉体的な形にまで作用しているのである。

 今、このパネルの中央には、右から人の魂に宿りうるあらゆるスペクトルを示す姿がやってきている: 怒り、嘲り、憎しみ、暴力、貪欲、無関心そして叫び声。正確に数えてみると、このような姿は12人である。この数は、別の事象、身体を形成する宇宙、獣帯を指し示している。『ヨーロッパ人』2009年4・5月号に掲載されたJ.W.ローエンの著書に関する記事の中で、オラフ・クーブ博士は、足元に鷲、頭部に雄牛のような生き物、そして中央に口が大きく歪んだライオンが描かれていることを指摘した。これは、悪魔が思考を「物質化」し、意志を「知性化」し、心情を「歪曲」しようとしていることを示しているのかもしれない。この絵全体を下から上に3分割すると、上3分の1の部分に最も対照的な風景が描かれている。左手には焼けた家、枯れ枝、空を飛ぶ鳥やドラゴン、その隣には氷のように高くそびえる雪山がある。もし私たち自身がこの上3分の1の思考次元にいるのだとしたら、これらは乾燥し、生気がなく、焼け焦げた抽象的な概念、そしてその隣には最高の高みへと昇る幻想的なアイデア、願い、欲望のイメージとして理解することができる。

  頭上には、輝く黄金のオーラで光景を観察し、左手に杖を持ち、霊たちを堕落させている天上の存在が鎮座している。アイリッシィ太陽十字を持つ光の剣が闇の勢力を倒している。この時代、いと高き神の名において戦いを指揮していた大天使ミカエルもこのように描かれていた。

 祭壇の左側に描かれた二人の隠者の会話は、ゲーテの『おとぎ話』に登場する王の問いかけも思い起こさせる。

 「黄金よりも輝くものは何か」と王は尋ねた。「光だ」と蛇が答えた。「光よりも快いものは何か」と王が尋ねると、蛇は「会話です」と答えた。

 では、この会話の結果は?伝説によると、一匹のカラスが庵に2つのパンを運んできた。誰がそれを分けて配るべきかについて会話が続く。結局、2人はこれを分け合い、もう片方に自分のパンを渡す。少し奇妙に思えるのは、皆が自分の分を他の人に分け与えれば、皆の分は十分にあるという重要な事実である。ここに、ルドルフ・シュタイナーが主要な社会法則として定式化した社会的問題のテーマがある

 

 「共に働く人々の総体の救いは、個人が自分の功績の収益を自分のために主張しなければしないほど、つまりこの収益を同僚に与えれば与えるほど、そして、自分の欲求が自分の業績からではなく、他の人々の業績から満たされるほど、そ大きくなるのである。」 (GA 34、1906年8月14日の講義)

 

 こうして私たちは、経済生活における兄弟愛というテーマに、物理的なレベルで到達したと言える。対話に沈潜していた二人に、カラスを通して、上から三番目のもの、パンが加わったのだ。

 

 「見よ、これはわたしのからだである」(ルカ22:19)、あるいは「わたしの名によって二人または三人いるところには、わたしもその中にいる」(マタイ18:20)。

 

 祭壇画の中央では、アントニウス玉座に座り、右手にタウ十字の杖、左手に書物を持っている。アウグスティヌスは司教服を、ヒエロニムスは簡素なローブを身にまとい、ライオンを傍らに置いている。このように、一方では王族的、知的、男性的な側面が、感情の担い手である心臓の側には、羊飼い的な側面が描かれている。アントニウスは、これらの正反対のものを組み合わせ、バランスをとることのできる中心を表している。

 

 要約すると、次のように言うことが出来る。

 第一段は、認知的な作業、つまり出来事を思考により分類し理解することを指し示している。ここでは、この霊的な次元に入ることが不可欠なのだ、十字架上の描写は、亡くなった者が生きていることを、しかも観察者に明確なメッセージをもって示しているのだから。そこでは、すべての人間が個々に霊的に成長し、概念の形成を通じて宇宙的霊性とつながるよう求められている。(『自由の哲学』GA 4)

 第二段では、人生の時間的次元を我々に追体験させる。天使の活動が誕生のプロセスに関与し、復活した方の霊体が、死後の世界の道も意識的に歩むよう指し示してくれる。転生している限り、すべての人間が同じように歩むことができる、あるいは歩まなければならない道が示されているのだ。均衡の原理としてのカルマの問題は、社会形成における治癒的で健全な鏡として、法生活における平等を指し示している。

 第三段は、この地上において、私たちが意識的かつ自ら進んでバトンを受け取り、対話を求め、可能な限り、この思考/霊/黄、感情/魂/青、意志/意欲/赤の三位一体で、特に誘惑において表現されていることを実践することー経済生活における兄弟愛の理想に有益である用に-を示している。

 下に配置された「最後の晩餐」では、再びキリストが最も高い位置に描かれ、弟子たちの上にわずかなアーチを描き、磔刑の場面で描かれた十字架の梁の湾曲をある意味で再現している。

 最後に、"中心部分 "が3つの段すべてを通して透明であると想像するならば、Iでは磔刑、IIでは神殿の柱の横にいる戴冠したマリア、IIIでは杖を持ったアントニウスが中心を表し、キリストはその下でパンを分け合っている。このように、私たちは、祭壇画において、明晰な思考、思いやりそして活動的で意識的な行いという3つの段階を通っていくのである。

 絵の方から見て右側は知識や知恵のさまざまな側面を示し、左側は、それぞれ魂的な成長の問題を示している。

 優れた芸術家マティアス・グリューネヴァルトの絵画デザインによる前述のメッセージは、このように凝縮される。

 

ウルスラ・シュトーブリ

 

〈著者について〉

1953年生まれ。元、中等学校教師、チューリヒシュタイナー学校での教師養成セミナーを経て、アートセラピスト、オイリュトミスト、人智学に基づく伝記的問題、霊的な年代に関する問題、おとぎ話分析に関する講座、これらのテーマに関する講演、絵画講座に携わる。

二人の息子と一人の娘の母であり、二人の孫娘がいる。

 

1 グリューネヴァルトによって細々とリアルに描かれた瀕死のキリストを見るとき、肉体の緑がかった色は、ルドルフ・シュタイナーが「魂の生きたイメージ」(GA 291)と表現する桃の花という反対の色を観察者の目に作り出す。こうして私たちは、「生きている者の死んだ姿」を表す緑を越えて、桃の花とともに復活した方を見るのである。

2 兵士がキリストに与えた傷は必然的なものだった。一方では、この血は、地上に存在した最高の物質、すなわちキリストの自我を担うものであり、究極の救いの物質として地上に流れ込まなければならなかったからである。一方では、十字架刑においては、血液は滞り、体を開く傷がなければ流れることはない。

 

参考文献

ゴットフリート・リヒター『イゼンハイム祭壇画』ウラッハハウス。Max Seidel, The Isenheim Altarpiece, Belser Verlag.

ミヒャエル・シューベルト、『イゼンハイム祭壇画』。History - Interpretation - Background, Urachhaus.

Johannes W. Rohen, Der Isenheimer Altar als Psychotherapeutikum, Verlag Freies Geistesleben.

J.W.フォン・ゲーテ『緑の蛇と美しい百合のおとぎ話』、日本経済新聞社。Rudolf Steiner, The Key Points of the Social Question (GA 23).

ルドルフ・シュタイナー自由の哲学』(GA 4)。

ルドルフ・シュタイナー『秘密の科学の概要』(GA 13)。

色の本質(GA 291)。

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 以上の文章から、この祭壇画の細部には様々な意味が込められており、また巧みな構成によりそれらが有機的につながり合っていること、そして3段の絵画と彫刻全体で人間の全存在に訴えかけていることが示されたと思う。その意味では、病人の治癒という目的もあったであろうが、病人、健常者を問わず、死後の生も含めて、人々が霊的に自分を磨き、鍛えていくことを促していると考えることが出来るかもしれない。

 もちろん、上の解説は、この著者の一つの解釈であり、それについての感想も私の私的な思いにすぎない。当然、異なる解釈もあり得るし、どれが正解と簡単に言えるものでもない。もともと多義的な作品であると思われ、人智学者によっては異なる説明がありうるだろう。

 

 さて、グリューネヴァルトには深い秘教的知識があったということについては、納得してもらえたのではなかろうか。

 では、その知識はどこから来たのであろう?著者は、本文の中で、「彼の薔薇十字の知識はあちこちで輝いている」と述べている。つまりこれが、その答えらしい。

 絵の解釈は人により様々としても、この事については、人智学派において共通する理解のであると思われる。

 既に何度か紹介した、世界的解剖学者であるヨハネス・W・ローエン氏が、何とこのグリューネヴァルトの絵をテーマとする本を出しているのだが(『精神療法としてのイーゼンハイム祭壇画』)、彼は、その中で次のように述べている。

 「グイドもグリューネヴァルトも薔薇十字運動と接触を持っており、そこから、彼らは神秘的な知識体系を受け取り、それが、祭壇画で-様々なイメージ要素のシンボルに暗号化されて-表現されたのである、ということは認められるだろう。」

 ここに出てくるグイドとは、グイド・グエルシというこの修道院の指導者で、グリューネヴァルトにこの絵画の作成を依頼した人物である。

 そして、ローエン氏は、グイドと薔薇十字運動の関連に関して、その背景として、彼は、神殿騎士団カタリ派(あるいはアルビジョア派)、そして薔薇十字運動の時代から、秘教的伝統が残っている南フランスの出身であり、アントニウス修道会のインパルス自体もこの南フランスにある、と指摘している。

 グリューネヴァルトもやはり薔薇十字運動と接触していたので、この関係から二人が出会い、あの作品が生まれたというのである。

 

 薔薇十字との関係を裏付ける一つの根拠としては、祭壇画に「二人の子どもイエス」の秘密が隠されているらしいと言う本文の記述が挙げられるかもしれない(この説は、人智学派の別の研究者によっても唱えられている)。

 この秘密が確かに薔薇十字運動に流れていることは、先に掲載した、「二人の子どもイエスとは㉔(タイナッハの教示画)」や「シェークスピアの暗号」の記事で示されている。

 「二人の子どもイエス」というのは、秘教的キリスト教にとっては重要な秘密であるが、教会権力の強かった時代において、それは禁断の説であり、公に主張できるものではなかった。当然、秘教的なグループの中で、密かに伝えられてきたのだ。その一つが、薔薇十字運動であったと考えられる。

 この秘密を絵に込めたと言うことは、やはりこの絵の薔薇十字運動とのつながりが推定できるのではなかろうか。

 

 私はこの絵の復活したキリストが特に好きなのだが、19世紀末頃にこの絵が再評価されるようになったことの背景には、この頃から、薔薇十字運動の霊統を受け継ぐシュタイナーが公に人智学運動を始め、彼が、キリストの再臨を明らかにしていったことと関係があると、確かある人智学者が語っていたような記憶がある。

 今、悪の対抗勢力の動きばかりが目につくような時代状況であるが、もちろん、霊的ヒエラルキーとそれに使える者達も、キリストの再臨に向けて着々と準備をしてきたのである。

太陽の臓器としての心臓

  2024年は、まさに激震の年を予感させるスタートとなった。

 今回の大地震だが、不幸中の幸いだったのは、石川県の珠洲市にはかつて原発建設が予定されていたが、地元住民を中心とする反対運動により計画は凍結されていたことである。もしそこに原発が実際に存在したとするなら、福島の二の舞になっていたかもしれない。当時の反対派住民に感謝するばかりである。
 しかし残念ながら、同じ石川県の志賀原発を含め、電力会社は否定するが、実際には日本の多くの原発の敷地内に断層が存在しているという。一部の者の目先の利益のために、日本全体が、巨大なリスクを抱えるようになってしまっているのだ。

 さて新年最初の更新なので、 一般的にめでたいと思われる太陽に関係する話をしようと思う。(以下の部分も含め、話の出だしが少し暗いのは勘弁してください)。

 コロナワクチンの害については色々情報が流れるようになってきているが(マスコミ以外でだが)、そこに心臓へのダメージというものもある。それは、主に心筋炎が発生するということのようだが、余りにも多いので隠しようがないのか、心筋炎なるとしても「軽い心筋炎」というように語る者もいるようである。しかし、それはごまかしで、心筋炎は治らないので、それを発症したら、一生健康不安を抱えることとなるようだ。
 さて、このブログでは、何度か心臓の秘密をテーマとしてきた。心臓は、ある意味で、脳と並んで、人間存在の中枢ともいえるのだが、シュタイナーによれば、今後変容していく臓器でもある。未来において更に重要な役割を担うのである。
 このことを考えると、今回のワクチンは、こうした点においても、人類の未来への攻撃と言えるのかもしれない。

 

 以前、「心臓はポンプではない」とするシュタイナーの指摘に関する記事を何度か掲載した。

k-lazaro.hatenablog.com

 以前は、トマス・コーワン氏の著作の紹介が中心であった。それは、コーワン氏が医者であるため、当然であるが(人智学的な)医学的・科学的視点からの論考であったが、今回は、より霊的な視点からこれを論ずるものである。

 秘教的には、心臓は太陽と関係しており、太陽はキリストと関係がある。従って、以下の論考はこの3者を巡る議論であるとも言えるだろう。これは、2003年の『ヨーロッパ人』誌に掲載されたものである。

 なお、以下に出てくるエーレンフリート・プファイファーという方は、既にこのブログで紹介済だが、シュタイナーに直接教えを受けた人智学者である。

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太陽の臓器としての心臓

エーレンフリート・プファイファーにおける "第五心室 "の概念について  1 第1部

Der Europäer Jg. 7 / Nr. 7 / Mai 2003

 クラウディア・テルペル(ベルリン)著

「自らを形成し、その心臓で天と地を創造された神聖なる神は、......」。(J.アスマンによる:エジプトの賛美歌と祈り)

 

1 歴史と科学における心臓のイメージ

   あらゆる文化の無数の神話が、人間の最も神秘的な器官である心臓をめぐって絡み合っている。古代エジプトでは、心臓は人間の生命力、魂、精神の器と考えられていた。神々の思し召しに従って行動しない者は、自分の心臓に背く行動をとることになり、死後、心臓がその者に不利な証言をすることになる【訳注】。心臓では、地上的な流れと霊的な流れが出会うのだと考えられていた。それは「太陽器官」であり、「光」と「重力」の原理を統合する金と関係していた。

【訳注】古代エジプト人の信仰では、「脳ではなく心臓が感情、思考、意志、意向の座であった。・・心臓は、来世にとっての鍵であった。心臓は、死後も冥界において生き続け、その所持者に有利もしくは、不利な証言をするとされていた。」(ウィキペディア)もちろんこの場合、物質的な心臓が死後も生き続けるということではないだろう。古代エジプト人は、死後も生き続ける超感覚的な力が心臓に宿っていることを知っていたのだ。

 

 ギリシャ人はまだ、魂と霊の次元を含む心臓の考えを持っていた。アリストテレスによれば、心臓は魂の活動によって動かされる。同時に、アリストテレスにとって心臓は、五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)の知覚を内側に取り込み、それらを統合する感覚器官でもある。彼は、この内的感覚を「共同感覚」(sensus communis)と呼んでいる。

   ヒポクラテスの著作では、心臓は「いわば全身の手綱を握っている」器官であり、暖かさとも関係があるとされている。後にトマス・アクィナス(1225-1274)にも同様のアプローチが見られ、彼もまた魂を心臓の原動力とみなし、温かさを非常に重要視している。アリストテレスと同様、彼は心臓を共通感覚の器官と見なしている。この感覚は、外的感覚と、トマスが「表象力」、「推察力」、「記憶力」と名づけた3つの内的感覚との間の移行部を形成する。第四の内的感覚としての共通感覚は、このように外的知覚と内的知覚の中間に位置し、その上、優れた能力、すなわち区別する能力を持っている。トマスにとって、この区別をすることができる心臓は、信仰の器官でもある。

 さらに歴史の流れの中で、心臓の概念に根本的な変化が生じた。大循環系の発見者であるウィリアム・ハーヴェイ(1578~1657)は、それでも心臓を「小宇宙の太陽」、太陽を「大宇宙の心臓」と呼んだ。とはいえ、彼の発見は、科学者たちの目には、心臓がますます物理的な臓器としてしか映らなくなり、純粋に機械的な機能、つまり「ポンプ」としての機能に還元される根拠となった。

 

  しかし、この心の魂的側面と霊的側面の分離は、それまでドイツ語には存在しなかった新しい言葉の誕生を伴うものであった-「Gemüt心情・気質」が生まれたラテン語で心臓を意味する「cor」がフランス語の「courage」、すなわち「勇気」の語源となったように、「Gemüt心情・気質」がそこから生まれた中高ドイツ語に由来する«gemüete»もまた、勇気と関係している。しかし、ここでいう勇気とは、勇敢さや大胆さだけを意味するのではなく、むしろGemütとは、魂的な感情、思考、意志の衝動の総体、すなわち、かつてその昔、心臓に帰属していたすべてのものを意味する。

 精神科学の助けを借りて、心臓を心情の座として認識し、機械論的な見方のパラダイムを克服することが可能になった。例えば心臓の機能障害に対する治療薬として金が用いられていると3、これは特に治療において明白である。シュタイナーが、より高次の存在や宇宙的な力の器官における働きについても記述したことは、彼の功績である。シュタイナーは講義の中で、時には肉体的側面から、時にはエーテル的側面やアストラル的側面から心臓にアプローチし、何よりも、心臓が血液と関連して持つ自我の力との関係を何度も何度も強調している。

 『オカルト生理学』4の中で、彼は心臓という臓器についての記述を行い、心臓が代謝と意識の両極を媒介する位置を占め、血流を介してすべての臓器の作用のバランスをとっていることを読者に示している。シュタイナーは、臓器の機能を「知覚する」というこの機能について詳しく述べている。そこには、同時に宇宙的側面が生じている。心臓と他の臓器との関係は、太陽と惑星との関係に似ているからである。シュタイナーによれば、血液は心臓から動脈に送り込まれるのではなく、その逆で、停滞した臓器である心臓を動かすのである。それは、「自我の道具」なのだ。一方ではある臓器の内的作用を吸収し、他方では肺と神経系を介して外界と接触するからである。「...つまり、心臓の中には、この2つのシステムが出会う器官があり、その中で人間は織り合わされ、2つの面で関係しているのだ。」5

  最近の研究は、この見解を裏付けている6。それにより、私たちは今、シュタイナーの促しのひとつである、ポンプの概念を真実の概念に置き換えることに一歩近づいているのである。しかし、正統派医学はまだこのことを認識するにはほど遠いため、シュタイナーが『労働者の講義』7で述べたことが当てはまる。「自分が快適であるために、心臓を、あたかも人間が血液循環のポンプを持っているだけであるかのように説明してきた科学は、人間が従わなければならないようにその機械を造ることに良心を得ることはない。心臓がポンプだと信じている限り、人は外界の生活の中に自分を正しくおくことはできない。目に見えない人間は心臓よりも上位にあり、心臓を動かすのはその人間なのだと知ったとき初めて、人はまた、人間にその機械を従わせるようになるのだ。」

 

2.心臓の第5の部屋の謎

 シュタイナーは心臓に関する発言で敵も作っただろう。ある種のオカルトサークルが心臓の霊的機能についての知識を封じ込めようとしたことと、シュタイナーの病、それにより死に至った気が関係していた可能性さえある。ルドルフ・シュタイナーと長い間一緒に仕事をしていたエーレンフリート・ファイファーは、講演(1950年)8で、シュタイナーの病気はそのようなオカルト的な攻撃の結果であるとオカルトの第一人者から聞いたと報告している。シュタイナーは「血液のエーテル化について、また肉体的・霊的二重機能を持つ器官としての心臓について、もっと明らかにするつもりだった」とファイファーは付け加えている9

 残念なことに、プファイファーはこの講義の中で、彼がどこでこの情報を得たのか語っていない。一流のオカルティスト」から得たのだろうか。それともシュタイナー自身から?それとも彼自身のオカルト研究から? 彼はまた、この文脈で言及した表現、すなわち「心臓の第5室」の表現の起源についても沈黙している。ファイファーはこう説明する:

 

 「現代において、人間の心臓にある変化が起こり、第5の室が徐々に発達するという考えである。この第5の室では、人間は現在とは異なる方法で生命の力をコントロールできる器官を持つことになるのである。」10

 

 オカルトのサークルの中には、「心臓の第5室」という表現が存在するものがある11 ので、ファイファーがこの概念を採用したかどうかは疑問の余地がある。いずれにせよ、この概念はシュタイナーの著作や講演のどこにも見当たらない。しかし、シュタイナーは将来、心臓が変容すると予言している12

   シュタイナーは、心臓に横紋筋線維があるのは、意志によって制御される臓器だけがそうであるのように、心臓はすでに、受動的に動く臓器から、人間の意志に従う能動的に動く臓器へと自らを変容させる能力を持っているからだと考えている。

 

3.血液のエーテル

 シュタイナーは、講義サイクル「社会的出来事における過去と未来の脈動」13の中で、ここしばらくの間、「人間の肉体の心臓とエーテルの心臓との間のつながり」がますます緩んでいるという事実からなる問題にも言及している。シュタイナーによれば、他の臓器にも及ぶであろうことが、心臓の場合にはすでに本格化している。シュタイナーによれば、心臓のエーテル的なものから肉体的なものへの分離は2100年までにはかなり進んでおり、人々はそのとき、「肉体的な心臓とエーテル的な心臓との間の自然なつながりによって、自然にもたらされていた何かを、別の方法、霊的な生の方法で 」求める必要が出てくるだろう、というのである。シュタイナーが言う「以前は自然に 」もたらされていたものとは、より生き生きとしたイメージ的な思考法のことである。それは、心臓の構成要素の構造が変化する過程で、次第に生気を失い、抽象的になっていったのである。

 シュタイナーが心臓のプロセスを思考と関連づけているのは興味深い。ここで、心臓は思考の器官であり、思考の乱れは心臓の不整や混乱に起因するという古代エジプトの教義を思い出すかもしれない14。シュタイナーは、18世紀以降、思考がいかに表面的なものになっていったか、いわゆるジャーナリストの病について述べている。さらに、心臓の中でエーテル的なものと物理的なものが分裂することで、「知識」と「信仰」への分離が起こる。: 知識はますます抽象的になり、現実から離れたものとなる。一方、信仰は「霊的世界との素朴な感情的関係を発展させたいだけ 」である。思考の意志だけでは、本質的なものには到達できない。そして信仰は具体的な霊的生活に到達しない。だからこそシュタイナーは、科学は精神(霊)化されなければならないと繰り返し強調する。精神的な深化によって、特定の軌道だけを歩む表面的な思考は、地球や宇宙と内的につながっていることを自覚する「心臓の思考」に変わることができる15

 思考が変われば、人間には別の力が利用できるようになる。シュタイナーは「血液のエーテル化」16 についての講義の中で、血液が心臓を流れるとき、エーテル的な力が解放され、それは、心臓から頭へと絶えず移動すると述べている。 

 「これらの流れは、物理的実質であり素材である人間の血液が、絶えずエーテル的実質に溶解することによって生じる。それにより、心臓の領域で血液が微細なエーテル的実質への移行が絶えず生じるのである。

... この血液のエーテル化というプロセスは、目覚めている人間には常に見られる。このプロセスは、目覚めている人の意識活動によって引き起こされるが、その質は実にさまざまで、エーテル流の質にも影響を与える。その人がどのように考え、どのような道徳的原則を持っているかによって、睡眠中に他の霊的な力が影響を及ぼすことがある。」

 

 シュタイナーのこれらの発言を考慮に入れるなら、シュタイナーが『高次の世界の知識を得る方法17』で示した6つの「副次的な訓練」は、今日、より適切なものとなる。これらの訓練は、人間のアストラル体の心臓の近くに形成される超感覚的知覚器官、「十二弁の蓮の花」の形成に役立つ。蓮の花(「チャクラム」とも呼ばれる)の形成により、エーテル体のある種の変化が生まれる。「意識とは無関係なエーテル体の流れや動きに、人間自身が意識的な方法で引き起こすものが加わるのだ。...

 この発達の目的は、肉体の心臓の領域に、そこから限りなく多様な霊的色彩と形態で流れと運動が発する一種の中心が形成されることである。このセンターは実際には単なる点ではなく、非常に複雑な構造、素晴らしい器官である。特に、十二弁の蓮の花は、説明したセンターと特に密接な関係を持っている。18

 このことにより、修行の道の助けを借りて、自分の中に「より高次の自己」を誕生させるための前提条件を作り出すことであり、人間は「今、徐々に、エーテル体の流れを通して本来の高次の生命要素を操り、肉体から高度に自由になることができるように成熟していくことが出来る。」19

 プファイファーが、人間は心臓の第5室に「肉体から自由になれる」器官を持つようになると書いているのは、このことを意味しているのだろうか。

  それは、現在とは異なる方法で生命力をコントロールすることを可能にするものなのだろうか?シュタイナーは、血液のエーテル化に関する講義の中で、ゴルゴタの秘儀」以来、心臓から発せられる自分のエーテル流と同時に、キリスト-大地に注がれたその血も同時にエーテル化のプロセスを経ている。それにより地球のエーテル体もキリストのエーテル化した血に浸透されている-のエーテル流を取り込むことが可能になったと述べている。こうして人間の心臓は、キリストの(エーテル化された)血を受け取る「聖杯の器」となり、それを通して人間は癒しの宇宙の力と再びつながるのである。

 

  クラウディア・テルペル(ベルリン)

【注】

1 in: Thomas Meyer (ed.): A Life for the Spirit - Ehrenfried Pfeiffer (1899-1961), Perseus Verlag Basel.

2 Georg Berkemer and Guido Rappe: Das Herz im Kultur- vergleich, Akademie-Verlag Berlin 1996を参照。

3 Matthias Girke: "Gold und das menschliche Herz", article in Der Merkurstab, issue 4, 1999を参照。

4 ルドルフ・シュタイナー:『オカルト生理学』(GA 128)。

5 同上。

6 Paolo Bavastro, Hans Christoph Kümmell (eds.): The Human Heart, Verlag Freies Geistesleben, Stuttgart 1999を参照。

7 Rudolf Steiner: Rhythms in the Cosmos and in the Human Being.

(GA 350)。

8 "The Heart as a Spiritual Organ of Perception and the Aetherisation of the Blood" in: A Life for the Spirit (op. cit.).

9 エーレンフリート・ファイファー: A Life for the Spirit』(前掲書)137ページ。

10 同書、137ページ。

11 オトマン・ザール・アドゥシュト・マズダズナン(1844-1936)の教えにおける「本当の自分」の位置づけなどについては、www.mazdaznan.de。

12 例:『ルドルフ・シュタイナー:薔薇十字団の神智学』(GA 99)。

13 ルドルフ・シュタイナー:社会的出来事における過去と未来の衝動(GA 190)。

14 Claudia Törpel: Man denkt nur mit dem Herzen gut(2003年5月にEuropäer-Schrif-tenreiheで出版予定)参照。

15 『クラウディア・テルペル:信仰の治癒力について』(Der Merkurstab, issue 5, 2002)の書評を参照。

16 『ルドルフ・シュタイナー:秘教的キリスト教』(GA 130)所収。

17 『ルドルフ・シュタイナー:いかにして高次の世界の知識を得るか?(GA 10)。

18 同上。

19 同上。

【以下に続く】

 

太陽の器官としての心臓

(エーレンフリート・プファイファーにおける "第五心室 "の概念について) 1 第2部

 

4. 聖杯の器としての心臓

 聖杯の器としての心臓-これはプファイファーが「心臓の第5屋」という考えと結びつけたものなのだろうか。ルドルフ・シュタイナーの講義シリーズ『東洋とキリスト教の神秘』2には、マリー・シュタイナーによる序文があり、その中で彼女は「隠された部屋」という表現を使っている。彼女は書いている。「いわば、隠された部屋で世界の出来事の鼓動を導き、人類の霊的な血液循環に生命を吹き込む。そのように、(神秘的な知識の)放射は働く。」この一連の講義で言及されたエジプトの秘儀は、外部世界から隠されて、秘密裏に行われた。しかしそれは同時に、太陽器官、自我器官としての心臓についての知識を含んでいた。ルードルフ・シュタイナーは、イニシエイトの中心的な経験であるについて次のように述べている。真夜中に太陽を見ること、「その経験は常に呼ばれていた。特にエジプトの神秘的な時代には、人間が真夜中に眠っているときに霊、的に太陽を見、今特徴づけたような形で太陽の力と一体化していると感じることを、最もはっきりと経験していたからである。: 肉体とエーテル体を照らす太陽の力として、自我の中に太陽のようなものを体験することを。」というのも、彼はあらかじめこう説明しているからだ:

 「太陽が下に生えている植物に語りかけるように、私は、肉体とエーテル体にこう言うことができる。“植物が太陽のものであるように、私は肉体とエーテル体の太陽のようなものである。”」

 シュタイナーによれば、エジプトの高度な文明の時代にも、イニシエートたちは、太古の昔から世界叡智から生まれた世界言葉(ロゴス)を生きることができたという。世界言葉とのつながりによって、自分自身を最も深い意味で人間として、すなわち霊的な自我存在として認識することが可能だった。しかしある時、「世界言葉」が沈黙する時が訪れた。何かが取り返しのつかないほど失われたように見えたが、それは水面下に沈んだだけだった。水の流れが、しばらく地表から姿を消し、また別の場所に現れる川のように。

 どのようにして古代エジプトでは水没していたものが、どのようにして甦ったのか。それは、「聖杯」と呼ばれ、聖杯の騎士たちによって守られている神聖な鉢の中に見えるようになったのである。そして、聖杯の出現の中に、古代エジプトに降臨したものを感じることができるようになったのだ。」3

 では、エジプトの秘儀において「隠された[心臓の]部屋」で起こったことは、今日、つまり第5文化期において、もし人々が自分の心臓を聖杯の器に変えることができれるならば、個々の人々の心臓の中で再現すことができる出来事なのだろうか4。そして、プファイファーが「第5の心臓の部屋」という言葉で表現したかったのは、このことなのだろうか。

 キリスト・イエスによって--これは薔薇十字団の古くからの信念である--"第5のもの "が世界にもたらされる。それは、以前には存在しなかったものであり、そこから新しい生命が生まれる十字架の中心を形成している。"第5の要素"("第5の精髄 クイント・エッセンス=クインテッセンス")が、万物の根底にある統一的な要素を表し、同時に他のすべての要素のエッセンスに点状に凝縮しているように、プファイファーは、心臓の第5室によって、人間全体を要約したような、精神的な核を形成すると同時に、神的なもの、世界的な自我への入り口の門や器としての役割を果たすものを考えていたのかもしれない5

 

5.霊的認識器官としての心臓

 心臓の活動には、地上では中心でありながら、宇宙的な広がりの中に故郷を持つ「自我」の、【人の】全構成要素を統括する性質が明らかになっている。プファイファーが講演の中でシュタイナーの「点と円周」5に関する瞑想に言及したのはこのためである。彼は次のように説明している。「球体のイメージを作り、それを中心に向かって変成させ、その点から再び球になるようにする。球のイメージを球の形にし、球の中心点まで変成させ、そこから再び球になるようにする。同心円がだんだん小さくなっていき、ある一点になる。そしてそこからまた広がっていくのを想像することができる。いつか、このエクササイズを宇宙の最果てまでに適用してみるだろう。そうすれば、宇宙全体が、それに属するものすべてを含めて、地球に収縮し、地球は、球体の中心に収縮するのという感覚を得ることができるだろう。

  そのとき人は、自分の心臓の中心が球体全体の中心であることを感じるだろう。これは経験しなければならない。単に想像するだけでは何の価値もない。この経験をしたとき、人は再び拡大しようと努力する。そして今拡大しているのは計り知れない宇宙ではなく、自分自身である。もし今、人が客観的で十分な強さを備えているならば、その時、人は境域の守護者に出会う。そして、守護者があなたを通過させるなら、あなたは自分がいかに小さいかを知ることになる。拡大しつつあるこの新しい球体は、不完全でつぎはぎだらけの宇宙であり、ある部分では他の部分よりも精巧にできている。これは気持ちをくじくことではなく、客観的な経験である。人は、(自分の中にある)霊的な性質を持つものすべてがどのように放射しているのかを見て、放射する力を感じる。そして、それに並んで、暗い空間を体験する。

 人がしたことは、神が創造した宇宙全体を中心に収斂させ、そしてこの点から、いつか新しいコスモスとなるものを外に放射することである。これが心臓を動かし、心臓に、そこからまた外へと放射する動きを与えているものなのだ。6

 この瞑想の描写は、最も内なるものと最も外なるものがリズミカルに融合と発散を繰り返す、一種の霊的な心臓の呼吸のように思える。そしてプファイファーは、関連して、血液を吸引し、また外へと脈打たせる「心臓のエーテル的中心点」について、次のように語る。

 

 「ここは、物理的な実質がエーテル的な実質に変化する場所である、シュタイナー博士は、形がどのようにしてエーテル脳に達し、そこから肉体の脳に到達するのか、それによって肉体の脳が機能し、肉体の器官に調和がもたらされるかを語った。肉体の器官とその機能は、エーテル的な心臓とエーテル的な脳の間で起こる出来事によって調整されている。」7

 

6 .古くて新しい心臓の思考

 シュタイナーはかつて、人は、人間の内部で起こっていることについては「ほとんど知らない」と述べた8

 

 「なぜなら、私たちは心臓の魂的・道徳的・霊的な意味を知らないからである。古代エジプト人はもっと知っていた。彼らは心臓について、生きた、本質的な考えを持っていた。一方では、これは古代の神秘体系(真夜中に太陽を見る)と関係があるが、同時に、彼らが自由に使えるより強力なエーテルの力と関係がある。そうゆえ、彼らはまだ(エーテルの)心臓で考えることができるのだ9。ヒーリング効果や医学的知識も、この異なる種類の生命組織(古代のエーテル心臓)まで遡ることができる。なぜなら、エジプト人が使い方を知っていたヒーリングパワーは、エーテル体にあるからだ。

 同質のものは同質のものでしか認識できないのだから、キリストのインパルスを通してエーテル的な力を刷新することが現代には必要なのだ。- この新しいエーテル心臓は、今日の意識の力の助けを借りて、生者を探求するための知識の道具となることができるのである。医学において、生あるものの計量、計測できるものだけが考慮される限り、人は物質的な死んだものしか把握することができない。しかし、生あるものをプロセス的なもの、つまり「なりつつあるもの」の中に把握する思考法を開発することが重要であり、それによって初めて本質を明らかにすることができるのである。ゲーテはメタモルフォーゼ論で、この新しい考え方の素晴らしい例を示した。

 心臓の生理学、形態学、発生学を掘り下げるとき、人は最大の畏敬の念に捕らわれ、心臓は全生物の完成形であるというアリストテレスの意見に容易に賛同することができる10。それは今も昔も、自然の最大の驚異である、いわば「ジャンプ台」11であり、そこから全人類が出発するのである。心臓は、私たちに、意識という点では外に対して自らを開き、それでもなお自己を感じる自我であることがいかに可能であるかを教えてくれる。対人関係においては、これが他者への真の理解を深めるための基本的な前提条件であり、思いやりは、健全な自己意識の上にのみ育まれる。あらゆる真の人間的な出会いは、相手の自我と自分の自我の間でリズミカルに揺れ動くプロセスである。究極的には、心臓こそが、人間が世界の出来事に心を温めるとき、実際の「人間」が発展しうる有機的な基盤を表す、律動の中心器官なのである7

 

7.心臓でしかよく見えない

 生理的なレベルで観察できることは、人間のより高い能力の表現である。したがって、サン=テグジュペリはこう語る。「人は、心臓でよく見えるだけで、本質的なものは目には見えない」12。カール・ケーニッヒは、かつて、癒しの仕事は、実際にはキリストの力である、心臓の中で働いている霊的な力を自分自身の中に感知することができたときにのみ、社会生活の中で行うことができる、と述べた13。ここに自由と愛を理解する鍵がある。また、これまで述べてきたことから、心臓なくして人間のより高い発展は考えられないということがわかる。なぜなら、人は心臓によってのみ、地上と霊の "2つの世界の市民 "になれるからだ。前述したキリストの血のエーテル流の吸収によって、心臓が随意的な器官へと変化することも、やがて可能になる。なぜなら、この器官の深く賢明な活動は、自分自身の意志が「私ではなく、私の内におられるキリスト」という意味において、より高次の神の意志と結びついた場合にのみ、自我主導の活動となりうるからである。

 ヴィルヘルム・ハウフが童話『冷たい心臓』で描いたように、心臓の霊的なレベルが否定されると、人は生きた心臓を "石のような "心臓と交換することになる。- そこに書かれているように、その結果は、モラルの枯渇である。均等化の力を持つ機械化の犠牲者になりたくなければ、人間がより高い意味での "私 "であることを認識することが重要である。現代の自然科学は、人間を自分自身から疎外し、その最も完全で高貴な器官である心臓から霊的な次元を取り除くことで、人間から尊厳を奪っている。これを取り戻す必要がある。そして、霊が物質を支配するのであって、その逆ではないことを認識することによって、そのスタートが切られたのである。

 もしシュタイナーがもっと長生きしていたら、心臓の霊的な意義についてもっと多くのことが言えたかもしれないし、言うつもりであっただろう。シュタイナーが言ったことは、それを本当に理解するならば、かなりのことであり、この点に関しては、まだ探求すべきことがたくさんある。しかし、確かなことは、心臓の力は、将来、人間が心臓の質--それは同時に「太陽の質」でもある--を自分自身で徐々に身につけることができるかどうかに、ますます左右されるということである。それは、「心臓」と「心情」への概念的な分裂が起こり、--変化した意識状態から--このつながりを再確立することができるのと同じように、人間は血液【自我の器官】を介して心臓に癒しをもたらす力との新たなつながりを求めることができるのである。

・・・・・

内なる太陽-宇宙における太陽

 太陽についての考えが書かれたプファイファーのノート "Vom Erleben des Christus "1

 

 「キリストは太陽の霊であり、その肉体は太陽であり、その呼吸と思考は太陽の光と知恵であった。すべての生命は、物理的な世界のそれも、永遠の叡智の法則がその中に明らかにされ、活動する限り、光と生命によってのみ創造される。

 太陽であるということは、物理的・霊的空間のあらゆる面に光を放射するということである。しかし、太陽の光線(物理学者の言う光線)という言葉は、何も語らない抽象的なものであり、真実ではない。太陽の本質は「光ですべてを満たす」ことだからだ。「光線」ではなく、太陽の「織物、溢れる織物」2という表現が適切だろう。

 そして、太陽は、その実体を無限に永遠に燃やし続け、燃やすことで光を生み出し、光に変え、光の中で霊的な実質の新たな源を永遠に開き、自分自身を更新することを意味する。

 太陽は無尽蔵である。

 太陽は、それが見え、受け取られるか否かにかかわらず、すべてのものの上に、すべてのもののために輝く。太陽はそれ自体であり、無限であり、終わりはない。

 太陽は輝けば輝くほど、太陽は自らを更新する力を得る。太陽は一瞬一瞬、自らを犠牲にし、その犠牲を「犠牲」と認識することなく、新しい太陽を誕生させる。

 太陽は温め、輝かせ、不純なもの、うつろうものを燃やす。何の準備もなく太陽に出会った者は、盲目となり、焼かれる=炎の中で浄化される。

 太陽は浄化の火の灰から蘇り、新たな生命を輝かせることができる。

 太陽は絶え間なく自己を更新する。

 太陽と愛は一体であり、不滅の統一体である。

 太陽はキリストであり、キリストは太陽である。

 太陽は外に生き、太陽は内に生きる。

 内なる太陽があってこそ、私たちは外の太陽、宇宙の太陽、他人の心の太陽、自分自身と他人の心の太陽を認識し、把握し、理解し、体験することができる。

 太陽はすべてである。(...)

 しかし、キリストはもはや今日の物理的な太陽の上にはいない。それは徐々に燃え尽きる火の玉だ。キリストは地上に降り立ち、地底に浸透し、地上の物質にキリストのエッセンスを吹き込み、溶解、救済、エーテル化の準備を整え、地を通して、そして地から外に向かって輝いている。キリストは、人を太陽に変え、エーテル化を実行できるようにするために、人の心臓の中に入り込んだ。自然の中のキリストは、何千、何万の人間の心臓の中にいる。一個の太陽から千個、千個の太陽が生み出される-新しい、光り輝く、温かみのある、愛を放つ世界体が。

 【注】

1 Ehrenfried Pfeiffer: A Life for the Spirit, Perseus Verlag, pp.184-186.

2 参照: ルドルフ・シュタイナー『入門の門』第7図(GA 14): ベネディクトゥス:「光の織りなす本質、それは/人から人へと輝き、/真理で世界を満たす。 (...)」

・・・

 

【本文注】

1 in: Thomas Meyer (ed.): A Life for the Spirit - Ehrenfried Pfeiffer (1899-1961), Perseus Verlag Basel.

2 Rudolf Steiner: The Mysteries of the Orient and Christianity (GA 144).

3 同上。

4 「今日、私たちは、古代の神秘における太陽と同じような体験を、心ですることができる」とプファイファーは書いている(Ein Leben für den Geist, op.cit., p.146)。ヨハネ一揆』についての著書の中で、プファイファーは次のように説明している。「秘教的な崇拝と道の最高の成就は、肉体が神の神殿であるという経験である。この神殿の祭壇、すなわち心臓の上で、イニシエートは、血のエーテル化によって自らを清め、地上の自己を神の存在(高次の自己)、霊我などに変容させることによって、犠牲の鉢、すなわち聖杯を自分自身に捧げる。この行為において、自己は「私ではなく、私の中のキリスト」という意味で、神そのものとなるのである。(霊のための生活』、前掲書、187頁)。

 5 例:『ルドルフ・シュタイナー:治療教育コース』(GA 317)。

6 『精神のための生活』(前掲書)、p. 140/141.

7 同書、p. 142。

8 Rudolf Steiner: Human Soul Life and Spiritual Striving (GA 212)。

9 Claudia Törpel: Man denkt nur mit dem Herzen gut, in Europäer-Schrif- tenreihe, published in May 2003.

10 『心理学』(第13章)より: Aristoteles Haupt werke, ausgewählt, übersett und eingeleitet nach Wilhelm Nestle, Stuttgart 1968.

11 アリストテレスが使用した用語("punctum saliens")で、鶏卵の中で発達する血液や心臓のこと。

12 アントワーヌ・ド・サン・テグジュペリ:『星の王子さま』。

13 カール・ケーニッヒの講演「社会的労働と幸福」。

―――――――――

 上の文に「心臓の第5室」と言う言葉が出てきた。心臓は左右の心室・心房で4つの部屋からなることは常識であり、第5の部屋とはまたまた常識外れの言葉なのだが-シュタイナー自身はこの言葉を使っていないと言うが-、他にこれを語る者として、上の文の注記ででは、オトマン・ザール・アドゥシュト・マズダズナン氏の名があげられている。

 この人物は、ネットで調べると、ドイツ系のアメリカ人で、本名は「ハニッシュ」という。「マズダズナン」と呼ばれる、ゾロアスター教キリスト教ヒンドゥー教/タントラの要素を持つ混合宗教を創始したそうで、その信者は現在も活動しているようである。

 その関連と思われるサイトには、第5室について次のように書かれていた。

「これはオトマン・ザール・アドゥシュト・ハニッシュ博士(1844-1936)によって1920年には発見されていた。それによると、心臓の部屋は4つだけでなく、秘密の第5の部屋まであるという。第5室は心臓の後ろの壁にある。直径わずか4ミリの小さなもので、洞結節に囲まれている。」

 https://petrafeldbinder.de/das-geheimnis-der-5-herzkammer/

 

 現代医学的にはどうだろう。ネットで調べてみると、第5室が実際にあるというのだが、それは、小さくて機能していない、人が胎内にいた頃の名残であるとか、病的な動脈瘤を指しているようである。

 

 それでは、人智学派ではどうかというと、やはりネットで探し当てたのだが、ブラッドフォート・ライリーBradford Rileyという方のサイトに関連する記事があった。

 彼によれば、ミツバチはこの第5室をもっているというのだ。

 「ミツバチは、地球の事実によってではなく、ミツバチが私たちの中にいる文字通りの太陽の存在であるという事実によって、その生命機能を設定しているのだ。ミツバチの巣とコロニー、そして5つの部屋からなるミツバチの心臓の叡智はすべて、地球のマトリックスに流れ、隠されている太陽の力の叡智と効果と現実に閉じ込められているのである。」

https://rileybrad.wordpress.com/2009/12/09/heart/

 彼はこのように、ミツバチは太陽に関連していることを示している。
 ミツバチは、古代から神聖視されてきており、人智学派にはこれをテーマとした著作もある。これらもいずれ紹介したいと思っている。

 

 結局、今回の話は、心臓が、太陽とキリストそしてミツバチにつながっているということになるようだ。

 今年は、昨年以上に荒れた年になるという予想を昨年目にしていたが、それがまさに初日から当たってしまったようだ。
 このブログでは、これまでアーリマンの受肉が迫っているというような記事を取り上げきた。それは、世界中で様々な黙示録的ともいえるような状況が起きている背景を探った結果であり、もとより暗い未来を想定せざるをえないのだが、この困難な状況はいわば「産みの苦しみ」であることも示されている。
 明るい未来はそれを乗り切った先にあるのだ。このことを胸に刻む必要がある。

聖杯と反聖杯の潮流


 このブログでは、時々「影のブラザーフッド」を取り上げてきた。言ってみれば、「陰謀論界隈」でよく出てくる「フリーメイソン」のような秘密結社なのだが、人智学派は、その背景に霊的対抗勢力を見ている。これも、一部の「陰謀論」では、その組織のトップに例えばルシファーの名を付けているので、「陰謀論」と通じるところがあるが、人智学派からすれば、そこにアーリマンも加えることになるだろう。

 ところで、これも以前触れたことがあるが、真のフリーメイソンは、決して「陰謀論」の語っているような組織ではない。人類史の裏側で働いてきたのは事実だが、その本来の目的は、人類の霊的進化を推進する事であり、霊的対抗勢力、影のブラザーフッドとは真逆なのである。

 これはつまり、フリーメイソンが対抗勢力により乗っ取られた、あるいはその名を僭称されているということである。これには、人間の欲望もからんでいるが(そのネットワークを利用すれば色々な利益が得られる)、対抗勢力の元々の狙いは、人類の霊的進化を阻止することである。

 しかし、真のフリーメイソンの系統につながる者達は、それ以降も存在してきたようである(「ホワイト・ブラザーフッド」の系譜といって良いだろう)。そして人類の未来をかけた闘いが、ずっと続いてきたのだ。

 

  今回は、人類史のこの隠された流れについて概観する論考を紹介したい。これは、『神殿と聖杯-神殿騎士団の秘密と聖杯、そして我々の時代におけるその意義The Temple and the Grail』という本の1節で、著者は、W.F.フェルトマン(W.F.Veltman)氏である。彼は、1923年、オランダで生まれ、ナチス占領時代に人智学と出会い、その後、シュタイナー・スクールで、フランス語、芸術史などで教鞭を執ったという。2018年に亡くなっている。原書はオランダ語だが、英語版から訳す。

 この本は、表題のように、神殿騎士団と聖杯伝説をテーマとしているが、これらは、秘教的キリスト教に関わるものであり、さらにそれに関連して薔薇十字運動やフリーメーソンなどの秘教的同胞団についても触れており、それらの流れが概観できる。

 以下において紹介するのは、秘教的キリスト教の流れに属する「聖杯」の勢力と、これに対抗する悪の勢力、そして薔薇十字運動の誕生などが述べられている部分である。

 なお、文中の「聖杯の流れ」というような表現は、秘教的キリスト教に基づき行動する霊的指導者や人々を指している。

 

 悪:聖杯と反聖杯

 著者は、神殿騎士団と聖杯伝説の歴史、真の姿について述べた後に、人類の現在と未来に目を転じる。このため、「特に悪の働きに注意を向ける必要がある」として、悪の役割に触れつつ、人類の発展の歴史を述べていく。

人智学が『ポスト・アトランティア第5時代』と呼ぶ現在の文化的時代は、第4時代であるギリシア・ローマ時代に属する中世が終わりを告げた15世紀に始まった。ルネサンス人文主義宗教改革という言葉で示されるよく知られた文化運動は、それ以前よりもはるかに強く目覚めた人間の意識の現れである。個人の成熟感、あるいは人間の精神の自由とも呼べるこの自己意識を支える柱は、正確な感覚的観察と、多かれ少なかれ脳の物理的実質に縛られている抽象的合理的思考である。

 これらの魂の2つの能力により自然科学が誕生し、それに続いてテクノロジーが登場した。これはまた人間の自我の発展に関わるものであった。

「この発展により、人間の『自我』は完全に下層の3つの部分【アストラル体エーテル体・肉体】へと降りていった。今、『自我』が、そこにおいて自分自身を意識して、物質的な地上で住む場所と感じる魂の部分を、アントロポゾフィーでは「意識魂」と呼ぶ。感覚的観察と抽象的思考は、意識魂の『自我』を自由にしている。まず第一に、何から自由にしているか......。自我は、霊的伝統、宗教、信仰から自由になり、神や命令から自由になる。」

 しかしこのことには危険が伴う。ゲーテファウストのように、悪の力と対峙しなければならない。「意識魂の時代には、かつてないほど、誘惑の力、逆らう導きの力が、人間の事柄に入り込んできている。私たちはこのことを認識し、意識的に対処することを学ばなければならないのだ。」

 そしてこれも、人間の進化のためには必要なことである。人類が霊的進化を進めるには、自由なしには考えられない。しかしそれには、「この努力に逆らい、失敗させようとする原理も必然的に存在しなければならない。もし努力に失敗することがないのであれば、つまり目標の達成が絶対的に確実なものであるならば、努力など問題になりえないからである。・・・自己意識的な『自我』の活動によってのみ可能となる。」

 それゆえ、悪が人間の努力を試す抵抗力として、その活動を人間の「自我」に向けるのである。

 シュタイナーによれば、悪は二重の力として現れる。

「ルシファー的霊は、人間の『自我』を地上から引き離し、自分たちのルシファー的霊の領域に取り込もうとするのに対し、アーリマン的力は、人間の『自我』を地上に鎖でつなぎ、物質の中に閉じ込めようとする。・・・どちらの場合も、地球の発展の目標は妨げられる。」

   この2つの力は互いに対抗するように働き、それによって互いのバランスを保っている。一方が働くことで、他方はチャンスを得るのだ。

「ルシファーとアーリマンの悪意ある性格は、両勢力が肯定的な面も持っているという点では相対的である。ルシファーは、熱意、空想、インスピレーションが必要とされるあらゆるもの、例えば芸術の分野では欠くことが出来ない。アーリマンの影響は、濃密化、物質化という性質のものすべてにおいて正当化される。これら2つの霊的な力は、世界の偉大な計画において、こうした肯定的な側面からその地位を得ただけでなく、人間の自由を可能にする対抗的な力として必要な役割を担っている。しかし、悪の二重の力が一体となって現れる時、例えば、黙示録第12章(12:13-18)に出てくる竜のように、デビルともサタンとも呼ばれるような場合、私たちは、この二つの背後に第三の、より高次の力、絶対悪の力があるかのような印象を持つかもしれない。666という数字に象徴されるヨハネの黙示録の獣(13:18)もそうである。」

 著者は、この悪の働きを、テンプル騎士団と結びつけて説明する。

 14世紀の初めに、アーリマンの力がフランス王フィリップ4世とその従者たちに憑依し、そのためにテンプル騎士団は滅ぼされ、その名声は現代まで汚されたのだ。フィリップ4世が憑依されたのには、彼の貪欲な性格のためであるが、そこには上の強力な悪魔(ソラト)の働きがあった。

「1307年から1314年にかけて起こった出来事は、神聖な太陽の金属【金】が霊的なものに奉献されることなく、権力へのエゴイスティックな努力のために使われたときにかかる呪いを、いわばヨーロッパの魂の状況に刻み込んだテンプル騎士団の破壊とそれに続くすべてのことは、秘教的キリスト教に直接向けられたものだった。我々は '聖杯の原初の使者'としてテンプル騎士団を見なす場合は、騎士団への攻撃は、反聖杯の衝動として理解しなければならない。」

 

 次に著者は、悪の起源について述べる。

 聖杯の歴史がキリスト教以前の秘儀にもさかのぼることが示されているように、反聖杯衝動の起源は過去に求められる。「これに関連して、善が時間の中で動かされ、それが早すぎるか遅すぎるかのどちらかになるとき、悪が生じることを理解することが重要である。発達の特定の段階で進歩に奉仕する霊的な力は、後の段階で物事を以前のまま維持しようとする場合、進歩を妨げ、それに反対する。このような抑制的な影響には、ルシファー的な色彩とアーリマン的な色彩がある。」

 時宜を失った霊的力が悪の根源であり、ルシファーとアーリマンは、それ自体、本来進むべき進化の道を歩まずに、前の段階にとどまったヒエラルキー存在(天使)なのである。

 時宜を失うということは、過去に有効であった霊的力が、その後の時代にも影響を及ぼすということである。

現代においても、人類発展の古いアトランティス時代からの影響がまだ働いている。アジアではよりルシファー的な性格を、アメリカではよりアーリマン的な性格を帯びている。両者とも、キリスト教以前のヨーロッパで影響をもったが、中世時代にもっと明らかになった。アジアからのものはモンゴルの大軍に、アメリカからのものは1492年に発見された後、まったく異なる形で。このように、人類の進歩に役立つ善の影響も、悪の側面とともにあるという事実を見失うべきではない。」

 悪の力の最大の敵は言うまでもなく、霊的ヒエラルキーを従えるキリストである。その力は、「ルシファーとアーリマンの影響を無効にするのではなく、キリストの光の中にそれらの存在を示すことによって、それらを克服するのである。人間の洞察力に悪を可視化することは、私たちに悪を拒絶するか、悪に従うかの自由を与えるために必要である。」

 悪の力は、本来キリストに従うべき教会にも及んだ。

キリスト教がその最初の段階から、二重の敵に対処しなければならなかったことは、よく知られた事実である。一方では、神秘主義や、シビルス、異言、魔術などの古いオカルティズムの退廃と陰鬱さに見られるルシファーの力がある。他方で、これと組み合わさって、ローマ皇帝に集中した『この世の支配者』の力も見られる。・・・敵対勢力がキリスト教の内部に入り込み、内部から働きかけることができるようになると、その影響力ははるかに効果的なものとなった。

 教会の歴史は、侵入してきた敵の一面、すなわちルシファー的な側面しか示していない。グノーシス的な性質を持つ多くの宗派や流れ、古い密儀の知恵がまだ染み付いたままの『偽りの教義』-4世紀にコンスタンティヌスによって認められた教会は、これらすべてを門外に押し出さなければならなかった。これのために、多かれ少なかれ隠されたままであったのは、ローマのアンチ霊を教会に持ち込むことができたアーリマン的な敵の影響であり、法律により組織された要素であり、今や大祭司としての皇帝からローマの司教である教皇に移されたカイザーの権力衝動であった。」

 悪の力の侵入を許した教会は、やがてその本来の使命を見失うこととなる。そのようなことに役割を果たした集団があるという。

従来の歴史物語から完全に隠されていたことの一つは、4世紀にさかのぼる集団の存在であり、その目的はキリスト教と古い秘儀の知恵とを結びつけるあらゆるものを破壊することであった。ルドルフ・シュタイナーは、4世紀のこの反聖杯の結社に注意を喚起し、その活動の中心を中央イタリアに置いている。このような人々によって、異教的な文書、神殿、美術品が破壊されただけでなく、特にキリスト教の秘教的な文書も破壊された。」

 秘教的文書には、キリスト存在が、ヨルダン川での洗礼で人間であるイエスと一体化する太陽の霊として描かれているからである。

「教会内の反聖杯勢力の意図に従って、キリストと宇宙的な太陽世界との関係についてのこの特別な知識が根絶されなければならなかったことは、『背教者』ユリアヌス帝がこの邪悪な合議体によって排除されたという事実によっても示されている。エレウシスの秘儀に入門したこの皇帝は、キリスト教の敵では全くなかった。・・・キリスト教が採用した "帝国的 "形態において、彼は求めていたものを見つけることができなかったのだ。ツァラトゥストラの太陽の知恵の名残がある近東でより深く学べると期待していたのである。」

 ユリアヌスが、中東で「マニ教接触したなら、彼はこの流れの中に、太陽の存在とイエス・キリストの関係を完全に洞察するものが存在することを発見したであろう。このため、ユリアヌスとマニ教との出会いは阻止されなければならなかった。」このために、彼は暗殺されたという。

 悪の力は、ヨハネの黙示録により666という数字で示されている。それは、太陽の悪魔ソラトを表わす。その影響は、西暦666年頃に先ず現われた。

「新ペルシャ帝国のある都市が言及されているが、そこには重要なアカデミーがあった。その都市の名はゴンディシャプールといい、マニが獄死し、その遺体が城門に無惨にも展示されたのと同じ場所である。異教的な哲学や科学のためにキリスト教地域から追放されたギリシアの哲学者たちは、ゴンディシャプールに逃れてきた。シュタイナーは、彼の霊的研究に基づいて、666年頃にそこから人類に対する極めて悪質な攻撃が行われたと述べている。・・・ゴンディシャプールのアカデミーからそのような優れた知性を文化に広め、人類のある部分が今日の段階を先取りするような加速的な発展を遂げるようにすることだった。人類の一部におけるそのような意識魂の高度な発展は、時間の経過とともに強くあまねく広まり、その影響は世界中に及ぶだろう。その結果、この加速された発展によって、人間の魂は物理的な地球を強く意識するようになり、機械論的な物質に鎖でつながれるようになるだろう。そうなると、人間の「自我」の適切な発達は断ち切られ、人間は硬化したロボットとして『獣』の力の下に置かれることになる。」

 しかし、計画はごく限られた範囲でしか成功しなかった。「キリストは、このサタン的攻撃のためにその出現を早めたからである。キリストは、もともと意図されていた時期、西暦333年、つまりアトランティス後の第4エポックのちょうど真ん中、「時の真ん中」より333年早く来られたのである。ゴルゴダの秘儀の進展は、全人類に霊的な影響を及ぼし、その結果、魂は肉体との結びつきが弱まり、霊に対してより開かれたものとなった。これによって666の衝動の最大の危険が取り除かれたわけではないが、一定の均衡が生まれたのである。」

 キリストは、地球期の始まりと終わりの時間のちょうど中間点で地上に誕生するはずであった。それは現在の西暦で言うと紀元後の333年に当たるが、アーリマンの攻撃に備えて、それより333年早く現われたのだ。「主の年」、「西暦」は、これにより333年早く始まったと言えるだろう。

 また、アラブ人におけるイスラム教の出現は、その悪の効果を弱めることにもなったものの、「ある面では、これらの人々はゴンディシャプールの意図に奉仕した。7世紀末に新ペルシャ帝国を征服したアラブ人は、ゴンディシャプールの輝かしい学問を熱心に取り入れ、実際にそれを世界に広めた。彼らはゴンディシャプールのアカデミーのアリストテレスの知恵を知的化し、そうすることによって、後のヨーロッパの唯物論的科学の基礎を築いたのである。アラビアの学識、特にムーア人のスペインにおけるそれが、現在の科学、さらには科学技術を先取りしていたことはあまりに知られていないが、シュタイナーがゴンディシャプールについて述べていることを裏付けている。:その意図は、私たちの現在の魂の状態、意識魂を加速することである。」

 「しかし、弱められたものの、この邪悪な衝動の実際の影響力は実に大きく、「シュタイナーは、それ以来、無神論の刺戟はすべての人間の中に存在している-神の否定は病気のように人類に植えつけられた-と指摘している。869年のコンスタンチノープル公会議による霊廃止の決定も、ゴンディシャプールの衝動がもたらした致命的な結果と見なさざるを得ない。これに手を貸したに違いないローマの反聖杯の結社は、666年以前にはすでに悪の力の手中にある道具だった。」

869年の公会議以前、キリスト教にも、人間は体・魂・霊からなるという教えがあったが、この会議により人間の霊性は否定されたのだ。

 

 反聖杯の活動はその後も続く。それは、いわゆる聖杯の物語にも反映している。

ワーグナーのオペラ『パルジファル』では、この魔法の領域の謎めいた支配者である魔術師クリングソールが舞台に登場するが、クレティアンとヴォルフラムでは、クリングソーは背景に隠れて見えない。」

 ここに登場するクリングソールこそが、悪の化身である。それは、物語上の人物だが、歴史的にその痕跡を探ることは可能だという。

この人物はおそらく、皇帝ルートヴィヒ1世から絶大な尊敬を集めていたカプア公ランドルフ2世(825-879)と同一人物だろう。兄のパンドは、827年にシチリアを征服していたアラブ人を南イタリアのアプリアに呼び寄せ、ランドルフもまたアラブ人とある意味で同盟を結んでいた。聖杯の武勇伝は、クリングソールとイブリスという名の「異教徒」の女王との関係について語っている。彼は、恋人(クリングソールとイブリス)たちが枕を共にしているのを見て驚いたイブリスの夫に去勢され、イブリスはイブリスの夫に去勢されてしまった。この去勢によって、クリングソールは男女を深く憎むようになった。この事件は、シチリア南西部のカロット・ボロット(カルタ・ベロータ)で起こった。

 興味深いことに、イブリスはイスラム教徒がルシファーに使う名前である。私たちはカロット・ボロットを、ヨーロッパにおける聖杯の流れに対立したオカルトの中心地とみなすことができるだろう。黒魔術の主はアーリマンであるため、クリングソーが魔術師と呼ばれたという事実は、彼が黒魔術の力を使い、それゆえアーリマンの特徴も示したことを示している。」

 

 次に著者は、テンプル騎士団の出来事へと再度戻る。

テンプル騎士団を滅ぼした一撃は、666の衝動のリズミカルな繰り返しだった。この数字を年数で表すと、1332年と1998年に戻ってくる。フィリップ4世の極悪非道な狡猾さが、非常に現代的なものであることはすでに指摘した。ゴンディシャプールの衝動に意図された絶対的な非人間性は、まず人間の思考に向けられた。氷のように冷たい知性は、神の世界から効果的に分離する可能性を生み出さなければならなかった。この知性の『罪への堕落』は近代になるまで完全には起こらなかったが、徹底的に準備されていた。

 第二の攻撃は、考えることよりも、むしろ感じることに向けられた。テンプル騎士団は学者ではなく、心の力によって生きていた。彼らが守ってきた金と血の神秘は、今や冒涜され、その正反対のものに変えられなければならなかった。感情の領域に腐敗が持ち込まれたことは明らかだ。高貴な騎士たちの中傷、侮辱、不名誉は、後世の人々の感情を腐食させるように作用した。

 その間に、真にキリスト教的な社会秩序の種は何世紀にもわたって妨げられた。」

 テンプル騎士団は、未来の人間社会のために友愛の原理の種を蒔いたのだが、それは長年にわたり成長が妨げられているのだ(それを復活させることもシュタイナーの課題であった)。

しかし、これに反して、私たちはまた、聖杯騎士の物語の積極的な働きについて考えるべきである。;秘教的なキリスト教の流れは止められたが、叙事詩のイマジネーションの中に退いたのだ。そして同時に、近代のキリスト教の秘儀の刷新が準備された。すなわち、クリスチャン・ローゼンクロイツの名と結びついた流れである

 第三の攻撃は、20世紀後半から私たちが直面しているもので、意志に向けられたものである。このため、物質中のエネルギーの力が解き放たれた。この第三の悪のうねりには、前の二つの悪のうねりがはっきりと見て取れる。ただそれらは、もっと過激で世界的次元をもっている。それ以前の時代に東西で準備され、中世から近代への移行期にモンゴルの大軍やアメリカ大陸の発見ですでにはっきりとその姿を現していたものが、東西間の巨大な闘争で鋭く顕現する。」

 

薔薇十字団

 著者は次に、テンプル騎士団の霊的衝動を引き継ぐものとして薔薇十字運動について述べる。

 テンプル騎士団は歴史的には滅んだことになっているが、その潮流は他の組織などに引き継がれた。

金羊毛騎士団における騎士団の理想の最後の復活が、ヨーロッパの支配者たちに近代への準備をさせていた一方で、キリスト教の叡智の隠された変容はすでに成長しており、それは薔薇十字団の流れとなるのであるフリーメーソンの中には、テンプル騎士団フリーメーソンとの間に直接的なつながりがあるという見解を広める著者がいる。この見解の真偽を確かめるには、フリーメーソン組織の起源をたどらなければならない。しかし、これだけでは直接のつながりはわからない。しかし、オカルト史の研究者は、「聖杯の守護者」、特にクリスチャン・ローゼンクロイツという謎めいた人物を考察するとき、間接的なつながりを見出す。」

 しかし、薔薇十字団やクリスチャン・ローゼンクロイツの真の姿は今でも霧の中にある。「なぜなら、この本質は、入手可能な文書のどこにも見つけることができないからである。薔薇十字団を名乗る現代の結社や団体は、多くの混乱を引き起こし、薔薇十字の本来の流れを知ることはほとんど不可能である。迷宮から抜け出す道を見つけるには、シュタイナーが表現しているように、正確なイニシエーション科学を参照しなければならない。」

 以降、著者は、シュタイナーに基づき、薔薇十字運動の歴史を探る。

「中世にはすでに、アトランティス後5番目の時代における人類の新たな発展段階が準備されていた、すなわち、一方では自然科学的な手段によって外的宇宙と自然を探求し、他方では個人的な宗教によって神的世界との結びつきを探求することである。しかし、この自然科学と個人的宗教は、現代ではともに物質主義的な性格を強く帯びているが、未来においては、人間が完全な自由の中で取り入れることのできる霊的な流れとつながることができなければならない。

 この霊的な流れとは、現在進行中のキリストの神秘の働きである。そしてこのことは、信じられないような意味を持つ。例えば、将来、人間は、現在、自然界の死んだ物質に対する力を持っているように、自然界の生きた力を使いこなす能力を開発しなければならない【訳注】。前者の能力は、カインの息子たちの不屈の努力と労苦によって、何千年もかけて開発されたものである。科学、芸術、社会組織が生まれたのは、時の流れの中で人々が世界に働きかけ、世界を変えたからである。大きな建造物や技術的な発明はもちろん、彫刻や絵画、さまざまな芸術が時代を超えて生み出してきた宝物、社会的な措置、法律、規則など、これらはすべて、無機的な世界という意味で、物理的な世界の制御にかかっている。文化、知恵、美、力の柱が人類の神殿を支えている。太古の昔からこれを築いてきたのは、その名を自称していたかどうかは別として、メーソン兄弟、フリーメーソンなのである。

【訳注】物質世界に現われた生命の原理はエーテルである。以前の記事で紹介したように、エーテルを利用するエーテル科学がやがて生まれるのだろう。

 

 しかし、生命の力の制御もまた開発される必要がある。最初の芽は、無機的な力の制御は社会生活にとって何のプラスも生み出さないという洞察に人類が最初に到達する領域である社会生活に関連して、私たちの時代に生まれなければならないだろう。ここでは、神殿騎士団の衝動の中にも生きていた自己犠牲の聖杯原理が、社会的に実現されなければならない。私たちの時代以前から、自然界の死滅した力の制御においてこれまで支配的であった一方的な男性的要素は克服されなければならないだろう。女性的な要素には、生きるものすべての未来の力が、男性的な要素よりもはるかに存在している。そのため、これらの生きる力を自分の手の届くところに集めるために、人々は多大な努力をしなければならないのだ。」

 薔薇十字団が誕生したのは、人類の新しい時代に向けて、そのなかで人類が更に霊的進化を遂げることが出来るように準備するためであった。それは、他の聖杯の流れにおいても同様である。

元々のフリーメーソンテンプル騎士団、そして真の薔薇十字団は、この3つが同時に、人類の発展の主流を代表し、人類の進歩に貢献しようとする精神的・社会的運動であったという意味で、互いに非常に密接な関係にある。これらの運動は、聖杯ロッジとも呼ばれる人類のホワイト・ロッジに属する偉大なイニシエーション・マスターたちによって霊感をあたえられていた。」

 そして次に、いよいよ、伝説的人物であるクリスチャン・ローゼンクロイツの秘密が語られる。彼は、「イエスが愛された弟子ラザロ」が生まれ変わった後の姿であった。キリストは、「3日半にわたるイニシエーションによる死の後に彼をよみがえらせることによって彼をイニシエーションしたのである。ヨハネとして、彼は圧倒的な霊的体験の中で再びキリスト教のイニシエーションを生き抜き、それをヨハネの黙示録に記した。その後、彼は福音書の中で、このイニシエーションに至る七つの道を述べた。」

 ラザロは、キリストによって秘儀参入を受けた人物であり、彼こそ、福音書記者のヨハネである。そしてヨハネによる福音書に描かれているキリストの磔刑に向かう一連の行動は、同時に秘教的キリスト教の秘儀参入の段階を描いたものなのである。

 

「将来の使命に備えて、この個性【ヨハネの人格】は、8世紀にシャリベール・ド・ラオンとして転生した、その娘ベルテ(「大きな足を持つ」)はシャルルマーニュの母である。歴史上の人物としてのシャリベールについてはあまり知られていないが、彼の周囲で紡がれた武勇伝は、中世で最も愛されている物語に属する。フロールとブランシュフルールのロマンスである。

 『百合の花嫁』を失い、そして彼女を取り戻す「薔薇の青年」の背後には、パルジファルの場合と同じように、人類最大のイニシエーターの一人を探さなければならない。この武勇伝はプロヴァンス地方のもので、ヴォルフラムの情報提供者であるキョートの出身地でもある。フロールはキリスト教の王子ではなく、イスラム教徒の両親、あるいは当時言われていたように「異教徒」の両親から生まれたとされている。彼の父親はフェヌスまたはフェニックスという名前で、スペインに君臨していた。このことは、私たちがここで聖杯関連のモチーフを使わなければならないことを疑いなく示している。ブランシュフルールは、人質となったキリスト教徒の女性の娘である。母親は高貴な生まれだが、王妃から親切に扱われているにもかかわらず、フェヌスの宮廷では女奴隷とみなされている。

 フェヌス王はフロールと奴隷の娘の愛に動揺する。彼は彼女を殺そうとするが、伴侶の強い希望でそうはならなかった。その後、美しい娘は商人に売られ、東洋に連れて行かれ、バビロンの首長に買われる。彼女は他の多くの女たちとともに、街の真ん中にある不思議な塔に監禁される。首長は、彼女の類まれな美貌と甘美さのため彼女を熱烈に愛し、自分の王妃にしようとする。

 ブランシュフルールを東洋商人に売った男たちは、この少女のために、大きな宝物を受けた。そのうちのひとつが、パリスとヘレンの歴史が浮き彫りにされた黄金の聖杯だった。フロールは最愛の人を探しに行くとき、この杯を持って行き、この品物を手放すことを厭わなかったことにより、彼は、塔の衛兵になんとか、新鮮な赤い薔薇の入った大きな籠に隠れている王宮に入れてもらうことに成功する。

 このことが発覚すると、首長は二人の恋人を自らの手で死刑にしようとする。しかし、2人の美しさに感動し、2人の愛の揺るぎない誠実さに深く感銘を受けた賢明な家臣たちの助言のおかげで、ドラマは幸せに解決する。首長は二人を許し、結婚を許す。それから間もなく、フロールとブランシュフルールは首長のもとを去り、フェヌス王が亡くなった国に戻る。フロールはキリスト教徒となり、彼とともにすべての臣下もキリスト教徒となる。

 この感動的な愛の物語の背後には、多くのことが隠されている。この物語を豊かでミステリアスなものにしている様々な絵の中に、錬金術的な要素があることは、こうしたことに詳しい人ならすぐにわかるだろう。例えば、長々と描かれているブランシュフルールの空っぽの墓や、フロールが乗る奇跡の馬、首長の女たちの塔にも同じことが言える。・・・

 聖杯のシンボルと同じように、この物語は月の存在(白百合)と太陽の存在(赤い薔薇)の結合を描いている。処女の銀の鏡と百合の控えめな美しさのような純粋で、まだ無私の知恵の要素は、遠い過去の神秘にまでさかのぼる。彼らは、まだ天からきたのだ。東洋人の高貴な魂はこの存在に憧れるが、西洋からの赤いバラは、地上に咲くことのできる温かい個人的な愛を象徴し、非人間的な叡智の要素を霊的な力の新たな流れへと変える。

 なぜこの子供たちはこんなに愛し合っているのだろうか?それは、イエスが偉大な愛の捧げ物をもたらすために都に入った日、シュロの聖日に生まれたからだ。フロールとブランシュフルールの物語には、パルジファル物語だけでなく、百合と薔薇の深遠な象徴にまつわるヨーロッパ史のすべての萌芽が含まれている。そしてこの点で、西から東へ、東から西への動きが再び決定的な意味を持つ。

 ヴァルター・ヨハネス・シュタインは、シャルルマーニュの父ペピンの時代にバグダッドのアル・マンスールのアラビア宮廷に送られた最初の使節の背後には、偉大なるイニシエート・フロールからのインスピレーションが生きていたと考えている彼の目的は、東方のカリフと政治的な同盟を結ぶことというよりも、アラビア東方世界との精神的なつながりを模索し、そこにまだ息づいていた精神的な叡智をヨーロッパのために『救出』することにあっただろう

 「薔薇の愛」と「百合の叡智」の結合を体験できる形のひとつに、おとぎ話がある。フロールとブランシュフルールの娘ベルテは「ガチョウの足のベルテ」とも呼ばれ、民衆の伝統の中でおとぎ話を語る「マザー・グース」に成長したのだ。

 中世に広がったおとぎ話は、カタリ派神殿騎士団、薔薇十字団等が、民衆に広めたものだという。「これらの短い物語は子供たちだけでなく、大人たちにも、もしかしたら大人だけにさえ語られていたかもしれない。想像力豊かな絵の形で、軽妙なユーモアに彩られた、深くて美しい教えが人々に伝えられた。これは、教会の教えと並行して、イニシエートや賢者によって人々に与えられた教育教材のようなものだった。」

 古代のようにイニシエーションが行われる秘儀がなくなったが、中世の文化にも秘教的な要素は影響を及ぼしていたのだ。例えば、「キリスト教神秘主義を鼓舞したオーバーラントの「神の友」のような孤独なイニシエートたちが、古代から現代への精神的な架け橋となった。しかし、クリュニー、シャルトル、初期のスコラ学で広く知られた教師たち-ある点では、隠された神秘の源から得ていた-、また、神殿騎士団錬金術師、詩人、大聖堂の建築家など、超感覚的な知識への深い憧れを抱くすべての人々についても同様であった。」

 しかし、これらに加えて、新しい時代に向けては、真に新しい精神的な衝撃がもたらされなければならなかった。「精神世界にアクセスするための古い方法が一時的に閉鎖された」からである。

ルドルフ・シュタイナーはこの関連で1250年について言及した。ルドルフ・シュタイナーは、しばらくの間、地上の最高のイニシエーターでさえ、前世のイニシエーション体験を思い出すことはできても、直接霊的な観察をすることはできなかった、と語った。霊的世界の再開は、その後の時代にはクリスチャン・ローゼンクロイツと呼ばれたヒラム=ジョン=フロールという個性の新たなイニシエーションと一緒であった。

 1250年頃、中央ヨーロッパに、新たなキリスト教の秘教的衝動の担い手として召された12人の賢者が住んでいた。12人のうち7人はアトランティスのイニシエートで、惑星の神々に捧げられたいくつかの神託において、偉大なるマヌの霊の指導の下で働いていた。【訳注】古インド文化時代の偉大な教師である聖なるリシとして、彼らは再びマヌの弟子となった。彼らの中にはアトランティスの宇宙の叡智がすべて集約されており、彼らはこれを記憶から呼び出すことができた。さらに、12人のうち4人は、アトランティス後の4つのエポック、古インド、古ペルシャ、エジプト・バビロニアグレコ・ローマ時代の代表者であった。12人目は、最も知性が形成された人物であった。彼はその時代の知識をマスターしていたが、その強い知的能力ゆえに、彼は今後来るべき第5の(我々の)時代を代表していた。

【訳注】シュタイナーによれば、アトランティス時代には、太陽と各惑星に献げられた神託所があったという。それぞれにおいて秘儀参入が行なわれていた。

 

 この12人の賢者は、新たなイニシエーションを受けるべき個性である13人目の賢者を導くために共同して集まった。幼い頃、彼は12人の保護下に入り、彼らに知恵を教え込まれた。この12人はそれぞれ心からのキリスト教徒であったが、教会の外的なキリスト教が真のキリスト教の歪曲にすぎないという事実を自覚していた。彼らはそれぞれ、特定の神秘的体験からキリスト教の一側面を照らし出すことができた。それぞれが別々に代表する叡智の流れを調和させることが、彼らの共同した努力であった。彼らの目的は、人類のすべての宗教的流れと世界観の統合を創造することであり、そのためには13番目の存在が必要だった。

 その間に青年に成長し、12人のマスターの世話と教え以外に世界との接点がなかった子供は、最大の心の力と真剣さですべてを吸収した。秘儀参入の処置は、彼の肉体の構成に深く働いた。ある瞬間、彼は食物を摂取しなくなり、一種の死のような状態に陥り、その状態が数日間続き、その間に彼の体は完全に透明になってしまった。ルドルフ・シュタイナーはこれについてこう語っている:

 

『その時、歴史上一度しか起こりえない出来事が起こった。それは、大宇宙の力が結実させるもののために協力するときに起こりうる出来事だった。』

 

 彼がこの状態にある間、12人は彼の周りに立ち、マントラ的な簡潔な定式に要約された叡智を彼に流れ込ませた。しばらくして、青年は死のような眠りから覚めた。彼に深い変化が起こったのだ。彼の魂は、12の叡智の流れの調和から新たに生まれたかのようだった。再び息を吹き返した彼の身体は信じられないほど透明で、光を放っていた。12人は、青年の口から、キリストご自身によって与えられた、12の知恵が変容した姿で、再びその知恵を受け取ったのだ。秘儀参入の眠りの間、青年は聖パウロのダマスコ体験を経験していた【訳注】。今、彼が教師たちに明かすことができたのは、彼らによって真のクリスチャン性、あらゆる宗教や世界観の統合と呼ばれるものだった。

【訳注】聖パウロは、ダマスコ近郊で復活したキリストと出会い、これによりキリスト教に改宗した。

 

 若者は、この最も聖なる秘儀が彼の中で行われた後、比較的すぐに亡くなった。12人の男たちは、青年の口から授かった知恵を受け継ぐことに残りの人生を捧げた。それは、超感覚的で想像力豊かな内容を示す象徴的な図形や絵の形でしかできなかった。18世紀末になって初めて、薔薇十字団のこれらの象徴的な図像が印刷物に現れるようになった。

 イニシエーションの成果として、13番目のエーテル体は無傷のまま残り、通常起こるような世界のエーテルへの溶解は起こらなかった【訳注】。このエーテル体は、12人の最初の教師たちだけでなく、彼らの信奉者たちや生徒たちのためにも、霊感を与える能力を地上で発揮し続けることができた。ここから薔薇十字団の流れが生まれた。

【訳注】人のエーテル体は、通常、死ぬと宇宙エーテルの中に解消していき、生前のまま残ることはないが、このように霊的に進歩した者のそれは、その後も保持され、他の人間によって使われることが出来るのだ。このような事象を、シュタイナーは「霊的経済」と呼んでいる。イエス・キリストにおいても同様なことが起きた。

 

 これらの全く隠された出来事から1世紀も経たないうちに、13番目の個性が再び誕生した。彼はそれから100年以上(1378-1484年)生き、それ以来、クリスチャン・ローゼンクロイツという名前を持つようになった。これは秘密の名前であり、そのため洗礼台帳には記載されていない。当初、彼は13世紀の時の子供と同じように育てられた。彼の教師は元の12人の弟子や信奉者であったが、今回は以前のように外の世界から遠ざけられることはなかった。

 28歳になったとき、彼は東方へ旅立った。ダマスカスの手前で、聖パウロのイニシエーション体験が繰り返された。13世紀に形成された不滅のエーテル体が、この転生において再び彼を貫いたのである。それ以来、1世紀ごとに行われてきた、その後のすべての受肉においてもそのようになった。このため、エーテル体は他の人々霊感を与え、浸透することさえでき、輝きと力を増していく。

 彼は7年間、東洋と西洋を旅して当時のあらゆる叡智を吸収した後、中欧に戻り、あの12人の最も発展した弟子や信奉者を同胞や弟子とした。こうして薔薇十字団の活動が始まった。」

 

 ヨハン・ヴァレンティン・アンドレアエの作とされる『友愛団の名声 ファマ・フラテルニタティス』(1616年)には、クリスティアンローゼンクロイツの伝記が書かれていが、「薔薇十字運動の奥深い秘教的背景は、ルドルフ・シュタイナーの研究によって初めて、秘儀参入者以外の人々にも理解できるようになった。」

 著者は最後に、シュタイナーがフランスの作家エドゥアール・シューレに与えた次のメモを付してこの章を終わっている。

 

「・・・1459年にクリスチャン・ローゼンクロイツにもイニシエーションを授けているマニのイニシエーションは、『より高次のもの』と考えられている。このイニシエーションとそれに伴うすべてのことは、今後長い間、大多数の人々から完全に隠されたままでなければならない。」

 

 本書ではマニの秘教的な流れについても触れられているが、このメモは、マニが薔薇十字団とも関係があったことを示しているという。

 マニとは、3世紀のマニ教の開祖である。彼も、シュタイナーによれば、秘儀参入者の一人である。彼の秘儀は、より高次のもので、悪の存在を善に変える力があるとされる。しかし、それは遠い未来においてなされるはずの彼の使命に関わるものである。

 

 さて、以上のように、フェルトマン氏は、秘教的キリスト教に関連する「聖杯の流れ」とそれにつらなるいくつかの秘教的団体、及びそれに対抗する勢力の歴史を概説している。

 それらは、太古から中世、近代へと続き、そしておそらく現代においても活動している2つの潮流である。

 一方の聖杯の勢力は、霊的ヒエラルキーによって定められた人類の霊的進化を進める者達である。その目標は、現代においては、霊的進化の途中で見失った霊性の再獲得と、霊性から離れることで得た人の自我の確立-それは自由と愛を伴う-を進めることであり、対抗勢力の狙いは、これを完全に根絶することである。

 これらの勢力は、歴史の背後で活動してきたのだが、その活動を具体的に担ったのが、それぞれの流れに属する秘教的団体、同胞団、そしてその影響を受けた、表舞台の諸団体及び個人ということが出来るだろう。

 上の文で、15世紀に誕生した金羊毛騎士団テンプル騎士団の流れにあり、近代を準備したと述べられている。これは表舞台にあった聖杯の勢力であろう。ヨーロッパの歴史は、本来、この影響力の下に発展すべきであったのだが、実際には、敵対勢力により阻止されてきたようである。カスパー・ハウザーの物語も、おそらくこの両者の闘いが関連していると思われる。
 その後の、ヨーロッパ内での各国の対立と戦争や、ヨーロッパ外での過酷な植民地支配(それは現代まで実質的に続いている)などの歴史は、聖杯の勢力の努力が実を結んでいれば、違ったものになっていたかもしれない。

 聖杯の流れには、常に敵対勢力からの攻撃があり、進むべき道が歪められてきたのだ。
 その攻撃は、当然、聖杯の流れにある同胞団にも向けられてきた。そのような同胞団に、敵対勢力が入り込んで、これを変質させて、乗っ取ってしまうのだ。従って、「陰謀論」に陰謀組織として同胞団の名が出てくるが、それはある意味で正しいのかもしれない。

 両者の流れを区別する目印は何か? それは、キリストに対する立場の違いのようである。キリスト及び真のキリスト教(既製組織のキリスト教とそれの教えるキリストとは異なる)は、前者の立場に立ち、霊的進化を求める人々に援助、救いの手を差し伸べるものである。そして今、キリストは、エーテル界に再臨しているのだ。このことを、後者の同胞団は認めることが出来ないのである。これを否定する団体は後者の流れに属すると考えられるのだ。

 今世界では、「陰謀論」で語られてきたようなことが次々と起きているように見える。そのどれも冷静に判断すれば、愚かなこと、あるいは危険なことと分かるようなものだが、多くの人々は、これに不信の念を持つことすら出来ていないようだ。

 悪の力が増して、その醜悪な姿を隠すこともなく闊歩した始めようでもある。

 だが、シュタイナーによれば、キリストがエーテル界に再臨し、人類は今、再び霊界の境界をまたごうとしているとされる。人間に霊的認識が新たに生まれようとしているのだ。これは、悪の対抗勢力にとってはまさに悪夢なのである。彼らの化けの皮がはがれそうになっているのだ。彼らにとっても、瀬戸際の状況になってきているのだ。

 それ故にこそ、なりふり構わず彼らは抗っているのかもしれない。だからこそ、世界は激しく荒れ、あるいは変動してきているのではなかろうか。

 これらの悪の力を克服しなければ、人類の未来がないことも事実である。いずれの未来が待っているのか?今、人類が岐路にあることは間違いないだろう。

※今年一年お付き合いありがとうございました。良ければ来年もよろしくお願いします。

フランシスコ教皇は聖書の改訂を行なうのか?

 前回のクリスマス(二人の子どもイエス)関連の記事に、キリスト教の「教義への攻撃」について書いたが、その後、気になる情報を得たので、今年は、今週の定例の更新で終わろうと思っていたのだが、臨時号として、これについて述べてみることとした。

 その最初の情報源は、いつもチェックしているツイッター主の投稿であった。この方は米国在住のおそらく日系2世と思われる人物で、クリスチャンで共和党のシンパか関係者のようなのだが、いつも世界の内情を曝露するような投稿をされておられる。ただ、奇抜な内容のものもあり、私もその情報の真偽はわからないのだが、何となく真実に迫るものがあるなとは思っている。

その方の最近(12月25日)の投稿に書かれていたのは、次のような文章である。

 

 「前夜祭に加えられたクリスチャンへの最大級の攻撃。・・・2023年のクリスマス前夜を迎えたきょう・・・だが私を含めクリスチャンの心象は憤怒の感情が煮えたぎっているのではないだろうか。どうしてか。私たちクリスチャンへの攻撃に拍車をかける最大の攻撃がヴァチカンから加えられたからだ。それはこの祝祭を狙ってとしかおもえない。カソリックの頂点に座る背教者が、国際犯罪組織スラッシュ(世界経済フォーラム)首魁シュワブに、HOLY SCRIPTURES【引用者注:聖書】の書き換え権限を与えたこと。それを受けてシュワブの呪教は、『全能者は既に死んでいる、キリスト・イエスは実在しない』とする書き換えの見解を表明し、こんにちの神とは『創造と破壊の主要な役割を担うフォーラムとその代表者にある』、大背教――悪霊の手先であるベールを剥がしたのだ。しかも人類に対し挑戦状を突きつけその実行を宣言した。七年以内に、40億人の〝役立たずな人間〟を根絶やしにするとの絶滅宣言である。これが実行される前後、大きなことが起きる。祝祭のおもいどころではない。前夜祭に加えられたクリスチャンへの最大級の攻撃」

 

 この方は、以前から現フランシスコ教皇を「背教者」として批判していたのだが、この投稿が真実なら確かに「背教者」と呼ぶほかないだろう。

 たがこれの信憑性はどうかというと、ネットで他の情報にもあたってみたのだが、ネットは虚実入り交じった世界なので、結局、今のところは判断がつかない。というか、私が判断するには荷が重すぎるようである。

 とはいいながら、以前から気になっていた問題なので、今後さらに検証するとして、他の情報源から得た内容も含めて、今回ここにアップしておくこととしたのである。

 ネットで得た情報をもとに以下において更に補足するが、こちらも、このことをふまえて読んでいただきたい。

 

 先ず結論的に言うと、上のツイッター記事に該当すると思われる情報は、確かにネット上に存在するということである。ただ、その記事の「情報源」はWEFの「内部通報者」とされており、このため情報の根拠を正当に評価出来ないということである。

WEFとヴァチカンがらみでは、以前から様々な「陰謀論」的な話があるらしく、ファクトチェックされて、偽情報と判定されているものも存在している(そのチェックが正しいとは限らないだろうが)。

 もちろん今回の情報もフェイクの可能性はあるということだが、参考に、以下に今回の問題に関連するネット記事の文章の一つを載せる。「プラネット・トゥデイ」というサイトの記事である。他のいくつかのサイトに同様の記事が見られるのだが、ほぼ同じ内容なので、それらの情報源は全て同じもののようである。

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速報 フランシスコ法王、聖書を書き換える?」

by プラネット・トゥデイ - 12/24/2023 12:31:00 PM

https://www.planet-today.com/2023/12/breaking-pope-francis-rewriting-bible.html

 

 聖書改訂の背後に政治的意図があるという衝撃的なインサイダーの主張。

 世界経済フォーラム(WEF)関係者によれば、ローマ教皇フランシスコにより、WEFが聖書を書き換える権限を与えられており、教皇は新しい「事実確認済み」版の聖書を、自然第一を中心に据えた、神についての記述が遥かに少ない、より政治的なものにしたいと考えているという。

 フランシスコ教皇はすでに、イエス・キリストよりもクラウス・シュワブの方が重要だと宣言しており、今度はキリスト教を内部から解体し、神の言葉をグローバル・エリートの悪魔的ビジョンに置き換える決意を固めている。フランシスコ教皇の決断はバチカンに嵐を巻き起こしたが、エリートの新世界秩序を支持することに、私たちは本当に驚かなければならないのだろうか?

 WEFのアジェンダ・コントリビューターとして、フランシスコ教皇は冒涜的言説に堪能であり、世界中の教会とキリスト教を破壊するために積極的に働いている。

 フランシスコ教皇の反転したキリスト教は多くの人々を混乱させているが、教皇が本当は誰に仕えているのかを理解すれば、その姿は明らかになる。

 この教皇は、9月にビル・クリントンと手を組み、地球を救うために人類を緊急に過疎化させなければならないと発表した人物だ。そして、自分の信徒に"イエスとの関係は危険で有害である "と告げた教皇である。

 何世紀にもわたるキリスト教の伝統を破り、フランシスコはサンピエトロ広場で33,000人の巡礼者を前に、「イエス・キリストとの個人的、直接的、直接的な関係」は何としても避けなければならないと告げ、邪悪なアジェンダを持った非合法な教皇ではないかとの懸念を呼び起こした。

 これだけでも十分に混乱させるのに、フランシスコはそれに続いて、他の宗教の人々をイエスキリスト教に引き合わせるのをやめるようキリスト教徒に命じた。

 フランシスコ教皇は、公の場にいる悪魔崇拝者なのだ。そして、バチカンの手下たちに命じて、ルシファーこそがカトリック教会の神であると宣言させた。

 そう、フランシスコ教皇の歪んだ心によれば、ルシファーはイエス・キリストの父であり、カトリック教会の神なのだ。

 明らかに、この新しいグローバリストの聖書は、すべての自尊心と神を畏れるキリスト教徒によって、即座に拒否されなければならない。しかし、この悪魔のようなテキストに何を期待できるだろうか?

 WEFでクラウス・シュワブの右腕として活躍するユヴァル・ノア・ハラリは、聖書は "フェイクニュース "でヘイトスピーチに満ちており、エリートたちはAIを使って聖書を置き換え、統一された "実際に正しい宗教 "を作ることができると公言している。

 ダボス会議で "預言者 "として知られるハラリは、"人類の未来 "についてのスピーチの中でこの発言をした。ハラリによれば、AIの力を利用し、WEFのグローバリズム・ビジョンを受け入れるように精神性を再構築することができるという。

 「エコノミスト』誌の人々は、ほとんどの人が知らないことを知っている。彼らの雑誌の表紙は、エリートたちが私たちのために準備している政治的、経済的、文化的な発展について、事前に私たちに伝えてきた長い歴史がある。

 ハラリのスピーチのちょうど1カ月前、エコノミスト誌は同じ賛美歌の楽譜に署名しているように見えた【引用者注:トップに掲載した写真。単にAIは天使にも悪魔にもなりうるという主張にも取れるが】。クラウス・シュワブは、彼が率いるヤング・グローバル・リーダーズがいかに世界を掌握し、WEFがすべての主要民主主義国の内閣に浸透しているかを自慢した。しかし、それは内閣だけではない。グローバル・エリートたちは、宗教のない世界でのみ、自分たちの暗黒の精神性が成功することを理解している。

 そこで彼らは、世界の主要宗教を内部から破壊することを決定したのだ。

 ウィキリークスのメールは、ジョージ・ソロスヒラリー・クリントンバラク・オバマによって画策されたグローバリストのクーデターによって、フランシスコがバチカンに就任したことを教えてくれた。

 そして、このグローバリストのブルドッグは、機会あるごとに不穏なグローバリストのレトリックを繰り返すことで、グローバリストの主人に恩返しをするのに時間を無駄にしなかった。

 2017年、フランシスコ教皇は "ひとつの世界政府 "と "政治的権威 "を求め、"気候変動 "などの問題と闘うためにはひとつの世界政府の創設が必要だと主張した。エクアドルのエル・ウニベルソ紙とのインタビューで教皇は、国連には十分な権力がなく、"人類のために "完全な政府コントロールを認めなければならないと述べた。

 不穏なことに、世界の宗教指導者たちもまた、同じ賛美歌から説教をするために一堂に会し、新世界秩序の単一世界政府の構成要素を受け入れるよう羊たちに指示し始めている。

 今、フランシスコ教皇は、グローバリズムの原則に沿って聖書を書き換え、"一つの世界宗教 "を創り出そうとすることで、聖書の聖句に積極的に逆らっている。フランシスコはまず、ヴァチカンでイスラム教の祈りとコーランの朗読を主催し、キリスト教世界に衝撃を与えた。そして、イスタンブールのブルーモスクで靴を脱ぎ、メッカに向かい、アッラーに祈りを捧げた。そして、ヴァチカンの敷地内で異教の儀式と図々しい偶像崇拝が行われた。

 誰かがフランシスコに、聖書には "わたしの前に他の神々があってはならない "と書かれていることを思い出させる必要がある。これは、出エジプト記20章3節、マタイによる福音書4章10節、ルカによる福音書4章8節、その他の箇所で表現されている。

 しかし、フランシスコが関心を持つとは思えない。彼の関心は、神の言葉を覆し、キリスト教を根絶し、彼が "クリスラム "と呼ぶものを支持することにある。今、世界は転換期にあり、人類の魂をめぐる激しい戦いが繰り広げられている。グローバリストとそのテクノクラート全体主義支配の夢は、人類を蝕み、我々が知っている文明を破壊する恐れがある。

 フランシスコが誰の味方かは明らかだ。そして、カトリック教会を内側から腐らせつつある小児性愛スキャンダルもまだ取り上げていない。

 この極めて重要な時期に、我々はこのイエズス会教皇を注視しておく必要がある。

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 この記事の内容を全て確かめることはできていないが、部分的には正しい内容が含まれているようである。現教皇がWEFと友好的なのは周知のことだろう。ハラリ氏が主張したとされることも、表現は別にして、大要は記事の通りのようである。現教皇の動きも、宗教的対立を乗り越えるという理由かもしれないが、「世界宗教」を確かに指向しているようには見える。

 ただ、やはり、「言葉尻」を捉えてということはあるかもしれない。本人の本意とは異なって理解されている可能性も否定出来ないだろう。発言の一部をつなぎ合わせて、「陰謀論」にそって組み立てたということである。

 実際、教皇のイエスやルシファーについての発言が本当なら、世界的な大問題となっているだろうが、その様なことは聞かない。やはりフェイクということだろうか?

 しかし、現教皇においてローマ・カトリックの教義が変質・変化してきていることは確かである。それは、一つは時流に合わせたものと考えることができるのだが(最近では同性カップルへの祝福)、これらのことに対しては、同じカトリック教会の指導的聖職者達の中にも批判は当然存在しているようだ。キリスト教の本質そのものを否定しかねないからだ。

 一方で、昔から、ヴァチカンとフリーメーソンとの関係も噂されてきた。莫大な財政と世界に張り巡らせたネットワークにより、世界中の様々な重大な出来事に「介入」してきたことも指摘されている。ヴァチカンが、実際に性的虐待を含め様々な問題を抱えていることは周知の事実であろう。

 組織が大きいがゆえに、全てにおいて純粋さを保つことは出来ない。ヴァチカンにも影の側面があるのだ。そこに闇の霊の勢力がうごめいているのは間違いないのではなかろうか。無宗教者が増えているとはいえ、ヴァチカンが世界に与える影響は極めて大きいからだ。

 上の記事の「今、世界は転換期にあり、人類の魂をめぐる激しい戦いが繰り広げられている」という文言自体は、これまでこのブログが主張してきたことでもある。かといって記事の内容を信じることには慎重にならざるをえないのだが、フェイクの中にも、今密かに進められていることが曝露されている可能性があるのかもしれない。

 やはり今後、「イエズス会教皇を注視しておく必要」があるのではなかろうか。

二人の子どもイエス-クリスマスの物語

子どもの礼拝(フィリッポ・リッピ)

 今日はクリスマス・イヴの日なので、イエス誕生に関する記事を掲載することにした。なお、クリスマスについては以前の次の記事を参照してほしい。

https://k-lazaro.hatenablog.com/entry/2022/12/22/082236

 シュタイナーによれば、子どものイエスは、二人存在した。ルカ福音書の伝えるイエスとマタイ福音書の伝えるイエスである。正確な日付は別にして、12月25日に生まれたとされるのは、ルカのイエスである。その魂は、これまで地上に受肉することがなかった。汚れのない魂であり、「子どもの中の子ども」であった。イエスが生まれたとき、霊界で活動していた仏陀がそれを見守っていた。
 マタイの子は「王の中の王」であり、東方の賢人王マギ達が訪れ礼拝した子どもである。ルカの子イエスより先に生まれている。ルカの子には従って、マギ達の礼拝はなかった。イエス生誕の物語は2つ存在し、それぞれ別の物語であったのだ。

 

 ヘラ・クラウゼ=ツィンマー氏の『絵画における二人の子どもイエス』には、これらの出来事を伝えるいくつかのイエス誕生の絵画について解説されている。今回はその一部分を紹介する。

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  フィリッポ・リッピ(1406-69)【訳注1】は、彼の礼拝図において、特別な仕方でルカの「子どもの中の子ども」を描いている。子どもの柔らかく丸々とした身体を森の中の花と草むらの間に置いて、この上なく愛らしく命に溢れた子どもを描くのに彼は成功している。それは多くの美術史家により、「すべての子どもキリストの中で最高の作品」とされている(アルフレット・ノイメイヤー、レクラム 作品論 №99を参照)。リッピは、芽吹いた豊かな草々を子どもの明るい身体の周りに美しく添えたので、金色に輝く光輝をあえて描かなかった【訳注2】。あるいはそうではない。彼はそうしなかったのではない! 彼は同じ秘密を示す異なるやり方を探ったのである。彼にとっても、子どもの頭の光輪と、小さな指で自分の唇に触れている子どもの前にひざまずいている若い母親の敬虔な祈りだけでは不十分であった。

【訳注1】イタリア、ルネサンス中期の画家。ボッティチェリの師でもあった。

【訳注2】古い降誕図では、裸のイエスを、その神性と純粋さを表わすために、黄金の輝きで囲んでいるものがよく見られる。

 

 リッピは、子どもの上に天上界を開いている。それはもはや遠くにある黄金地ではなく、森の木々の緑から、父なる神が、マリアと子どもの直ぐ上に浮かぶように、星の輪の中に現れている。そこにあるのは、上に向けて階層的に現れている聖なる家族である。父なる天上の根源的存在と、マリアによって子どもを受け取った母なる大地である。そしてその間には鳩が浮かんでおり、下に光を放っている。この光線は、しかし、ヨルダン川の洗礼の描写で普通描かれているようにイエス自身に当たってはいない。それは「まだ」、彼に触れていない。黄金の光線は、草の中に射し込み、拡がって、子どものまわりできらめき踊っている小さな炎の噴水をそこで造りだしている。それは、後に聖霊降臨の奇跡として人間の頭に降ったような炎、この子どもの周りの、花と草と混ざり合った空間を貫く霊の炎である! この子どもが触れるところで、自然は天上のものとなる。天上界で守り継がれてきたものが彼とともに、地上に流れ込むのである。

 キリストは、洗礼の時にこの子どもの身体(覆い)に降ることとなる。この鳩がその力を放射するのは、さしあたってまだその周囲にである。来るキリスト存在は、まだこの身体の外にいるのだが、その体の誕生にそれは関与しているのである。【訳注】

【訳注】新約聖書使徒言行録(第2章)によれば、キリストが復活し昇天した後、集まって祈っていた使徒たちに、キリストが予言した聖霊が降ったとされる。その際、「炎のような舌」がそれぞれの上に留まったという(「聖霊降臨」)。ここでは炎の舌が聖霊を象徴するものとなっているが、ヨルダン川でのイエスの洗礼の描写では、神の霊(聖霊)は鳩の形をしていたとされている。

 シュタイナーによれば、ヨルダン川の洗礼でイエスに降ったのは、「キリスト霊」で、これによりイエスはキリストになったとされることから、この霊は厳密に言えば聖霊というよりキリスト霊となる(三位一体からすれば同じこととなるが)。著者は、これをふまえて、後にイエスに降るキリスト霊が、イエスの誕生においても参与していることが鳩の形で表されているというのである。

 

 フィリッポ・リッピは、このように、同じ秘密についての異なる見方を私達に提供し、みごとな均衡を保つことができたこの時代の偉業に彼のやり方で加わっている。彼は既に子どもの描写において(フレマルのマイスターの不十分さと比較すると)特に優れた自然性を獲得していたが、その地上的眼差しが、彼から霊的眺望を完全に遮ることはなかった。

 最後に、ドレースデン博物館の、美しい風景の中に立って、自分の前の草の中の子どもを礼拝しているマリアについても触れておくことにしよう。この絵のマイスターは、緑の芝にもかかわらず、子どもの周りに黄金の光線を拡げている。それは、この後何度かその名に出会うことになるベルゴニョーネ(1450頃-1523)【訳注】である。

【訳注】アンブロジオ・ベルゴニョーネAmbrogio Bergognone。ボルゴニョーネBorgognoneとしても知られる。レオナルドの同時代人で、イタリアのミラノ等で活動。

降誕 ・マリアの礼拝( ベルゴニョ ーネ)

 以上で述べてきたことを概観すると、私達は、なお別の観点に至ることができる。つまり、ルカ伝のマリアは、彼女の子どもを、何か、彼女に触れられることなく外から来た、彼女への神の贈り物のように拝礼しながら迎えている。マタイのマリアは、これに対して、彼女の「若芽」(子ども)の身体を懐に抱いている。また先に見たように、マタイの子どもでは、彼の両親との身体と血のつながり、遺伝が大きな役割を果たしている。それにより、彼は、正当な「ダヴィデの子」、エッサイ(イエッセ)から出た枝【訳注】、ソロモンの子孫となる。それによってヨセフ、そしてそもそも男の世界もまた前面に出てくる。この福音書記者は既にそれを明瞭に示している。マタイ伝では、天使の告知は、常に男であるヨセフに起きており、ルカ伝のようにマリアにではないのである。

  【訳注】エッサイはダヴィデの父。イザヤ書2:1~2に「エッサイの株から芽が萌えいで、その根から一つの若枝が育ち、その上に主の霊がとどまる」とあり、エッサイの子孫からキリスト(メシア)が出ることが預言されていた。なおデイヴィッド・オーヴァソンの『二人の子供』第2章に詳しく解説されている。

羊飼いの 礼拝(左 )、マギの 礼拝(右)( ガウデンツィオ・フェラリ)

 ルカの子どもの周囲に身体の光輝を置くこの潮流に加わらなかったガウデンツィオ・フェラリ(ピエモンテ州のヴァルドゥッシャ出身。1480-1546年)のような画家は、それにもかかわらず、この点では非常に忠実である。彼の「羊飼いの礼拝」(ベルチェッリのサン・クリストーフォロ教会のフレスコ画)では、二人の天使が、ひざまずき、裸で心地よい視線を彼女に向けている生まれたばかりの子どもをマリアに差し出している。天使もまた、“ここにあなたの子どもをお連れしました!”と言っているかのように、マリアを仰ぎ見ている。他の天使達は、天界のお供として、音楽を奏でて、子どもの到着に随行している。マリアは、驚きと敬虔さをもって、手を広げており、彼女の後ろで膝をついているヨセフは、挨拶のため帽子を脱いでいる。ここで天上世界は、身体の輝きの代わりに、天使達の姿の中に現れている。

 これに対して、「マギの礼拝」においては、子どもは母親の膝に座っており、様々な、時には奇怪ですらある群衆がそこに押し寄せている。王の従者の枝分かれした者やはみ出した者が、聖なる二人の傍におり、鷹を連れた騎士や猿を連れた騎士が-しかも馬に乗ったままである-近くに迫っている【注】。この世界によって、どうしてルカの子 どもを想像できるだろうか。

【注】マタイの王の礼拝において、ソロモン・イエスが礼拝を受ける際にしばしば馬が見られるのは、たまたまそのように描かれただけで偶然のように見える(しかしそれは驚くべき意味のある偶然である)。馬はまさに人間の知性の形成と密接に関連する動物である(ルドルフ・シュタイナーヨハネの黙示録講義第4講」参照)〔訳注〕。ルカ・イエスにおいては、この動物は完全に排除されているようである。彼は地上の知性と関連していないのである。彼とよく結び付いていると考えられる動物を挙げるなら、それは子羊である。子羊は、まさにユダヤ教の儀式においても生贄として第一の地位にある生き物である。

 【訳注】シュタイナーは「『私たちのまわりに、馬という動物がいなかったら、人間は決して知性を自分のものにできなかったであろう』というのは事実なのです。」(『黙示録の秘密』西川隆範訳)と述べ、トロイの木馬の物語やケンタウロスの背景にはこのような認識があると指摘している。

 

 この群衆の中で、子どもと共にヨセフとマリアが、静かな調和のとれた集団-密接に寄り添う三人-として座っている。ここでヨセフは、決して従者ではない。彼の頭は光輪を持っており、マリアのそれの近くにある。ここでは、ルカの誕生の描写でたいてい現れ、極論すれば(フランケのマイスターやリッピのベルリンの絵のように)ヨセフを必要のないものとしてしまう神ではなく、ヨセフ自身が父親の役割を果たしているのである。

ガウデンツィオ聖堂( フェラリ)

 3枚組が上下に並んだ絵をもった画板(ノヴァーラのサン・ガウデンツィオ聖堂)に、同じガウデンツィオ・フェラリが、一連の聖人を描き込んでいる。彼はこのため下の三つ組のみを選び、その左右の板に、ペテロ、洗礼者〔ヨハネ〕、パウロ(身の丈もある剣を持っている)と司教をおいた。真ん中の板にもまた二人の司教と二人の聖人が現れている。これらの顕著な男性世界の真ん中で、マリアが玉座に座っており、王の礼拝のマリアが普通そうしているように、子どもを膝の上に抱いている。

 しかしその上の3対の絵は、全くルカの出来事に属している。再び、二人の天使が子どもを母親に差し出している。彼女は子どもに触れておらず、敬虔に、胸の前で腕を交差させている。その瞬間は、天使の告知の成就である。それは、神は神の言葉を守った、とその画家は言いたいかのようである。何故なら、彼は、この出来事を、左のガブリエルと右の啓示を受けているマリアの間に置いているからである【訳注】。彼女は、以前、主の言葉の前に手を十字に重ねたように、今また子どもを見てそのようにしているのである。

【訳注】ルカ伝(第1章26-38節)によれば、大天使ガブリエルがマリアにイエスの受胎を告げたとされる。

 

 王達の世界が高潔な聖人と司教の集団に変化したこの絵においても、ルカのマリアのグループとマタイの特徴をもったグループが現れている。

 このような物事において個々の画家の意識がどうであったかは別にして、その根源は把握しにくいものの、しかしその表出において、明瞭な智慧の潮流-それは、表現「手段」が変わった時ですら、正しい特徴をそなえた表現「様式」を芸術家達が保持することができるようにする-が流れているのを、その芸術的な表現世界をとおして私達は見るのである。

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 クリスマスを世界中の人々が祝うが、今、どれほどの人が、その真実の意味に思いをはせているのだろうか?本来は、人類の救いのために自らを犠牲とした偉大な人物の誕生を敬虔な気持ちで思う日のはずが、クリスマスにかこつけた商戦というものもあるように、その本来の意味がどんどん忘れ去られてきているようでもある。

 しかしこれは、その様なことを忘れてしまった人々が悪いというよりも(もちろん全く責がないわけではないが)、そのような空気を造ってきた者達がいるということかもしれない。 神聖なものは元々存在しない、救い主などいない(あるいは、それはイエス・キリストとは別に存在する)、という考えを広げたい者達である。

 私は、パリのノートルダム大聖堂の火災の背後にその様な力がうごめいていたのではないかとすら思っている。実は、ここ数年の間、世界各地で、教会などへの物理的な攻撃が幾度か見られるようになってきているのである。

 そうした攻撃は、教会の建物だけにではない。肝心の教義そのものへの攻撃もされてきているのかもしれない。現在のバチカン教皇庁による教義内容の「変更」への、カトリック聖職者達からの批判が高まってきているという話をたまに見聞するようになってきているのだ。

 869年のコンスタンチノープルにおける公会議により人間の霊性が否定されたが、これについて、シュタイナーはその背後に闇の霊の動きを指摘した。このように教義や教会自体を変質させる攻撃は常に存在してきたと思われる。

 バチカンについて、私はまだ、いくつかのネットを覗いたくらいで詳しくは調べていないが、それでも首をひねるような情報が確かに存在している。(人智学的立場では、カトリックの教義をすべて正しいと考えるわけにはいかないが、当然そこに真理は含まれている。)

 また世界を見渡せば、今この時間にも、戦争が各地で行なわれている。その原因には、それぞれの国、民族の事情がからんでいるのだろうが、背後でそれを煽る者がいるのだろうと思われる。

 ウクライナ問題については何度もこのブログで取り上げたが、現地においては既にこの闘いの勝敗は決しているという。ウクライナは、今や兵士が枯渇し、女性や、少年、老人や病人を戦場に送っていると言われることからも明らかである。

 しかし、その背後でこれを操る者達が、ウクライナの敗北必至を受けて、ロシアのその他の周辺国に火種を持ち込もうとしているという指摘も出てきている。その先にあるのは、世界的な動乱である。
 ちなみに、リトアニアでは、「ロシアとのつながり」問題で、宮崎駿監督の新作がボイコットされているという。ロシアとのつながりの嫌疑があるのは、配給会社の方らしいが、対ロシア嫌悪の、これは一つの例に過ぎない。既にロシア関係の文化すべてが排除されてきているのだが、これまでのことはかつてなかったという。
 シュタイナーは、第1次世界大変前に、世界中にドイツ嫌悪が意図的に喚起されたことを指摘した。それが結局あの破局を招き寄せたのだ。今回の「ロシア嫌悪」はそれを思い出させるのである。
 表面的、あるいは意図的なプロパガンダに載せられたマスコミ報道にながされることなく、これらの背後にあるものを冷静に見つめる必要がある。

 今日のこの尊い日に思うべきは、いかに争いを拡げるかではなく、いかに人々の中に平和を、平穏を築くかであるはずだ。

「デイヴィッド・オーヴァソンとは誰か?」補足


  今日の午前中にデイヴィッド・オーヴァソン氏=フレッド・ゲッティングズ氏説の記事をブログにアップしたのだが、何という偶然であろう、午後に、そのゲッティングズ氏の論考が掲載された本が配達された。
 これは以前から注文していたもので、毎年発行されている定期刊行物なのだが、『星の叡智 Star Wisdom』という。アメリカの人智学派で、シュタイナーの教えに基づいて秘教的・キリスト教占星術をメインに研究しているグループの雑誌なのだが、今回の2024年版に、このグループの中心人物で、このブログでも紹介したことのあるロバート・パウエル氏が著者となっている記事の中で、ゲッティングズ氏の論考が参考文献として取り上げられているのだ。
 パウエル氏の論考自体は、彼らの言う「アストロソフィ」(地上への宇宙の影響を解き明かすもの)をもとに、農業や園芸への月の影響(月カレンダー)について論じているのだが、どうも、過去の記事をふまえたものらしい(まだ完全には読んでいない)。そこには、1977年刊行の、おそらく現在の『星の叡智』誌の前身と思われる『マーキュリー スター・ジャーナル』誌のパウエル氏自身の記事も掲載されており、それと共に、ゲッティングズ氏の占星術関連の論考が合わせて掲載されているのだ。
 このゲッティングズ氏の記事もパウエル氏の記事と同じ年号が付けられており、ざっと読んだ限りでだが、その文脈から、ゲッティングズ氏が、要請を受けてこの『マーキュリー スター・ジャーナル』誌に寄稿したもののようなのである。
 やはり、ゲッティングズ氏は、人智学派との交流があったのである。

 今号の『星の叡智』誌には、著者紹介の欄に、ゲッティングズ氏も登場している。そこでは、前回掲載した氏の写真と共に、次のような文で紹介されている。

 「フレッド・ゲッティングズ(1937-2013)は、イギリス・ヨークシャー生まれ。1969年にサセックス大学でMA取得。マークィーズのフーズ・フーで、多くの著書の著者と写真家として目録に載せられている。」

 今回は、不思議な因縁を感じたので、前回の記事の付録としてアップしたものである。